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創業100年【旭化成新社長・工藤幸四郎】の信条「伝統は守るべからず、つくるべし」

財界オンライン / 2022年8月9日 7時0分

旭化成社長 工藤幸四郎

旭化成は今年5月、創業100年を迎えた。今年4月社長に就任した工藤幸四郎氏は、同社発祥の地・宮崎県延岡市の出身。100年前、『旭絹織』として出発、合成アンモニアの製造を手掛けながら事業を拡大。今はマテリアル(素材)、住宅、ヘルスケア(医薬品など)の『3領域経営』を手掛ける一大総合化学会社になった歴史を踏まえて、工藤氏が発するメッセージは『伝統は守るべからず、つくるべし』という言葉。大学時代の恩師の言葉だが、40年前に入社してからしばらくは「その意味合いを深く考えることもなかった」ものの、中東各国で繊維素材の販路開拓で辛酸をなめたりして、「自分で何かをつくり出す」ことの大事さを痛感。コロナ禍、ウクライナ危機と先行き不透明の中で、「アニマルスピリット」と旭化成魂を合わせた「Aスピリットで臨んでいきたい」という工藤氏の舵取りは―。
本誌主幹
文=村田 博文

<画像>知ってた?!旭化成の発祥の地 水郷の街―宮崎県延岡市の風景

〝変革の歴史〟の中で今の『3領域経営』がある

「旭化成の歴史も100年経ってきたと。その歴史は、変革をしてきた歴史だと思います。今は、ただ単に通過点であるということを意識して経営に取り組んでいきたい」
 今年4月、取締役・常務執行役員から社長に昇格、就任した工藤幸四郎氏は〝変革の歴史〟という言葉を強調しながら、抱負を語る。

「今、旭化成は、3領域経営で3つの領域を持っています。この3領域経営についてアナリストや株主、あるいはメディアの方々から、どう考えますかという質問をよく受けます。コングロマリット・ディスカウントの流れでの質問というか、ややネガティブなところも聞かれます。そこで、わたしたちは今は3領域経営をやっているのですが、ずっとそれをやってきたわけではないと。変革をしながら、いま現在、3領域経営というカタチとしてあるということです」

 3領域経営─。マテリアル(化学、繊維、火薬などの素材)、住宅(建材)、ヘルスケア(医薬品、医療機器)の3領域に集約しての経営である。
 同社の100年は、多角化経営をやってきた歴史でもある。そうした歴史の上に、今の3領域経営があるわけだが、アナリストやメディア関係者からは、よく〝コングロマリット・ディスカウント〟という視点で質問を受けるのだという。

 コングロマリット・ディスカウント。多くの事業を抱えるコングロマリット(複合企業)は事業の全体像が見えにくく、相乗効果もわかりにくいとして、市場評価が下がりやすいことを指す。
 こうした見方に対して、経営者としては丁寧な説明とビジョンを語り続けていくほかないが、工藤氏は次のように語る。
「3領域経営というものは今、通過点としてあるわけです。従って、これから先しばらくは3領域経営を続けることになると思いますけれども、未来永劫に3領域経営ということではありません。その都度、その都度、点があって、結果があって、4領域になるのか、あるいは2領域になるのかということです」

 ともあれ、同社の歴史は、変革の歴史。社長になった今、現状に対する認識はどうか?
「わたしは1982年(昭和57年)の入社ですので、その当時はまだ、旧財閥系何するものぞというような気持ちもあったと思うんです。でも、ここに来て旭化成も日本国内では有数の総合化学になりましたので、非常に優秀な人材が入ってくれています」

 化学会社の売上高ランキングでは三菱ケミカルHD(2022年3月期の売上高約3兆9769億円)、住友化学(同2兆7653億円)、富士フイルムHD(約2兆5258億円)に次いで4位に旭化成(同2兆4613億円)、そして5位に信越化学工業(同2兆744億円)の順。

 これを市場の評価(時価総額ランキング、7月1日時点)で見ると、売上高5位の信越化学が約6兆4207億円でトップ。2位に富士フイルムHD(約3兆7953億円)、以下、ユニ・チャーム、花王、資生堂と最終消費財関連企業が続く。6位に日本ペイントHD(約2兆4890億円)、そして7位に旭化成(約1兆4413億円)、8位に三菱ケミカルHD(約1兆971億円)、12位に住友化学(約8724億円)という順位。

