筋肉注射の痛み、感染防止につながる【ワクチン開発】 塩野義が進める「感染症対策」の中身とは
財界オンライン / 2022年4月4日 7時0分
2月25日、国産初となる新型コロナ治療薬の承認申請を行った塩野義製薬。国産ワクチンの開発も急ピッチで進める塩野義だが、新薬の開発という従来の枠に捉われない感染症対策の仕組み作りも進めている。新型コロナで浮彫になった日本の感染症対策の問題点をどう解決しようとしているのか─。オールジャパンの危機管理能力が問われている。
本誌・北川 文子 Text by Kitagawa Ayako
「自分でできる」ワクチン接種
「筋肉注射のワクチン開発を進めているが、痛みを伴わない粘膜免疫分野のワクチンを開発していきたいと、この分野で最も研究が進む千葉大学様と連携させていただいた」(手代木功塩野義製薬社長)
「総合感染症メーカー」として新型コロナの国産ワクチン、治療薬の開発を進める塩野義製薬が、新たな感染症対策に向け、様々な手を打っている。
2月10日には、千葉大学と連携。
「筋肉注射を3〜4週間おきに行うのは簡単なことではない。注射を伴わない自分でできる経鼻、経口ニーズはある」(手代木氏)とみて、千葉大学と新たなワクチン研究に取り組む。
千葉大学未来医療教育研究機構特任教授の清野宏氏は、今回の連携を次のように解説する。
「40年来の基礎研究で、呼吸器の粘膜には巧みな免疫機構が存在することがわかってきた。その仕組みを活用すれば、病原体の侵入と重症化を防ぐワクチンの開発につながる」
今回の連携で共同研究を進めるのが「粘膜ワクチン」。従来の「注射型ワクチン」は抗原を体内に注入し、免疫をつけることで重症化を防ぐが、呼吸器感染症を引き起こす病原体の侵入は鼻やのどなどの粘膜からで、感染そのものを防ぐことはできない。
だが、「粘膜ワクチン」は重症化の防止に加え、呼吸器の粘膜免疫システムを活用して病原体の侵入も防ぐことが期待できる。
清野氏いわく「注射型ワクチンは免疫という警察官を家の中に配備はするが、家の玄関や窓のカギがかかっていない状態。粘膜ワクチンは家の中に警察官を配備し、さらに玄関や窓にカギをかける状態ができる」わけだ。
さらに「注射器・注射針が不要で精神的な不安の軽減につながる。また、点鼻薬ということを踏まえると、自分で接種できるワクチン。医療従事者を確保しなくてもワクチンを接種できる可能性もある」(清野氏)。
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メリットの多い粘膜ワクチンだが「鼻水というかたちで垂れてきたり、鼻水には分解酵素がある他、鼻が脳に近い」など開発には課題もある。
そこで、その課題を乗り越えようと、千葉大は京都大学工学部と創薬ベンチャーのHanaVax(本社・東京)と経鼻ワクチンデリバリーシステムを共同開発。「カチオン化ナノゲル」内にワクチン抗原を封入して、経鼻投与する手法を開発した。
動物実験では投与後12時間、鼻腔粘膜に付着、「抗原を免役細胞に渡し、免疫システムが動き出す」ことを確認している。
この技術を実用化させるため、塩野義製薬と千葉大は産学連携で「粘膜ワクチン共同研究部門」を設置。千葉大学病院の臨床研究に応用可能な施設「コロナワクチンセンター」と塩野義製薬の感染症領域の研究開発ノウハウや製剤化技術を結集させ、経鼻投与ワクチンの開発を急ぐ。
抗原も「今は1つ1つデザインしているが、色々な抗原を1つのデザインでカバーできる『ユニバーサル抗原』の開発にもチャレンジする」(手代木氏)。
感染症だけでなく
病気の未然予防も
より根源的な予防にも着手する。それが島津製作所と設立した合弁会社『AdvanSentinel(アドバンセンチネル)』で取り組む下水モニタリング事業だ。
「施設のモニタリングでウイルスの存在を素早く確認する。下水処理場ではウイルスの有無、種類、変化を確認していく」(古賀正敏アドバンセンチネル社長)
新会社は、〝下水中〟のウイルスを定期的にモニタリングして流行状況の早期検知や収束の判断に資するデータの提供、また〝施設〟の下水をモニタリングして、クラスターの発生予防につなげるなど、公衆衛生上のリスク評価を行う。
塩野義は、北海道大学との共同研究で、従来手法比で感度100倍のウイルスや細菌の定量検出を可能にし、2021年6月から下水疫学調査サービスを開始。
また、島津は建物ごとの下水PCR検査を実施。施設の下水疫学調査で、陽性者の発症1日前に陽性反応を検知。その後、施設の利用者全員に唾液PCR検査を行い、他に無症状陽性者がいないことを確認するなど、「二階建て」の感染拡大防止モデルを構築した。
両社は21年6月、新型コロナウイルスを含む感染症領域の下水モニタリングで業務提携をしているが、新たに会社を設立して、ビジネスとして成立させていく。
合弁会社は、新型コロナに対する調査から着手するが、将来的には「インフルエンザやポリオなどに横展開し、さらには下水から代謝性疾患などのマーカーを抽出して、街の人々の健康にも寄与できるのではないかと考えている」。
塩野義は2030年に向けて「創薬型製薬企業」からヘルスケアサービスを提供する「ヘルスケアプロバイダー」へと進化すべく、ヘルスケア・アズ・ア・サービス(HaaS)のビジネスモデル構築を目指している。
「抗菌剤を作るだけでなく、流行を予測して重症化を防ぐバリューチェーンを作らなければいけない。それに向けた第一歩を島津様と提供させていただく」(手代木氏)と今回の提携の意義を語る。
島津製作所社長の上田輝久氏も「これまで装置を売る事業をしてきたが、サブスクリプションの事業もあり得ると思っている」と期待を寄せる。
だが、ワクチン、治療薬だけでなく、下水モニタリングも欧米ではすでに実用化が進んでおり、日本は後れを取っている。
こうした中、国も安全保障の観点から21年6月「ワクチン開発・生産体制強化戦略」を閣議決定。従来の政策の反省と同時に、ワクチンの開発や生産を国が支援する姿勢を示している。
国内の生産拠点の拡充、感染のモニタリングサービスなど、パンデミックを防ぐ仕組みづくりを進める塩野義だが、そこでかかる費用の主な出し手は国や自治体、つまり税金になる。持続可能な仕組みにするには国民の理解、また企業においても感染症だけでないヘルスケアサービスの構築、国内に閉じない事業展開が求められる。
自らの国をどう守っていくか。改めて広く議論し、安全保障体制を築いていく必要がある。
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