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寺島実郎氏が分析! 孤立するロシア【ウクライナ侵攻後の国際秩序】はどうなるのか?

財界オンライン / 2022年4月5日 7時0分

寺島 実郎・日本総合研究所会長

「国連決議で棄権にまわったCIS加盟国、中国との関係からもロシアの孤立があぶり出されている」

日本総合研究所会長
寺島 実郎 Terashima Jitsuro

「2022年には1人当たりGDP(国民所得)がイランやタイ、ブラジルと同じ水準になる。ロシア国民の生活は一段と厳しい局面に入っていく」─。こう話すのは、日本総合研究所会長の寺島実郎氏。寺島氏は〝プーチンの誤算〟は「政治は経済の上位にあり、政治の力学でいくらでも経済を抑え込めると考えていたことにある」と分析する。経済制裁に加え、ソ連邦崩壊後、バルト三国を除く旧ソ連の国々で結成されたCIS(独立国家共同体)加盟国、そして中国との関係からも見えてくる「ロシアの孤立」の現実とは─。(このインタビューは3月9日に実施)


「軍事大国」だが
「経済小国」のロシア

 ─ ロシアのウクライナ侵攻は民間人を巻き込み悲惨な状況ですが、ロシアは世界で孤立し始めていますね?

 寺島 経済へのインパクトを中心に話しますが、まずプーチンの誤算はどこから起こったのかということです。

 軍事侵攻を起こした段階から、逆四の字固めのような状況になっています。

 当初は、軍事的な攻勢をかけているロシアが、ウクライナを短期的に制圧するだろうという見方をしている人が多かったのですが、わたしは当初から、仮に軍事的に制圧しても、ロシアは地獄の苦しみに入ると言ってきました。まさに、そういう展開になってきているというのが率直な思いです。

 プーチンの誤算は、政治というのは経済の上位にあって、政治の力学でいくらでも経済を抑え込めるというように考えていたことです。

 彼はKGB(国家保安委員会)の出身で、諜報の世界で生きてきた人物。ウクライナ侵攻は「権力=すべてができる」という幻想の中に生きてきた男の限界を見せていると思います。要するに、相互依存時代のグローバル経済に対する理解がプーチンにはほとんどないということが検証されたということです。

 一番重要なことは、ロシアの経済産業力に対する自己認識の甘さです。ロシアは軍事大国で核大国ですが、経済小国だということです。

 世界のGDPに占めるロシアの比重というのは、わずか2%です。わたしたちの試算では、2021年の段階で2%、正確にいうと1.68%です。

 ルーブルの下落がどこまで進むかにもよりますが、ルーブルはすでに4割下落しています(3月10日現在)から、このままいくと2022年にロシア経済が世界に占める比率も1.0%を割ります。 しかも、経済的豊かさを示す指標である1人当たりのGDP(国民所得)でも、ロシアは20年の段階でほぼ中国と同じで、1万ドルの水準を超すところでした。これもルーブルの下落を受けて、おそらく22年には6000ドルから7000ドルのレベルまで落ちていくでしょう。

 わかりやすく言うと、これはイランやタイ、ブラジルと同じ水準です。ですから、ロシアの国民の豊かさは、一段と厳しい局面に入っていく。

 それから、もっと言うならば、ルーブルの下落だけでなく、ロシア国債も投機的という段階にまで格付けが落ちてしまった。つまり、ロシアに投資も集まらなければ、ロシアを信頼して物流や商取引をする人たちもいなくなり、モノもカネもほとんど動かない状態に近づいている。

 SWIFT(国際銀行間通信協会)からも排除され、国際決済の金融の仕組みからも排除されているからです。

 そういう意味合いにおいて、プーチンは、経済は政治によって、いかようにも動かせるものだと思っていましたが、今、それを覆されて、ものすごい恐怖の局面に入ってきています。

