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【倉本聰:富良野風話】知床

財界オンライン / 2022年5月30日 7時0分

知床で悲惨な事故が起きた。胸のふさがる想いである。

【倉本聰:富良野風話】科学者の罪

 知床には何度も訪れている。

 今回の事故の起きた北側の海へも漁師の舟で何回か行ったが、僕にとっては南側・羅臼側の土地に思い出が深い。

 羅臼側には昔から、鮭漁、コンブ漁のための作業番屋が30ほどあり、知床岬から一番番屋、二番番屋と国定公園になる前からの古い番屋がポツンポツンと並んでおり、羅臼に残る最後の番屋がたしか33番だったか。忘れた。これらの番屋は国定公園に指定される前からあったので特別に存続が許されているが、ただし改装などはできない。

 何年前だったか羅臼の友人の持つ三番番屋にカヌーを携えて1週間ほど滞在させてもらったことがある。漁閉期の番屋はクマの侵入を防ぐためにしっかり電柵で囲まれていた。

 何しろ知床のクマは頭が良くて冷蔵庫の開け方を覚えてしまい、焼酎「大五郎」の大瓶のキャップをひねって開けることを学習し、貯蔵してたのを全部飲み干してしまったとか。おひつの米と味噌を混ぜて喰うことを覚えてしまったとか。町の自販機をこわしてジュースのボトルを奪い出し、飲むことを覚えて弱っているとか。しかしその場合、ペプシコーラのみを狙い、コカ・コーラには手をつけないとか。野趣満載の話ばかりで何とも豊かな1週間だった。

 それからしばらくして知床は世界自然遺産に認定され、観光客がどっと押し寄せた。観光業者は大いに喜んだ。

 それと前後して僕の年中行くカナダ西海岸のクイーンシャーロットアイランドも自然遺産に認定されたのだが、こっちは知床と対照的に、その島の原住民族ハイダインディアンが、自然遺産に認定されたのを機に、島を訪れる観光客の数を年間1200人と限定してしまった。1チームの観光客は12人以下。その12人が歩いた場所は、その後1~2年、人を入れない。自然の復活を待つためである。

 このハイダの自然環境に対する意識の高さに僕は感動させられたが、こうした意識・哲学はカナダ全土に共通のもので、たとえばカナディアンロッキーの連なるアルバータ州などは、入州税を2ドルずつ取られる。こうした自然へのリスペクトの意識があの国の自然を守っているのだろう。観光客を経済でしか見ないわが国は大いに見習うべきである。

 今回、知床で事故を起こした知床岬の北端は岩礁だらけの海岸線である。そこからいきなり1000メートルを超える深い海底へと落ちこんでいる。知床全体がもし陸地にあったなら、大山脈の突端なのである。いわばエベレストやアンデスのような素人の入れない神の領域なのである。そも世界自然遺産というものが地球の変動の跡地なのであり、だからこそ、そこには普通では見られない荘厳な美しさが遺っているのだ。自然遺産とはそういう意味である。観光船からのぞけるからといって、神の領域をなめてはいけない。

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