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日本商工会議所会頭・三村明夫の新・資本主義論「中小企業の果実は大企業に吸い取られている現実を」

財界オンライン / 2022年2月8日 7時0分

日本商工会議所 三村 明夫会頭

新しい資本主義とは何か? 「今までの経済体制に欠けていたもの、新しく付け加えるべきものは何かといった議論が交わされている」とは「新しい資本主義実現会議」委員でもある日本商工会議所会頭・三村明夫氏。経済の主役・民間企業の生産性をいかに上げるかということで言えば、全企業の99%を占める中小企業の生産性向上がカギ。大企業との力関係から、中小企業は例えば生産性向上も「実質で4~5%あったにもかかわらず、大企業との取引価格に適切に反映されず名目では1%程度の伸びに留まっている。これは改善されなければいけない」と強調。大企業と中小企業がバラバラに対応するのではなく、「コスト負担も価値創出もサプライチェーン全体でフェアに分かち合う」という問題意識。原材料高騰によるコストアップを製品価格にどう転嫁していくか、賃上げで国民所得の向上をどう図っていくかという大事な時。「中小企業は日本経済の基盤」とする三村氏の新しい資本主義論とは。

本誌主幹
文=村田 博文

【画像】知ってる?日本資本主義の生みの親、渋沢栄一氏

中小企業は日本経済の基盤

 経済人の集まりである商工会議所の歴史は古い。日本資本主義の生みの親、渋沢栄一らの手により東京商工会議所の前身、東京商法会議所が設立されたのは1878年(明治11年)のこと。
 明治政府の『殖産興業』政策もバックにあったが、国力向上の基礎は民間(企業)にあり、企業の育成を図らなければという思いが渋沢にはあった。

 明治維新1年前の1867年(慶応3年)パリ万博に参加するための訪欧団の一員として、渋沢は幕臣の身で渡仏。万博会場でフランスの軍首脳と実業人が対等に会話している光景を見たりして、日本の『士農工商』制度について考えさせられた。
 西欧の技術開発の進展、社会運営のあり方を目の当たりにした渋沢は帰国後、日本の産業資本の育成に尽力。国力を高める、国富を増やす役割を、民間(企業)が担うという渋沢の思想。

 一時期、明治新政府にも身を置いたが、官を辞し、自らは銀行、海運、電気、ガスなど幅広い事業の創出に身を投じた。
 以来140年余、今、日本はデジタル革命(DX)、グリーン革命(GX)の真っ只中にあって、針路をどう取るか、新たな試練を迎えている。課題も多い。

 まず経済の停滞、つまり国富が増えていないということ。
 1990年代初め、バブル経済がはじけて以降、経済は低迷し、〝失われた30年〟が続く。1人当たりGDP(国内総生産)で見ると世界24位。数年後には韓国に追い抜かれるという見方もある。

 このコロナ危機で、国民所得をどう引き上げるか、賃金水準の引き上げをどう引き上げるのかという生産性の課題。
 また、米中対立が起き、経済に安全保障が持ち込まれ、対中国政策をどう実行していくのか。そして、中長期的には2050年にCO2(二酸化炭素)排出を実質ゼロにするカーボンニュートラルをどう実現していくかという課題も抱える。

 日本商工会議所会頭・三村明夫氏は「中小企業は日本経済の基盤」とした上で、経済再生には、「日本の総企業数の99%を占める中小企業の生産性向上が不可欠」と語る。
 日本商工会議所(略称・日商)は全国515の商工会議所を抱える。その日商会頭は東京商工会議所(略称・東商)の会頭が兼任するというのが習わし。
 三村氏は日本製鉄出身。1940年(昭和15年)11月2日生まれの81歳。新日本製鉄社長・会長などを経て2013年東商会頭に就任。日商会頭を兼ねて現在3期目(1期の任期は3年)。

 3期目はもろにコロナ危機に遭遇。そのコロナ危機で感じたことは何か?
「人との接触が減り、改めて、人は1人では生きられないということを実感しました。さらには、コロナ禍で顕在化した社会全体が抱える課題を解決していくことが自分たちの幸せにつながり、人生の目的でもあると皆が考えるようになった。きっかけをコロナ危機はつくったと思います」

 三村氏はこう感想を述べながら、次のように続ける。
「企業の存在意義を今一度考えようとする機運が高まっています。企業の目的は利益をあげることだけではなく、社会が抱える様々な課題を解決していくことでもあります。それらを両立させることが大事です。働く人たちの話を聞くと、特に若い人たちにそういう意識が強まっています。自分が勤める会社が、社会課題を解決していくと同時に収益も上げている。そういった会社で働くことに生き甲斐や誇りを感じる若い人たちが増えてきていることは嬉しいです」

