【政界】「経験と実力」の布陣を強調するが…局面打開へ岸田首相の〝電撃〟内閣改造
財界オンライン / 2022年8月25日 7時0分
※2022年8月24日時点
自民党総裁で首相の岸田文雄が内閣改造・党役員人事を断行し、「政策断行内閣」を発足させた。9月改造という大方の見方を覆した「サプライズ」「電光石火」の改造だった。もっとも、新型コロナウイルスの「第7波」拡大や物価高騰、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)と政治家の関係など岸田政権への逆風が吹き始めた中で局面打開を強いられたともいえる。長期政権を睨む岸田にとって逆境をプラス材料
にすることができるのか。「難局突破」ができるのか。〝岸田流〟人事の評価はこれから問われる。
【政界】元首相の死で権力構造が変化 問われる岸田首相のリーダーシップ
波紋広げた電撃改造
岸田は8月9日、訪問先の長崎県で記者会見し、翌10日に行う内閣改造について「いま国の内外で戦後最大級の難局に直面している。難局突破のため政府・与党の結束はこれまで以上に重要だ。そういう認識のもとで行う」と説明した。
そして、突破すべき課題として、①新型コロナウイルス対策②物価高など経済情勢への機動的対応③ウクライナ情勢や台湾情勢への対応④日本の防衛力の強化⑤災害対応⑥元首相の安倍晋三の「国葬(国葬儀)」の準備─などを列挙した。
その上で、「我々に突きつけられている喫緊の課題を乗り越えていくためには政治、行政の空白は一切許されない」「新たな体制で喫緊の課題への対応、政策実現に向け、全神経を集中させていく」などと強調した。
そうした岸田による早期改造の方針が永田町を駆け巡ったのは8月5日午後だった。
それまでは、参院選の街頭演説中に銃撃され死亡した安倍の「四十九日」(8月25日)を待ち、27~28日にチュニジアで開催されるアフリカ開発会議(TICAD)に出席した後に、内閣改造・党役員人事を行うという日程が定説だった。
もっとも岸田本人は「具体的なものは、まだ決まっていない」「いま具体的に話をする段階にはない」と述べるにとどめ、改造時期を明言することはなかったが、公明党代表の山口那津男でさえ「改造は9月前半ではないか」との見通しを示していたほどだった。
ところが、岸田は臨時国会が閉会する5日、一気に与党幹部への根回しに動いた。衝撃が大きく広がる中で、8日に臨時の自民党役員会を開いて一任を取り付け、10日に内閣改造・党役員人事を実施するという日程は、あっさりと決まった。
その後も岸田は、6日に党副総裁の麻生太郎と協議すると、7日は党幹事長の茂木敏充と経済産業相の萩生田光一とそれぞれ会談した。8日には元総務相の武田良太、党参院議員会長の関口昌一と山口らと相次いで個別に会談している。
麻生は麻生派(50人)の会長で、茂木は党内第2派閥・茂木派(54人)を率いている。萩生田は安倍の側近で最大派閥・安倍派(97人)の幹部。武田は二階派(43人)の事務総長を務めている。岸田は党内の各派閥と参院側の意向を聞きながら、電撃改造の具体化に向けた最終調整を重ねた。
もともとは「参院選の勝利を確信したあたりから、早期の内閣改造に踏み切る考えがあった」(岸田周辺)といい、岸田のごく周辺議員らで、その日程を探っていたとされる。
岸田は8月6日の記者会見で「マスコミをはじめ、色々な方々が9月だとかおっしゃっていたが、私はもともと、できるだけ早く新体制をスタートさせなければいけないと考えてきた」と語っていた。
安倍政権を参考に…
とはいえ、早期改造に踏み切らざるを得ない事情もあった。旧統一教会と自民党議員の関係が相次いで明らかになっていたことと、9月
27日に行うことを決めた安倍の「国葬」への反対論が根強いことだった。
内閣支持率が急落したことも焦りを増幅させた。NHKの8月の世論調査は7月調査より13ポイント下落し、46%だった。共同通信の世論調査も12・2ポイント減の51・0%。いずれも昨年10月の岸田内閣発足後で最低を記録した。
他の報道機関の世論調査でも下落傾向にあった。速やかに人事刷新を図り、さらなる世論の逆風に備える必要があるとの判断が強まったことは想像に難くない。
そうした中で岸田が参考にしたのが、2016年の第3次安倍第2次改造内閣のときの日程だった。
16年は参院選が今年と同じ7月10日に投開票された。参院選を受けた臨時国会は8月1日に召集され、会期は3日までの3日間だった。当時の首相だった安倍は、その会期末の3日に内閣改造・党役員人事に踏み切っている。
岸田も今回、臨時国会(8月3~5日)の会期中での内閣改造を狙ったとされる。ただ、国会で5日に安倍の弔詞が決まったことや、米国のペロシ下院議長の来日も重なったことなどから、そのシナリオは見送ったという。
それでも岸田は、8月6日の広島市原爆死没者慰霊式・平和祈念式と9日の長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典への出席を優先させつつ、閉会後で最速となる日程をピンポイントで見定めた。そして直前の5日に一気に根回しに動いたという。
