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【ヒューリック会長・ 西浦三郎】の危機管理学オフィス賃貸に加え、介護、 学童保育に注力する理由とは

財界オンライン / 2022年4月6日 11時15分

ヒューリック会長 西浦 三郎氏

「環境が厳しい時に頑張れる人」─。ヒューリック会長・西浦三郎氏が社長時代、新卒採用の面接で応募者の学生から「社長はどんな人を採用したいんですか」と問われた時の返事。厳しい局面で踏ん張れる人物を育てていくという思いは、当時も今も変わらない。コロナ危機の発生から2年余が経った。そして今、ロシアによるウクライナ侵攻と世界の環境は激変。経営上の危機管理をどう策定し、それをどう実行していくか。「駅から5分以内」をキャッチフレーズに物件を所有し、オフィス、商業ビルの賃貸管理で急成長。2008年の東証1部上場以来、増収増益、増配を記録するヒューリック。過去、リーマン・ショック、東日本大震災に直面しながら、同社は成長。そして今、コロナ禍、ロシアによるウクライナ侵攻という環境激変の中で、オフィス需要はどうなるのか。西浦氏が掲げる危機管理経営とは―。

本誌主幹
文=村田 博文

【画像】「再生可能エネルギー100%」を目指す。ヒューリックの小水力発電設備(群馬県川場村)

『想定外』の事態にどう手を打つか?

「わたしが来てからも、リーマン・ショック、東日本大震災、それから今回のコロナ危機と金融危機や自然災害が起きています。環境問題だったり、地震や噴火だったり、次々と問題が起きています。そうした問題や危機にどう対応していくか。また、会社の組織内部で問題が起きないように、内部統制をどう進めていくかという事も大事」

 今は、予期していないことが、ある日突然起きる環境激変の時。当面の経営課題に注力しながら、サステナブル(持続可能)な経営を実行していくには、「危機管理が重要テーマになる」とヒューリック会長・西浦三郎氏は語る。

 高収益経営で知られるヒューリック。同社は2008年に東証1部に株式を上場。以来、増収増益、増配を重ねている。
 不動産分野では三井不動産、三菱地所、住友不動産の旧財閥系大手デベロッパーに次ぐポジションを固めつつある。
 西浦氏は旧富士銀行(現みずほフィナンシャルグループ)の出身。2006年4月、みずほ銀行副頭取から、ヒューリック(当時の社名は日本橋興業)社長に転じた。

 銀行の支店があるビルの賃貸・管理業務から同社を脱皮させ、今日のヒューリックに育て上げた中興の祖。

「成長性、収益性、生産性、安全性」─。この4つを高いレベルでバランスをとっていくのが西浦氏の経営である。
 扱う物件や投資対象は、都心の銀座、新宿東口など4つの地区に集中させ、物件を買収するかどうかの判定は2日以内というスピード。

 最近は、決算対策上、手持ちの不動産を売却したいという依頼も急激に増えている。
 旧財閥系に比べて、大規模ビル・不動産の取り扱いは少なく、中規模クラスが多いとされる同社だが、2021年末に、東京・汐留にある電通ビルの買収を決めて話題を呼んだ(買収額は約3000億円で、近年の不動産売買では最高額)。

 こうして注目を浴びるヒューリックが掲げるのは『3Kビジネス』。〝高齢者・健康、観光、環境〟の3領域に今後注力していく方針だ。
 すでに介護事業の領域に参入しており、約4000人の収容が可能。同社自体が直接、介護事業を手がけるのではなく、ビルや建物を開発し、そこに介護事業者がテナントとして入るという仕組み。

 3Kの中で唯一、観光部門が赤字となっている。
 東京の浅草ビューホテルも同社グループの一員。今回のコロナ禍でホテル事業は需要が激減した。インバウンド(訪日)客が蒸発し、厳しい状況が続く。

 半面、新しい気付きもある。それは高級旅館への需要が非常に根強いことだ。
「今年1月26日に、『ふふ箱根』を強羅でオープンしたんですけれども、ずうっと満室。39部屋あるんですが、満室です」
 熟年・高年齢の富裕層が客層かというと、それだけではなく、若いIT系の経営者や小さな子供連れの世代もいる。
 一概にコロナ危機下だから、宿泊業は不振とは言えないようだ。要は、厳しい環境の下で、
お客のニーズを汲み取り、いかにしてそのニーズに応えていくかということ。