 コロナ危機はパンデミック(世界的大流行)を引き起こし、経済を直撃。特に運輸、観光・宿泊、飲食は打撃を受けた。一方で製造業は全般的によく、IT関連も好業績と明暗を分ける。
 こうした状況下、新しい生き方、働き方をどう築いていくか。

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「強く、豊かな国でなければ、有事に…」

 コロナ危機はまだまだ続く。
 経済三団体の各トップは年頭所感で、これからの針路について、自分の思いをそれぞれ述べた。
 三村氏はコロナ禍の体験を踏まえて、「強く豊かな国でなければ、有事に国民を守ることができないことを再認識した」と強調。その上で、経済成長の課題として、「日本の雇用の7割を担う中小企業の生産性向上が重要」という考えを表明。

 経団連会長の十倉雅和氏は、岸田政権の『成長と分配の好循環』について、「まずは成長が重要だ」と指摘。その上で、「企業こそが成長と分配の担い手」という認識を示し、政府と協力しながら課題解決に向かうとした。

 経済同友会代表幹事の櫻田謙悟氏は過去30年間、日本経済が停滞した原因を「社会を一変させるようなイノベーションを生み出せなかった」とし、企業経営者に自問自答を求め、問題解決に当たろうと呼びかけた。

 3人のトップは、国のあるべき姿、企業の役割と使命、そして個人の生き方・働き方に言及。改めて、国、企業、そして個人の三者連携とそれぞれの存在意義が問われているということだ。

日本の強さと弱さ

「コロナ禍で多くの人達が、自分たちの幸せは何なのだろうか、企業は何のために存在するのだろうかと考え始めました。最近、こうした企業の存在意義や価値を見直す議論が多いですが、国が豊かでないと国民の命も生活も救えません。これが再認識されたわけですから、様々な社会課題を解決しながら、もう一度日本という国を豊かで強い国にしていかなければなりません。その実現に向けて議論するのが、新しい資本主義だと解釈しています」と三村氏は語る。

 コロナ危機は日本の良さと弱さを同時に露呈。良さは国民の衛生意識の高さ。マスクの着用や手洗いの励行など、衛生意識の高さもあって、欧米各国と比べて、人口当たりの感染者や死亡者の数は、はるかに低い。
 一方、新型コロナ感染の初期、マスク不足で国民の不安心理が一気に高まった。マスクは平時、中国などアジア諸国でつくられ、日本は輸入していた。有事になるや、中国を始め各国は自国民への配布優先措置を取った。

 他の医療用機材や物資も同様の問題を抱える。平時は何もないから、コスト優先一本槍で経済運営をしてこられたが、有事にはそうはいかない。
 危機管理体制が全く整っていないことに、日本はハタと気づかされた。経済が危機管理策と絡まってくる瞬間である。

 それを踏まえて、「日本という国は豊かで強い国でなければいけない」と三村氏は訴える。
では、どうやって、『豊かで強い国』をつくり上げていくか─。

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新しい資本主義とは何か?

 今、『新しい資本主義』の議論が活発である。岸田文雄首相は昨秋の政権発足後、『新しい資本主義』を標榜し、『成長と分配の好循環』を打ち出した。
 イノベーション(技術革新、経営創造)の力が欧米と比べて弱く、中国にも越され始めたという現状への危機感から、企業が研究開発や人的投資を推し進め、生産性向上を実現し、個人の所得アップも図るような社会づくりを目指すとする。そこで、岸田首相は自らが議長となり、内閣に『新しい資本主義実現会議』を設置したという経緯。

 委員は15人。この中に日商会頭の三村氏と共に経団連会長・十倉氏、経済同友会代表幹事・櫻田氏と経済3団体のトップが名を連ねる。
 この他、川邊健太郎氏(Zホールディングス社長)や、AI(人工知能)活用ソリューションの平野未来さん(シナモン社長CEO)などのIT関連経営者、クラウドファンディングで新しい資金調達を提供する米良はるかさん(READYFOR代表取締役CEO)も顔を並べる。
 また諏訪貴子さん(ダイヤ精機社長)や澤田拓子さん(塩野義製薬副社長)といった女性経営者も参加。
 それに2000年代、産業再生機構専務(業務執行最高責任者=COO)として、旧カネボウや旧ダイエーの再生を手がけた冨山和彦氏(経営共創基盤グループ会長)や日本のAIを引っ張る松尾豊氏(東京大学大学院教授)など学識関係者も加わり、多様な委員構成だ。

