「母は他人への共感で生きた人」内田也哉子さんが母・希林さんから受け取ったバトン

ウートピ / 2019年9月14日 12時0分

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「死なないで、ね……どうか、生きてください……」「今日は、学校に行けない子どもたちが大勢、自殺してしまう日なの」

亡くなる2週間前の2018年9月1日、窓の外に向かってそうつぶやいていたという樹木希林さん。そんな母の言葉をきっかけに娘の内田也哉子さんが、不登校について考え、対話し、その末に紡ぎ出した言葉をまとめた『9月1日 母からのバトン』(ポプラ社)が8月2日に発売されました。発売から1カ月たち、累計発行部数は8万部を突破。各所で話題を呼んでいます。

内田さんが母・希林さんから受け取ったバトンのこと、子どもに対して私たち大人ができること、「樹木希林の娘」として生まれたことについて……伺ったお話を3回に分けてお届けします。

母が「おおいに使って」と言ってくれるような気がした

——『不登校新聞』編集長の石井志昂さんとの対談で「母はさまざまな出版依頼をすべて断っていたので、書籍化には悩みました」とおっしゃっていましたが、今回の書籍化を決心した理由について改めてお聞かせください。

内田也哉子さん(以下、内田):本にも書いた通りなのですが、母は生前、どんな出版依頼があってもことごとく断っていました。母自身、自分の言葉を残すということにすごく抵抗があった。

残された者としてもとても悩みました。でも、「不登校」に関しては、母が最期まで気に掛けていたことのひとつでもあるので、今回のご依頼をうまく利用するほかないなと。むしろ、「そうしてくれ」と母が言っているような気がしました。「9月1日のことに関しては、おおいに使って」と。

何より私自身、三児の母でもあったのに「9月1日」や「不登校」の現実を知らなかったし、考えてもこなかった。それを恥ずかしく、また悔しいと思いました。だから、まずは私がそれを学ぶことから始めようと思いました。そして、その現実を知らない人がまだこの社会にたくさんいるのであれば、一緒に知っていきたいと思いました。

——先日、この本の編集を担当した天野さんと石井編集長にお話を伺った際に、内田さんが樹木さんが残した言葉について思い出したのは、天野さんと電話でお話をしていたときだと伺いました。

内田:闘病の最後の1カ月は、細かいことが記憶から飛んでしまうくらい、神経を張り詰めっぱなしでした。そして母が亡くなって、ちょっとたったくらいに、このお話をいただきました。

「樹木さんが生前、不登校についてこんな話をしていたんです」と。インタビュー原稿を送ってもらって、ハッと我に返りました。「そうだ、亡くなる直前、母はこういうことをつぶやき、涙を浮かべていたんだ」と。切実な思いを最後に残していったのだと、思い至りました。

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