「母は他人への共感で生きた人」内田也哉子さんが母・希林さんから受け取ったバトン

ウートピ / 2019年9月14日 12時0分

「この人たちはなんて正直に生きているんだろう」と教えられた

——内田さんが、石井さん、不登校経験者のEさん、バースセラピストの志村季世恵さん、日本文学研究者のロバート キャンベルさんと対談して「9月1日」について理解を深め、思索をしていく様子がまるで「旅」のようだなと思いました。今回の「旅」を通してご自身にどんな変化がありましたか?

内田:変化というか、自分にとって一番大きかったのは、「衝撃」でした。「学校に行けない」ということが、なぜ死につながるのかが、本当に理解できなかったし、だからこそその理由を知りたいと思いました。

自分が子育てをしていても思うのですが、ひとりの人間を育てるといったときに、親はどれだけの愛を注いでいるか、逆に、それによってどれだけの愛をもらっているか……。そんな営みの中で、「1人」という数字にどれだけの重みがあるか……というのは切実に感じることなんです。

それなのに「9月1日」というたった1日で、百何十人もの子どもが自殺をしてしまうという現状を知って、もどかしさを感じるとともに、何とかしたいという、それこそ悲鳴にも似たような気持ちになりました。

そして、実際に不登校経験者の石井さんやEさんにお会いして、「当時はどういう感情だったのか?」とお話を聞いていくと、学校に行けなくなってしまう人たちが、ある種、センシティブに世の中や自分のことも見つめていることが分かりました。

自分自身を振り返ってみても、ちょっとしたイジメを経験したり、学校に行きたくないと思ったりしたことはありますが、あまり深いところまで行かずに済んだというか、取りあえず、表面的に進んできてしまった感じがあるんです。

もちろん、そういうたくましさも生きる上では必要なんでしょうけれど、一方で、ある意味「浅はかさ」のようなものが自分の中にあったことに気付き、「この人たちはなんて正直に生きているんだろう」と教えられた気がします。

それに、これ以上ないというくらいの深い闇を経験したからこそ、闇から這い上がって戻ってきたときのパワーというか、生きる使命感。「この経験を決して無駄にしたくない」という人間力のようなものを感じました。

そういう人たちと出会う「旅」を経たことで、これまで以上に、人間って、今ここに存在しているだけでいとおしい存在なんだな、という気持ちが強まりました。だからこそ、「死にたい」と思っている子たちの自殺を食い止めたい、そのためにはどうすればいいのだろうか? とも思うんです……。

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