世界最高峰のレース「ダカール・ラリー」とは何か…完走した藤原慎也の「心残り」と「あの道にはあった」と言い切るもの
読売新聞 / 2026年2月14日 10時0分
世界最高峰のオフロードの長距離レース「ダカール・ラリー」。このレースの二輪部門を完走したバイク乗りがいる。藤原慎也、36歳。彼はなぜ、大けがを負いながらもその舞台を戦いきることができたのか。その果てに見たものとは――。「ダカール・ラリーへの道―藤原慎也の挑戦―」最終回は「これから」です。(→前回の記事はこちら)
ダカール・ラリーが終わって約1か月。自宅で過ごす療養期間に「本当に自分に起きたことなのか」と思う。実感がない。部屋の中にあるダカール・ラリー完走を証明する銅色のメダルと折れた鎖骨の痛みだけが、現実感を与えてくれる。Instagramのフォロワーが数千人増え、SNSを中心にバイクに関心がある人やそうでない人からも応援のメッセージをもらった。世界最高峰とはこういうものかと驚く毎日だ。
相次ぐけが、過酷なレース
2025年12月26日。夢の舞台「ダカール・ラリー」を目前にした僕は、自宅で高熱にうなされていた。昼から病院に行ったものの、寝たきりの状態になってしまった。だが、不思議なことに出発当日の29日朝には熱は引いていた。
長い空路をへて、30日に大会のスタート地点であるサウジアラビア、ヤンブーに入る。まず驚いたのは、大会のホスピタリティーの高さだ。スタート前のビバーク(キャンプ地)には、食べ放題のレストランや小さなフットサルコート、ゲームセンターのような施設まで用意されていた。日本の春先のような気温で過ごしやすく、日中は半袖・半ズボンで過ごす。世界ラリーレイド選手権モロッコ大会やアフリカエコレースという、今まで参加してきたラリーレースとは全く違う。注目度も、予算規模も、桁違いなのだろう。現地に到着してからレースが始まる1月3日までは、出発前に高熱にうなされていたのがウソのように、リラックスすることができた。
1月3日。レースのスタートラインにつくと、いよいよ約8000キロを走るのだという実感がわいてくる。ここまで過ごしてきた年月と、ついにこの場に立つことができたという達成感。でも、それ以上に胸に迫るのは、今から始まるレースへのドキドキワクワクだ。
レースは滑り出しこそ調子よく進んだ。渓谷の中を進むコースは、スピード勝負のところもあるが、低速域のテクニック勝負なところも多く元々、障害物をバイクに乗ってクリアする競技「トライアル」のライダーだった僕からすれば、難しいコースではなかった。
だが、そんな状況は長くは続かなかった。2日目、給油ポイントを通過し、見渡す限り地平線が広がる砂丘を時速130キロほどで飛ばしていたときのことだった。突然、バイクに取り付けていたタブレットのロードブックが「!!」を示した。このマークは危険な場所を示しているのだ。
目を細めて前を見ると、1メートルくらいの小さな土の盛り上がりが見える。確かに知らずに突っ込めば危ないが、スピードを落とせば問題ない――そう思った矢先だった。盛り上がりの直後が、10メートルほどの「砂の崖」になっていて、バイクに乗ったまま飛び出す形に。「死ぬ!」と思い、必死に後輪から着地しようと試みたが、ハンドル部分に頭をぶつけた。命こそ助かったが、脳しんとうで目が回る上に、視界がおかしい。右の目と左の目で見えているものが交差していた。やっとのことで、この日のビバークに到着してメディカルチェックを受けると、目の骨折と診断された。多少休めば視野は回復し、痛いのは目だけだったので、レースは続行。ここまできて、こんな序盤に引き下がれるわけもなかった。
その後も腹部を強く打って血尿が出たり、タブレットが故障してロードブックが表示されなくなったり、トラブルが続発した。決定的なダメージを負ってしまったのはステージ5だ。
川の近くのコースを走っている時のことだった。固い黒い石が地面に散乱するコースを走っていると、ロードブックがまた消えた。仕方がないので、前方を走るライダーをナビ代わりに走行していたところ、砂煙でタイヤ1本分ラインを外してしまったのだ。後輪が悪路にひっかかり転倒。突然のクラッシュにバイクから投げ出されて岩に体を叩きつけられた。
