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【政界】参院選後、岸田首相に問われる『覚悟』と『決断』

財界オンライン / 2022年7月20日 15時0分

イラスト・山田紳

※2022年7月20日時点

「黄金の3年間」を手に入れた自民党総裁で首相の岸田文雄はどこまでリーダーシップを発揮できるか――。岸田は自身が衆院を解散しない限り、2025年9月まで大型国政選挙に取り組まずに済むとされる。ただ、足元では感染が再び増えはじめた新型コロナウイルスとの戦いだけでなく、ロシアのウクライナ侵略による国際秩序の危機という難題に立ち向かう。何より国民生活を直撃する物価高騰の影響を最小限に食い止められるかも課題だ。覚悟と決断が求められるが、国民の見つめる目は厳しい。

【政界】最大派閥の安倍派を意識しながら地固め図る岸田首相の覚悟

安倍元首相死去の影響

 「新型コロナウイルス、ウクライナ、物価高騰。こうした大きな課題に向けてしっかりと取り組んだ上で、日本の経済再生に向けて努力をしていかなければならない。新しい資本主義。私が訴えている経済モデルについて、しっかりと結果を出していきたい」

 岸田は7月10日夜、参院選で自民党の勝利が伝えられるなか、出演したNHK番組でそう語った。「併せて、外交安全保障、そして憲法改正。こうした課題にも一つ一つ取り組んでいきたい」と強調し、憲法改正にも意欲をみせた。

 その2日前の8日のことだった。元首相の安倍晋三が街頭演説中に銃撃され、死亡するという衝撃的な事件が発生した。凶弾に倒れる直前まで安倍は全国各地でマイクを握り「憲法9条を変えて自衛隊の違憲論争に終止符を打つべきだ」などと訴えた。

 憲法改正を悲願とする安倍の情熱に押されるように、岸田は昨年9月の党総裁選で、憲法改正について「総裁任期中にめどはつけたい」と述べ、2024年9月末までの任期中に実現させる考えを示した。総裁就任後は党憲法改正推進本部を「憲法改正実現本部」に改組し、所属議員に地元で対話集会を開くよう指示するなど、国民の理解を広める作業に取り組んできた。

 参院選を経て、いよいよ改憲議論を加速させる環境が整った。「改憲勢力」といわれる自民、公明両党と日本維新の会、国民民主党が国会発議に必要な3分の2議席(166議席)を維持できたからだ。もともと4党の公示前勢力は3分の2議席をギリギリ超えてはいたが、今回は大きく超える議席を確保している。

 しかも、新型コロナの感染拡大やロシアによるウクライナ侵略、北朝鮮の相次ぐ弾道ミサイル発射などがあり、有事の際に内閣の権限を強化することや国会議員の任期延長を認める「緊急事態条項」の創設だけでなく、自衛隊の存在を憲法に明記することなどへの国民の理解は広がっている。岸田は10日夜、「時代に即した様々な改正を考えていく。現実的な喫緊の課題としてしっかり取り組む」と改めて意欲を語った。

 また、先の通常国会では休眠状態だった衆院憲法審査会がほぼ毎週開かれ、過去最多の16回を数えた。昨秋の衆院選で日本維新の会が躍進し、国民民主党とともに開催圧力を強めたため、護憲勢力の立憲民主党などが拒否できない空気が広がった。衆院の先例ができたことから、自民党関係者は「秋の臨時国会以降も参院でも憲法審査会を積極的に動かせる」と語る。



見えぬ改憲議論の方向

 今後、具体的な改憲作業が政治日程にのぼりそうだが、改憲勢力の中でも改憲項目を巡っては隔たりがある。

 自民党は独自の改憲4項目として(1)9条への自衛隊明記(2)緊急事態条項の新設(3)合区解消(4)教育の充実―を打ち出している。参院選公約には、4項目を前提に「技術革新、安保環境、時代や社会生活の変化に応じ、憲法をアップデートする」と明記し、「衆参両院憲法審査会で改正原案の国会提案・発議を行い、国民投票を実施し、改正を早期に実現する」と強調した。

 ただ、党内にも9条改正はハードルが高いとして「真正面からの議論は避けるべきだ」との意見がある。緊急事態条項の国会議員の任期延長なら議論が進むとの見方も広がる。実際、新型コロナの感染拡大で衆院選の実施が危ぶまれ、スポットライトが当たった。

 国民民主党も「急ぐのは、新型コロナなどを経験し、いかなるときも国会の立法機能、行政監視機能を止めてはいけないということだ。緊急事態条項は、三権分立を確保するような条項を整えておくべきだ」(玉木雄一郎代表)と主張する。公約にも「緊急事態条項を創設する」と明記した。ただ、憲法9条に関しては「具体的な議論を進める」という表現にとどめている。

 一方、日本維新の会は公約に「緊急事態条項の創設」とともに「平和主義・戦争放棄を堅持した上で9条に自衛隊を規定する」と盛り込んだ。松井一郎代表は7月3日のNHK討論番組で「スケジュールがない議論をいくらしても先延ばしだ。まずスケジュールがあるからこそ、中身の議論が充実できる」と訴え、岸田らに国会発議の目標年月を示すべきだと訴えた。