「今は、やはり海外に行けないので、そういう人たちが高級旅館に来てくれています」
 高級旅館は現在9カ所で運営。2023年に軽井沢(長野)に2か所、2024年に城ケ島(神奈川)に1カ所、2026年には都内・銀座にもオープンする予定。
 これらの高級旅館は、東京から1時間半位でアクセスできるエリアに設けていく計画。
 関西では、京都と奈良に1カ所ずつオープンする計画があり、ポスト・コロナをにらみ、「古都を訪ねたい」という客のニーズをつかんでの高級旅館事業である。このように、同じ観光事業でも投資にメリハリを付けていく考えだ。

 西浦氏が同社の経営に携わって16年が経つ。
 リーマン・ショック、東日本大震災、そしてコロナ危機を経験してきた中で、経営の存続を考えた場合、必要なのは中長期視点と、危機管理経営には「コストがかかる」ということ。
 ただ、「コストをかけて、ちゃんと手を打っていくということが、結果的にコストが安くつくかもしれない」という西浦氏の認識。

 実際、想定外の事態が続く。ことに東日本大震災(2011年)の発生以来、想定外への備えが重要視されるようになった。
 コロナ禍も100年に1度位に起きるパンデミック(世界的大流行)といわれる。
 要は、そうした想定外の危機がいつ起こるのか分からない状況の中で、経営をどうやって持続的に運営していくかということである。

 このコロナ危機で感じたことは何か?
「この2年間はコロナの直撃を受けて、ホテル事業は約80億円位やられているわけです。年間の損益ということではね。しかし、(2021年12月期では)経常利益で1000億円を超えていると。苦しい時に頑張れるということが社員の身に付いてきたのかなと」
 社員の踏ん張りに感謝すると同時に、コロナ危機のような事態では、自分たちが何をしなければいけないかを認識し、課題解決へ向かっていることに経営者として、手応えを感じるという西浦氏である。

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事業に必要な再エネを自分たちで創り出す!

 西浦氏は先述のように、2006年みずほ銀行副頭取からヒューリック社長に転じた。社長を2016年3月まで務め、会長に就任。
 西浦氏は社長になって、社名を『日本橋興業』から『ヒューリック』に変更した。
 ヒューリックはアルファベット表記でHULIC。経営の主体であるHUMAN(人)とLIFE(生命)とCREATE(創造)を掛け合わせた造語。人が伸び伸びと創造性のある仕事をする会社という意味を込めた社名だ。

 そうした経営理念の下、コロナ危機下でも、増収増益を実現したということだが、環境は
刻々と変化する。
 社長時代は、新入社員採用試験の最終面接に立ち会ってきた。
 最終面接に残った学生たちに、これからのヒューリックの経営ビジョンと経営方針を説明した後、「大学名も個人名も一切言わないで質問していいよ」と告げた。

 その中で、「社長はどんな人を採用したいんですか? 」と質問する学生がいた。
「環境がいいときは、誰でも調子よくやれる。やはり環境が厳しいとき、苦しいときに頑張れる人に来て欲しい」─。こういう趣旨の話を西浦氏は学生たちに話した。
 もちろん、経営者としては、次の時代をにらんで手を打っていく。ことに危機管理となる
と、コストもかかり、投資費用も高くなる。

 環境に関しては、「2024年までに『RE100』を実現する」としている。
『RE100』とは、自分たちの事業で使用する電力は「再生可能エネルギー(Renewable
Energy)100%にする」という世界的な動きだ。

 2050年にCO2(二酸化炭素)の排出を実質ゼロにする─と日本政府は世界に約束した。2030年までにCO2排出を2013年対比で46%削減するという〝中間目標〟も設定。
 こうした目標に向かって、再生可能エネルギー(水力、太陽光、風力や地熱発電など)を外から買って賄うこともできる。

 しかし、同社の場合は自らが「小水力発電や太陽光発電を手がける」というもの。そして小売電気事業の子会社も設立。
 すでに太陽光発電は埼玉県加須市で稼働させており、2021年秋には小水力発電が群馬県利根郡で稼働し始めた。
「これらの再生可能エネルギーを、うちみたいなところで数百億円投資しなければならないんです」と西浦氏。

