【セクハラ訴訟を体験して】龍角散社長が語る危機管理
財界オンライン / 2022年5月16日 15時0分
あらすじ
中国ビジネスを巡って女性執行役員と意見が対立。当該女性役員の妹で法務担当部長は、藤井氏による他の社員へのセクハラ事件を作り上げ、訴訟でも争点となった。裁判ではセクハラがなかったことを示す証拠(同女性社員の証言を含む)が複数提出されており、和解が成立。一連の騒動を経て経営の危機管理について赤裸々に語る。
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中国ビジネスに対する抵抗勢力
前回お話した通り、コロナ禍以降、インバウンド市場が消滅しましたが、コロナ前からいち早く越境ECに一気にシフトし、中国最大メーカー向けの一般貿易も含め、当社の中国向けビジネスは大きく花開きました。
ただ、社内には私の打ち出した戦略に抵抗勢力がいたのも事実です。抵抗勢力と言っても、昔で言うところの番頭クラスではありません。当社の場合、姉妹の幹部社員により徹底的に中国ビジネスを反対されました。
「なぜ中国なのですか? 」「なぜ中国人の女性社員を雇ったのですか? 」。激しい対立になりました。
執行役員だった姉は『龍角散ダイレクト』の開発に携わるなど非常に優秀でした。私も信頼を寄せていました。ところが途中から法務担当部長であった妹も加わり、中国ビジネスに反対してきたのです。
それに対し私は「目的は経営の安定化だ」と。インバウンド消費だけに依存していては、今後どうなるか分からない。せっかく中国人のお客様が来日して買ってくれているのだから、次の手も考えておく必要があると説明したのです。
それでも理解はしてもらえませんでした。おそらく保身もあったのでしょう。今の自分の地位を失いたくないという思いから、私に自分たちの意見を聞かせようとしているのは目に見えて分かりました。もちろん、彼女たちをそこまで増長させた私にも責任はあると思います。
そんな中で、あるとき中国ビジネスの担当社員が何か言いにくそうな様子をしていたので声をかけて聞いてみると、その姉妹が取締役会で決まったことまで社員に圧力を加えて阻止しようとしていたことが分かりました。最初は信じられませんでしたが、録音まで聞かされた時は姉妹を信じていただけに驚きを隠せませんでした。そして遂に想像を絶するような手段での妨害工作が起きたのです。
「社長、私、とんでもないことをしてしまいました」と、ある業務委託契約の女性社員が私の部屋に駆け込んできました。話を聞いてみると、部内の忘年会後、当時の法務担当部長(女性)に呼び出され、困難な業務を達成した労いとしての忘年会の席上での握手やハグを、私からセクハラを受けたと申告するように強要されたと言うのです。
しかも複数回、わざわざ時間外に社外まで呼び出されることもあり、原告に従わなければ会社で嫌がらせをされたり、退職に追い込まれることを恐れ、事実と異なる話をしてしまったと言うのです。しかしそのような話をした直後で落ち着いて考えると、後悔の念が消えず、思い余って私の所にやって来たということでした。
彼女が言うには「中国ビジネスを巡る意見対立から私を無力化することが目的であろう」とのことでした。もし本当であれば、善良な女性社員を利用して自社の社長を陥れようとした前代未聞な手段となります。
これは慎重に進める必要があると判断し、当社と利害関係を有しない外部の大手法律事務所による同社員の話の真偽を含めて、厳正な調査を実施しました。その結果は、セクハラは確認できなかったというものでした。もともと被害者とされる本人が「違う」と言っていることの信憑性も認定され、当然の結果です。
社員としてももちろんですが、法務担当部長の立場でありながら極めて不適切な言動です。しかも善良な女性社員に同社員の考えとは真逆の申告をさせようとするなど、許しがたいことであり、厳正な調査結果により、事実関係が確認された後、長年勤務したということも考え、普通解雇として退職金も支払いました。しかしその後、地位の確認を求めて提訴してきたのです。
そして裁判では、原告がセクハラ被害者と主張する当事者の女性社員が本人の強い希望で病身を押して出廷し、宣誓の上、本人の意思に反し、セクハラを受けたと言うように原告から強要されたと明確に証言しました。忘年会に参加していた他の社員も同様の証言でした。
しかも、忘年会に同席していて原告にセクハラがあったと最初に連絡した原告の姉までもが「最初から社長の行為をセクハラだとは言っていない」などと証言する始末。原告にしても女性社員への不適切な対応の理由を裁判長に問われて、最後には社長と対立している姉のことが心配だったとの趣旨のことを述べています。
重要証拠として提出された法務担当部長である原告の携帯メール(会社所有)には姉とのやりとりで、私に対する誹謗中傷や中国ビジネスを阻止せんがための画策、当該女性がセクハラ証言を拒んだため、他の女性社員にまで強要しようとしたと思われる交信が記録されており、私も愕然としました。私を陥れようとした事実は明確になったと思いました。