 これに対し、公明党は9条改正に慎重だ。公約では「自衛隊明記は検討を進める」としたが、わざわざ「9条1項、2項は堅持」と盛り込んだ。緊急事態条項についても「個別法で対応する」としている。ただ、北側一雄副代表は5月の衆院憲法審で、首相や内閣の職務を規定した72、73条に自衛隊を明記する案を示しており、今後は世論の動向を見極めつつ議論を重ねる構えだ。

 岸田自身も参院選期間中は慎重な物言いに終始した。3日の討論番組では「自民党として4つの憲法改正案を掲げているが、どれも喫緊の現代的な課題だ。ぜひ国会議論と国民の理解を進めていきたい」と述べるにとどめた。

 参院選公示日に福島市内で第一声をあげた際には「この選挙を通じて憲法改正をはじめ未来に向けての様々な課題に挑戦する」と街頭演説を締め括ったが、中盤戦以降の街頭演説では「憲法改正」の言葉は聞かれなくなっていた。

 岸田も他の改憲勢力の発言や国民世論を見極めたいようだ。しかも、衆参両院の憲法審査会に自民党改憲原案を示し議論するのか、改憲勢力で事前に原案を練り、足並みを揃えて示すのか。国会での改憲議論の進め方さえ見えてこない。

 しかも、憲法改正案の国会発議にこぎつけられたとしても、その後の国民投票で半数以上が賛成しなければ憲法改正は実現できない。
 岸田周辺は「参院選を乗り切り、2024年9月までに憲法改正が実現できれば総裁再選は確実だ。長期政権になる」といった期待が膨らむ。そうであるなら、岸田には国会の改憲勢力を束ね、できるだけ多くの国民の支持が得られる改憲案をまとめるため、強力なリーダーシップとともに決意が求められる。



経済の好循環へ重要局面

 一方、今回の参院選で、3カ月前の発言にはなかった「大きな課題」が急浮上し、争点となった。

 「有事の価格高騰」(岸田)で、経験したことのないような物価高が国民の懐を直撃している。

 岸田は日本では特にエネルギーと食料品の価格高騰が大きいとして、「この2つにピンポイントをあてて万全の対策をとる」と主張する。具体的には、自治体が地域の実情に合わせて使える1兆円の緊急対策を実施したことや、5.5兆円の予備費を用意していることを挙げた。

 さらに、「物価上昇は米国など他の主要国と比べて4分の1程度にとどまっている」などと、これまでの対策の成果をアピールしてきた。

 これに対し、野党側は参院選で、国民の負担軽減のため「消費税減税」「消費税ゼロ」を掲げ、「急激な円安、物価高の局面においては、極めて有効な消費喚起策だ」(立憲民主党代表、泉健太)などと主張。ガソリン価格の抑制や給付金なども訴えた。

 ただ、与党は「社会保障の財源確保が消費税率引き上げの理由だった。また借金に逆戻りさせるのは無責任だ」と野党側を批判し、消費税減税を否定する。今後は、大型の経済対策や2022年度第2次補正予算案編成を求める声が強まることになりそうだ。

 しかも、厚生労働相の諮問機関「中央最低賃金審議会」が2022年度の最低賃金引上げの「目安」の議論をスタートさせた。物価高騰が国民生活に重くのしかかる中で、賃金が上がらなければ生活は一層苦しくなり、逆に持続的に賃金が上がれば消費拡大につながる「好循環」を実現できる。

 審議会は7月下旬に議論を取りまとめる予定で、岸田政権にとって、すぐに重要な局面を迎えることになる。

 2021年度の最低賃金は全国加重平均で時給930円。政府の意向を反映し、過去最大となる全国一律28円増で決着した。政府は今回、時給1000円を目指しているが、野党側は軒並み「1500円への引き上げ」を訴えており、今後、攻勢を強めそうだ。

 だが、企業側には警戒感が強い。新型コロナの影響を受けた飲食業や小売業などは経営体力が落ち、最低賃金の水準が重荷になっている。原材料や肥料や燃料の高騰分の商品価格への転嫁を進めれば、国民の懐を痛めることにつながる。大幅な引き上げに慎重にならざるをえない。岸田は「(賃上げは)コスト増ではなく、人的資本への投資だ」と理解を求めてきたが、議論は激しくなりそうだ。



防衛費議論も活発化

 ロシアのウクライナ侵略などを受け、安全保障の分野も国民の関心が高まっている。

 岸田は「防衛力の抜本的な強化」を打ち出している。年末までに行う国家安全保障戦略などの改定作業を通じ、増額の具体的な中身や自衛隊の反撃能力の保有の是非などを検討することにしており、参院選後は議論が活発化することになる。

 さらに、少子化や児童虐待、貧困といった課題に対応する「こども家庭庁」の来年4月の発足に向け、将来的に倍増するとしている「子ども政策関連予算」などの具体化も急がれる。岸田が掲げる「新しい資本主義」では、スタートアップやグリーン、デジタルなどの重点分野を「成長」の起爆剤として実現できるかも注目される。

 参院選までは「安全運転」に徹してきた岸田。重要な政策課題は山積している。「黄金の3年間」を手に入れ、攻めの政権運営に転じられるのかが長期政権の成否のカギを握っている。

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