「車いすに乗っていたからこそ…」ミライロ社長・垣内俊哉氏が描く未来像とは?
財界オンライン / 2022年2月7日 7時0分
「障害者手帳を電子化した『ミライロID』は世界も視野に入っています」と話す、ミライロ社長の垣内氏。これまでの歩みの中では様々な人との出会いがあった。真剣に向き合ってくれた恋人、真正面から叱ってくれたアルバイト先の社長……。自らの病気と向き合い、事業を通じて、子孫も含めた障害者が暮らしやすい未来を残していきたいと語る。
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「ミライロID」を日本から世界へ
─ 「ユニバーサルマナー検定」、コンサルティング事業、そして障害者手帳を電子化した「ミライロID」に取り組んでいる今ですが、今後、垣内さんが事業において目指していることは何ですか。
垣内 「ミライロID」は2020年6月に民間企業として初めて、マイナポータルと連携しました。当社のようなベンチャー企業を第1号に選んでいただくというのは、政府の勇気ある決断だったと思いますし、それに応えるためにも、いま一生懸命広げているところです。ミライロIDが確立すれば、障害者と企業、自治体とを結び付けることができるわけです。
日本はこの領域において1つになろうとしているわけですから、新しい一歩ではないかと思います。
その先には国内だけでなく、世界も視野に入ってきます。障害者手帳は日本だけでなく世界にもあります。ミライロIDを世界のスタンダードにすることで、例えば日本の障害者がフランスに行った時、あるいはフランスの障害者が日本に来た時に「ミライロID」があれば自由に外出できる社会を実現したいんです。
── 世界の障害者手帳と互換性を持たせようと。
垣内 そうです。次のオリンピック・パラリンピックはフランスでの開催ですから、今フランス政府とも話を始めています。まだ保険証も免許証も電子化されていない中、マイノリティとも言える障害者手帳を電子化できたというのは世界にも誇れることだと思います。
実際、フランスの大臣にもお話しましたが、皆さん驚かれていました。もちろん、スモールスタートでやりやすかった面もあったと思いますが、日本がしっかり向き合っているということが世界から評価されています。「ミライロID」を日本から世界に広げていくことが今、私達が目指していることです。
恋人が真剣に向き合ってくれて
─ ところで、垣内さんの病気は骨が折れやすい「骨形成不全症」ですから、幼少期からご苦労も多かったのでは。
垣内 これまでに入院が20回以上、手術が15回以上です。この骨の病気は私だけでなく、父も弟も同じです。遡れば明治期の先祖も同じ症状ですから遺伝です。
── 中学時代など、思春期の垣内さんはどんな生活でしたか。
垣内 みんな親切で、友達も先生も車いすを押してくれるなどサポートしてくれていました。ただ、当時の私は車いすを押してもらうことが情けない、恥ずかしいという思いを持っていたんです。
その頃、お付き合いをしていた恋人も「車いすを押そうか? 」と言ってくれましたが、私は「大丈夫だ、放っておいてくれ」と意地を張って、自分で漕いでいました。
そんなある時、彼女が「手をつなごう」と言ってきました。車いすを片手で漕ぐのは大変だからと一度は断ったのですが、「付き合っているんだから当然でしょ」というので必死に練習をしました。練習の甲斐もあり、彼女と手を繋いで移動することが当たり前になってきたころ、坂道で彼女が手をつなぎたいと提案した本当の理由がわかりました。
坂道に差し掛かるとどうしても私の方が遅れてしまい、結果的に彼女に引っ張られるような格好になってしまいました。そこで一旦手を離そうとしたのですが、彼女は離すことなく「車いすを押すなとは言われたけど、引っ張るなとは言われてない」と言うのです。私はこの言葉に心の底から感動しました。彼女は彼女なりに、私との向き合い方を考えてくれたのです。
─ 垣内さんは治療に専念するために高校を中退したそうですが、高校は何年生まで通ったんですか。
垣内 1年で中退しました。その後は手術、リハビリなど自分の体と向き合う時間を過ごしましたが、残念ながら歩くことは叶わず、歩けなくてもできることを探そうと、大学受験を決意したという経緯です。
─ いわゆる「大検」を取得して大学受験にチャレンジしたわけですね。
垣内 そうです。最初は関東の大学に合格していて、進学する予定だったのですが、いざ見学に行くとバリアフリーではなかったんです。そこで急遽、後期試験に切り替えたのですが、そこで受けられる学校が立命館大学だけでした。
ところが、受験の2週間ほど前に、外出時に車いすごと転倒して骨折してしまいました。緊急手術をして、ギブスを巻いた寝たきりの状態になってしまいました。
─ どうやって受験したんですか。
垣内 民間の救急車に来ていただき、試験場まで運んでいただきました。立命館大学では、予備校など別会場で受けられるのですが、さすがに寝たきりの学生は受け入れられないと。
そこで南草津の滋賀キャンパスに運んでいただいて試験を受けることができました。どの受験生よりも目立っていましたね(笑)。後期試験ですから倍率が50倍ほどで、合格できて本当にありがたかったですね。
真正面から叱ってくれたアルバイト先の社長
── 大学時代に起業につながるような経験はありましたか。
垣内 学生の時にアルバイトをしたいと、いろいろと応募したのですが、なかなか採用されませんでした。そんな中でウェブ制作会社が採用してくれたんです。
