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【経団連会長・十倉雅和】の「成長戦略、分配戦略につながる人への投資を!」

財界オンライン / 2022年9月22日 10時56分

日本経済団体連合会 十倉雅和会長

もとより、世界がブロック経済化してはいけない。かと言って、すべてが自由貿易・自由経済でやってもいけないという現実。「われわれ経済人もそれを甘んじて認識しなければ」と経団連会長・十倉雅和氏。”経済安全保障”が重くのしかかる現実。経済のカジ取りも難しい局面。例えば中国との関係はどうあるべきか?
「中国も世界なしではやっていけない。世界も中国なしではなっていけない」と、十倉氏はオール・オア・ナッシングではないとして、協調と競争をバランスよく実行していくことが大事と強調。食料とエネルギーの自給率向上も重要課題。自給率を向上させるには、「再生エネルギーと原子力しかない」という判断。DX、GXをも取り込んでの日本再生も結局は「人への投資」という問題に収斂。「グッドルーザー(失敗を糧に這い上がる人)を育てる風土にしていくことが大事」という十倉氏の考えだ。
本誌主幹
文=村田 博文

【画像】岸田首相に提言書を手渡す経団連・十倉会長と中村副会長

「社会性の視座」を!

「社会性の視座を持って、活動していこう」─。十倉雅和氏(住友化学会長)が経団連(日本経済団体連合会)の会長に就任して1年余が経った。
 1年余前、中西宏明氏(故人・元日立製作所会長)が体調をくずして、十倉氏に後事を託しての会長交代であった(2021年6月)。

 コロナ禍も2年半が過ぎ、ロシアによるウクライナ侵攻で世界全体が混迷度を深め、先行き不透明感も増す。
 同時に、DX(デジタルトランスフォーメーション)、GX(グリーントランスフォーメーション)の波が押し寄せ、産業構造の変革を迫る。これに伴い、新しい生き方・働き方の模索が随処で始まる。

 経済効率一辺倒ではなく、社会と共に生きるという考え方。
 これからの社会のあり方、経済人としての生き方を考えるときに、〝社会性の視座〟を大事にしていこうという十倉氏の呼びかけである。
「それは僕だけではなくて、前の中西さん(宏明氏)がそうだったし、今の副会長の方々もみんなそう思っておられます」

 十倉氏は経団連会長就任1年余を振返り、次のように続ける。
「私が会長に就任した際、『社会性の視座をもってやろうよ』ということを言いました。違うご意見の方もいらっしゃると思いましたが、大勢の方からご理解いただいていると感じています。宇沢弘文先生(故人・元東京大学教授)の『社会的共通資本』という概念も併せてご紹介したところ、同様に多くの人から共感の声をいただきました」

 宇沢弘文氏(1928-2014)が『社会的共通資本』を著わしたのは2000年11月(第1刷)。同書は以来、年ごとに版を重ねてきた。20世紀は資本主義と社会主義の対立・相剋が続き、世界の平和をおびやかし、数多くの悲惨な結果を生んだ。対立をどう克服するかという問題意識。

『この混乱と混迷を超えて、新しい21世紀への展望を開こうとするとき、もっとも中心的な役割を果たすのが、制度主義の考え方である』と宇沢氏はその著で記す。
〝制度主義〟は資本主義と社会主義を超えて、すべての人々の人間的尊厳が守られ、魂の自立が保たれ、市民的権利が最大限に享受できるような経済体制を実現しようとする考え。この考えは100年も前に、米国の経済学者、ソースティン・ヴェブレンが唱えたものだが、「『社会的共通資本』はこの制度主義の考え方を具体的な『カタチ』で表現したもの」と宇沢氏は記す。

 社会的共通資本は自然環境(大気、森林、河川、土など)、社会的インフラ(道路、交通機関、電力、ガスなど)、制度資本(教育、医療、司法、金融制度など)の3つの範疇に分けられる。
 宇沢氏は社会的共通資本について、「これは言い換えれば、分権的市場経済制度が円滑に機能し、実質的所得分配が安定的となるような制度的諸条件であるといってもよい」と述べ、「社会的共通資本は決して、国家の統治機能の一部として官僚的に管理されたり、また利潤追求の対象として市場的な条件によって左右されてはならない」とする。
 
