「壊れるまで頑張らなくていい」自分に優しくできるようになったのは…【大木亜希子】

ウートピ / 2019年7月10日 20時45分

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今の人生に行き詰まりを感じた時、ふと過去の自分と比べてしまうことはありませんか? 若かった、何かに夢中だった、今よりもずっと世間知らずだったけど必死に成長しようとしていた——。

元SDN48の大木亜希子さんは、初の著書『アイドル、やめました。 AKB48のセカンドキャリア』(宝島社)の序文で、2011年の大晦日に紅白歌合戦に出演したシーンを書いています。そして、同日電車に乗って帰宅したことも。

グループ卒業後、会社員を経てフリーライターに転身した29歳の大木さん。しかし“元アイドル”の十字架が重くのしかかってくることもあったそう。そこで、同じく48グループ出身メンバーの「アイドル後の人生」を聞くことで、過去への未練を成仏させようとします。書籍に書かれていない取材時のエピソードや、元アイドルという呪縛から逃れられた理由を大木さんに取材しました。

「だって元アイドルだし」自分にかけた呪縛

——大木さんにとって元48グループのアイドルという過去は「呪縛」だったそうですね。

大木亜希子(以下、大木):そうなんです。外側と内側、双方からの呪縛がありました。外側からの呪縛は、仕事の席で出会った方にご挨拶させていただく際「アイドルだったんだね」と言われたり、ライターとして横並び一列になったときに「元アイドルだから」と良くも悪くもアウェイな扱いをされたりしたときに感じました。他の人と違う経験があることで、仕事のしづらさを感じる場面が何度もあったんです。

でもそれ以上にやっかいなのが、内側からの呪縛でした。元アイドルだから期待されているに違いないと、自分自身に呪縛をかけていたんです。

——武道館や西武ドームで歌っていた、48グループの元アイドル……。本当は呪縛ではなく自信になってもいいところでは?

大木:私の場合は、「アイドルからライターになったんだからキラキラしなきゃ」「面白い記事を書いてバズらせなきゃ」「私ならできるでしょ」っていう重圧を自分で自分にかけてしまっていたんです。

今ふりかえると、無理しすぎだったんですけどね。でも当時は48グループという過酷な状況で生き抜いてきたんだからできて当然だと思っていました。その結果、会社員になって3年目で体を壊すことになるんですが……。その後、心療内科に通い、布団から起き上がることもできなくなって会社を辞め、休養期間を経てフリーランスのライターになりました。

呪縛を解くため自分に優しくなった

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