原告がセクハラ被害者と主張している女性社員は法廷で証言することを強く希望していましたが、途中から病気で予定されていた証人尋問期日に出廷できなくなりました。しかし、御本人は法廷で証言できなくなったら困るということで、顧問弁護士の立ち合いの下、病院で撮影したビデオを残していたのです。
そこでは「姉妹が会社での立場が危うくなり、何とか社長の弱点を見つけようとしているということが分かり、非常に恐ろしさを感じました。本来であれば、セクハラだったと言って欲しいという依頼に対して、私はセクハラだったと感じていないので、きっぱりとそのような依頼があったとしても断らなければいけないところ、人としての未熟さ、弱さ、これを断ってしまえば自分が会社にいられなくなるということに恐怖を覚え、逆らうことができませんでした」と供述しています。
結果的に、裁判の結末は和解となりましたが、これは裁判所から強く勧められたことと、社内での姉妹の行き過ぎた行動、そして訴訟に嫌気を持った多くの社員らの気持ちを考慮し、早期決着を重視したこと、原告とはいえ、元社員の再就職も考慮し、早期に和解に応じるべきとの判断でした。
過去、どれほど会社に貢献したとしても、経営者と方針が合わないからといって、善良な女性社員を利用した妨害工作など、到底許されることではありません。
当社は今まで年齢・国籍・性別を問わず、臨機応変に人材を登用することで結果を出してきました。他社から再雇用した高齢の方々も元気に活躍していますし、原告の姉は執行役員にまで抜擢し、会社の支援もあり学位も取得しています。
世間一般の風潮として、あまりにも「女性の登用」ばかりが誇張されてはいないでしょうか。何も女性の意見が全て正しいわけでもありませんし、当社のような例もあります。
一般的に「経営者は強い、女性社員は弱い、だから女性の主張が正しい」との風潮を感じていますが、大きな問題です。同様の悩みを抱えている経営者からの相談を受けることもよくあります。
当社の中国ビジネスを推進しているのは主に中国人の女性社員たちです。当然、民族が異なれば、文化も習慣も異なり、社内に軋轢は生じます。しかし国際化とは異文化との融合であり、それを恐れていては真の国際化はできません。社内で生き生きと働く彼女たちを見ると、当社は今大きなハードルを越えたと感じています。
第三者相談窓口ですが、女性社員たちからは、せっかくの龍角散の家庭的な雰囲気を壊すことになると窓口の設置に難色を示す声もありましたが、現在は設置しています。当社は特に女性を優遇しているつもりはありませんが、裁判の前から男女問わず、育休、時短勤務も認めており、むしろ特段女性が働き易い社内環境であると自負しております。
結果として裁判以降も女性社員の入社は絶えず、逆に女性社員の比率は裁判前より上がっているのです。
これは経営者にとっては誰にでも起こり得る出来事だと思います。ですから、これは経営上の危機管理とも言えるのです。私も60歳を過ぎ、次の世代のことを考えなければなりません。この問題を次世代に引きずってはならないと。どこかでしっかりと断ち切らなければならないと考えていました。
お陰様で業績も成長を続けており、私が社長になった1994年の当社の売上高は約40億円でしたがコロナ禍以前は200億円にまで拡大、これがコロナ禍で一時的に150億円に落ち込みましたが、昨年度は中国向け輸出の増加で162億円と回復基調にあります。
経営体質も損益分岐点は非常に低くなりましたし、主な近代化設備にも投資済み、広告費も継続的に投じています。もし私が姉妹の圧力に屈し中国ビジネスを諦めていたら、到底現在の業績は望めなかったでしょう。
社長就任時には負債が40 億円もありました。売上高に匹敵する額です。ですから、社長就任から10年間は借金を返済する日々。厳しい状況が続きました。しかし、借金を返済していかなければ次の手を打てなかったのも事実です。
ただ、その10年の間に次の種を仕込んでおきました。その結果、「龍角散 らくらく服薬ゼリー」や「龍角散ダイレクト」といったヒット商品が生まれたのです。
私が申し上げたいのは経営者の危機管理です。こうした一連の騒動を通じて感じるのは、どんなに事業が好調なときであっても、社内外からどのような問題が出てくるか分からず、それが社外からかもしれませんし、社内、つまりは社員や役員から出てくるかもしれないということです。
私は今、勇気を振り絞り病身を押してまで真実を証言してくれた女性社員のためにも、事実を皆さんに知って欲しいと思い公表を決意しました。
様々なメディアでいろいろな角度から報道されましたが、証拠を伴った事実は私が申し上げた通りです。しかし、経営者は何があっても企業の成長を継続させていかねばなりません。経営革新に終わりはないのです。
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