【創業114年の刃物の老舗】貝印はなぜ、年間600点の新製品を世に送り出せるのか?
財界オンライン / 2022年7月29日 18時0分
ドイツのゾーリンゲン、イギリスのシェフィールドと並ぶ、刃物の世界の3Sと呼ばる岐阜県関市で114年前に創業したのが貝印。日本で初めて、国産の剃刀を世に送り出した。「お客様の声に耳を傾けて、いかにチャレンジするかが大事」と会長の遠藤宏治氏。製品点数は約1万点。年間約600点の新製品を世に送り出す他、世界初の「紙カミソリⓇ」を生み出すなど、常に新製品の開発に余念がない。
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コロナ禍で進んだ働き方の見直し
─ コロナ禍は小康状態が続いていますが、人々の生き方・働き方を大きく変えました。事業への影響はいかがですか。
遠藤 今までは当たり前に外出し、人に会っていましたが、コロナで完全に変わりました。私自身も海外3分の1、東京3分の1、地元の岐阜が3分の1というペースで仕事をしてきましたが、コロナによって変わりました。その意味で、これまでやってきたことを見つめ直す機会になったと感じています。
当社でもリモートワークが進み、現在も東京オフィスでは在宅比率約6割を継続しています。コロナ以前も「働き方改革」の話はありましたが一気に進みました。今後も、そういう状況が続くと思います。 事業に関しては、我々が取り扱う「刃物」には様々な商品がありますが、在宅勤務が進んだことで、多くの人が家で食事をつくる機会が増え、当社の調理用品の売り上げが伸びました。
─ 貝印さんといえば剃刀の印象が強いですが、調理用品にも強いんですね。
遠藤 ええ。当社は剃刀を中心に、ビューティケアのための爪切りや鋏といった「美粧用品」、料理をつくるための「調理用品」などを展開しています。これは我々のお得意先であるスーパーさんが店舗を展開される際に、棚を商品で埋めるためにも、品揃えが必要だということもあって手掛けてきたものです。
調理用品の中に、お菓子をつくるための「製菓用品」がありますが、これを日本に広めたのは私どもだと言っても過言ではありません。コロナ禍でも、家でケーキやクッキーをつくるという需要がありました。
─ 貝印は岐阜県関市が発祥ですが、関市はドイツのゾーリンゲン、イギリスのシェフィールドと並んで刃物に関して「世界の3S」と呼ばれてきた土地柄ですね。
遠藤 ええ。ただ、今は各地域の地場産業が自動車など他の産業に変わっています。関市も、かつて市内総生産の半分近くを刃物が占めていましたが、今は1割ほどです。
─ その中で貝印は1908年(明治41年)の創業以来、刃物を中心に事業を行ってきたわけですが。
遠藤 我々は刃物中心に事業を展開し、関連した製品に領域を広げてきた形です。私の祖父・遠藤斉治朗がポケットナイフでスタートしました。この「斉治朗」という名前は父が2代目を継ぎましたが、私はタイミングを逸して、まだ襲名していません(笑)。
関でなぜ、刃物づくりが盛んになったかというと水、土、松炭(火)の質がいいという3大要素が揃っていたからだと言われています。また、鎌倉末期から盛んになったということで、鎌倉と京の中間点にあるという利点も大きかったと思います。
刃物は「バイプレーヤー」
─ 今後の事業展開について、どう考えていますか。
遠藤 人間の生活に刃物は欠かせませんから、無限に市場があります。我々が忘れてはいけないのは刃物はメインプレーヤーではなく、バイプレーヤーであるということです。でも、バイプレーヤーがいないと、いろいろなことが成り立ちません。
例えば、我々は眼科のメスも取り扱っています。「白内障」では手術を行いますが、目の水晶体が濁って見えにくくなるため、今は角膜に小さい切り口を入れて、そこから中にレンズを入れるのが主流になっています。
その時に、主役となるのはあくまでもレンズですが、患者さんのクオリティ・オブ・ライフのために、レンズを綺麗に入れるためには綺麗な切り口が必要ですし、上手にふさがることも重要です。そのためにも鋭い切れ味が必要なんです。