 しかも、ロシアの産業構造にも弱点があります。プーチンは22年間もロシアを率いてきていますが、彼は産業を育成してこなかった。

 結局、ロシアの産業力といったら輸出の85%が一次産品で、しかも〝モノカルチャー国家〟という言葉で言われるように、石炭も含めて、石油やLNGの輸出など、化石燃料の輸出で食いつないでいる姿が見えてくるわけです。

 ─ 豊かな国のように見えて、経済の実態は脆いと。

 寺島 そうです。プーチンは2000年の沖縄サミットで初めて国際舞台に登場したのですが、その時、メディアでは「プーチン Who?」という言葉が使われていました。 要するに、当時のロシアは経済的にもヨレヨレで、こんな若者がロシアを引っ張れるのか、と疑問を持ちました。

 ところが、その後、プーチンに追い風が吹いてきた。これは21世紀に入って最初の10年間のエネルギー価格の動きを見るとわかります。

 2000年初のWTIは25ドル60セントでした。それが08年、忘れもしない洞爺湖サミットの年ですが、1バーレル=145ドルまで跳ね上がった。この右肩上がりの原油価格の高騰が、石油モノカルチャーのロシアを救ったわけです。

 わかりやすくいえば、9.11が起きて、一番得をしたのはロシアだったというようなことなのです。


「9.11」を機に
エネルギー大国に

 ─ 9.11以降、イスラム原理主義の資金源を断つ目的から、中東への石油依存度を下げたことが、相対的にエネルギー国家としてのロシアを押し上げたと。

 寺島 そうです。

 プーチンは、その間、エネルギー産業の国有化を進めました。ソ連邦解体後、ロシア経済は建前上は市場化して民主化したということになっていますが、エネルギー産業を国有化し、それを追い風にして長期政権の布陣を敷いていったわけです。

 そして、政治で経済を支配し、軍事大国であれば、国際的にも政治的な圧力をかければ、自分たちの思いどおりになるという考えを強めていく。しかし、そう思ったところに、プーチンの大きな誤算があったというわけです。

 それは、KGBという政治の権力を謀略によって展開していくことを習性とした人間の性(さが)とも言えます。

 さらに、プーチンはハードパワーしか理解できず、ソフトパワーの怖さを理解できなかった。

 相互依存の過敏性という言葉がありますが、経済とは世界の相互依存のネットワークに成り立っている。プーチンは今、そのことのバックファイヤーを思い知らされている。それを、まず正しく認識しておく必要があります。

 ─ プーチンの誤算には、まずロシア経済の弱さを自覚していなかったと。

 寺島 そうです。

 それから、もう1つがロシアの孤立ということです。

 先日の国連決議で、ロシア非難決議が成されたときの結果は、141対5で棄権が35でした。決議に反対した5とは、ロシア、シリア、ベラルーシと北朝鮮、それにエリトリアという、エチオピアの北にある国です。早い話がロシアの息のかかった国々です。

 ここで、わたしが注目するのは35の棄権です。中国やインドの棄権が指摘されていますが、わたしが一番重要だと思っているのは、カザフスタンやウズベキスタン、アゼルバイジャンなどCIS(独立国家共同体=加盟国9カ国)の国々、要するに友好国というよりも同盟国の国々の動向です。

 ソ連邦崩壊後、ロシアを中心に今後どうしていくかを考える中で立ち上がったのがCISです。

 1991年12月のソ連邦消滅宣言を受けて、ロシアが中核となってCISを創立させたわけですが、それは相互の領土保全であり、核の共同管理であり、集団安全保障の仕組みだったわけです。

 ところが、その仲間であるウクライナは微妙な立場にあって、2018年にペトロ・ポロシェンコという当時の大統領が、CISの関連組織から代表者を引き揚げたわけですが、ウクライナはCISから正式に脱退したわけではない。それなのに、かつてソ連邦の一員であり、CISの一員であったウクライナにこういうことをするのかと、一番震え上がったのがベラルーシを除くCISの加盟国だということです。

