【日本取引所グループCEO・清田瞭】の日本企業の稼ぐ力をもっと!
財界オンライン / 2022年7月12日 11時20分
日本から、なぜテスラが生まれないのか─。日本は欧米と比べて新興企業が育ちにくい、リスクマネーが集まりにくい現実を改革しようという問題意識から始まった資本市場改革。今年4月、日本取引所グループは東証の市場区分改革を行い、『プライム』、『スタンダード』、『グロース』の3市場に整備。内外から資金を呼び込むための市場整備だが、同時に上場会社の企業価値を高めるためのガバナンス改革として、同グループCEO・清田瞭氏は「経営者と投資家の建設的対話」を促す。日本は”失われた30年”といわれるが、これも「日本企業の稼ぐ力が弱かったからだ」という清田氏の認識。折しも、岸田文雄政権は『新しい資本主義』を標榜し、『成長』と『分配』の連携を打ち出す中で、資本市場の果たす役割とは何か。スタートアップ(新興企業)への資金供給を含め、”日本の稼ぐ力”をどう掘り起こしていくか─。
本誌主幹
文=村田 博文
<画像>止まらない円高?!140円台もあるのか?
日本は『稼ぐ力』が弱い!
「日本企業の稼ぐ力が弱い」─。日本取引所グループの一連の市場改革はこの問題意識からスタートした。
コロナ禍、ロシアによるウクライナ侵攻という危機下で、産業界は踏ん張り、2022年3月期決算では上場企業の約7割が増益を果たした。
資源・エネルギー価格の高騰によって、資源を扱いグローバル商権を持つ総合商社などは1兆円近い営業利益を出した。しかし、各経営陣は、「これは一過性のもの。今後、緊張感をもって経営に臨む」と気を引き締める。
波乱要因の多い時代。為替も変動し、6月中旬には1ドル=135円と年初より20円も安く、実に24年ぶりの〝超円安〟になった。
なぜ、日本の通貨・円は独歩安の状況に追い込まれたのか?
何より、日本経済は1990年代初めのバブル経済崩壊後、〝失われた30年〟という基本構造を抱える。
大卒初任給はこの30年間、ほぼ横バイという現実。人口減、少子化・高齢化で先行き不透明な中、個人金融資産は2000兆円にまで膨らんだが、半分以上(1000兆円以上)は現金・預金のまま。
消費に金が向かわない。従って個人消費、内需も振るわず、全体的に需要は低迷し、低成長が続いてきた。
なぜ、〝失われた30年〟といわれる事態を招いたのかはいろいろな要因が挙げられるが、突き詰めると、「日本企業の稼ぐ力が弱い」という声に集約される。
株式市場の変遷を見れば、それが分かる。株式市場は日本経済の姿を映す鏡のようなもの。
その株式市場について、日本取引所グループCEO(最高経営責任者)・清田瞭氏は「市場構造の歪いびつな姿があった」と次のように語る。
「過去約30年位の間に、非常に歪さが高まったので、変えざるを得ないという議論はもちろんあったわけです。けれども、やはり日本の株式市場がバブル期にああいう株価形成をして、そして崩壊したわけですね」
上場企業の株式は市場で取引される。かつて、その価格形成に無理があったという反省。
時はバブル期(1980年代後半)。株価形成がその企業の収益から見て適正かどうかを見る数値、PER(株価収益率)で見ると、平均株価で60倍から80倍となり、瞬間的には100倍もの値が付いた。
今なら14~15倍ぐらいが妥当とされるが、100倍というのは何とも異常な数値。明らかにバブルである。
「ですから、日本の当時の東証1部の時価総額がニューヨークを抜いたなどということになった。当時、GDP(国内総生産)が日本の3倍ある米国の時価総額を抜いたりした。これは株価の歪みでそうなっただけの話、元々、日本の実力としての株価形成において、バリュエーションがきちっと行われていなかったということです」
評価を意味するバリュエーション(valuation)という考え方が日本に入ってきたのはバブル崩壊(1990年代初め)の後のこと。
「日本は元々、割高だから、外国の投資家からすれば、バリュエーションから見て日本株は買えない」と清田氏。
バブル期に、日本株を持つ外国人株主の比率は4、5%という低い数字であった。それが今や、外国人株主の比率は30%位まで上昇。
このことについて、清田氏は、「バブルが崩壊して、バリュエーション的にグローバルに見て、耐え得るような株価になったからなんです」と説明し、日本株の平均PERが14~15倍となっていることについて、「今は12 、13倍まで下がっていますが、大体14、15倍というのが、グローバルに言うと、一番居心地が良い水準ですね」
こうやって、日本の株式市場が正常化していく流れの中で、2008年にリーマン・ショックが起きる。
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株式市場から見た日本の課題