 化学の枠組で見ると、市場の評価は高い。3領域経営が一定の功を奏し、経営の安定性という点が評価されていると言っていい。
 ただ、その〝安定志向〟に、工藤氏は少し気懸かりなものを感ずると次のように語る。

「3領域経営をやっているということもあって、旭化成は安定しているとして、安定志向に少し偏っているのかなと。変革の意識からすると、わたしは危機感を持って臨みたいし、今回の新中期経営計画に取り組んでいきたいと」

 時代の転換期にあり、そして先行き不透明感も漂う中、創業の原点でもある挑戦心を持っていきたいとする工藤氏である。

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3領域経営の本質は?

 そもそも、3領域経営の本質とは何か?
 工藤氏に社長の座をバトンタッチした前社長・小堀秀毅氏(現会長、1955年生まれ、2016年4月から2022年4月まで社長在任)は社長在任中、3領域経営について、次のように語っていた。
「たとえ、柱が1本でも幹が太ければ倒れない。2本でも前や横を補強することでやっていけますが、柱が3本あれば、間違いなく安定感が強まります。1つひとつの柱を太くしながら、高くしていくことが大事」

 マテリアル、住宅、ヘルスケアのそれぞれの専業メーカーと比べて、そのメリットや長所はどこにあるのか?
「専業のメーカーさんと比べて、3つの領域によるマネジメントのあり方、知見や視点、リスク管理などで工夫し、それをグループ全体に反映させていく。そのことでマネジメントチームとしての無形資産のノウハウを高めてもいけます」(小堀氏)ということである。

 要は、3領域経営のメリットを発揮する方向に持っていくことが大事ということ。その意味で、小堀氏から社長のバトンを受けた工藤氏の舵取りに注目が集まる。

アニマルスピリットと旭化成魂で!

 経営のカタチに完成形はない。時代の環境変化や新しいテクノロジー(技術)の登場などで、経営のカタチは絶えず変革していかなくてはならない宿命にある。
 コロナ禍に加えて、ウクライナ危機が起き、資源・エネルギー価格も上昇する中、2022年3月期決算を振り返ると─。
 同期の売上高は約2兆4613億円で前期比16.9%増、営業利益は2026億円強で同17.9%増、経常利益は2120億円で同19.1%増と増収増益となった。
 コロナ禍初年度となった2021年3月期が売上高で減収(前期比2.1%減)、減益(営業利益で3.1%減益)になったのとは対照的に、2022年3月期は増収増益となった。

 そういう中で、カブトの緒を締めることの大事さ。「少しゆっくり感が出ているのじゃないか」という社長・工藤氏の危機感であり、「もう一度、挑戦し続けてきた歴史を呼び起こそうとしていきたい」という思いである。

 工藤氏が続ける。
「旭化成スピリットのAと、アニマルスピリットのAを掛けて、Aスピリット。もともと旭
化成魂があるし、それを踏まえて、アニマルを掛けて、さらに挑戦していこうと。そのために社員を鼓舞し、覚醒させる、そういうスピリットを一番意識したのが今回の新中期経営計画です」
 工藤氏は、〝Aスピリット〟という言葉を掲げて、社内のモラールアップ(士気昂揚)を図ろうとする。

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リスクをどれだけ取っていくか

「何かこれから新しいことに挑戦するためには、やはりリスクをどれだけ取っていくかということだと思うんです」
 当面、注力するのは2022年から2024年までの3年間の新中期経営計画。前回の中計では8700億円だった投資計画を1兆円に引き上げる考え。
「8700億円から1兆円に増やしても、われわれの財務基盤はまだ十分にいけるだろうと。そういう範疇で考えた中期計画であり、ある意味でクールな、冷静な判断があるんです。それに加えて、われわれは将来に向けて新しい領域に出ていきたいと。例えば(リチウムイオン電池関連の)セパレーターもまだまだ拡充したい。あるいは水素事業についても研究開発をしっかり進めていきたい」

 ESG(環境・社会・ガバナンス)やSDGs(持続可能な開発目標)など社会課題解決のために自分たちが取り組むべき課題やテーマは多いということ。
 人の移動や荷物の運搬に欠かせない車にしても、従来の内燃機関(エンジン)を使った車から、水素を使う燃料電池車(FCV)や電気自動車(EV)に移行していく。
 これらの電気製造の際に使う部材のセパレーターにしても、旭化成は先駆的に開発し続けてきている。