 本来ならば、数百億円を不動産物件への投資に向けた方が、短期的に利益が得られたかもしれない。
 しかし、地球全体の生態系の破壊や気候変動を生み出しているのは、人の活動、産業活動での温暖化ガス排出が大きな要因とされる中で、RE100運動が登場したという現実。同社も国際的な協働イニシアチブである『RE100』に加盟した。
 数百億円の投資をかけて、自らエネルギーを創り出そうという同社の決断。
 ちなみに、RE100に取り組み、実行しているのは、世界で300社超。今年2月中旬現在、日本では65社となっており、米国に次いで世界2位になっている。

震度7に耐えられるオフィスや住宅棟を

 日本は世界有数の地震国。その中でオフィス、住宅を提供するヒューリックは、「2030年までに震度7に耐えられるようにしていく」計画を進行中。
 現在ある約260棟のビルの4割は築10年以内の建物。これについては、「建築基準法の
1・25倍から1・5倍の耐震強度で建てている」と西浦氏。
 さらに100棟を今後、再開発や建て替えで震度7規模に耐えられる建物にしていくという方針。今後30年以内に首都直下型地震や南海トラフ地震などが起こり得ると言われていることへの備えである。

 とにかく、変化の激しい今、『安心・安全』を確保するには、先手先手で危機に対する手立てを打っていこうという西浦氏の考え。
 今後10年で100棟を建て替えるということについても、「実際は工事期間を考えると、
6~7年間で100棟を固めないといけない」とスピードある実行で臨むと言う。

 現状でも、建築基準法に則っているわけだが、さらに建て替え、改修を図り、「たとえ震度7規模の地震が起きたとしても、痛手を受けないような形にしていきたい」と西浦氏。
 そのためには地盤の調査も重要として、大手地質調査会社に依頼して、地盤の徹底調査を実施している。ビルが建つ地盤を1つひとつ調査し、結果的に建築基準法の何倍かの強度の建物にしていこうということ。

 そうやって将来来るべき危機に備え、「仮に東日本大震災級の地震が来ても、当社の財務は問題ない状態にしていきたい」という計画である。
 危機管理にはコストがかかるが、結果的にはその方が、コストが安くなるという西浦氏の考えだ。

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高齢化の中で介護領域にも進出

 今回のコロナ危機、あるいは人口減、少子化・高齢化という人口動態の流れの中で、今後のオフィス需要はどう動くのか?
 5年に1回の割合で行われる国勢調査。前回の調査(2020年)を踏まえて、西浦氏が語る。「これから労働力人口は減っていくと。この前の国勢調査で(前回より)233万人位減っているわけですね。このままで行くと、次の次の国勢調査では、労働力人口は多分、700万人から800万人減ると思うんですね。ただ、定年延長とかもあって、そこまで行くかどうか分からない部分もありますけれども、本当にオフィス需要も変わっていく」

 労働力人口が減っていく中で、オフィス需要はどうなるのかという中長期展望の中で、自
分たちの事業構造をどう捉え直していくか。
 西浦氏がヒューリック(当時の社名は日本橋興業)の社長に就任した時のオフィス事業の比率は85%。全事業の大半を占めていた。
 それが今では約55%の比率にまで下げている。それをさらに、2029年までに、「50%まで下げる」という計画。
 それだけ、新しい事業の開拓を積極的に進めているということ。データセンターの建設もそうだし、少子化・高齢化時代に対応して、子ども教育事業や介護分野にも注力する。

 例えば介護領域では、介護施設(老人ホーム)を建て、実際の介護業務は専門事業者が担うという形式で参入。建物の所有者はヒューリック、その建物の介護専門の事業者がテナントとして入る方式である。
 現在、約4000人の入居者数だが、「今、4カ所で新築を進めています。毎年4カ所位ずつ増やしていきたい」と西浦氏。

 介護業界も介護士不足の状態が続く。入居者の世話をする、つまり介護する人が足りないという現状をどう克服するかという課題。そこで、同社はベンチャー企業に投資し、介護業務の生産性を上げる仕組み作りを推進している。
 被介護者が体を1回でも動かせば、その動きを室内に設けられたセンサーが即時にキャッチ。「そうすれば、介護者が2時間に1回は見回りしなければいけないという負担が減ります。オムツ替えにしても、大変な労力が求められるわけで、このシステムは非常に重宝がられています」