世界的な金融危機を引き起こした米国だが、その中でGAFAMといったIT(情報技術)系、デジタル系の新興企業が成長し、世界市場をまたたく間に席巻していった。
日本はリーマン・ショック後に、円高、電力費高騰、規制などの〝6重苦〟に悩まされ続ける。
日本の平均株価も7000円、8000円台と低迷していた。今の平均株価から見ると、3割位の超低水準である。
「なぜ、アベノミクス(2012年末)が登場するまで株価が低迷していたのかというと、それは日本企業の稼ぐ力が弱かったからですね」と清田氏。
投資家の資金は、投資先として魅力ある所へ向かう。その魅力とは、企業がきちんと収益をあげて配当しているかどうかである。
株式市場には、企業の力を見る指標がある、その指標で当該企業を評価(バリュエーション)する。
その企業の稼ぐ力を見るのはROE(Return On Equity、自己資本利益率)。投資家が投資した資本に対し、企業がどれだけの利益をあげているかを見る指標。このROEの数値が高いほど、経営効率が高いとされる。
今、岸田文雄政権下で、『新しい資本主義』が唱えられ、『成長』と『分配』の連動が認識されるようになった。「分配が先だ」、「いや成長こそが大事だ」といった不毛な議論は止めて、成長を実現し、所得再配分などの分配を実現していこう─という合意が何とかなされた。
歴代政権も成長を模索した。最近では安倍晋三政権の経済政策『アベノミクス』がある。この『アベノミクス』については、「完全に成果をあげたとは言えない」(某経済団体リーダー)という声もあるが、金融緩和もあって、株価を引き上げたという成果はある。
『アベノミクス』が2012年末に登場するまで、日本はなぜ平均株価が8000円前後と低かったのか?
株式市場はその国の経済の姿を反映する鏡。日本の〝凋落〟ぶりを当時の鏡で見続けていた関係者の危機感は強かった。
「資本にはコストがかかっている」
なぜ、日本株は低下し続けるのか?
こうした問いを進めていくと、結局は「日本企業の稼ぐ力が低かったから」(清田氏)という答えに行き着く。
今から10年ほど前のROEは4、5%程度。米国や欧州のそれは10%から15%という水準。欧米の投資家が日本株に資金を振り向けなかった理由がここにある。
「アベノミクスはそこに目を付けて、企業の稼ぐ力を上げようと。そのためには、日本企業の経営が非効率的だから、それを上げるのだと。すなわち、日本企業は、持っている資本をいかに有効に活用するかという観点が欠けているという認識だった」と清田氏は振り返る。
一橋大学元商学部長の伊藤邦雄氏(現一橋大学CFO教育研究センター長)がまとめた、いわゆる『伊藤レポート』では分かりやすい目安として「ROE8%」を掲げた。
以来、日本でもガバナンス(企業統治)改革の気運が高まっていった。
経営者の目が企業内部に向かい、独りよがりになっていやしないか、もっと外の目を入れるべきだということで、社外取締役の導入なども進んだ。女性活用など、多様な才能を生かすということもそうだ。
「経営者に対して、意識改革を求めたわけですね」と清田氏は語り、次のように強調する。
「やはり企業経営というのは、株主から預かった資本をいかに効率的に事業で運用して、リターンを上げていくかということ。そのリターンから、様々な社会とのコミットメントを果した上で、最後に残ったものがROEの言う全体の純利益だと。企業がきちっとした稼ぐ力を上げるためには、ROEを大事にしていかなければいけない」
資本生産性を上げる─。資本にはコストがかかっているという発想が日本の企業経営者の間では薄いという清田氏の指摘である。
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日本全体の生産性をいかに上げていくか
人口減、少子化・高齢化で需要も減少し続ける日本。国内、海外と分ければ、成長する海外への投資に資金は向かう。
今、年間、純利益が1兆円近くになった総合商社。グローバルに稼ぐ力を発揮している。
「今、われわれの利益のほとんどが海外で展開する事業から生まれている」(某大手商社の首脳)という実情。
資源・エネルギー価格の高騰ということも商社の高収益の背景にあるが、その事業構想力、金融力、そしてグローバルに働ける人的資源と、まさに総合力を発揮しての稼ぐ力である。
一方で、国内主体の中小企業の大半は、縮小し続ける国内市場になった今、収益力が低下。明暗を分ける構図である。
日本生産性本部会長を務め、『令和臨調』(今年6月19日発足)の代表世話人を務める茂木友三郎氏(キッコーマン名誉会長)は、「日本の生産性向上のカギを握るのはサービス産業」と指摘し、次のように語る。
「日本の生産性は製造業で米国の7割、サービス業は半分。特に卸売、小売、宿泊、飲食業は米国の4割の水準」
では、どう対処するか?
