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【ロシアと日本の領土問題】「北方領土問題」に日本はどう向き合うべきか?<寺島実郎氏の見解>

財界オンライン / 2022年4月20日 7時0分

北方領土

「ソ連は、日本との条約を破り”連合国”の一翼として日本を進攻。領土不拡大方針を掲げた連合国共同宣言のもと、第二次世界大戦に勝っても領土は拡大できない」

日本総合研究所会長
寺島 実郎
Terashima Jitsuro

ロシアのウクライナ侵攻は世界秩序のあり方を根本からひっくり返した。日本はロシアとの間に北方領土問題を抱える。1955年の日ソ共同宣言以来、この問題は旧ソ連時代から存在し続け、一部には歯舞・色丹の2島返還論もささやかれてきた。ウクライナ危機の今、この北方領土問題にどう取り組んでいくべきか。第二次世界大中にスタートした〝連合国共同宣言〟が鍵を握る。「日本はアメリカを引き込んで、日本の正当性を主張すべき」という寺島氏の主張とは─。


世界の政治を変えた
ウクライナ危機

 ─ ロシアのウクライナ侵攻で、平和維持のために築いてきた第二次大戦後の世界秩序が崩壊の危機に瀕しています。

 寺島 世界の力学が変わったということです。

 100年前に第一次世界大戦を背景にしながら、スペイン風邪というパンデミックが起こり、4000万人の人が亡くなりました。

 つまり、第一次世界大戦というのは、ロシア帝国とドイツ帝国、それからトルコのオスマン帝国、そしてオーストリア=ハンガリー二重帝国、この4つの帝国を歴史の中から消し去り、4000万人のパンデミックの死者を出すという大きな地殻変動を起こしました。

 そして、今まさに、われわれが目撃していることは、パンデミックによる約600万人にのぼる死者と、ユーラシア大陸の心臓部に位置するウクライナ危機に象徴される地殻変動は、歴史的転換点だという文脈で考えなければいけないということです。

 そういう中で、皮肉にも何が起こっているのか。

 短期的なことでは、アメリカのバイデン大統領と日本の岸田首相を蘇らせたということがあります。

 例えば、去年、バイデン大統領はアフガニスタン制圧に手をこまねいて撤退を表明し、その後、タリバンによるアフガニスタン首都カブールの占拠につながりました。このことで国内的にもある種の支持を失っていた。

 そして、ロシアの一連の動きについても、アメリカは横目で見ていながら軍事行動を起こせないということで、プーチンは今回の行動に踏み切った部分があるわけです。

 ところが、バイデンは事前にロシアの行動を世界に発信して、国際世論の中でいつの間にか、同盟国を踏み固めた部分があるわけです。

 実は、中間選挙を前に、バイデン大統領の支持率は下がり、風前の灯だと言われていました。つまり、トランプが後ろ盾になっている共和党が大勝利するとみられていました。

 ところが、ここへきて、そうともいえない状況になってきた。

 つまり、トランプが「プーチンは天才だ」などと言って持ち上げている空気感に、さすがのアメリカ人も、このままいったら大変なことになるという空気を感じ取ってきたわけです。

 さらに、バイデンも同盟国ではないから軍事行動は起こせないという枠組みの中で、緩んでいた同盟国関係を束ねて、NATOとの関係も経済制裁を含めて、ロシアを締め上げる展開を演じて見せ、支持率が上がってきています。

 ですから、皮肉なことに、結果的にプーチンはバイデン大統領を蘇らせたと言えるわけです。

 それから、国内を見ると、岸田首相も7月の参議院選挙前は〝ロープロファイル政権〟、つまり不人気になることはやめて、好感度だけを維持する政権として低エネルギーで進んでいこうとしていた瞬間に、ウクライナ危機が起こりました。

 岸田首相は、常に背後に安倍元首相の影というものを背負っていたわけです。


日本は北方領土問題に
どう取り組むべきか?