 昨年10月の岸田政権発足から年末までに3回、会議が開かれ、各委員からの提案をまとめている段階。
 例えば、人への投資が成長を促すといった提案。デジタルイノベーションの今、先進国の付加価値の源泉は有形資産から無形資産(ソフトウェア、知的財産など)に移行。人的資本への投資が成長を生むといった指摘だ。〝費用としての人件費〟から〝資産としての人材〟への投資を進めるべき─といった提案。
 三村氏は、『新しい資本主義』をどう考えるのか?

日本の将来に中小企業の生産性向上が必要!

「新しい資本主義とは何かはまだ分かりませんが、『分配』を強調するだけが新しい資本主義ではありません。ただ、新しい資本主義というキャッチフレーズで、今までの経済体制に欠けていたもの、新しく付け加えるべきもの、そうした事を皆が考え、提言しています」
 三村氏は『新しい資本主義』をめぐる議論が活発になっていること自体は意義があるとしながら、次のように力説する。

「1つはっきりしていることは、国民全体の生産性を引き上げなければ日本の将来はないということです。生産性を引き上げる上で大切なことは雇用の7割を担っている中小企業の生産性が引き上げられてこそ、日本全体の生産も上がるということです」
 三村氏が続ける。
「ややもすれば中小企業はかわいそうだ、弱い存在だ、助けなければいけないという議論になりがちです。そうではなく、日本全体の生産性向上には、中小企業の生産性向上は必須であり、そのために何をすべきなのか、そうした観点で具体的な方策を議論すべきだと思います」

 では、どう引き上げるのか?  
大企業と中小企業の取引では、その力関係から、中小企業の申し入れ値が大企業から買いたたかれやすいという現実。
 つまり、中小企業の価格転嫁力が弱く、これが中小企業の労働生産性の伸び悩み要因につながっているという三村氏の指摘である。

 2016年度から2018年度にかけての中小製造業の実質労働生産性は1・1%の上昇だが、価格転嫁力指標はマイナス2%強になっている。
 中小企業が大企業相手に製品やサービスを売る時、思うように言い値が通らず、相手から切り下げられているということ。
 これは古くて新しい命題。日本がデフレに入る90年代後半から、特に中小企業の価格転嫁力はマイナス幅が大きくなった。リーマン・ショック時(08年)は需要低迷に加え、この価格転嫁力喪失が中小企業を苦しめた。

「これまでも中小製造業の労働生産性の伸びは、実質で4~5%あったにもかかわらず、名目では1%程度の伸びに留まっています。つまり、中小企業が生産性を高める努力をしても大企業との取引価格に適切に反映されず、中小企業へしわ寄せされてきたことがあります。これは改善されなければいけない」と三村氏は強調。

 では、どう課題解決の道筋を描いていくのか?

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サプライチェーン全体で課題解決を!

「言い換えればコスト負担も価値創出もサプライチェーン全体でフェアに分かち合うということです。これを実現するために、日本商工会議所は政府とともに『パートナーシップ構築宣言』運動を進めています」
 大企業と取引先である中小企業はいわば運命共同体。大企業と中小企業が対立するのではなく、同じサプライチェーンに属する身として、コストアップ要因に対処し、付加価値創造(バリューアップ)を「共にやっていこう」という三村氏の訴え。

 そして、三村氏がもう1つ訴えたいことは、中小企業の労働分配率が75%から80%と、非常に高いということ。
 つまり、創出した付加価値から人件費に充てる分配率が非常に高い。「中小企業の労働分配率は75%から80%で、残る部分は20%から25%しかありません。さらにそのうち15%が利払いや租税公課などに充てられ、最終的には10%程度しか残らないのです。その中から配当や将来への投資を行うのは非常に厳しい」と三村氏は現状を語る。

 中小企業に対して、イノベーションへ向けての努力が足りないのではないかという指摘もある。このことをどう考えるか?
「東京商工会議所の調査では、中小企業のうち73%が事務改善、業務効率化を行い、30%が他企業を凌ぐ高いレベルでの事業変革に取り組んでいるという結果が明らかになりました」
 三村氏はこう答え、このコロナ禍の中で、21年度の所定内賃金の動向について「業績改善によって賃上げを実施した企業は11・1%、業績改善がみられないまま賃上げを実施した企業は30・3%です。合計で41・4%の企業が賃上げを実施している」と強調。
 中小企業も新しい世に合わせて、自らを変革し、体質強化をする時代。まず、自助、そしてサプライチェーン全体で課題解決をという三村氏の訴えである。

もう1つの課題のエネルギー確保は?