 体を動かせなくなった入居者の場合には、膀胱の所にセンサーを付けて、そこが溜まっ
てくれば介護士が駆けつけるというようなノウハウも蓄積されていく。
「介護領域では、利益をあげるというよりも、まず命に係わる問題がないかどうかを確認することが一番ですからね。サービス向上に向けて、いろいろ実験をやっています」と介護ノウハウの蓄積に懸命だ。
 人がいなくても仕事ができるとか、また生産性を上げていくという点で、物流関連やデータセンターなどの業務も増えていきそうだ。

学童保育、学習塾経営の分野にも布石

 労働力人口が減る中で、共働き家庭は増えている。こうした流れの中、同社は子ども教育分野にもすでに進出している。
 心身の健全な発達のためには、小さい時に運動と勉強を一緒にすることが大切という考えから、コナミスポーツ(親会社はコナミホールディングス)、リソー教育の両社と提携。ヒューリックが開発し所有すビル内に、コナミスポーツの施設やリソー教育の教室が入居。コナミスポーツとリソー教育双方で送迎バスを運用するなどの相乗効果も生んでいる。

 先述の共働き家庭が増えていることに伴い、学童保育へのニーズも増加。
 両親とも働き、子どもの面倒をなかなか見られないという状況下、小さい子どもを預かる施設の存在も必要だ。
 学童保育や学習塾の業界について、「この世界は年商20億円から30億円という会社が非常に多いんです」と西浦氏は分析。

 人口減、少子化が進行する中で、これらの会社全てが生き残れるということはあり得ない。
 再編機運も高まる中、子ども教育分野にも足がかりを作ろうという事業方針だ。

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新社長には前田隆也副社長が昇格。

 同社は3月23日付で、吉留学社長(旧富士銀行出身)が取締役会議長に就き、前田隆也副社長(大成建設出身)が社長に昇格する人事を発表。西浦氏は会長職を留任する。
 この社長交代について、西浦氏は「吉留がちょうど3期6年になったので、1つの区切りとしていいところなのかなと。それと不動産業のプロがようやく社長になったなあと。前田は開発をずっとやってきて、百棟開発や都市開発を推進してきました。環境問題なども絡む開発でいろいろな交渉をやってきた実績がある。やはり開発事業は自らの所でやらなくてはいけないと。そういう意味では、これから一番の中心になる仕事をやる人間です」

 前田氏は1962年3月15日生まれで、社長就任時は60歳。
東大工学部卒。大成建設からヒューリックに転じたのは2007年で、15年が経つ。土地開発業務を担当し、「よく社内のことも分かっているし、中長期の課題を解決していってほしい」(西浦氏)という評価も社長就任の背景にある。

 成長性、収益性、生産性、そして安全性─。この4つは西浦氏が社長就任以来、言い続けてきた経営のキーワード。「この4つを高いレベルでバランスさせなくてはいけない」と西浦氏は強調しながら、次のように語る。
「今も大事ですけれども、将来を見通して、どう事業を構築していくか。それはリスク管理を含めて、新規事業をどうやって切り開いていくかが大事。そういうものを全然立ち上げていないと、急に頑張ろうと思ったって、できないわけですね。特に不動産の場合には、建て替えをやるといっても、計画を立てて、線を引いて、テナントさんに出ていただくという作業も伴う。壊して作るというと、5年位は最低かかるわけですね」

 ロシアのウクライナ侵攻のような事が起きる時代。危機管理の重要性が高まる中にあって、「最低でも5年以上先の事を考えながら経営していかないと」と気持ちを引き締める西浦氏。
 ヒューリックのトップになって16年。銀行の支店が入居するビルの所有、賃貸管理から出発して、今や旧財閥系大手デベロッパーに次ぐポジションに就いた。
 いかに付加価値の高いビル開発と新規事業の開拓を進めていくか─。同社は新しいステージを迎えたと言えよう。

「最低、資格は2つ取れ」と西浦氏は社員を督励し、人材教育にも尽力してきた。
 レベルの高い経営を─。「別に資格を持っているからレベルが高いとは言いませんけれども、(不動産部門の社員約200人のうち)一級建築士が33人いますし、グループを入れれ
ば、60 人から70人います。法務部は全員弁護士ですし、プロの人材が揃っています」

 CSR(企業の社会的責任)が言われ、ESG(環境、社会、統治)やSDGsの実行が問われる時代。
 危機管理も、結局は「人」の問題に帰着する。

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