 ─ 安倍元首相の影響力が見え隠れしていたと。

 寺島 そうです。

 例えば、安倍外交のシンボルはロシア政策でもあったわけです。在任中、主に北方領土問題について、27回もプーチンと面談し、2014年のソチオリンピックでは、ロシアがクリミア問題を抱え、先進国の指導者が誰も行かない中、安倍首相(当時)だけが参加した。

 つまり、ある面ではプーチンを引き寄せて北方領土問題で一定の成果を上げようというのが安倍外交の中軸だったわけです。

 ところが、プーチンは2016年に安倍元首相の故郷山口まで来ながら、結果として、歯舞・色丹の2島先行返還でさえ覚束ないことになってしまった。それでも建前上は、交渉を継続するといった類いのことで、政権としてはお茶を濁していたわけです。それが、今回の出来事によって、その呪縛から解放されざるを得なくなった。

 プーチンは2島先行返還でさえ一筋縄でいかないどころか、憲法改正してまでも、領土の割譲は絶対しないというようなところまで線を引いてしまった。

 にっちもさっちもいかない、ごまかしがきかないところまできてしまったわけです。

 ただ建前で、国際法違反、国連憲章違反と唱えているだけでは駄目で、日本の主張をきちんとしていくことが重要だということです。

 要するに、ロシアにとってウクライナだけが領土問題ではないのです。北方領土もロシアにとっては領土問題なのです。そのことを踏まえて、この問題を機に、領土問題を抱える日本も、冷静かつ率直に、日本の正当性を国際社会に主張しておくべきなのです。

 ─ 日本はどう正当性を国際社会に訴えていくべきだと?

 寺島 日本はなぜ北方領土は日本のものだと主張しているのか。その根拠にあるのは、まず第二次世界大戦に日本はロシアに裏切られたということです。日ソ不可侵条約を破ってまで、ソ連は侵攻してきたわけです。

 そのとき、ソ連側は、連合国の一翼を占めるという形で攻めてきたわけです。

 連合国の一翼を占めるというのは何を意味しているのか。大西洋憲章と、それを踏まえた連合国憲章という連合国共同宣言というものがあり、スターリンはそれにコミット(約束)して参戦してきたわけです。

 そこでよく考えなければいけないのは、連合国共同宣言に何が書いてあるのかということです。そこには「領土不拡大方針」ということが書かれています。

 つまり、この戦争(第二次世界大戦)に勝って、領土を拡大するようなことがあったら、ドイツからヒトラーが出てきた引き金になった第一次世界大戦の繰り返しになってしまう。

 だから、仮に勝っても、領土は拡大しないというのが、ルーズベルトの掲げた理念であり、それに賛同して、ソ連は連合国側に参戦してきたわけです。そうであるならば、日本はロシアに対して、共同宣言をしっかり守るべきと言うべきなのです。

 日本とロシアの間は明治8年(1875年)、平和裏に締結した「樺太・千島交換条約」というものがあります。

 これは、日本が樺太の権利を放棄する代わりに、それまでロシアの領土であった千島列島を日本が領有するという内容の条約です。

 平和裏に結んだ条約の線引きは生きていますから、それをしっかりと言うべきなのです。

 ─ 歴史を踏まえて、主張すべきは主張すべきだと。

 寺島 そうです。

 大事なことは、「United Nations」というのは、連合国という意味です。ところが、UNといったら国際連合となってしまう。

 日本が戦後、「United Nations」を「国際連合」と訳したのは世紀の大誤訳と言われていますが、これは意図的に訳したものなのです。あたかも国を超えた世界機関があるかのような印象を与えるためです。ですから、中国には国際連合という言葉はないのです。

 ─ 国際連合ではなく、連合国だと。

 寺島 連合国です。

 ですから「連合国共同宣言」というものが、いかにUNというものの軸であるかということです。国連憲章もそれによって成り立っているわけです。

 そういう意味合いにおいて、日本が主張しなければいけないのはこの一点で、そこにアメリカを引き込まなければいけない。

 アメリカは、自分が掲げた連合国共同宣言があるがために、本当は領有できたはずの沖縄を領有しなかった。そして、信託統治のような形で預かって、1972年に返還したわけです。

 血まみれになって奪い取った沖縄なのだから、それまでの世界観では沖縄に軍事基地をつくって領有しても、誰も反対できなかった。ところが、アメリカは自制した。それは、自ら掲げた共同宣言があったからです。


