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【倉本聰:富良野風話】失せ物

財界オンライン / 2022年7月11日 15時0分

人間は人間である以上、失策をすることは恐らく人生に一度くらい、誰でも犯した経験があるだろう。

【倉本聰:富良野風話】ヒトというけだもの

 忘れ物、あるいは失くし物。そういうことをしてしまって真っ蒼になった体験は大なり小なり誰にしもある筈だ。恥ずかしながら僕にもある。昔、ラジオ局に勤めていた頃、明日の朝からの放送用のテープを1週間分、紛失してしまって、それもどうやらまちがって磁気消却器で消してしまったらしく、ドーンと胸に鉛の玉が入ったような強烈な恐怖に襲われて、人生これまでかと思ったことがある。

 この時は天才的神の啓示というか、言い方を変えれば悪智恵がひらめいて、何とか急場をしのぐことができたのだが、同じようなことをしてしまった某地方局のテレビスタッフが、責任感に耐えきれず、局の屋上から飛び下り自殺をしてしまったという話をすぐその直後に耳にして、一歩あやまれば、とゾッとしたことがある。

 だから数年後の12月30日、某大新聞社の1人の記者が、デスクと一緒に蒼い顔で訪ねて来て、正月用の僕のインタビュー原稿を、カバンに入れて電車の網棚に置き忘れ、紛失してしまったと土下座したのに、僕は他人事でなく反って同情し、もう一度インタビューに応じてあげたことがある。

 仕事の帰りに酒を飲んで酔っぱらって、どこかで眠ってしまい、何万人の情報の入ったUSBを紛失してしまったという、どこかのサラリーマンの失態を、だから僕はそう簡単に責める気分にはならないのである。

 勿論、そういう大変なものを、酔って眠ってしまって紛失してしまったということは、どえらい事件にはちがいない。当事者は責められても仕方ないだろう。しかし。

 あんな小っぽけなUSBというものを、紛失してしまって大騒ぎになるのは、事態で言うなら鍵を亡くした、財布を落としたという年中、周囲に起こっている事態と、さほど変わらない失態にすぎず、その内容が大変なものだったから、これだけのニュースになってしまうので、むしろどうしてこんなちっぽけなものに世間をゆるがす、そんな重大なものが詰めこまれていたのかということの方に僕は恐ろしさと異常を感じてしまう。

 USBってあんな小っちゃなものに、そんな重大な情報がどうやっていっぱい詰め込まれているの?何故?どうやって!どんな仕組みで?と家人に問われ、「誰に向かって物を聞いてるンだ!そんなことオレに判るわけないじゃないか!」と逆ギレしたような返答を返したが、世間の方々には、そこらの仕組みが、本当に判っておいでなのだろうか。

 科学はどんどん発達し、その難解な複雑さの中で、判ったような顔してみんな生きている。でも自動車がどうやって動いているのか。電子レンジがチンという一瞬で何故あんな魔法を使うのか。

 みんな判ってやっておられるのだろうか。

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