【三菱総研理事長・小宮山宏】2050年の最大産業は、『人財養成産業』に
財界オンライン / 2022年10月6日 9時56分
人類が抱える『3つの課題』(地球規模の環境問題、高齢化、需要不足)を解決できるフロントランナーに日本はなれるのか? 「要は、『やる』意志です」と語るのは三菱総合研究所理事長・小宮山宏氏(第28代東京大学総長)。コロナ禍で人の生き方・働き方が変わり、ウクライナ危機でグローバル世界も変容を迫られる。小宮山氏は、「これまでの世界単一経済市場から、自律分散協調系の国家があちこちにできてくる」と予測し、その時のキーワードは『自給』とする。現在、日本は食料とエネルギーの大半を海外に依存し、”危機時に脆い国”という状況。必要な食料とエネルギーをどう調達するかという課題について、小宮山氏は「これは自給に向かうと考えていて、日本はその自給国家になれる条件が揃っている。それが日本の強み」と強調。地理的条件から大規模農業ができなかった日本も、「小規模分散型のIT農業を取り入れ、そのやり方を大規模にやれば道が拓ける」とする。食料とエネルギーの自給国家づくりへ、問われるのは『やる』意志である。
本誌主幹
文=村田 博文
【画像】『未来人財』を育てる『プラチナ未来人財育成塾』の模様
日本は、世界のフロントランナーたれ!
「日本は地球規模での諸課題解決に動くフロントランナーとして立っている」─。
三菱総合研究所理事長・小宮山宏氏(第28代東京大学総長)はこう啓発する。
地球規模の環境問題は人類にとって最大課題の1つ。今夏は温暖化に伴う気候変動で、欧米で山火事が頻発、欧州各都市は40度に達する酷暑に見舞われた。日本も集中豪雨が各地で発生し、自然災害も深刻度を増す。
こうした世界共通の課題について、小宮山氏は、地球規模の環境問題のほかに、高齢化、そして需要不足を挙げて、〝3つの課題〟として提起する。
これら〝3つの課題〟は18世紀半ばからの産業革命以降の〝工業化モデル〟で生み出されたもの。
地球温暖化の弊害は日々の生活の中で感じ取れるし、高齢化ということでは、日本は世界1の『超高齢社会』である。
65歳以上の高齢者の割合が全人口の21%を超える社会を『超高齢社会』と呼ぶが、日本は28%以上という数字。医療、介護や社会福祉などで財政負担も重くなり、少子化と相まって、現役世代の負担をどうするかという課題が迫る。
そして、『需要不足』である。特に先進国では、生活に必要なモノが一通り揃うと、この『需要不足』に直面する。
これは、技術革新によって生産性が向上し、新興国からは安価な輸入品が増加するという経済発展の流れの中で、慢性的な需要不足が生まれるというもの。このことは、国内の雇用問題にも影響を与え、金余り現象の中で、バブル経済とその崩壊を繰り返すことにもつながる。
こうした〝3つの課題〟は産業革命以来の工業化モデルで引き起こされたもの。それらの課題解決には新しい社会モデルが必要というのが小宮山氏の考え。
歴史をたどると、日本は農業化社会を中国から学び、工業化社会を欧米から学んできた。
特に明治維新(1868年)以降の近代化の波の中で、日本は勤勉性を発揮。欧米に追い付き、追い越せと懸命になり、1968年(昭和43年)、当時の西ドイツを抜いて、自由世界第2位の経済大国になった。
途中、第2次世界大戦で敗戦国となる手痛い体験も味わった。戦後50 年余、中国が台頭し、2010年日本はその中国にGDP(国内総生産)で抜かれ、世界3位の経済国になった。
そして、コロナ禍、ウクライナ危機という事態となり、世界は今、混沌・混迷の中にある。
先行き不透明感が増す中、世界の諸課題解決、そして何より、〝失われた30年〟とされる日本の現状をどう克服していくかという命題である。
欧米へのキャッチアップ型の時代が終わり、「日本は自らがフロントランナーになるとき」と小宮山氏は説く。
このまま元気のない超高齢社会であり続けるのか、それとも〝活力のある超高齢社会〟になるのか。その結果は、あと10年位で出るとして、小宮山氏は「これから先10年位が日本にとっても勝負」と強調する。
そうした危機意識を持って、小宮山氏が著したのが「『課題先進国』日本」という著作(中央公論新社刊、2007年9月)。
『課題先進国』というタイトル自体が、ある種の皮肉を込めて刺激的だが、小宮山氏はもともと課題解決型の工業系出身の学者(東大工学部長を歴任)。
著書のあとがきで、「この本で私は、日本の目指すべき国家像を提案した。それは、課題先進国という現状を脱し、課題解決先進国を目指そうということである」と記している。
そして、「日本は『課題解決先進国』となる力があると私は信じている」と強調。そう説く背景に、日本は江戸期から藩校や寺子屋が各地にあり、教育の普及率が高かったことも氏は挙げる。
