【わたしの一冊】冨山和彦 『あなたを変える行動経済学』大竹文雄 著
財界オンライン / 2022年5月28日 15時0分
「雇用第一」など建前で頑張るほど、結果は逆に作用する
本書はテレビ番組オイコノミアでもお馴染みの大竹文雄教授が高校生向けに行った講義をもとに編まれた、誰でも分かり、誰でも日々の生活、ひいては豊かで愉快な人生のために活かすことができる行動経済学の本である。「サンクコストの呪縛」「損失回避」「先延ばし心理」「デフォルト」など、知らない間に私たちの意思決定や行動様式に大きな影響を与えている心理的思考的な傾向やバイアスを、高校生の日常生活、例えば夏休みの宿題への取り組み姿勢などを例示して分かりやすく解説してくれている。
大竹教授は労働経済学の分野で日本の雇用制度や労働市場の問題点について鋭い指摘を行ってきた方だが、その議論は、私が企業再生の最前線で目撃してきた事実、すなわち「企業の第一の責任は雇用を守ること」「終身雇用は日本的経営の美徳だ」と言った一般的な建前で頑張るほど、結果的にその逆に作用する場合が増えていることについて納得感ある説明をしてくれるものだった。そのエッセンスにあるのが、行動経済学や情報の経済学と言った、人間の非合理性や市場の不完全性から、現実の経済社会では、ある規範や建前がその意図通りに機能しないメカニズムを解き明かす最先端の学問領域である。
私自身、90年代初頭に米国スタンフォード大学でこうしたアプローチを学ぶ機会が少しあったが、目の前の不可解な現実を実証データも提示しながら鮮やかに解き明かす大竹先生の手腕には大いに勇気づけられた。
実際、企業を不合理な経営行動に導く圧倒的なインパクトを持っているのは、本書に出てくる様々なバイアスの影響力である。企業経営において、我々が目的合理的に決断し行動するためには、このバイアスを排除し、むしろそのメカニズムを「ナッジ」としてポジティヴに利用する必要がある。GAFAMなどの世界の先端企業は既にナッジを盛んに活用している今、我が国のビジネスパースンにとっても必読の書だと思う。
冨山 和彦 経営共創基盤グループ会長/日本共創プラットフォーム社長
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