我々はバイプレーヤーとして、メスの切れ味がよくないと、患者さんのクオリティ・オブ・ライフに貢献できません。料理でも同じです。切れ味のいい刃物がないと、おいしい料理ができません。メインは食材やつくる人の腕ですが、刃物はおいしい料理をつくるために欠かせないバイプレーヤーだと思います。
─ 人の生き方について考えさせられる話ですね。メインプレーヤーとバイプレーヤーがいて、物事が成り立つと。
遠藤 ええ。他にも産業用の刃物もありますが、これもいい刃物でなければ生産性向上、効率化につながりません。ですから、刃物が入っていける領域はたくさんあるんです。お客様からのご要望に耳を傾けて、いかにチャレンジするかが大事です。
日本メーカーでトップクラスの商品点数
─ 新領域を開拓する余地があるということですね。商品数はどのくらいあるんですか。
遠藤 約1万アイテムあります。様々な商品は「POSシステム」に登録されていますが、日本の単一のメーカーで、トップクラスの登録数なのではないかと思います。
我々の特徴は、製品一つひとつの単価は高くないことです。売上高はグループ全体で約440億円と、そこまで多くはないのですが、単価の高くない製品を、これだけの数取り扱っていると。
数の多さは自慢にはなりませんが、これだけの点数の商品の在庫をコントロールしながら、お客様にご満足いただけるような形で供給すること。これは手前味噌ですが、きっちりできているのではないかと思います。
─ 少量多品種で経営を成り立たせるのが貝印さんの経営ノウハウですね。生産はどのように進めていますか。
遠藤 全てを我々が生産するのではなく、我々が企画して、国内外の協力工場さんに生産してもらい、貝印の製品として販売しているものも多いんです。そのバランスやコントロールは、我々の一つのノウハウです。
モノづくりのキーワードは「DUPS」です。Dはデザイン(Design)、Uは独自性(Unique)、Pが特許(Patent)、Sが安全(Safety)と物語性(Story)です。これらを基本スタンスに商品やサービスの開発を進めています。
新製品のアイデア出しや開発には時間を割いており、毎年約600アイテムの新製品を出すと共に、製品の新陳代謝を行っています。
─ 製品の販売先もかなり多岐にわたりますね。
遠藤 スーパー、ホームセンター、ドラッグストア、百貨店などあらゆる場所です。リスク分散の観点もあります。先程、コロナの影響のお話をされましたが、巣ごもり需要で家庭用品がよかった一方、インバウンド(訪日外国人観光客)が減りましたから、ホテル向けの剃刀などは売り上げが減少しました。
しかし、様々な場所で販売しているため、ある所は影響を受けても、ある所は好調という形になり、リスク分散になります。コロナ禍の中でも業績的にはプラスでした。
─ リスク管理に関して、先々代、先代から受け継いだものはあるんですか。
遠藤 2代目の父の時代に多岐にわたってリスク分散をする手法を取り入れました。だからこそ、商品の点数もお得意先も増えてきたのです。
創業者である私の祖父は、1932年に日本人で初めて国産の剃刀をつくった根っからの職人でした。それまでの剃刀は輸入だったんです。
当時、神戸でドイツ人の方が細々と剃刀を生産していたのですが、事情あって本国に帰ることになった時に、祖父がそれを聞きつけて機械を買い、国産の剃刀をつくり始めました。最初は全くものにならず苦労をしたようですが、何とか製品化に漕ぎ着けたのです。
同じ関市で生まれたフェザー安全剃刀という会社がありますが、こちらも祖父が創業した兄弟会社です。同じ岐阜出身の商人の方に声をかけて、国産剃刀をつくってやっていきましょうということでできたのがフェザーです。
祖父には子供がおらず、私の父は養子です。父はフェザーの剃刀販売から始めた商売人であり、これが我々グループの原点でもあります。
─ 貝印ブランドの剃刀を出したのはいつ頃ですか。
遠藤 1951年にお風呂場などに置かれていた「軽便剃刀」の製造を始めました。これが貝印ブランドの初めての製品となりました。外資のジレット、シックに対抗するためにフェザーは替え刃、貝印は軽便剃刀という形で棲み分けていこうというのが、祖父や父の考え方でした。