教育が大事だということ。
「本質を捉える知、他者を感じる力、先頭に立つ勇気。この3つを身につけてほしい」
小宮山氏は2005年(平成17年)第28代東大総長に就任した際、学生にこう訴えた。
人としての生き方を示すこの言葉は、今も氏が若い人に接する時に出てくる言葉である。
コロナ禍が2年半以上も続き、ロシアがウクライナに侵攻して半年以上が経つ。ロシアの
クリミア半島侵攻(2014年)から見れば、主権国家に侵攻するという蛮行が8年も続く
という現実。
そのような混迷下、国のあり方をどう求め、また個人の生き方・働き方をどう探し求めていくかという命題である。
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『プラチナ社会』という新しい社会モデルで
小宮山氏は1944年(昭和19年)12月生まれ。工学博士。専門分野は化学システム工学、地球環境工学、さらには〝知識の構造化〟なども追究。東大総長時代(2005―2009)には『東京大学アクション・プラン』を公表し、大学改革を進め、学術総合化などを推進。
また、大学を働く場として見た場合、女性の教職員の力を発揮させようと、学内に5つの保育所を新設するなど旧来の秩序を打ち破る改革を実行。
文系と理系の学問の融合はできるのか、できるとすれば、どうやって進めるのか? という筆者の質問に、小宮山氏が答える。
「例えば社会科学と言うとき、欧米だと一番最初に出るのは経済です。その経済と工学というのは同じようなもの。理学と文学というのもある意味、同じようなものだと。人間とは何かというのが文学で、自然とは何かというのが理学だと。その時に、人間社会にどう関わっていこうかというのが経済と工学なんですよ」
理学系で、分子は何か、この物質はどこから来たのか、138億年前のビッグバン(宇宙大爆発、宇宙の始まり)とは何なのかという追究が今も続く。
「われわれはどこから来たのか、われわれは何なのかをやるのが文学でしょ。やっているこ
とは同じです」
そうした人生観、世界観の下、小宮山氏は東大総長を退任後の2009年春、三菱総合研究所理事長に就任。課題解決先進国の使命として、新産業を創造し、「価値観が多様化した21世紀に目指す社会モデル」として、『プラチナ社会構想』を提唱。
地球環境問題や超高齢社会での諸課題解決に際しては、20世紀型の工業化モデルではなく、〝プラチナ社会〟という新しい社会モデルを構築していこうという小宮山氏の考えである。
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これから世界は自律分散協調系の国へ
この混迷する状況下、世界はどこに向かおうとしているのかを小宮山氏に聞くと─。
「大きく言うと、グローバライゼーションの動向ですね。これまでは何かイメージとしては世界単一経済市場に向かってきていた。それが、今度は逆に向かっていくと。それは何かというと、自律分散協調系の国家があちこちにできるという世界になっていくのではないか」
『ベルリンの壁』が崩壊して30数年が経つ。この間、東欧の旧社会主義国などが一斉に市場経済になだれ込んだ。グローバライゼーションが一気に進んだが、30数年が経ち、その国ごとに経済成長も産業構築も違う。また所得格差などにどう対応するかという新たな課題も出現。
先進国の中でも、『BREXIT(ブレグジット)』といわれるEU(欧州連合)からの英国の離
脱も起きて、世界全体が新しい国際秩序を模索し続ける。
こうした各国の動きを捉えて、小宮山氏は「自律分散協調系の国家があちこちにできてくる」と予測。その自律分散協調系の国家が生きていく上でのキーワードが『自給国家』だと小宮山氏は語る。
「食料とか石油などのエネルギー、金属資源。今、これを全て日本は輸入しているものですよね。これが自給に向かう流れになると思っています」
小宮山氏はこう日本の針路を説きながら、「その自給国家になれる条件が揃っているのが日本の強み」と強調する。
食料とエネルギーの自給国家への道
食料の自給率は38%(カロリーベース)で、他の先進国と比べて日本はケタ外れに低い。
ちなみにカナダは266%、豪州200%、米国132%と高く、欧州勢もフランスは125%、ドイツ86%、英国65%という水準。
日本の食料は圧倒的な輸入依存型になっており、危機時にどう食料を調達するかという課題をはらむ。
農水行政の関係筋からは、
「日本の食料輸入の9割は米国、豪州、ブラジルから賄っており、安全保障上はそう心配ない」との声も聞かれるが、それにしても自給率38%は低すぎる数字だ。
そういう危機時に脆い体質の日本が〝食料の自給国家〟になるにはどうすべきか?