アドレナリン全開の状態でバイクを起こすと、肩に力が入らないことに気づいた。そして、やってくる痛み。この日もメディカルセンターに向かうと「鎖骨骨折」と診断された。診察してくれたドクターからは、レースの棄権を強くすすめられた。でも、そのときに浮かぶここまでの道のり、支えてくれた仲間たち――。激痛が走るなか、「体は動くから大丈夫だ」と押し通した。
神様を信じた
そこからのレースは過酷を極めた。すでに折れている鎖骨をさらに強打すれば、骨が強くずれて、開放骨折することもあり、最悪の場合は後遺症が残る危険性もあった。このプロジェクトの目標は「完走」と掲げていたが、僕はどこまでいってもレーサー。少しでも速く、少しでも順位を上げたいというのは
ラリーレースには、SSという競技を行うコースと、SSとSSの間を移動する「リエゾン」と呼ばれる移動区間がある。今だからこそ話せる話だが、このリエゾンの間、僕は痛みと悔しさで泣きながら走っていた。でも、このプライドと体の痛みに耐えてでも、完走しなくてはならないという使命感だけが僕のことを突き動かしていた。
ラリーレースは自然との闘いでもある。日本で暮らしていたら絶対見ることができない光景にも出くわす。砂丘に現れる100メートル規模の砂の山を登るのはまさに、その代名詞だろう。ビルのような砂場を必死にバイクで駆け上がると、見渡す限りの砂丘。果てのない絶景に世界の広さと、レースの雄大さを感じた。
視野はぼやけ、血尿が流れ、肩の激痛に見舞われる。満身
父の影響で初めてバイクにまたがったのが7歳。人生の大半をライダーとして過ごしている。生活のために工場でネコのエサを作ったり、日本屈指のトライアルライダーになっても食えなかったり……。苦しかったり、辛かったり、悔しかったりしたことは、数えればキリがない。
でも、この時だけは、思わず神様の存在を信じた。直前までの高熱がうそのように引き、リタイヤを宣告されるようなケガを抱えながらも、世界最高峰のレースを戦っている。バイクに乗っていれば痛みが引いていくのは、神様が僕に「まだ走れ」と言っているような気もしたのだ。
これが「ダカール・ラリー」だ
ゴール直前、周囲は観客であふれていた。ここまでくれば、リタイヤするライダーもいないからなのだろうか、どのライダーもスピードを落として、レースを堪能している。さながらウイニングランのような感覚で、このときに僕の緊張はほどけてしまった。
ゴール直前、干上がった海なのか沼地のような場所で転倒してしまった。「みんな、きれいに格好良くゴールするんだろうな……」と笑いながら、泥だらけの姿でゴールをする。順位は完走者90人のうち、55位。ゴール直後にレーサーはインタビューコーナーに向かうことになっていたが、その前に水で流そうと思ったら、周囲の関係者が「そのままで行け」と笑っていた。現地の人たちからカメラのレンズを向けられながら、誰となくこんな言葉が飛んだ。「これがダカール・ラリーだ」
「これから」に胸は高鳴る
僕のダカール・ラリーへの3か年計画は、これで終わりだ。
撮影された、泥だらけのゴール写真を見ると、「これはこれで、らしいな」と思わず笑ってしまう。心残りがないわけじゃない。レーサーとして参加したのに、最後は完走するのに必死で、望んだ位置にいることはできなかった。
でも、この挑戦で学んだことがある。ダカール・ラリーは「挑戦し続ける者だけがたどり着けるロマン」だということだ。もし、もう一度レースに挑戦したいと思うのならば、スポンサー探しから始めなければならない。痛みも、苦労も、絶対に避けられない。
だけど、その挑戦を続ける人だけが、あのゴールにたどり着くことができる。限界まで追い込まれて、それでも前に進むことで見ることができる景色が、確かにあの道にはあった。
さて、これから先、どうしようか。今はまだ分からないけれど、誰も知らない「これから」を思うと、胸が高鳴ることだけは確かだ。じゃあ、またどこかで。(おわり)(構成・デジタル編集部 古和康行)
プロフィル
藤原慎也(ふじわら・しんや)
1990年1月6日、兵庫県西脇市出身。バイク・トライアルライダー。バイク好きの父親の影響で7歳からバイクに乗り始める。障害物を走破する「トライアル」を中心に取り組み、24歳で全日本選手権の国際A級でシリーズチャンピオン獲得。国内で20人ほどしかいない最高クラス「スーパークラス」で戦う。2026年1月に開催されたダカール・ラリーに初出場、完走を果たす。
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