 21世紀入りして22年目を迎えてウクライナ危機が起こった。こうした混乱・混迷を見るとき、そして価値観の対立・相剋をどう乗り越えるかを考えるとき、宇沢氏の『社会的共通資本』(Social Overhead Capital)という考えは大いに啓発されるものという関係者の指摘だ。
 ともあれ、時代の変革期にあって、経済(市場)が社会と隔絶することは絶対にあってはならない─という十倉氏の思いである。

経済効率一辺倒ではやっていけない

「市場が社会から切り離されてしまったら、市場は暴走する。そうなると、すべてが市場の要求に属する」─。
 これはウィーン出身の経済学者、カール・ポランニー(1886-1964)の言葉。この言葉を引き合いに十倉氏が『社会』の考察を続ける。

「経済安全保障の議論にも似ていて、社会はどうあるべきか、最も大事な価値観は何かといった視点から経済も無縁ではいられないということだと思います。資本主義や市場経済は、わが国の社会経済活動の大前提です。しかし、社会性の視座から離れてしまうと、それこそ政府の『新しい資本主義』や、経団連の『サステイナブルな資本主義』で指摘しているように、行き過ぎた株主資本主義、市場原理主義により、格差の拡大や生態系の崩壊などの弊害が出てきてしまうのだと考えます」

 十倉氏はこう気を引き締めながら、「きれい事ばかりではやっていけないという意見もあるんですが、この転換期にはきれい事でいかないと」という決意を示す。
 本質論が問われる時だ。

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日本の立ち位置は?

 民主主義国は87カ国、非民主主義国は92カ国─。という数字がある。民主主義、法の支配、人権尊重という価値観を重んじる国々のほうが多いと思いがちだが、そうではないという現実。
 こうした混迷状況下で、日本の立ち位置をどこに置くか。また日本はどう振る舞うべきか。
「コロナ禍の前から地政学リスクは高まっていました。キーワードで言うと、ライク・マインデッド・カントリーズ(同志国)とか、フレンド・ショアリング(サプライチェーン=供給網を同盟国内に収める)とか、そういう言葉が飛び交っています。それに、NATO(北大西洋条約機構)の事務総長のイェンス・ストルテンベルグさんがダボス会議で言った言葉があって、それが全て言い当てていると。彼は『自由は自由貿易よりも尊い』と言ったんです」

『自由は自由貿易よりも尊い』─。この事をどう考えるか?「われわれ経済人は、自由貿易
は何事にも代えがたいという考えがあって、米トランプ大統領の時代に保護主義が台頭し、G7(主要7カ国会議)でも自由貿易の維持で大騒ぎになってしまいました。ところが今は、自由貿易に代えて自由で開かれた国際経済秩序が大事だと言っています」

 十倉氏はトランプ以降の世界の流れを振り返り、次のような認識を示す。
「経済も大事だけれども、もっと基本的な『自由』という価値観が大事で、経済もそこから無縁ではあり得ない。そうした考えが、最近の流れになっていると思います」

 では、経済運営は具体的にどうするのか?
「何でもかんでも自由にやれるのではないのだと。価値観や哲学を同じくする国同士で、ありきたりの言葉で言えば、自由・民主主義、法の支配、人権尊重という考えを同じくするライク・マインデッド・カントリーズの中で共に対応していく。経済安保的な機微技術に関わるようなもの、安全保障に関わるようなものは一緒にサプライチェーンを組むということですね」

 十倉氏はこれからの基本スタンスをこう述べながら、世界のブロック経済化を防ぐための努力も必要と次のように語る。
「ただ、そうした流れが行き過ぎれば、国際的サプライチェーンを分断するブロック経済化してしまうかもしれない。僕ら経済人や産業界としては、そうなってはいけないと思うし、現実にはそういう風潮にまではなっていないと。ただ、少なくとも、何でも自由貿易、自由経済でやっていけないのも事実。そのことを、われわれ経済人も甘んじて認識しなければいけないと思っています」

 現に、日米両政府は7月末、双方の外務・経済閣僚協議『経済版2プラス2』を開いて、次世代半導体の共同研究を進めることを決定、サプライチェーン強化の第一歩を踏み出した。

中国との関係はどうあるべきか

 隣国・中国との関係はどうあるべきか?  今年は日中国交回復50周年という記念すべき年だが、台湾問題を巡って、米中対立が強まり、日本も尖閣・日台交流維持の問題を抱え、微妙な空気をはらむ。日中関係はどう進めていくか。

「中国は世界なしではやっていけない。世界も中国なしではなっていけない。これは、私が経団連会長に就任してから一貫して言ってきているし、多くの人も同じ意見だと思います。協調と競争をうまくバランスを取ってやると。そういうことだと思います」