「事業の付加価値を高める努力。そして需要創造のための工夫。日本は価格競争が激しくて、せっかく自分が創った付加価値を棄損させている」という茂木氏の指摘。
また、規制改革の面で、日本の生産性引き上げを提唱し、行動してきたオリックス・シニア・チェアマンの宮内義彦氏。宮内氏は日本の生産性の低さを、「行政だけでなく、大企業の官僚化にある」と指摘。旧来の秩序、慣習にとらわれず、各企業、各人がもっと自主的に創造的に活動していけるようなインフラづくりが必要と訴える。
環境変化は激しい。コロナ禍に加えてウクライナ問題は、改めて国とは何か、企業経営の要諦、そして個人の生き方を問い直している。
〝外部の目〟をどう認識し、行動するか
「日本企業の経営者の意識改革をもたらすとしたら、やはり外部の目が必要になる」という基本認識を清田氏は示す。
産業界では以前、投資のリターンが1、2%、良くて3%ぐらいしかない〝政策保有株〟が多かった。
経営の安定を保つという大義名分での政策株保有だったが、これは経営者の自己保身なのではないかという見方が強い。
自己資本の3割位は政策保有株で占めるという企業も数多くあった。もっと外の目、つまり株主の目を意識し、緊張感を持って経営に当たろうという気運が盛り上がってきた。
バブル崩壊(1990年代初め)から約30年。この間、世界は『ベルリンの壁崩壊』(1989)に続き、旧ソ連邦崩壊(1991)、そしてEU(欧州連合)の結成(1993)と、一気に旧来の秩序が崩れ、新しい力が台頭した。
中国はこの間に経済力を高め、世界第2位の経済大国となり、軍事力も付け、今や米中対立と呼ばれる時代に突入。そこにコロナ禍、ウクライナ危機という今日的命題が突き刺さる。
そうした環境変化の中を企業は生き抜かなくてはならない。
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株主という存在の捉え方は?
改めて、株主という存在は、どのようなものなのか?
企業は多くのステークホルダー(利害関係者)を抱える。
まず顧客、さらに従業員、取引先、地域社会、そして株主といったステークホルダーがいる。
企業は活動していくうえで、従業員に賃金を払い、納税する。また顧客に商品やサービスを提供するための諸経費を払う。
財務諸表の損益計算書(PL)でいえば、顧客や従業員、地域社会などのステークホルダー関連の諸経費を払った後に導かれるのが純利益。その純利益の中から、どれだけ株主へ配当するか、また、どれだけ投資に回し、内部留保はいくらにするかを決めるという段取り。
「ええ、これはいつもわたしが申し上げていることですが、企業が従業員や顧客、地域社会へのコミットメントをすべて果たし、取引先との契約も全部果たし、それでもその最後にのこった利益が純利益で、その純利益から配当や自社株買いで還元すると。こういう考え方であるがゆえに、株主と経営者との間での対話が大事になってくるということですね」
経営者と株主との対話とは?
