【倉本聰:富良野風話】いつか来た道
財界オンライン / 2022年3月27日 15時0分
ロシアのウクライナ侵攻のニュースに連日晒され、気づけばいつか心の底が、どす黒い鬱に冒されてしまっている。
【倉本聰:富良野風話】開会式
ウクライナの人々の悲痛な運命、ゼレンスキー大統領の孤高な闘いに、何かしてあげたいと思っても何も自分にできることのないもどかしさ。まったく一体どうしたら良いのだろう。
久方ぶりに空襲警報のサイレンの音を聞き、砲撃の破壊音と逃げまどう人々の姿を見せられて遠い悪夢がいきなり蘇った。この道はいつか来た道、この音はいつか聞いた音、この匂いはいつか嗅いだ匂い。プーチンという一人の狂人が、まるでヒトラーの亡霊のようにクレムリンの奥から立ち上がり、世界を破壊へ引きずりこもうとしている。悪魔の蘇生としか思えない。
第二次世界大戦時と大きくちがうのは、核という終着点が目の前にぶら下がっていることと、あの頃僕らが加害国の中にいて、一切の情報から遮断されていたこと。それは果たして今のロシア国民の置かれている立場と、どれ程のちがいがあるのだろうか。そこらの複雑な心の疑問、わけの判らぬ感情の起伏、どうしようもないものへの、どうしようもない焦つきが爆発しそうに体をゆさぶる何とも言い様のない絶望の想いである。
こんな悪魔の所業とも言える行為を、ロシア国民はどう思っているのだろうか。戦争反対のデモを叫ぶモスクワ市民の良識を棍棒で殴りつける官憲の暴力の前に、結局泣くしかないのだろうか。習近平はそれを説得できないのか。
絶望に全てが打ちひさがれる。
そんなニュースをテレビで観ていると、突然その合間に、何の忖度もない能天気な日本のお笑い芸人の能天気なコマーシャルが遠慮会釈もなく次々に入ってくる。
いま悲惨な目に遭っているウクライナのゼレンスキー大統領は、元々あんたらの同業者であるお笑い芸人の出身なんだぜと叫びたくなるが叫んでも仕方ない。そんな場面に自分らのおふざけが登場するなんて彼らは考えもしなかったろうし、それを責めるならそこらへの配慮を毫も考えないテレビ局を責めるのが筋だろう。もっと言うなら、それを提供するスポンサーの不謹慎を責めるべきなのかもしれない。そう思って提供スポンサーの社名をノートに次々に書き留めていったが、空しくなってそれも止めた。
海の向こうに戦争がある。
家を、家族を失う人々がいて、彼らの泣き叫ぶ声がテレビで流される。
海のこっちには平和と豊饒があり、泣き叫ぶ声を涙で見ながら、次の瞬間コマーシャルに笑っている。
海の向こうから海のこっちに、いつ戦争は来るかもしれないし、放射能はいつこの岸に風が運んでくるかもしれない。止めようと思っても犯罪者は止めない。やりきれない。
プーチン暗殺を、ゴルゴ13に依頼したいが、さいとうたかをさんは死んでしまった。
天罰が下るを只祈るのみ。
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