第3次安倍改造内閣が発足したのは15年10月7日で、岸田内閣発足が21年10月4日。いずれも1年を待たずしての内閣改造となるなど類似点は多い。
参院選の日程とその後の臨時国会の日程だけでなく、第3次安倍改造内閣は参院選で参院議員の閣僚2人が敗れ、議院議員の任期満了に伴い、民間人閣僚となったことも、今の岸田内閣で参院議員の閣僚2人が民間人閣僚となっていたことと重なる。まさに似通った政治環境にあったのだ。
旧統一教会との関係で逆風
特に今回は、参院選に出馬せず引退した国家公安委員長の二之湯智が民間人閣僚だった。もちろん閣僚の半数は国会議員から選任しなければいけないが、民間人の閣僚は違憲でも違法でもない。ただ、国家公安委員長は警察庁を所管する国家公安委員会のトップであり、要人警護のあり方が問題視されている元首相銃撃事件の責任論がくすぶっていた。
また、8月下旬には衆院で安倍の国葬に関する閉会中審査を実施することで与野党が合意しており、「引退した人ではなく、現職国会議員の公安委員長であるべきだろう」(与党関係者)といった意見が根強くあった。
しかも、多くの海外の要人が参列する国葬の警備計画をスムーズにつくるため、早く交替させるべきだという声もあった。既に国葬の準備会議も始動していたことも、早期改造の判断に傾いたようだ。
「国民から信頼される政治、行政を行っていく観点から、岸田政権においては、当該団体との関係について自ら点検し、厳正に見直していただくことが、新閣僚、新党役員にも前提となる。こうしたことは徹底をしていきたい」
岸田は内閣改造・自民党役員人事を前に、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)や関連団体と関係のある国会議員の起用に関して、そう強調していた。
安倍の銃撃事件をきっかけにクローズアップされた旧統一教会。〝霊感商法〟や強要的な多額献金など、その活動を巡って社会問題になったことがあるだけに、政治家との関係に関心が集まった。
国民世論は政治家との関係の実態解明を求める声が強く、選挙支援を受けたり、パーティー券を購入してもらったりした国会議員が相次いで明るみに出ていた。沈静化する気配はなく、これ以上長引けば、さらなる内閣支持率の低下は避けられないとの焦りは募っていたようだ。
岸田は「見直し徹底」を口にした通り、今回の内閣改造で旧統一教会や関係団体と何らかの接点、関係があったことを認めた二之湯や防衛相の岸信夫、文部科学相の末松信介ら閣僚7人を全員交代させている。
一方、岸田は突破すべき課題として挙げた物価高騰対策やコロナ対策、防衛力の抜本的強化などについても、早急に手を打たないといけないとの危機感が強かった。
内閣改造では、物価高対策を担う経済産業相に経験者の西村康稔を再び起用し、経済再生担当相の山際大志郎を続投させた。また、コロナ対策の要である厚生労働相に3度目となる加藤勝信を登用した。防衛相も2度目の浜田靖一を充てた。徹底して「経験と実績」を重視した
態勢を整えたといえる。
「黄金の3年間」はない
岸田は7月の参院選を勝利したことで、衆院を解散しない限り向こう3年間は大型国政選挙がなく、自身の政策課題に邁進することができる「黄金の3年間」を手に入れたとされる。
しかし、「黄金期」はあり得ないことを岸田本人も分かっている。参院選直後の記者会見で「大きな課題が山積している。一つ一つを乗り越えるため、絶えず強い危機感と緊張感を持って臨んでいく。『黄金の3年間』などという考え方は全く持っていない」と語っていた。
これまで衆院選も参院選も行われずに年間が過ぎたことは戦後2回あった。1980年6月の衆参同日選挙から83年6月の参院選までと、86年7月の衆参同日選挙から89年7月の参院選までの2回だ。
ただ、1回目は途中で鈴木善幸政権から中曽根康弘政権に交代し、2回目も中曽根政権から竹下登政権に交代している。「黄金の3年間」を1人の首相が謳歌したことは戦後1度もないのだ。
また、最近では2013年7月の参院選で勝利した当時の首相・安倍が「黄金の3年間」と呼ばれる期間を手に入れたことがあった。だが、安倍は翌14年11月に消費税率引き上げ延期の是非を問うため、衆院解散・総選挙に打って出ている。
歴史的にみても「黄金の3年間」はない。岸田は今回の内閣改造を安倍の日程感に倣ったのなら、解散戦略も安倍の日程感を頼ることもありそうだ。そうなれば、再来年9月に自身の自民党総裁任期が切れるのを待たず衆院解散に踏み切る可能性は高い。
それまで安定した政権運営を続けられるのかどうか。岸田は8月10日の記者会見で「2度の国政選挙で国民の皆さんからいただいた信任を、政策を進める力に変え、全身全霊で政策を断行し、この難局を突破していく」と語った。いよいよ「政策断行内閣」の真価が問われることになる。(敬称略)
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