 米中対立は価値観や経済制度の違いもあり、覇権争いの要素もこれに絡む。さらに、台湾有事問題が加わり、政治的に米中対立は深刻度を増す。
 一方、経済領域でいえば、米国にとって中国は最大の貿易相手国であり、中国にとって米国は最大の貿易相手国である。

 この米中関係においても、十倉氏は「オール・オア・ナッシングではない」と語る。
 日本は今年秋、日中国交回復(1972年、田中角栄内閣の時に実行)から50周年を迎える。
経団連もこの国交回復50周年を記念して、9月27日にシンポジウムやセレモニーを開催する予定。危機の中での対話継続だ。

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危機時に脆い日本をどう強化?

 ロシアによるウクライナ侵攻の影響で食料や資源・エネルギー価格が供給不足から高騰。戦争は人々の生活を困窮化。
 日本も他の国々と同じように影響を受けているが、日本の場合はこの食料とエネルギーに関しては、自給率をどう向上させるか─。という長年の課題をもともと抱えている。
 日本の食料の自給率は38%(カロリーベース)と他の国と比べて、ケタ外れに低い数字だ。ちなみにカナダは266%、豪州200%、米国132%と高く、欧州勢もフランスの125%を筆頭に、ドイツ86%、英国65%、イタリア60%という水準。

 日本の食料自給率は1965年(昭和40年)頃は70%以上あった。その後、農業所得や農業人口の減少もあって、輸入依存を高めていった。
 そして石油やLNG(液化天然ガス)などのエネルギーの海外依存度は85%以上と非常に高い。この食料とエネルギーの海外依存度の高さは、危機時に脆いニッポンに直結。経済安全保障上からも、食料とエネルギーの自給率向上は必須の課題だ。
「農業を成長産業に、そして先端産業にしていくと、僕も経団連の農業活性化委員会を担当してきましたが、その頃から自給率が40%弱程度ではいけないと。平時のまだ何もないときはいいんですけど、こういう国際秩序が不安定になると、食料、エネルギーの自給率を高めておくことが不可欠になってくる」

 競争力のある農業をどう創り出すかは戦後日本が一貫して抱える課題。
「日本の農業は生産性が低いとされてきたが、日本はむしろ自給国家になれる基本条件が揃っている国。温暖で水も豊富。ということは植物の成長が早い。地球温暖化、脱炭素の動きの中で、毎年起きている光合成の範囲内で新しい農業文明を成り立たせるというビジョンが今こそ必要」(三菱総研理事長・小宮山宏氏)という声もある。

 自給率向上へ、十倉氏も「カロリーベースでも生産額ベースでも、競争力のある農業を育
て、海外に輸出するぐらいの意気込みでやらなければいけない。そういう自給向上戦略をも
っと進めていきたい」と農業の基本方向を語る。

原発をどう考えるか?

 日本の脆さは、ことにエネルギー面で顕著だ。日本にあるエネルギーは水力、太陽光、風力などの再生エネルギーと原子力の2つある。これらの国産エネルギーが、日本が必要とする全エネルギーの中で占める比率は約12%しかない。
 原子力をどう考えるか?
「経団連は、もとから原子力発電は必要だと言っているし、特にこの4月、グリーントランスフォーメーション(GX)に向けて、という提言書にもまとめています。その中でも原子力にかなりページ数を割いて言っています」
 日本のエネルギー確保という観点から、原子力は必要─ということだが、十倉氏はその際の留意点を次のように強調。

「何といっても、エネルギーは少し長い目で見れば、S+3E(スリーイー)の原則です」
 Sはセーフティ(Safety、安全性)。3つのEは、エコノミック・エフィシェンシー(Economic Efficiency、経済効率)、エンバイロメント(Environment、環境適合性)、そしてエナジー・セキュリティ(Energy Security、エネルギーの安定供給)である。

「これは、その時々によって、大震災が起こったときは安全性が強く言われるし、地球温暖化の論議が高まればエコロジー(エンバイロメント)が言われる。今回みたいに、ロシアのウクライナ侵攻が起きると、エナジー・セキュリティが強く意識されます」

 この『S+3E』の原則はその時々で濃淡を伴って、それぞれ認識されるということだが、経済に不可欠のエネルギー確保は何といっても中長期視点が不可欠だということ。
 経済産業省は7月末、高い安全性を保つとされる〝次世代原子炉〟の『革新軽水炉』開発の工程表を有識者会議に示した。実用化までに時間はかかるが、こうした努力が進む。

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成長戦略の根幹にGXを!