 水素社会に移行していくうえで、求められるのは〝グリーン水素〟。電気分解を活用したテクノロジーのさらなる開発である。
 同社はグリーン水素については、東日本大震災の被災地、福島県・浪江町で水素生産の社会実装を進めている。アルカリ水電解でグリーン水素を製造。この水素から電気を起こすという社会実装。

 成長のドライブと位置づけるヘルスケア領域については、M&A(企業の合併・買収)を中心にして拡大させていく方針。
「今、われわれは3領域を変えることが目的ではなくて、それぞれが成長すべきだと思っています。今のわたしの段階で、3領域が2領域になるとか、あるいは4領域にするという前提には立っていません。それぞれの領域がまだまだ成長できると確信しています」

 工藤氏は、この3領域の経営について、「まずは堅牢な形にし、健全な成長がしっかりできるようにしていきたい」と語る。

シナジー効果を!

 旭化成は先述のように、化学業界にあって、多角化に注力してきた会社。同社の『中興の祖』とされる宮崎輝(かがやき)氏(1909―1992)。昭和の高度成長期に、合繊や石油化学、さらには食品、アルコール事業と多角化を進めて同社の成長を図った。
 一時期、同社は東レ、帝人と共に〝合繊3社〟と評されたときもあった。

 こうした事業多角化に、口さがない向きは〝ダボハゼ経営〟、〝イモづる経営〟と評したが、宮崎氏は「根っこはみんなつながっている」と語ってきた。
 根っこはつながっている─。作物でいえば、土壌の上ではそれぞれ違う花や葉っぱに見えるかもしれないが、地下茎は同じだということ。

 宮崎氏は1961年(昭和36年)から1985年(昭和60年)までの24年間社長を務めた。そして1985年から会長となり、1992年(平成4年)に出張先で倒れるまで、仕事一本やりの人生を送った。
 それから30年が経つ。根っこは同じ地下茎から成長してきた各事業領域の連携はどうあるべきか。

 3領域経営はシナジー(相乗)効果は期待できるのか?
「われわれが考える領域については、極めてシナジーがあると思っています。これから先、世の中は不確実な時代ですので、これを乗り切るためにも、何より経営基盤が強いものでないといけない。強固なものでないと生き残れないということなんです」

 工藤氏は、コロナ禍に加えてウクライナ問題が起きる世の中にあって、経営の舵取りを担う立場になったことについて、次のように語る。
「大きな出来事や変化が起きて勝ち残れる、生き残れると。そういう体制づくりですね」

 そのためには、何が必要か?
「やはり人ですね。肝腎の人材の面を強くしておかないといけない。われわれには3領域あるわけですから、極めて人材の多様性が求められるし、さらに多様化していく。人材をどう活用するかというのは、企業の生命線だと」

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外部の人材もスカウト

 世の中全体が大きく変動する中で、工藤氏はDX(デジタルトランスフォーメーション)と知的財産の2つをキーワードに経営変革を進めようとしている。
 DXも知財も、これを担うのは「人」であり、人という経営資源をどう活用していくかということ。

「人」の潜在力の掘り起こし、人材活用をどう進めるか─。
「われわれはキャリア採用と申していますけれども、外部の人材もわれわれが必要とする所で活用していきたい。それで、そこの所を埋めていくことをしていく。すごくインパクトがあるのは、従来、旭化成しか経験していない社員がほとんどなわけです。従って、社外からわれわれが必要とする人材に入ってもらうと、社内への波及効果が随分とあります。これは極めてインパクトが強いものだと思っています」

 具体的に、外部からのスカウト人事として、例えば『デジタル共創本部』の本部長も外部からのスカウト人事である。
 同本部長の久世和資氏は日本IBM出身。同社の東京基礎研究所長や執行役員最高技術責任者(CTO)を務めてきた人物。2020年7月、旭化成に入り、執行役員エグゼクティブフェローから出発し、常務執行役員兼デジタル共創本部長を経て、今年4月、専務兼デジタル共創本部長というポストに就いている。

「彼に来てもらった効果というのは、非常に大きなものがあります。社内の人間が発する言葉と、社外で1つのステータスを持ち、経験をしてきた人が発する言葉とでは、耳の傾け方が全然違うと思うんです。新しい事を実行に移すパワーにしても、その影響力は非常に大きなものがありますね。今のは経営層に近い人の話ですが、若手も同じようなことがあると思いますし、社内の人間に対する刺激が与えられると」

 外部からのスカウト人事の効用について、工藤氏はこう評価する。以前とくらべて、キャリア形成はより自由で、より多様化してきた。「はい、キャリアにもいろいろあって、旭化成を辞めていって、他社で働いて、また入って来る人もいます。まだ多くはありませんが、そういう出入りも始まっています」

『無形資産』の充実を!