小宮山氏は、「日本が自給国家になる基本条件は揃っている」と言う。
「基本条件の背景となるのは、温暖で水が豊富ということ。これが実を言うと、僕は最大の資源なんだと思っているんです」
続けて、小宮山氏は「温暖で水が豊富ということは植物の成長が早いということなんです」と協調し、持続可能な開発(Sustainable Development) に言及する。
「サステナビリティ(Sustainability、持続可能性)というのは、最初にブルントラントさんが国連の世界委員会が定義しているんですが、(水や資源エネルギーについて)これ以上の消費をしないということ。本質的に言うと、光合成の活用ということですね」
グロ・ハルレム・ブルントラント(ノルウェー初の女性首相)が国連『環境と開発に関する世界委員会』の委員長当時、『Our Common Future(われらの共有の未来)』という報告書を出し、「将来世代のニーズを損なうことなく、現在の世代のニーズを満たすこと」という持続開発の概念を打ち出した。
それ以降、この概念が持続開発の〝道しるべ〟となっている。
その観点から、小宮山氏は「例えば石油というのは、昔の光合成の結果が蓄積されたものでしょう。この石油を使って、(人類は)活動しているわけですよ。これ(石油)を使わないというのが温暖化の問題、脱炭素の問題の本質」と指摘。
そうした問題意識から、「毎日起きている光合成で文明を成り立たせていく」ことが持続開発への答えになるという考え。
植物は、太陽光という光エネルギーを活用して、デンプンなどの養分(有機物)をつくる。また、光エネルギーを使って、水を分解して酸素をつくり出す。これらの作用を光合成と呼ぶ。
言ってみれば、日々起きている光合成を活用して、日々の営みを維持するということ。
「食料というのはまさに農業ですから、農業をベースとした畜産業を含めて、まさに光合成の世界でしょう」
光合成には、水と二酸化炭素が必要。その水資源が日本には豊富にあるということだ。
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豊かな水資源を活かして
「水というものは、これからものすごい資源になってくる。水争いで戦争になりそうな所が、世界で10か所位あるわけですから」と小宮山氏。
1900年時点で、世界の人口は約16億人。それが2000年には約60億人台になり、2022年には79億5400万人と、80億人近くまで急増した。
今後、世界人口の伸びはスローダウンする。それでも、全世界で80億人弱にまで人口は膨らんだということ。このうち10億人以上は今でも、安全な飲料水を得られないでいる。
人口増に加え、異常気象の頻発。地球規模で気候異常や海面上昇が続く。「降る所はやたらと雨が降るんですが、乾燥地はますます乾燥するということが現実に起きている。その中で水がこれだけ安定的に得られる日本というのは、極めて条件的に恵まれているわけですね」
化石水(かせきすい)─。雨が少ない乾燥した国や地域では、この化石水が貴重な水資源になっている。化石水は太古の昔に生成され、地下の帯水層に蓄積されたもの。あるいは地中に残存した海水が地下水になっているものを指す。
一大農業国・米国のプレーリー(大平原)でもそうした化石水を活用して農業が営まれてきた。豪州などにもこの化石水があり、その量は膨大で、すぐには無くならないものの、各地の水位は明らかに下がっている。
地中海沿岸の乾燥地リビアなどでは、この化石水が枯渇しているといわれ、深刻な水不足に見舞われている。
北米や豪州などで営まれる大規模農業は、「20世紀型の産業革命、機械文明には非常にうまくマッチしてきた」と小宮山氏は語り、「日本ではなかなかそういう大規模農業ができずに、不利な状況が続いた。今は情報技術が加わったし、状況は変わった」と、新しい農業の時代を迎えたという認識を示す。
日本の農地はこれまで山間部が多いとか、狭い農地では生産性が低いとされてきた。農業所得が低いとして、農業の就業人口も減り、今は約160万人(1985年は約540万人)
までに減少。
耕作放棄地も約38万6000㌶とされ、埼玉県の面積を超えている。
「確かに農業人口がものすごく減り、後継ぎもいなくて困っているわけですが、基本的に小規模で高効率の農業、小規模分散型のIT農業をやっていけば、新しい時代を切り拓けます」
開拓すべき道はある。
資源自給国家へ向け発想転換を!