 今、日本の置かれた状況は厳しい。資源・エネルギー、食料、穀物価格の上昇で世界はインフレ状況。日本は円安で打撃をもろに受け、必要な資源・エネルギー、半導体をどう確保するかという課題に直面。何より原材料高騰を製品価格にどう転化していくか、状況は混乱含みだ。
 資源・エネルギーの確保には日本はTPP(環太平洋パートナーシップ協定)やRCEP(地域的な包括的経済連携)を活用して進めるべきというのが三村氏の考え。
 2030年にCO2排出を46%削減(2013年度対比)する─という計画も唐突に出てきた感じで、コスト問題をどう捉えるのかの議論がなされていないことは産業界の懸念材料。

 化石燃料をぐんと減らし、再生可能エネルギーを倍増させる2030年時点でのエネルギーミックス。それはそれで2050年のカーボンニュートラル(CO2の実質排出ゼロ)へ向けての大きな1つの目標だが、エネルギーの安定供給(セキュリティ)やコスト面で、どう対応するのかという課題は残る。

「削減目標の達成ありきでエネルギーミックスを示したため、コストの議論が欠けています。再生エネルギーの比率を大幅に増やすことで、例えば各個人、家庭はどの程度のコスト負担になるのか、電気料金を始めエネルギーコストが高まれば産業界は国際競争力を維持できるのか。政府はこうした課題をまず洗い出して、丁寧に説明することが必要です。今までのCO2削減の議論では、多くの人にとってコスト負担は他人事でした。しかし、そんなことはあり得ません。必ず社会全体としてのコスト負担があるわけで、それをわかった上で『やろうじゃないか』ということであれば本物になっていくと思います。我々にも覚悟が必要だということです」

 大きな目標へ向けて、その移行過程(トランジション)をどうするかを皆で考えようと三村氏は訴える。

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資本主義が修正されて来た歴史の中で…

 資本主義に完成形はない。時代と共に修正されてきたというのが資本主義の歴史。
 1989年の『ベルリンの壁』崩壊、1991年の旧ソ連邦解体で社会主義陣営は一気に崩れ去り、資本主義対社会主義の冷戦に終止符が打たれた。資本主義の勝利とされたが、その資本主義にも課題は多い。
 論争も多々ある。古くは1891年時のローマ法王レオ13世から、『資本主義の弊害と資本主義の幻想』という回勅が出された。

 それから100年後の1991年に、時の法王、ヨハネ・パウロ2世から出された回勅には、『社会主義の弊害と資本主義の幻想』とある。その3カ月後に旧ソ連邦の解体である。
 資本主義も社会主義も、幻想(Illusion)と弊害(Abuse)の間を行ったり来たりしてきたという歴史的現実。時の法王もその現実を直視し、世界に啓示を与えてきた。
 その1991年から30年が経つ今、新しい資本主義への模索が続く。
「ええ、世界全体でも一時期、新自由主義、市場原理主義が相当にはやりました。日本だって、モノ言う株主の意向をもっと聞かなければいけないという論調が多かった。しかし、そうした株主至上の資本主義ではなくて、全ステークホルダー(利害関係者)を意識する考えが強くなっています」と三村氏。

 渋沢栄一に話を戻せば、渋沢は『論語と算盤』を著わし、経済(算盤)に道徳や倫理(論語)が必要と、世の中を啓蒙してきた。『国富論』のアダム・スミスも道徳を重要視してきた。
 本来あるべき姿を追求する勢力があって、もう一方に短期的な利益を追う人たちという2つの流れ。
「日本の経済体制の中にも株主至上主義とステークホルダー主義の2つの考え方があり、時代によって双方を揺れ動いてきました。最近のダボス会議では企業は社会にもっと貢献すべきだとの意見が、欧米の参加者から出てきています。日本も見習うべきだという声もありますが、日本は昔から、そういう考え方が既にあったということです」

 ともあれ、新しい資本主義をどう成長、発展させていくか。産業界を〝石垣〟に喩えて、「大きな石(大企業)、中小の石(中小企業)の組み合わせで、堅固な石垣がつくられる」という石垣論が日商(東商)にはある。日本経済の礎石を担う中小企業の生産性アップこそが肝要という三村氏の信念である。

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