【三井物産・安永竜夫会長】の新・商社論 不確実性の時代をアニマルスピリッツで!
財界オンライン / 2022年2月22日 7時0分
三井物産の”最年少社長”と言われ、先輩役員32人を抜いて、54歳で社長に就任したのは2015年4月のこと。初めての決算の2016年3月期は赤字に転落し、不採算事業からの撤退と新事業の創出を図るため、事業構造改革に注力。不振事業の整理のため、減損も実施。社長在任6年で減損額は7000億円に及ぶ。昨年、社長職を堀健一氏にバトンタッチ。コロナ危機の中で同社は2022年3月期の連結純利益を8400億円と見込む。商社界では、伊藤忠商事、三菱商事が共に8200億円の連結純利益を見込んで順調。高収益の背景には資源・エネルギー価格の高騰もあるが、資源部門は市況変動で業績も揺さぶられがち。現に世界は今、エネルギーの供給不足と価格高騰に悩む。そういう状況下、2050年に温暖化ガスの排出量を実質ゼロにするという長期目標をどう実現していくかという課題が重くのしかかる。「目標までの移行期をどう過ごすか、その現実解を出すのが商社の使命」と安永氏。その”現実解”とは
本誌主幹
文=村田 博文
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エリザベス女王に謁見して…
不確実性の高まる中、リーダーはどう振る舞うべきか─。
オミクロン株の急拡大で新型コロナ感染症対策もヤマ場を迎えている今こそ、リーダーの真価が問われる。
感染症への危機管理と共に、経済再生が大事になる。感染症対策と共に社会を回していかなくては、国民生活を支える原資や基盤が失われるからだ。
ポストコロナをにらんで、新しい産業構造をどう構築していくかという課題を、どの国も抱える。
DX(デジタルトランスフォーメーション、デジタル革命)と共に進むGX(グリーントランスフォーメーション、グリーン革命)。
脱炭素社会の構築へ向け、各国首脳が集う『COP26』(第26回国連気候変動枠組み条約締約国会議)が英スコットランドのグラスゴーで昨年11月開催された。
その『COP26』の直前、英政府は『グローバル・インベストメント・サミット』をウィンザー城で主催。城主のエリザベス女王が95歳の高齢ながら出席し、欧米をはじめ各国の産業界代表と対話される一幕があった。
招待客は、米国の投資会社・ブラックロックや中東の投資会社・ムバダラ(UAE=アラブ首長国連邦)など、グローバルに投資を手がける企業約200社の首脳。ポストコロナをにらんで、各国の投資をどう呼び込むかという英政府の動きである。
日本からは、三井物産会長・安永竜夫氏も招待された。
「日本の事情はいかがですか」と女王陛下はコロナ事情も含めて訊ねられたそうだが、英国では女王陛下が直接、世界の会社首脳と対話を進めるということ。
余談だが、エリザベス女王はこのサミットの直後、ドクターストップがかかり、『COP26』の本会議には出席されなかった。
自分の体調が許す限り、95歳の高齢をおして、世界各国の産業界代表と〝歓談〟される女王陛下。その姿からうかがえるように、英国がコロナ危機の真っ只中で、国づくりに女王と共に進むという意思を世界に示したということである。
「イギリスという国の産業政策でいえば、これまでは金融が柱で、産業政策がないと言われてきたけれども、今やグリーンビジネスにおいて最先端を走るという国の意思を感じますね」
安永氏はこんな感想を述べ、次のように続ける。
「われわれもイギリスで、例えばCCS、CCUSという二酸化炭素(CO2)を回収して地中に埋めたり、再利用したりするプロジェクトを始めています。北海には枯渇した油田があって、そこにCO2を閉じ込めることも比較的容易にできる。今まで油を流していたパイプラインを逆に使えばいいので、今あるインフラを活用して、そういうことをやろうと。またイギリスは自動車産業が実質的にないので、EV(電気自動車)化を徹底的にやることもできて、最先端を走ろうという意気込みです」
英政府主催のインベストメントサミットには、欧州からもフランス、スイス、ドイツの投資関係者が集い、意見交換をした。
そこで感じたこととは何か?
「ヨーロッパでも感染者が増えているんですが、一方で経済を動かそうという考えも強い。ポストコロナを見据えてではなく、ウイズコロナで何ができるのかという考えですね。この30年間、実質経済成長がなかった日本が、さらに寝ていたら、欧州や世界との差が開くばかりです」
危機になると、物事の本質、本性が見えてくる。普段は気付かずにいる事に気付かされる。
今回のコロナ危機で感じたこととは何か?