ある時、会議に数分遅刻をしてしまいました。その時に、その会社の社長は「車いすで移動に時間がかかるのであれば、事前に準備をした上で5分前、10分前に来るのが、車いすユーザーの社会人としての務めだろう」と叱ってくれたのです。
─ どう感じましたか。
垣内 見てくれている人はちゃんといることを実感しました。「障害があるから大変だね、仕方がないよ」と言う人はいても、正しいことを正しく言える人はほとんどいません。そうした中、色眼鏡なく、正しく公平に向き合ってくれた方がいたからこそ、私も正しく成長できたのだと思います。周囲の方々には本当に恵まれてきました。
── 立命館大学2年生の2009年に起業するわけですが、その根幹にはどんな思いがありましたか。
垣内 一番の根幹にあるのは家族です。お話したように先祖は外に出ることも、学ぶことも叶いませんでしたが、私は学ぶことも働くこともできた。この時代のおかげで今、このように自由に生活をさせてもらっているわけです。
ただ、やはり不便はありましたし、辛いこともたくさんありました。私の病気は遺伝します。今はまだ家庭を持つ予定があるわけではありませんが、子を授かることがあるならば、私の子どもも同じように、同じ病気がある状態で生まれてくる可能性があります。
私は、浅はかなことですが17歳で3度自殺を試みています。少なくとも、子どもがそうしたことを思わなくてもいいようにしたい。歩けないから、障害があるから、辛いから死にたいではなく、歩けなかったから、車いすに乗っていたから人に恵まれた、挑戦できたんだと思えるような未来を、いつの日か父になる日に向けて残していきたいと思い、起業しました。
── ミライロという社名に込めた思いは?
垣内 「自らの色を描ける未来、自らの路(みち)を歩める未来をデザインする」という思いを込めています。
─ 起業後に苦労したことは何でしたか。
垣内 私が障害者であることに加え、創業時には大学生ということもあり、融資を受けるのが難しかったことです。それでも最後の最後で貸して下さったのが摂津水都信用金庫さん(現・北おおさか信用金庫)でした。私は平成元年の生まれですが「初めての平成案件だ」と言っていただきました。
若さがハンデになることもありましたが、このように応援いただくことも多かったんです。また、私達の後に続くような障害のある経営者が出てくる素地をつくらなければいけませんが、障害がありながらビジネスを志すという人が、まだ日本では少ないのが現状です。
それ以前に、障害があり、大学に進学している人は私が進学した当時は約4900人でした。足元では約3万7000人まで増えましたが、これは全大学生の1%にも満たない数字ですから、決して多くありません。これをさらに増やすための方策が今後、ますます必要になると思います。
コロナ禍を機に事業会社から出資を受ける
── コロナ禍もありましたが、収益の状況はどうですか。
垣内 東京オリンピック・パラリンピックの開催が決まって以降、19年まで順調に成長することができました。ただ、20年にはコロナ禍で売り上げ、利益ともにガクンと落ちました。
こういう時こそ、しっかりと反転しなければいけない、攻めに転じなければいけないと考えました。それまでは銀行からの融資はありましたが、ベンチャーキャピタル等からの資金調達は行わず、事業を進めてきたんです。
しかし、危機的状況となり、様々な経営者に相談をしました。「ミライロID」にさらにドライブをかけて、日本から世界に攻めていきたいと思っていることを皆さんにお伝えしたところ、大阪市高速電気軌道株式会社、京王電鉄株式会社、さくらインターネット株式会社、住友林業株式会社、西武鉄道株式会社、株式会社ゼンリンデータコム、東京海上日動火災保険株式会社、ヤマトホールディングス株式会社、日本生命保険相互会社、三菱地所株式会社の10社等が応援して下さることになり、合計3億円の出資をいただきました。
ベンチャーキャピタルからの資金調達ではなく、事業会社からの出資ということが、多くの方にご評価いただきました。
── 事業面でもつながりがある顔ぶれになりますか。
垣内 そうですね。例えばヤマトHDさんとは、ミライロIDなどのミライロのサービスと連携することによって、新しい物流のスタンダードを創っていくために取り組みを進めています。障害のある方を始め、全ての人にとってこれまで以上に便利で快適なサービスを両社で実現していきたいと思っています。
また、東京海上日動さんとはミライロIDユーザーに向けて保険の販売をスタートしました。障害のある約6割の方が保険の加入を検討する際に困ったことがあるとの声を受けて両社で取り組みを開始しました。
── お話をしていて、垣内さんはいろいろと勉強しておられる印象を持ちました。
垣内 若いからこそ、やはりもっともっと学ばなければいけないと思っています。
得てして私が持つ病気の人は短命なことが多いですから、仮に人生が100年あるとしても、私の場合は100年はないでしょう。
それを考えると、私は折り返し地点に差し掛かるわけですから、50代、60代、70代の経営者の方々と、肩を並べるとはいかなくても、同じ視座で話し、仕事ができるようにならなければいけないと思っています。
だからこそ、多くの経営者の方にいろいろなことを教えていただきました。皆様とお食事をお供するだけでなく、「ご縁を増やしなさい」と、できないにもかかわらず、ゴルフ場に呼んでいただいたりもしました。こうした経験を経て、先輩方には空っぽだった私の器を満たしていただいたのです。これを今後は社会にお返ししていきたいと思っています。
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