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「値上げの品目もあれば値下げの品目もある」【 くら寿司・田中邦彦】の「上げたら下げる」戦略

財界オンライン / 2022年10月17日 7時0分

田中邦彦・くら寿司社長

原材料価格の高騰が直撃する回転すし業界では大手各社が値上げを表明。店舗数で業界2位の「くら寿司」も創業以来の値上げを決断した。しかし、一部では値下げを実施する配慮も。創業者で社長の田中邦彦氏は「150円前後に大きなマーケットラインがある」と話す。大手の中でも創業社長として数々の業界の標準を普及させてきた田中氏だが、価格に対するこだわりは人一倍。くら寿司が進める今後の価格戦略とは?

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創業以来の値下げを決断
「急速かつ終わりの見えないコストの上昇は企業努力だけでは乗り切れない。今後も安心・安全で美味しいお寿司を提供するためには価格の全面改定が必要だと判断した」─。こう語るのは、くら寿司社長の田中邦彦氏。同氏は1984年の回転すし進出後、初めてとなる値上げに悔しさをにじませる。

 食品の値上げが相次ぐ。コロナの第7波で顧客の戻りに急ブレーキがかかったことに加え、円安による原材料や燃料の高騰が大きいことが要因だ。業界では600店舗を超える最大手の「スシロー」が値上げした。

 くら寿司も全国488店舗にて新たな価格帯にする。ポイントは値上げと値下げを混在させている点だ。約60ある110円の商品のうち約50品が115円に値上げ。一方で、220円の商品は165円に値下げ。ここに創業社長である田中氏のこだわりが透けて見える。

 回転すし業界の競争は熾烈だ。大手5社がひしめき合い、中でも最大手のフード&ライフカンパニーズが運営するスシローとくら寿司、ゼンショーホールディングスの「はま寿司」が鎬を削る。各事業会社のトップがサラリーマン社長となる中、くら寿司のみが創業社長だ。

 田中氏は1973年桃山学院大学卒業後、タマノヰ酢(現タマノイ酢)に入社。77年に退社後、大阪府堺市に寿司店を開業した。当時から1皿100円が看板だった。

 そんな田中氏は回転すし業界に新風を吹き込んだ人物でもある。その1つが抗菌寿司カバー。創業当時、田中氏のアイデアで、すしネタの鮮度を守るためにキャップを使っていたが、手で触らなければならず、キャップ内が曇って商品の中がよく見えないといった課題を抱えていた。

 さらに09年から開始した海外展開の最中、米国では回転すしはカバーがないと営業許可がとれないと知る。そして保健所から「食中毒は空気中の菌からの飛沫感染も大きく影響する」とのアドバイスを受けた。田中氏は店内のウイルスや飛沫、ホコリなどから商品を守る抗菌寿司カバーを11年に開発。コロナ禍でも有効に効力を発揮した。

 もう1つが「E型レーン」だ。かつての回転すしでは職人の周りをレーンが回る「O型レーン」が当たり前だった。しかし、同社はいち早く家族利用を見込んで厨房と客室を分け、ボックス席で楽しめる「E型レーン」を1987年から導入した。これらは現在の回転すし業界で当たり前になっている。

 そして田中氏は設備投資に余念がない。コロナ禍でも従業員と一度も接触することなく、予約から案内、注文、会計を行える「スマートくら寿司」を全店舗に導入。「世界にも例のないシステムだ」と同氏は胸を張る。

 一方で生産性向上にも力を入れてきた。97年には皿の下にQRコードを張り付けてカメラで時間を計測。一定時間が経過すると自動的に廃棄できるようにした。更に来店客の飲食状況をリアルタイムで「見える化」し、適切なタイミングで商品を流すシステムも98年に導入。かつては10%以上だった廃棄率も今では3%に抑えている。

 また、2016年には加工センターを自社で建設。全国の漁港から仕入れた天然魚を加工し、すしネタにできない部位も海鮮丼やコロッケなどに加工して「ほぼ100%」活用する。「外部に委託しない」(同)ことで魚を徹底的に使いこなしている。


ハウステンボスに匹敵する米国子会社の時価総額
 このような独創的なアイデアを展開してきた田中氏でも昨今の原材料価格の高騰から逃れることはできなかった。田中氏は「ここ2年でクロマグロの価格は約1・6倍、サーモンに至っては約2倍と高騰している。高すぎる」と値上げを決断した背景を語る。他にも運搬費や資材関係、人件費なども上昇傾向だ。

 実は同社では5~6年前にも新商品を150円に値上げすることを検討したという。しかし、田中氏は「150円は『いざというとき』の価格ライン。今までとっておいた」と振り返る。そして一部商品の値下げを実施したのは「上げたら下げる」という自社のスタンスがあったからだ。田中氏は「150円前後に大きなマーケットラインがあると見ている」と説明する。

 回転すし各社は原材料高の直撃を受け、直近の四半期決算ではくら寿司も含め、大半の企業が減益を余儀なくされている。値上げで単価を引き上げていく考えだが、くら寿司の価格改定後の平均客単価では「現在は1100円くらい。改定しても5%は上がらないのでは」と田中氏。同氏は「1皿でも多く、1円でも安くすしを提供する」という言葉を何度も強調する。

 田中氏は、すしと価格へのこだわりは自らが「貧しかったからこそ、1皿の美味しいすしを安く食べられることに喜びを感じていた」と話す。実際、今回のくら寿司の値上げ率は「3%以上、5%未満」(同)だ。外食業界では5%以上、10%未満が2割を超す中で、くら寿司の価格へのこだわりが強調される。

 これまで蓄積してきた顧客データや管理データ、漁港との結びつきなどで他社とは一味違った戦略で成長してきた同社は今後、海外展開に力を入れていく。特に米国では第3四半期で黒字化を達成。「米国市場で上場している『くら寿司USA』の時価総額は1000億円。(テーマパークの)ハウステンボスに匹敵する」と田中氏は例える。

 回転すしは世界を制す─。田中氏は30年度の全世界売上高3000億円を目標に据える。現在のほぼ倍だ。目下の逆風下を生き抜き、その独創的なアイデアが消費者の心を射止めるかどうかが試される。

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