「株主が何を望み、何を求めるのか。そして経営をどうして欲しいのか。やはり成長のほうがいい、今は配当よりも、そちらを重視した方がいいという株主がたくさんいるのであれば、成長投資をたくさんやらなければならない。また、電力やガスなどの公益企業では、成長よりも安定的な配当をずうっとのぞみますよ、という株主が多ければ、そうした経営をすればいいということですね」
清田氏は、経営者が株主との建設的な対話を徹底することによって、ガバナンスの効いた経営を実践していけると強調する。
今年4月の市場区分 再編後の課題
要は、いかにコミュニケーションを取っていくかということ。そうした流れの中で、機関投資家と投資先企業の建設的対話を促すスチュワードシップ・コードの制定(2014)、そして経営者の行動規範であるガバナンス・コードを制定(2015)してきたという歩み。 そして、今回の東京証券取引所の市場区分の見直しである。
この市場改革・再編の動きは、あの世界的金融危機のリーマン・ショック(2008)を契機にスタートした。
世界的に株価下落が深刻で、当時の東証、大証(大阪証券取引所)も厳しい経営状況に見舞われた。そこで当時、東証のCEO・斉藤惇氏と大証社長・米田道生氏の英断で経営統合を決意、市場を統合した。
東証は現物の取引、大証は国債先物やデリバティブの取引を主体にするというところから、市場再編は出発。紆余曲折を経ながら市場を統合し、東証1部、2部、ジャスダック、マザーズの4市場に再編したが、この市場区分も、「明確な投資対象としての性格付けが不明確になっていた」と清田氏。
事実、不都合な面はあった。
日本を代表する優良企業の集まりと見られていた東証1部がいつの間にか、何でもありの〝ごった煮〟の市場になっていた。
東証2部やマザーズからであれば、時価総額40億円に達すれば、東証1部に移ることができる。しかし、直接上場やジャスダック、その他の市場からだと、250億円が必要とされ、その差は何と6倍にものぼった。東証2部やマザーズから東証1部への移行は、「裏口入学」と陰口をたたかれもした。
今年4月、グローバル市場で戦えるような企業が上場する『プライム』、国内の中核企業中心の『スタンダード』、そして新興企業の『グロース』の3市場に再編されたが、課題は残る。
4月前までの上場企業3777社のうち、プライムは1841社、スタンダードは1477社、グロースは459社という内わけ。旧東証1部の企業数は約2200社あった。それがプライムの新設で約1800社に絞られたが、『時価総額250億円以上』、『流通時価総額100億円以上』といった条件を満たしていない企業が約300社にのぼる。
投資家の混乱を避けるための経過措置として、プライムへの上場が〝仮認定〟された形だが、早晩すっきりさせないと、何のための市場区分整備だったのかと疑問が残りかねない。
日本取引所グループでは今夏、市場関係者、機関投資家、有識者などで構成する委員会を設置し、経過期間の具体的な年限を決める予定だ。
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ユニコーン育成へ向け必要なこと
いかに日本に活力を注いでいくか。そのためにも、スタートアップ(新興企業)をいかに掘り起していくかも大事。
日本では、ユニコーンが育ちにくいと言われてきた。ユニコーンとは評価額が10億ドル=日本円換算で1300億円以上の非上場・ベンチャー企業のこと。
日本では、リスクマネーを投じる存在が少ないと言われる。
欧米、ことに米国ではリスクを取って投資する機関投資家や個人が一定数いる。そういう彼我の違いをわきまえた上で、どうスタートアップを掘り起こしていくかという命題だ。
「元々、未上場での資本の調達が日本の場合は非常に難しいと。海外のように、大金持ちがもう恐ろしいほどのリスクを取って、どんどん資金を投入することがない。米国はそういう人がいるから、未上場の段階で大の資本が入って大きくなる。そして上場してくるから、ユニコーンがすごく多いわけです。場合によっては、(時価総額が)兆円単位のものも出てくる」
そうした米国と違って日本は、どんな手を打っていくか?
「わたしの希望的観測ですが、未上場市場で資本が調達できるようなファンディングであるとか、そういった資本の調達マーケットが発達する必要があるし、それをつくらなければいけない」と清田氏。
スタートアップに対して、非上場時点で資本が投入されるようなマーケットづくり。生損保や信託などの機関投資家が、もっとリスクが取れるような施策が日本取引所グループの次のテーマである。
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