「コロナ前に戻っただけでは、日本は足りないんですよね。コロナ前に制約の多かった国も今や、もっと規制緩和したりすることによって、外国から人や資本を招き入れようとしている。現にイギリスがそうですね」
海外から資本が入ってくる、人が入ってくることに対する抵抗感が依然強い日本。それも、「極めて選別的にしかやらない」と危惧する安永氏である。
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〝失われた30年〟を脱出する好機に
〝失われた30年〟─。1989年(平成元年)、ベルリンの壁が崩れ、1991年に旧ソ連邦が崩壊、東欧と呼ばれた国々が市場経済になだれ込んできた。
中国は当時の最高実力者・鄧小平の改革開放路線以来、成長路線を走り、2010年には日本を抜いて、世界2位の経済大国にのし上がり、いま米国2強時代を演出している。
なぜ、日本は〝失われた30年〟という長期の停滞を招いたのか。
「日本は多様性を取り入れることへ消極的というか、あまりにも島国の中で同質性が強く、出る杭を打って、多様性の取り入れも遅い。ダイバーシティ・アンド・インクルージョンと言いながら、それをやろうとしていないんじゃないか」
ダイバーシティ・アンド・インクルージョン(多様性と受容性)─。グローバルに仕事を展開していく上で欠かせない言葉。この言葉を使いながら、安永氏は、「受容性の高い日本人を育てるというのが、われわれの役割だと思っています」と商社の使命と役割に触れる。
三井物産の社員数は連結で約4万5000人。うち日本人は約2万人で、海外に在籍する社員は全体の6割超になる。
「海外の事業現場は間違いなくハイブリッド。現地の人を最大限に生かしつつ、日本から行った人間がチームを作り、まさにインターナショナルチームでやっている」
安永氏は「海外の現地は性別も宗教も国籍も関係なくやっている」と語り、「それをどう東京に持ち込むか」という課題が残っているという認識を示す。
東京の本社社員(4400人)のうち、外国籍の社員は100人程度。今後、「日本人でない人が常に組織の中にいるという状況を作っていかなければ」と語る。
ちなみに、役員構成は、取締役14人のうち、社内9人、社外5人という構成。
社外取締役では小林いずみ(MIGA=世界銀行グループ多数国間投資保証機関元長官、みずほフィナンシャルグループ取締役会議長などを現在務める)、ジェニファー・ロジャーズ(Jenifer Rogers、弁護士)、サミュエル・ウォルシュ(SamuelWalsh、資源会社リオ・ティント元CEO)、内山田竹志(トヨタ自動車会長)、江川雅子(一橋大学大学院経営管理研究科特任教授)各氏という顔ぶれ。
人の面でのダイバーシティ(多様性)を今後、グローバル経営にどう生かすかという課題。
今、日本はもちろんのこと、世界中が直面する資源エネルギー価格の高騰問題がある。
インフレ高進を抑えるべく、FRB(米連邦準備理事会)は政策金利の引き上げ実施を決定。日本銀行は現状変更を行わず、円が対ドルで相対的に安くなり、輸入コストの一層の上昇が懸念され、波乱含み。
原材料コストが上がるのに製品価格や賃金は上がらず、〝悪いインフレ〟を招かないようにするにはどうすればいいのか。
資源高騰の軋みに…
「地球温暖化を食い止めることは、全産業界にとって大きなミッションです。ただ、今回のパンデミック(新型コロナ感染症の世界的大流行)と若干いき過ぎたグリーン化の流れが、既存のシステムを軋ませている感じがします」と安永氏。
日本は1次産品、つまりは鉱物、木材などの資源や石油、LNG(液化天然ガス)などのエネルギーをほとんど輸入に依存している。輸入コストの上昇は、企業の調達コストにハネ返り、企業収益を圧迫する。
そこで、調達コスト分を自分たちの製品価格に転嫁できればいいが、ライバルより先に値上げに踏み切れば、マーケットシェアで負かされるという懸念を抱え、値上げできずにいる状況。
日本は2050年に温暖化ガスの排出量を実質ゼロにするというカーボンニュートラル政策を、菅義偉政権時に打ち出した。
世界も大方、同じ方向、同じ理念で動く。
日本はその中間地点、2030年に2013年対比でCO2排出を46%削減するという中間目標を設定した。あと8年ほどの時間しかない。