─ この視点はよかったということですね。
遠藤 そうですね。「ディスポーザブル」の時代というのがありました。当時、我々の剃刀、100円ライター、ボールペンが「3大ディスポ」と言われて持て囃されたのです。
その後、1963年には剃刀の自由化がありました。それまではジレットやシックの製品に高関税がかけられていたものが撤廃されたのです。
包丁ブランド「旬」が欧米を中心に人気に
─ 時代の流れの中を生き抜いてこられたということですね。近年はSDGs(持続可能な開発目標)などの流れもありますが、どう意識していますか。
遠藤 当社では今から30年近く前に、植物を原料に使用したエコ剃刀を発売しました。この時は材料費が高く、その分、販売価格も高かったため、お客様に受け入れてもらうことができませんでしたが、地道に続けてきたのです。
2021年には、通常プラスチックが使われる持ち手部分に厚手の紙を使用した、世界初の「紙カミソリⓇ」を発売しました。ディスポからスタートした会社ゆえに、環境を意識した製品をつくっていこうというスピリッツは、ずっと持ち続けていこうと考えています。
─ 日本刀など、日本の刃物は世界的にも評価されていますね。これも貝印の事業に影響していますか。
遠藤 お陰様で2000年に発売した「旬」という包丁ブランドが欧米を中心に全世界的に売れており、間もなく累計1000万丁に到達します。
─ 欧米で受けた理由をどう分析していますか。
遠藤 世界的な和食ブームと、発売当時に『ラストサムライ』という映画がヒットして日本イメージが向上したこと、あとは「旬」というネーミングやデザインもよかったのだと思います。
─ 全売り上げに占める海外比率はどのくらいですか。
遠藤 約50%です。現在は欧米が中心ですが、今後はアジア市場にも注力していきたいと考えています。
─ 全産業界的にデジタル化が進んでいますが、「人」との関係をどう考えますか。
遠藤 刃物は最終的に切れ味が命ですから、それを出すのは熱処理工程、プレス工程などのデジタル化に加えて、最終的な最大価値はやはり「人」です。
我々の工場で「匠」の技術をどうやって保持していくかというのは、これまでも、これからも大きなテーマです。
─ 人材育成において気をつけていることは?
遠藤 我々はファミリー企業ですが、社員もある意味で家族のような形で育成していく意識を持ち続けることが重要だと考えています。我々くらいのサイズの企業であれば、社員のことはある程度わかります。このスタイルは今後も堅持していきたいと思います。
家族経営と言いながらも、あまりウェットではなく、ある程度の距離を持つというのが私の理想ですが、マネジメントとしては、様々な心配りをして、社員が生き生きと働くことができるような環境をつくっていこうと考えています。
会社では「週報制度」という、週に1回、社員が気づいたこと、思ったことを実名でイントラネットに書き込むという制度があります。多い時で100通を越える書き込みがあるんです。始めてから10年近く経ちますが、読んでいると社員が何を感じながら仕事をしているのかなど、いろいろな気づきがあります。
─ 経営者と社員で意識を共有できると。
遠藤 ええ。ただ、社員にはそれぞれ価値観、考え方がありますから、こちらから「こうしなさい」といったことは言わないようにしています。
我々は「場づくり」をして、その中から、会社としてどう対応していくのかを汲み取っていく。その仕組みづくりを一生懸命やっているつもりです。
えんどう・こうじ
1955年10月岐阜県生まれ。78年早稲田大学政治経済学部卒業、79年ロヨラ・メリーマウント大学大学院修了。80年三和刃物(現・貝印)入社。同年から2年間コクヨ出向。86年常務取締役、89年取締役副社長、同年代表取締役社長、21年55月代表取締役会長兼CEOに就任。
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