辻哲夫・元厚生労働事務次官が語る「85歳以上も社会参加できる世の中を!」
財界オンライン / 2022年9月20日 11時30分
つじ・てつお
1947年兵庫県生まれ。71年厚生省(現・厚生労働省)入省。大臣官房審議官(医療保険、健康政策担当)や官房長、保険局長、厚生労働事務次官を歴任し、2007年退官。09年東京大学高齢社会総合研究機構教授、11年同特任教授、22年より同客員研究員を務める。
「フレイル」の定義
―― 高齢化が日本の大きな社会課題の1つになっています。その中で健常から要介護へ移行する中間の段階「フレイル」を予防することの重要性が指摘されています。このフレイル予防の第一人者である辻さん、フレイル予防の今日的な意義をお話しいただけますか。
超高齢社会にどう対応するか? 辻哲夫・元厚生労働事務次官を直撃!
辻 フレイルとは何かということについてポイントをお話したいと思います。「人生100年」と言われるようになりました。誰もが100歳になり得るという素晴らしい時代を迎えたと言えるでしょう。
一方、課題もあります。これからの日本では85歳以上の人口が急増します。2040年に向けて85歳以上の人口が1000万人という凄い時代が到来することになります。85歳の今のデータを見ると、その歳でも元気な人はたくさんいますが、男性の場合、平均で要介護に既に入っています。女性も要介護の入口になります。
では、その平均とはどのくらいかというと、いま85歳以上で要介護認定を受けている人は、だいたい6割です。6割ということは平均値よりも高い。人生100年時代と言いますが、このままだと大きな危機にもなりかねない。
要介護まで進んでしまうと状態を改善したり、元に戻すということは難しい。そうであるならば、元へ戻したり、弱るのを遅らせることができるもっと早いうちから防がないといけません。いわば水際作戦に加えて防波堤作戦が必要です。これがフレイル予防であり、今からの日本の国家的課題です。
―― 当面の問題としてコロナ危機があります。感染拡大が始まって2年半が経過する中で、ウクライナ危機という地政学リスクも出てきました。コロナ危機下でのフレイル予防はどんな位置づけになるのですか。
辻 結論から言うと、コロナは未来の日本社会に向けての、日本の超高齢社会に向けての警鐘を発していると言えるでしょう。どんな警鐘かと言いますと、コロナが原因で多くの人が自宅に閉じこもっています。特に高齢者は重症化リスクが高いのでその傾向が強い。若い人は死亡者が少ないとはいえ、高齢者の場合はリスクがありますからね。もう既に長い期間になりましたので、コロナ危機下の高齢者の閉じこもりによりフレイルが確実に進行しているということを、東京大学でも把握しています。
したがって、フレイル予防というものを、いよいよこれから本気でやらなければ、この国は大変なことになりますよと。では具体的に何をしたら良いか。我々はフレイルがなぜ進むのかという研究を進めてきました。運動しないと身体が弱ってしまうということは、かなりの方がご存じでしょう。一方、歳をとって筋肉が減少してきたら運動しにくくなります。
ですから、筋肉をつけるためにしっかり食べないといけません。このしっかり食べるということが大事だということが分かってきているのです。しかし、しっかり食べなさい、運動しなさいと言われても実際に行動を起こすことは大変です。
そういうことを段々やらなくなる入り口は社会性にあります。つまり、社会との関わり、人との交わり、これらがなくなって来ると、運動も食も弱るのです。こういう関係が分かってきました。だから、家に閉じこもることはフレイルへの入り口なのですが、要するにしっかり食べて動く。これがポイントだということが分かってきたのです。
したがって、「栄養」「運動」「社会参加」という三本柱をしっかりやらないと弱ってしまうということになります。これをどう定着させていくかが大きなテーマになってくるわけです。
協業するキユーピーへの期待
―― 東京大学高齢社会総合研究機構はキユーピーとも協業しています。辻さんがキユーピーに対して期待することとはどんなことになりますか。
辻 産業界全般でモノからコトへという言葉をよく聞きます。食品単体の販売も大切です。その食品が皆に愛されることも大事でしょう。ただ、単に食品を売るだけではなくて、食品を売ることを通して、食の生活様式を提案していくことが大事になってきます。
つまり、これを食べたら健康は大丈夫だ、あるいは食べ物によっては、お薬に近い効能を持っているものもあるかもしれませんが、フレイル予防の場合は三本柱の中で大切なことは「しっかり食べる」ということがポイントです。
誰もが歳をとったら筋肉が減少して痩せるのです。だからこそ、しっかり食べるということがもの凄く重要になってきます。三本柱の大きな入り口は「食」です。しかも、これさえ食べてもらったら大丈夫ですよということはありません。
三本の柱を十分理解された上で、一定量のたんぱく質の摂取が良いといった様々なエビデンスに基づいて上手に「食」を楽しみながら幸せになる。このような生活様式を提案することの重要性をキユーピーさんはきちんと理解され、取り組みの肝に位置づけている。具体的に言えば、キユーピーさんの食品を使った良い食事のレシピも提案されていることです。商品を販売するときに、このような提案をされており、その願いがお客様に伝わることが大切です。
その点、小売店と食品製造業が組んでくださると、その効果は大きいと思います。フレイル予防に一緒に取り組んでくださっている、例えばイオンさんも健康と地域貢献を目標としています。そこにキユーピーさんも非常に大きな夢を持たれた企業としてジョイントされた形となります。
三本柱の中の「栄養」という柱のうち「食」で言えば、たんぱく質の摂取とは筋肉を作る上でも非常に重要な要素となります。
先ほど歳をとったら痩せてしまうと申し上げました。実は歳をとって痩せすぎている人よりも、小太りの人の方が長生きしているというデータもあります。ですから、一定のエネルギーを摂らなければならないということです。それから、摂取する食品も一定の多様性がある方が良い。
キユーピーの髙宮満社長からは東大のエビデンスがきちんとしている点を評価していただいています。東大としてはこういったエビデンスを業界の皆様にお示し、フレイル予防に資するような食生活を提案していくことが大事であるということです。結局、特定食品の業界だけでは限界があるということです。
フレイル予防は産学連携によって国民の食生活をこのような良い方向へ持って行こうという運動、つまり業界自主認証事業を目指すことになります。今キユーピーさんをはじめ様々な食品メーカーなどが今申し上げたエビデンスの下で連携して研究しているのですが、髙宮社長が語られたように民間企業の強みは食品と食事を美味しく、楽しくしてくださることです。国民に対してそういう商品や大きな場を提供して欲しいと願っています。
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