製鉄業あたりからは、この中間目標でも、「ハードルは高い」という声が漏れてくる。業種により影響度は違うが、この努力を怠る企業は今後生存しにくいのも事実。
SDGs(人権や環境など国連が定めた合計17の持続可能な開発目標)やESG(環境、社会、企業統治)の意識の高まりから、脱炭素の流れが加速する。
既存の1次エネルギー、つまり、石炭はもとより石油やLNGへ投資しようとすると、反対のノロシが上がる。
NPO(非営利活動法人)やNGO(非政府機関)からの猛反発だけでなく、最近は金融機関や保険会社も、そうしたプロジェクトへの融資や保険を控える。
中間段階で、石油やLNGなど既存エネルギーも一定程度、産業活動や国民生活に必要とされる。しかし、現在でも供給面が追いつかなくなり、需給バランスが崩れて随所で軋みが頻発するという状況。
大手商社の2022年3月期決算が、コロナ危機の中で〝絶好調〟なのも、この資源エネルギー価格上昇による要因も大きい。
同期の純利益(税引後利益)は伊藤忠商事、三菱商事が共に8200億円、そして三井物産は何と8400億円という見通しで、いずれも過去最高益だ。
特に三井物産は前期(21年3月期)の純利益は3354億円であったから、2.5倍以上の増益という好決算になる。
しかし、好決算だからといって、手放しで喜んではいられない。資源エネルギーの価格高騰には必ず反動が付いて回る。もともと市況商品であり、そうした反動を伴う苦汁を商社は嘗めてきた。
だからこそ、資源エネルギー部門の相対的縮小という〝脱資源化〟を図ってきたという経緯がある。
こうした軋みから、どう脱出していくか─。
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『移行期間』をどうマネージするか
2050年のカーボンニュートラルという最終目標の実現に向かって、どういうプロセスを踏むか─ということで、『移行期間』という考え方が生まれてきている。
つまり、どのように〝あるべき姿〟に移行(Transition、トランジッション)していくかという問題意識である。
「この移行期間をいかにマネージしながら、うまく2050年の世界をつくるかということ。米国のバイデン大統領じゃないですが、明日突然、ガソリンが要らなくなるわけではない。だけど、石油開発に投資する人から見れば、一定期間の先の保障がないと投資などできない。それが今の産油国の理論で、先の保障がないから、産油国側もあえて増産には向かわない」
安永氏は既存資源への投資不足から、エネルギーの供給不足を招いている現況を語る。
ESGの名の下に、グリーンの方だけに投資が集まる。だが、現実に、今の北半球は世界的な寒気に襲われ、石油やLNGへの需要は根強い。需要があるからと、投機資金まで入り、悪ノリしている状況。
「基本的な構造は、需給バランスを取る〝神の見えざる手〟が機能していないこと」と安永氏は語り、「では、こうするという現実解を経営者は出していかなければいけない」と強調する。
個別企業として、グリーントランスフォーメーションに懸命に打ち込みながら、同時に現時点での事業のCO2をどうやって減らしていくかという取り組み。具体的にはCCS(CO2の回収・貯留)やCCUS(CO2を回収・貯留し再利用する技術)の活用などが挙げられる。
ただ、本質的なことを言えば、世界のCO2排出量の半分を占めているのは中国とアメリカとインドという現実がある。
「この3カ国が本気にならない限り、解決には向かわない。それに次ぐのがASEAN(東南アジア諸国連合)なので、この人たちをどうやって脱炭素の話に持っていくかということがカギ」と安永氏は語る。
中国も、習近平・国家主席が「石炭火力を増やすな」という大号令をかけたら、大停電が随所で発生したという苦い出来事が起きたばかり。
電力のサプライチェーン(供給網)がただでさえコロナ危機でおかしくなっているのに、さらに軋みが起きている。
エネルギーだけではない。例えば、中国で化学品の一部が不足しているとすると、たちまち世界の需給バランスが崩れて、製品の値段が高止まりする。
「いかにして需給の調整メカニズムがもっと効くような形で、この移行期間を過ごしていくのかという知恵が求められています」
中国との関係は?
