【倉本聰:富良野風話】ヒトというけだもの
財界オンライン / 2022年6月26日 11時30分
ドネツク地方、ウクライナの街々。
【倉本聰:富良野風話】知床
無惨に破壊されたあれらの街の情景を見ると、否が応でも70年前の破壊された日本を想い出してしまう。
それぞれの家族がそれぞれ一軒ずつ、火をともすように懸命の努力をし、やっと獲得した小さな倖せ。
苦労して金を貯め、家族の夢であった家を建て、とぼしい家計をやりくりして貧しい家具を集め、一家を築き、やっと手に入れた小さな倖せ。
その倖せが一瞬の空爆でアッという間に灰になった時の絶望。破壊された幸福。消滅した家族。そんな過去の日の残影が横切って、あのウクライナの惨状は他人事でなく心をしめつける。
戦争。
誰が一体こんな残酷を考え出し、そして冒してしまうのだろう。
しかも現代の科学の力は、かつての時代と比較にならない大量の人の死を一挙にもたらす。
軍人という職業殺人者。科学者という殺人道具の発明者・製作者。そして領土の為、面子の為にその暴走を止めようとしないもの。あの人たちに家族はないのだろうか。愛する子供はいないのだろうか。恋する人間はいないのだろうか。
ロシアは、プーチンは、人類は、もはや完全に狂ってしまった。
ナチズムとは国家社会主義を標榜する、ドイツで興った国家の公式イデオロギーである。ネオナチとは極右民族主義を源流とする政治運動、組織の総称である。その思想が仮によろしくないこと、あってはならないものだったとしても、人類という優れた筈の動物が、それを完全に否定するとしても、その命まで全て奪おうという行為は、僕にはどうしても蛮行としか見えない。それも無関係な庶民まで巻きこんで十把ひとからげに消そうという行為はあまりにも野蛮な暴虐である。
しかし連日この残虐な戦いのニュースをテレビで見せられているうちに、何だかいつのまにかこの惨劇をゲーム感覚で見ている気になり、恋人が殺された、友人が死んだ、兄貴の体が千切れて飛んだという、切羽つまった感情よりも、ああまたロシアが盛り返したかとか、ウクライナは中々がんばっているなとか、遠いドラマを観ている気になっている、気がする。この麻痺感覚が僕には恐ろしい。
原野で生存を賭け、闘い合っている野性のけものたちに、こうした闘争はあるのだろうか。彼らは己が生き残る為に必死の闘いをしているだけなのではあるまいか。
それが証拠に、彼らは戦いのための、新しい武器など開発しようとしない。そういう方角へ頭脳を向けるのは、ひとりヒトという動物だけである。
してみると、人類という一種のけものは、最も愚かな生き物である気がする。
知というものは何の為にあるのか。それを得んが為に親が無理して子供を大学にやる。そんな社会が空しく見える。
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