 エネルギー戦略は、日本の成長戦略と密接に絡む。2050年に地球温暖化(二酸化炭素)の排出ゼロを目指す─というのは菅義偉前内閣の時に決めた国の一大方針。
 脱炭素社会への転換を目指し、産業構造を変えていくGX(グリーントランスフォーメーション)。岸田政権はこのGXを日本の成長戦略に据えて、今後10年間で150兆円の投資が必要と試算し、このうち20兆円を政府支援にする考えを表明。

 経団連は4月下旬、このGXに向けて提言書を提出。これを受けて、岸田文雄首相も7月22日、経団連の夏季フォーラム(長野・軽井沢)で「実行推進担当相を新設する」と表明(GX担当相は萩生田光一氏から西村康稔氏に引き継がれた)。
 岸田首相は、脱炭素に向けて、「10年のロードマップを示していきたい」と意欲を見せる。

 一説に、20兆円のGX経済移行債(仮称)の発行を政府は検討しているといわれ、民間の長期巨額投資を引き出していく考えだ。GX推進へ、官民連携の流れはできつつある。

潜在力をどう束ねるか

 1つの方向性を見出せば、日本は目標へ向かって、まっしぐらに走り出す。要は、民間の潜在力をどう束ねるか─。
 経団連は日本の潜在力を引き出そうと、『バイオ』、『モビリティ』、『クリエイティブ』の3つの委員会を新設。

 バイオ産業は健康医療だけでなく、食料や環境、エネルギー領域にも絡んでくる。
 モビリティは、EV(電気自動車)や〝水素カー〟などがキーワードになっている今、人の移動や物流、搬送などでモビリティが社会の仕組み(インフラ)や経済発展にどう関わっていくかといった課題に取り組む(委員長にトヨタ自動車社長の豊田章男氏)。
 また、ゲームやエンターテインメント分野の成長・発展に取り組むクリエイティブエコノミー委員会も設置。日本経済もサービス・ソフト分野が全体の7割を占め、いかにこのサービス・ソフト分野の生産性を高めるかが日本の成長の成否にも関わってくる。

なぜ今、「人への投資」なのか

『新しい資本主義』論が盛んに出される。このことについて、十倉氏は「資本主義とか市場経済が一般論でなぜいいかと言えば、資源配分と人材が伸びる分野にパッと配分されるところによさがあると思います。ところが、日本はそうはなってないのが現状。だから労働の流動性が足りないというのが問題になっている。昔は日本の資本主義のいいところでもあったんだけど、(戦後は)終身雇用で安定を求めてやってきた」と語る。

 労働の流動性をどうつくり出していくか?

「これから新しい科学技術も生まれてきて、新しい産業が登場してくる。ましてやスタートアップを育てようとする、人々の自由な移動というか、労働の流動性は大前提になるし、それは実現しなければいけない。何よりももっと主体的に動く個人というか、個性を育てていくということも大事になってくる」

 厳しい国際競争下をどう生き抜くかという課題。
「自己の意見や国益をしっかり主張してくる国際社会を生き抜くには主体性が求められる。主体性が発揮できれば、自分の個性を訴求する人が出てきて、そういう社会になれば、失敗しても、その失敗でその人の人生は終わらない。日本には〝七転び八起き〟という言葉があるけれども、今の実態は〝一転びゼロ起き〟ですね」

 では、社会の空気をどう変えていくか?
「僕はいつもグッドルーザーとファーストペンギンという2つの言葉を使っているんです。まずは真っ先に自分が飛び込んで行くという精神の人ですね。そのためには自分の主体性を持った人を育てていかなければならないし、失敗しても、よくやったと、失敗で箔が付く位の雰囲気づくりが大事」
 中途採用が増え、ジョブ型採用が出始めるなど、産業界の改革機運は盛り上がっている。
 最後はやはり、『人』である。「持続的な賃上げを含めて言うと、岸田総理もおっしゃっている人への投資だと思うんです」

 十倉氏はこういう考えを示し、「人への投資は、成長戦略であると同時に分配戦略にもなります」と強調。

 日本には潜在力がある。
「ええ、日本は本来、みんな勤勉だし、他人に対する思いやりがある。コロナ対策でもそうだし、そういう日本のいいところを、内にこもるのではなくて、外に向かって発揮していきたい」と十倉氏。
 課題解決へ、まっしぐらに走るときである

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