日本企業にとって、価値観の違う中国との関係をどう構築するかも最重要課題の1つ。
「今、ややもすれば、米中二元論になるのですが、われわれには一衣帯水の隣国としてやってきたという歴史がある。もちろん体制が違い過ぎることに対して、体制を変えろとは言えないわけで、その中でどうやって中国との対話を継続していくか。アメリカとは日本は価値観を共有している。根本的な人権もそうですし、経済システムもそう。すべてにおいて同じ価値観を共有するアメリカと、歴史観や価値観が違う韓国、中国とどう付き合っていくのかというのは、ものすごく知恵が必要だと」
安全保障面から、日本はアメリカとの間に日米安全保障条約を結んでおり、日米同盟は基軸。最近は日・米・印・豪4カ国による『QUAD(クアッド)』という連携関係も結ばれた。4カ国は共に民主主義国であり、基本的価値観を共有する。
しかし、インド(印)は価値観の異なるロシアとも友好関係を維持している。対中国を多分に意識したものだが、そうした〝アヤ〟の部分を含みながら、国際関係は動いている。
「政治的には二者択一では厳しい選択を迫られると思うんですが、われわれ経済人はともかく中国ともアメリカともいかにして関係性を保ち、お互いに理解し合える環境をつくっていくかがとても大事だと思っています」
かつて、〝政経分離〟とか、〝政冷経熱〟という言葉が日中関係で使われた。その後、両国の関係が一時冷え込み、〝政経不可分〟という認識が高まったこともある。
1972年(昭和47年)に日中国交回復が成って、今年は50周年を迎える。思考の弁証法ではないが、〝正・反・合〟でいけば、今は〝合〟の解をつくり上げる時にあたる。ここは、経済人の奥深い知恵の出番だ。
筋肉質経営を目指して減損処理を断行
安永氏は1960年=昭和35年12月生まれ、2015年社長に就任。飯島彰己氏(前会長、現顧問)から社長職のバトンを受けた時は54歳で、末席の執行役員であった。先輩役員32人抜きでの抜擢で、同社で史上最年少の社長として注目を集めた。
飯島氏としては、思い切った社内改革を期待しての安永氏へのバトンタッチであった。
安永氏は2015年4月から21年3月までの6年間、社長職を務めた。この間、金属、エネルギー、機械・インフラなど、いわゆる資源部門の比重を落とし、IT(情報技術)やヘルスケア・医療などの新規事業を含む、非資源分野の開拓に力を注いだ。
将来性の薄い事業や低迷する事業の見直しを進め、減損などの体質改善策を取っていった。
そして、社長在任6年間で実行した減損額は約7000億円。減損とは、所有する固定資産(土地や機械など)の収益性が低下し、それまでに投資した金額の回収見込みがなくなった場合、資産価値の減額を帳簿上で行うこと。人の体でいえば、肥満体を筋肉質にし、免疫力を高めるというもの。
安永氏が社長に就任して最初の決算、2016年3月期は834億円の最終赤字を計上。1年目から減損処理を実行した。
アナリストからは、「よく次から次へと減損を出すね」と言われたものだが、「僕はいい減損もあると思う」と安永氏は減損処理を続けた。
「われわれは攻めの会社なので、攻めていれば、当然環境の変化、あるいは投資時には思っていなかったことが起こり得る。実質的に価値が棄損してイコール減損につながるのは、一定額は仕様がないと考えています」
安永氏がさらに続ける。
「攻めの経営の裏返しであり、逆に言えば、減損がないということは、攻めていないのではないかと」。
会長になって1年。社長在任6年を振り返ってどう思うか?
「投資効率を高めることを言い過ぎたかなというのがあって、会長になった途端に急に優しく背中をさすっています(笑)」
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アニマル スピリッツで!
コロナ危機前に強力に推し進めた減損でより筋肉質になり、それがコロナ禍の今、成果を発揮しているということである。
経営のラインの指揮系統は堀健一社長が担い、会長の安永氏は40代以下の若手社員とオンラインで対話するなどして、人材育成に努める日々。
「オンライン出張ですね。一時期はひどくて、早朝にアメリカで、向こうは夕方の時間です。昼前にアジアが入って、夕方にヨーロッパが入る。毎日世界一周させられる(笑)」
伸びている社員とは?という質問には、「仕事に対してオーナーシップと呼んでいますが、責任感を持っている人。仕事を達成するために、自分が周りを巻き込んで何ができるのか
を徹底して考え、かつ行動している人は伸びますね」
商社は「人」が財産であり資産。「現実解を追いかけながら、目標に向かって、どうやって一歩踏み込んでいくか。そういう時こそアニマル スピリッツが大事だと思います」と安永氏。
開拓者魂が必要なのは、いつの時代も変わらない。
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