 そういう意味合いにおいて、注目しなければいけないと思うのはロシアの親衛隊、あるいは一番の同盟ゾーンであるCISの独立国家共同体の国々が、国連のロシア非難に「反対」ではなくむしろ「棄権」に回ったということが、ロシアがいかに孤立しているかという現実を象徴しているということです。

 CISの加盟国は何もロシアにアゲインストしているわけではなく、怯えながらも様子見に出ています。

 つまり、ロシアを支持していない、というところにロシアの孤立を見るわけです。


ロシアを経済的にも
産業的にも飲み込みんでいく中国

 ─ 中国がロシアとウクライナの仲裁の可能性を示唆していますが、中国の動きはどう解釈すればいいですか?

 寺島 外交において、本当にすごいのは中国で、中国の〝微妙性〟に気を付けなければいけません。

 ここへきて、中国の王毅外相が「仲介も厭わない」と言い始めている理由でもあるのですが、中国は沈黙しているかのように見せているけれども、内情をみると本当はものすごく微妙なものがあります。

 ソ連邦が崩壊したとき、ウクライナという国は世界第3位の核保有国でした。要するに、ソ連から独立したものの、核をたくさん持っていたのです。それを国際社会の合意形成でウクライナに核放棄させました。

 その核放棄のプロセスこそ、国際社会では、北朝鮮の核放棄のモデルケースになるだろうと言われています。

 その核放棄のプロセスの中で、1994年に、あくまでも理論的建前の話ですが、中国がウクライナに「核の傘を提供する」という約束をしているのです。

 このあたりの中国とウクライナの極めて緊密な関係を見抜いておかなければいけない。

 というのは、『遼寧(りょうねい)』という名前の中国の航空母艦はウクライナが中国に売ったものです。それぐらい密な関係を持っているわけです。

 さらに、2011年には、中国とウクライナは、いわゆる戦略パートナーシップというものを結んでいます。なぜかというと、ウクライナは中国がグローバルに進めるパートナーシップの『一帯一路』の中核点だからです。現に17年にウクライナは『一帯一路』に参加を表明しました。

 要するに、戦略パートナーとして、もし例えばロシアがウクライナに対して核による恫喝をしたら、本当は約束事として、中国がウクライナを守ってやらなければいけない立場なのです。

 ─ それほどの親密な関係でありながら、中国はロシアとの関係も維持していると。

 寺島 はい。中国は現段階で、ロシアとの親密度を高めている状況にあります。

 中国はしたたかな戦略思考を持っていますから、ここでロシアへの影響力をむしろ高めて、恩を着せようとしている。ユーラシアのダイナミズムを考えたらわかりますが、中国がロシアを経済的にも産業的にも飲み込んでいく勢いの中にあるわけです。

 この状況が、プーチンの焦りでもあるわけです。ですから、例えば、欧州や日本に一次産品を売らなくなっても、中国に売れればいいと考えている人もたくさんいますが、事はそう簡単ではないということです。

 実は、中国への依存を高めてくことの怖さを一番知っているのは、プーチンです。

 一方、中国も手招きしながらも、そんなお人好しの国ではないですから、状況の推移をじっと窺っている。そして、ウクライナと中国は同盟関係にあるということをわれわれは忘れてはいけない。

 そういう微妙な力学が働いているということで全体を見ると、ロシアの孤立という実体があぶり出されてきます。

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てらしま・じつろう
1947年北海道生まれ。73年早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了。同年三井物産入社。米国三井物産ワシントン事務所所長や三井物産業務部総合情報室長などを歴任し、99年三井物産戦略研究所所長。2003年三井物産執行役員、06年常務執行役員、09年三井物産戦略研究所会長。10年早稲田大学名誉博士学位。現在は多摩大学学長(09年〜)、一般社団法人寺島文庫代表理事(14年〜)、一般財団法人日本総合研究所会長(16年〜)などを務める。

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