 工藤氏が今、注力しているのが『無形資産』の充実、開拓である。
 無形資産とは〝物的な実態の存在しない資産〟のこと。わかりやすく言えば、特許や商標権、著作権などの知的財産(Intellectual Property)、従業員が持つ技術や能力、さらには企業文化や経営管理プロセスなどを含めたインフラストラクチャー資産のことを指す。
「無形資産はこれからの経営でのキーワードになってくると思います。われわれも先頃、DX銘柄に選定されました。2021年から2年連続で選定されたことになりますが、これも日本を代表する企業だということだと思いますし、それが実際、実質的にDXが改革の起爆剤になるような経営をやっていかなければと思います」

 工藤氏は、自分たちが手掛ける事業の付加価値を高めるために、DXと知的財産の2つを充実させていく方針を掲げる。
 知的財産の充実のために、経営企画部の中に『知財インテリジェンス室』を新設するなど、
経営中枢の仕事として取り組んでいく考えである。

「わたしどもは2017年頃から日本でも導入され始めている『IPランドスケープ』を事業評価の1つの手段として積極的に導入していますし、活動の中に取り入れています」
 I P ランドスケープ。Intellectual Property(知的財産)と景観・風景を意味するLandscape を組み合わせた造語で、知財情報解析を活用することによって、戦略的な知財経営を展開していこうというもの。
 日本でも2017年頃から、このIPランドスケープの活用が盛んになり始め、すでに2020年12月、トヨタ自動車やブリヂストン、旭化成などの大手企業の知財関係者が参加する『IPL推進協議会』が発足している。

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発祥の地・延岡を出て40年今、思うこと

 工藤氏は1959年(昭和34年)6月生まれ。旭化成発祥の地、宮崎県延岡市の出身。1982年(昭和57年)慶應義塾大学法学部を卒業して社会人になるとき、某大手商社と旭化成の2社に内定をもらったが、「旭化成のことを無条件に受け入れている自分があった」という。

 繊維本部に配属され、以後、一貫して繊維畑を歩く。
 関連会社の『旭化成テキスタイル』にも在籍。これは原糸だけの事業では収益も薄く、もっと事業に付加価値を付けようと、繊維の加工分野にまで進出しようとして作られた会社。同業の東レやクラレなども同様の会社を設立。工藤氏はここで貿易業務にタッチ、「ものすごく働かされましたね(笑)」と振り返る。

 貿易業務では中東のサウジアラビアやUAE(アラブ首長国連邦)などの地域を担当。文化や価値観の違いも含めて、あれこれ考えさせられた。学んだことも多い。
「海外というのは、マクロで見ることができるわけですよね。国内で言うと、やはり商売の量が少ないですからね。海外は、仕事の単位が大きい。自分が売ることによって工場が動いているという意識があるわけです。いわゆる稼働責任。だから若いながらも、量を売るということで、自分が工場を動かしているという感覚を感じることができたことはよかったと思います」

 社長になった今、これからアジア諸国や欧米との交流について、日本はプラクティカル(現実的)な問題解決知を持っており、「日本の知を生かす好機」と語る。『伝統は守るべからず、つくるべし』─。工藤氏が大事にする言葉だが、これは大学時代の恩師から言われたものだという。

 とかく、現状にアグラをかきやすいことを反省し、「自分がやらなかった、誰がやるのかと。自分が歴史をつくるのじゃないか、伝統をつくるのじゃないかと。守るといったら、今までの伝統を引き継ぐだけの話ですから。自分で何かをつくり出すというような意味合いがそこに強く入っているわけです」と工藤氏。

 創業100周年を迎えて、改めて「リスクを取ってチャレンジしていく経営」を図っていくという工藤氏の思いである。

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