恐怖の円安が
日本にもたらすもの

 ─ その立場にあるからこそ、アメリカも北方領土に対して発言権があるわけですね。

 寺島 ええ。アメリカもアシスタントなスタンスで臨むべきことなのです。

 日本は政治的現実主義に立って、北方領土は施政権をロシアに持っていかれてしまっているのだから、2島でも返ってきたほうがベターではないかというところで煙幕を張ってきたわけです。ところが、ロシアが自分たちの本性を明らかにして、日本が何を主張すべきかを明らかにしてくれた。そういう意味合いにおいて、この展開は大きな意味があるのです。

 だからこそ、岸田政権も、けれん味なく、米欧の連携の仕組みに参加して、非友好国といわれても構わないというスタンスでロシアに向き合い始めた。

 問題は、そうした流れの中で、一番考えておかなければいけないのは、経済に対するインパクト、つまり「悪い円安」どころか「恐怖の円安」です。

 従来のエコノミストの常識からいうと、「戦時の安全通貨」という言い方があります。つまり、円というのは、世界にもめ事が起こると安全通貨として、円高になるという論です。

 ─ 有事の円高と言われていました。

 寺島 ところが、今回は円高になっていない。

 それは、わたしが言い続けてきた日本という国の埋没の象徴であり、経常収支の悪化があるからです。

 つまり、貿易収支も、経常収支も赤字化している日本が、円高に向かうはずがないという状況が起こってしまっている。

 このことが何を意味しているかというと、いわゆる「川上インフレ、川下デフレ」という、川上の原材料価格の高騰というインパクトを実体経済がもろに直面しているということです。

 去年1年間の動きの中でも、「川上インフレ、川下デフレ」の進行はすさまじいものがありました。具体的に言うと、素材材料は6割高くなる一方で、最終財は4%しか上がらなかった。

 それに加えて、今度は円安のインパクトが加重されてくるわけです。原油価格の入着価格も円ベースで年間81%上がってしまっている。

 その中で、悪い円安を通り越して恐怖の円安になり、仮に1ドル120円台で動いていったら、日本の経済は大変なことになります。

 アベノミクスと称して金融をジャブジャブにして、財政出動で景気を支え、株高と円安にもってきていましたが、金融をジャブジャブにして、経済を水ぶくれさせてきたことの余波が、「川上インフレ、川下デフレ」という中、円安がさらに加速すると、いわゆるスタグフレーションの最も深刻な国に日本がなっていく可能性があるわけです。

 ─ この問題には、どう向き合うべきでしょうか。

 寺島 経済人としてよく知見を高めなければいけないのは、金融をジャブジャブにして経済を水ぶくれさせるような方向性、残念ながら、ロシアに過剰な秋波を送ってプーチンを増長させてしまったロシア外交を含めて、日本のこれまでの10年というものに対する深い反省と、それに対する問題意識なしには、今後の展望は生まれてこないということです。

 現実をよく考えれば、今のままでいいというわけにはいかない。つまり、パラダイムを変える必要がある。世界が大きな構造転換に差しかかっている中で、日本の国民生活を守るための構想力が問われているということです。どういう産業基盤で、国民の安定、安全を図っていくかというシナリオが問われているわけです。

 ─ 金融、財政政策に頼るのではなく、実体経済を強くしていかなければいけない。

 寺島 そうです。

 そのためには「食と農」、あるいは経済のファンダメンタルズとして国民の安全・安定を担保するための医療・防災産業、それから日本人の視野が狭くなる中で文化・教育産業などに本気で取り組まなければいけないと思います。



てらしま・じつろう
1947年北海道生まれ。73年早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了。同年三井物産入社。米国三井物産ワシントン事務所所長や三井物産業務部総合情報室長などを歴任し、99年三井物産戦略研究所所長。2003年三井物産執行役員、06年常務執行役員、09年三井物産戦略研究所会長。10年早稲田大学名誉博士学位。現在は多摩大学学長(09年~)、一般社団法人寺島文庫代表理事(14年~)、一般財団法人日本総合研究所会長(16年~)などを務める。

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