【夫婦二人三脚】日本語の手書き入力で現場のDXに貢献 『一太郎』開発者・MetaMoji 浮川夫妻の再挑戦
財界オンライン / 2022年5月3日 10時0分
「『これなら使えるIT』だと感じていただけることが大きな嬉しさであり、誇り」と語るのはMetaMoji 社長の浮川和宣氏。和宣氏は一世を風靡した『一太郎』を世に送り出したジャストシステム創業者。60歳でMetaMoji を設立。世代間のデジタル格差、現場作業のDXなど新たな課題が浮上する中、「誰でも、どこでも使えるIT」の提供会社として注目を集めている。
本誌・北川 文子 Text by Kitagawa Ayako
手で書いた日本語を
そのまま入力
「初めてキーボードに触れる人は『ABCと並んでないね』と思うわけです。手で入力できたら『どこでも、誰でも使えるIT』になると思い、これを絶対に成功させたいと思いました」
手書き入力システム『mazec(マゼック)』を開発したMetaMoji(メタモジ)社長の浮川和宣氏はこう語る。
浮川氏といえば、日本語ワープロソフト『一太郎』の生みの親として有名。2009年にジャストシステムの経営から退くと、同年10月、「まだまだやらなければいけないことがたくさんある」とエンジニアで開発責任者の初子夫人(MetaMoji専務)とMetaMojiを設立した。
「簡単な文章を書くのと同じように動画で何かを表現できるのではないかと思い、最初は15〜20秒の動画サービスをやろうと思っていた」。
だが、創業3カ月後に発表された『iPad』を見て方針を一変。
「これこそMetaMojiの中核となるハードウエアで、この一大普及に合わせたソフトをわたしたちが作れるのではないかと思った」からだ。
▶【デジタル通貨】で社会が変わる
大型のオフィスコンピュータが小型パソコンに置き換わる〝ハードの転換期〟、日本語入力の課題を解決するソフトとして一大旋風を巻き起こした『一太郎』。『iPad』との出会いは、ジャストシステムが大きな飛躍を遂げる頃を彷彿させた。
「新しいハードウエアが生まれると使われ方もドーンと変わります。パソコンはデスクワークが中心ですが、iPadは『いつでも、どこでも』が非常に大きなインパクトだったんです」
この衝撃から、和宣氏が開発に着手したのが『mazec』。
初子氏は「年配の方はキーボード入力に慣れておられない。iPadを見た時に、日本語で書いた漢字をそのまま使えるコンピュータになると確信して、mazecを開発したんです」と解説する。
26文字のアルファベットで構成される外国語は文字入力が簡単だが、日本語は膨大な〝漢字〟の組み合わせで構成される。
『一太郎』は日本語ならではの変換の難しさを克服して日本社会のデジタル化に貢献した。同じように『mazec』も、日本語入力の壁を突破した製品だ。
「ジャストシステムで日本語入力をしたときは、キーボードでローマ字から漢字変換するものでした。当時の最も良い解決策だと思うのですが、日本人にとっては普通に日本語で入力したものをコンピュータが理解できたら良かったわけです。それをiPadで実現できたのは非常に大きなことだと思います」(初子氏)とmazecの画期性を語る。
事実、mazecの登場は世間を驚かせた。iPadの登場時、アプリの多くはゲームだった。その中で唯一、ビジネスツールとしてアプリランキングの上位に登場。
そして今、コロナ禍を機に進む日本社会のデジタル化、現場のDXに貢献する製品として普及を拡大させている。
世代間のデジタル格差も解消するMetaMojiの製品は今、どのように社会で使われているのか。
紙とペンと同じ感覚
「入力はありとあらゆるITで必要。その入力を司(つかさど)るということは、ありとあらゆるところで使われていくということです」
和宣氏が語るように、日本語手書き入力『mazec』から始まり、リアルタイム伝搬技術を応用した会議支援システム『MetaMoji Share(メタモジ・シェアー)』、大林組と共同開発した『eYACHO(イーヤチョウ)』、『eYACHO』を他の業種・業務でも使えるようにした『GEMBANote(ゲンバノート)』など、MetaMojiの製品は様々な広がりを見せている。
例えば、JCB。入会手続きのDXでmazecを活用している。
紙申込の場合、記入された内容を確認しながら担当者がデータを入力していく。だが、mazecを使えば「申込者本人が書いた確認済の文字」がそのままデジタルデータとして取り込めるため誤入力も少なく、事務処理作業も効率化。カード発行までの期間を大幅に短縮している。
タブレットを使って紙にペンで書くように入力できるので「入会時の登録はお客様自身が行い、スタッフが代わりに入力することはない」(JCB)という。
医療現場でも重宝されている。『医療版mazec』には医療の専門用語が登録されており、長くて難しい漢字の医療用語も簡単に入力できる。医療法人社団創成会・土屋医院院長の土屋淳郎氏は「わたしの筆跡のクセも学習してくれるので、変換できずに書き直したり、誤認識されることはほとんどない」という。
教育現場での採用も進む。
『MetaMoji ClassRoom(メタモジ・クラスルーム)』は先生の書き込みが生徒のタブレットに表示され、生徒は紙に手で書く感覚で問題に解答できるため、コロナ禍の遠隔授業で導入が一気に拡大した。
ユニークなところでは映画の撮影現場。大ヒット映画『キングダム』の監督・佐藤信介氏は『GEMBA Note』の愛用者だ。
ロケ地で撮った写真にカメラの画角を想定した枠線を引いたり、本番で配置する大道具を手描きで入力したり、思い付いたアイディアや変更点を入力して現場スタッフに瞬時に共有できるので、監督の意図が伝わりやすく、思い描いたシーンを撮影できるという。
現場のDXで映画制作の生産性が向上している形だが、〝手書き〟ならではの力も発揮。
「強い要望なら大きな文字で、ちょっとした補足は小さく書く」など〝文字の表情〟によって情報の重要度を伝えられるのも監督のお気に入りポイントだそう。
使い勝手の良さも評価されるMetaMojiの製品だが「浮川社長の要求が厳しくて、ハードウエアの限界に挑戦させられながら、それを克服して頑張ってきました」と初子氏は笑顔で話す。
「ITの利活用は、まだまだこれからだと思っています。いま見えているITは氷山の一角。ITの発展や使われ方はいまと比べものにならないくらい広がると思っています」(和宣氏)
和宣氏は発明者であり、イノベーター。アイディアの根底には「どこでも、誰でも」という思いがあり、未来への興味関心が原動力。アイディアを具現化する初子夫人率いるエンジニアチームの支えのもと、和宣氏の挑戦は今後も続く。
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