プラチナ社会が目指すものとは何か?という問いに、小宮山氏は「資源自給国家」と即答。
産業革命から2百数十年、『人工物の飽和』が進み、金属類などの資源も都市鉱山から十分な量をリサイクルで取り出せるようになった。
日本は国土の3分の2を森林が占めるのに、木材の自給率が10年前は25%位と低かった。森林大国であるのに、木材を輸入に依存するという国になっていた。その後、自給率は30%台になり、最近は40%近くに上昇。
森林資源も、光合成を活用するという戦略を推し進めることで自給国家に近づくことができる。その活用の一端とは?
年間、253億㌧の木材を産出するとして、住宅向けなどの木材として活用できるのはその約3割。7割が材木にならないとすれば、他にどんな用途で使えるのか?
「もちろん一部は紙ですが、相当部分が石油化学に替わるバイオマス化学。バイオマス化学というのは昔からあるんですが、トウモロコシとか砂糖とか、そういうものを使ってプラスチックを作ることは簡単です。ただ、食料と競合するものは多分駄目だろうと。食料はそんなに有り余っているわけじゃないですから。やはり山で作った木材を化学の原料にしようと。今の石油化学に替わるね。それを今の化学産業でも志向し始めていて、現に周南コンビナート(山口県)では動き出しています」
森林はバイオマス化学の他に、太陽光によるエネルギーを採取する場所でもある。その活用をトータルで考えるべきだということ。
「エネルギーは太陽光、風力、水力と多様にある。水力だって非常にあるし、地熱も使いたいならあるし、バイオマス、蓄電池のようなものもあるし、いろいろなものがありますよ。そこで大事なのが送配電網。今の9電力体制を前提として考えているから前に進まない。ビジョンとしては、日本中1つの送配電網ですよ。そこにいろいろな発電所がぶら下がって、マーケットになるのかどうかは分かりませんが、やり取りするということをやれば、今年の電力不足なんて起きていないですよ」
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2050年の最大産業は「人財育成産業」
時代の転換期にあって、国の意思、役割をどう考えるか?
「結局、GDP(国内総生産)というものから、少し考え方を変えないといけないと。大航海時代(15世紀から17世紀にかけて)の前は、アジアのGDPが全世界の60%を占めていたんですよ。その頃、1人当たりの生産というのは、ほとんど農業生産だったわけです。だからほぼ人口に比例していたという話なんですね。それで(18世紀からの)産業革命で一気に今のG7(主要先進国7か国)あたりの国々がトータルのGDPで伸びていった。一番花開いたのが40、50年前ですよ」
先進国が優位に経済を動かしてきたが、途上国がどんどん伸びてきた。1人当たりのGDPで米国と中国は5対1位だが、これもどんどん接近している。
「そうすると、もう1回アジアの比率が60%になるかどうかは分かりませんけれども、アジアが例えば50%になって、その他が50%になるというのは、必然の流れです。大体、人口比例になりますよ」
そうすると、中国の力はますます強くなるのか?
「強くなりますよ。人口も多いし、人口で掛け算すればね。だけど、中国には別の弱さがあ
る。課題になるのも人口ですし、人口動態の話は中国にとって大変なものです。だから人口
の多い国が一方的に強くなるなんて考える必要はない。そのとき大事なのは人財です。そういう状況で、どうやって国家を強くするかということは、結局、人の養成に関わってきます」
小宮山氏が続ける。
「僕は、2050年の最大産業は、教育というか人財養成産業だと思っています」
こうした時代の転換期にあって、『人の養成』を進めていく上での基本軸とは何か?
「知・仁・勇というか知・情・意ですね。僕に言わせると、東大の時に繰り返し言った『本質を捉える知』、『他者を感じる力』、そして『先頭に立つ勇気』ですね」
新しい時代を切り拓くのはやはり「人」である。
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