『侍タイムスリッパー』から見る近年のヒットの法則 体験、共有が感動の連鎖を広げる
よろず~ニュース / 2024年12月30日 8時10分
「侍タイムスリッパー」のワンシーン
2024年も終わりを告げようとする中、日本の映画賞が発表されつつある。
中でも注目なのが、社会現象を起こした映画『侍タイムスリッパー』だ。同作は多くの映画賞で作品賞や監督賞を受賞、ノミネートが続いている。監督の安田淳一は現在57歳。映画『拳銃と目玉焼き』(2014)、『ごはん』(2017)と自主で作り続け、3作目の『侍タイムスリッパー』は今年8月17日に池袋シネマロサ1館での上映からスタートし、300館以上を超える展開を迎えている。そのきっかけとなったのがSNSでの評判だ。
実は同作は自主制作映画ならではの壁がある。予算的に宣伝会社に依頼することができなかったため、試写案内を映画ライターやマスコミに幅広く送る手立てがないという点だ。ドラマの主演を務めるようなスター俳優が出演しない限り、インタビュー記事なども厳しくなる。そうなると観客の口コミに頼ることになるのだが、コロナ禍以降、映画館での興行も厳しく、口コミも厳しかった。
では一体、『侍タイムスリッパー』が何故、ここまで人の心を掴んだのか。それには昨今の映画館スタイルの変化も少なからず影響を及ぼしている気がした。
コロナ禍以降、これまで以上にアニメが目立つ日本の興行の中で、社会現象を巻き起こす映画が2作生まれた。まずは2022年公開の『トップガン マーヴェリック』だ。トム・クルーズ主演で1986年に大ヒットを記録し、ブームを起こした戦闘機アクションの36年ぶりの続編は、本格的な戦闘機の空中戦とドラマティックなまでの男達の友情と戦いを描き、IMAX、4DXなどスクリーン展開も多様で興行収入135億円という空前の大ヒットとなった。結果、2022年度、日本の興収は『ONE PIECE FILM RED』、『劇場版 呪術廻戦0』に続き3位となった。
ただし、『トップガン マーヴェリック』は大手メジャー配給作品なので、シネコンでの上映館数も多く、トム・クルーズ来日というニュースもあり、映画館で気軽に観られる環境で宣伝も大々的に行われている。
一方、同年にロングランを記録し、「Naatu Naatu」が米アカデミー賞歌曲賞を受賞した作品が公開されている。それはS・S・ラージャマウリ監督のインド映画『RRR』だ。運命のように出会ってしまった二人の男が兄弟の契りを結ぶもやがて敵となり、互いの信念を賭けて戦うスペクタクルアクションだ。本作は今まで日本国内で公開されたインド映画におけるNo.1ヒットとなり、24億円を突破する興収を記録している。実は『RRR』は、その前の同監督による映画『バーフバリ』[伝説誕生][王の凱旋]のヒットがベースを作っていると言っても過言ではない。理由は、『バーフバリ』公開時、限定上映を行なった新宿ピカデリーで映画のドラマティックな展開と興奮を届けるべく、応援上映を企画・運営するV8Japanに声をかけ、応援上映を開催。そのイベント上映が人気となり、俳優や監督来日という実を結び、ファンが膨らんでいったのだ。そんな中で『RRR』の公開を待ち望んだファンがいち早く作品の魅力を口コミで広げ、応援上映も開催され、更にインド映画ブームを巻き起こしたと言える。
話を『侍タイムスリッパー』に戻すと、まさに本作は前二作の魅力を持ち、映画館を活用した方法でファンの心を掴んでいる。ご存知の通り、コロナ禍以降に観客が配信に慣れて映画館離れが起こってしまった。だからこそ観客は映画館に対して配信では体験できない刺激を求め、『トップガン マーヴェリック』や『RRR』のような感情を激しく揺さぶられるものを求めていた。これらの映画は、リピーター率が高く、映画館頻度の高い映画愛好家だけではない人々に届いたことでヒットの現象を起こしている。
もちろん作品力がなければ、ここまでのヒットは生まれない。『侍タイムスリッパー』を含む三作品は、ドラマティックな脚本だけでなく、主人公を含む全キャラクターが個性的であり愛着が湧くのだ。それに加え、『侍タイムスリッパー』は、劇場に来た観客への感謝を伝えるべく、毎週のように俳優や監督が舞台挨拶を行なっていた。
今、映画館は、過渡期を迎えている。確かにIMAXや4DXで楽しめるという謳い文句の映画は観客も足を運びやすく、映画館でも導入が続いている。しかし、一番大切にしなければいけないのは、笑いや涙を共有する映画の製作とその魅力を盛り上げるイベント企画だろう。だからこそミニシアターからもヒットが生まれるのだ。そう言い切れるのは、筆者が映画イベントに携わる身として体感しているからであり、映画館で感動を味わい、製作者達のトークで想いを共有したファン達が、SNSに魅力を書き込み応援し、リピーターとなって支えるという構造を見ているからだ。たった一館からでも口コミの力で上映館数や上映期間は延長する。それこそファンの力がヒットの法則だった。
(映画コメンテイター・伊藤さとり)
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