【倉本聰:富良野風話】Noblesse oblige
財界オンライン / 2022年10月23日 11時30分
僕が社会に出て放送局に就職した昭和30年代。電通は単なる広告代理店だった。高校時代の友人が2人ばかり就職したが、就職したということだけで、さほど話題にもならなかった。
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広告代理店という職業が、そもそも世の中にまだそれほど認知されておらず、スポンサーの宣伝業務をマスコミにつなぐ、いわば仲介役といった程度の認識で、電通、博報堂、オリコミ広告、第一広告といった、いくつかの大手スポンサーの宣伝広告を専門的に仲介する、といったいわば仲介業的認識しか僕ら放送局の下っ端にはなかった。
それが突然脚光を浴び、代理店間の熾烈な競いの後に、電通・博報堂という二大代理店の時代を経て、電通が社会に圧倒的王者の地位を築いたのは、一体いつ頃、如何なる手段によるものだったのだろうか。
僕のような制作一筋、社会経済音痴の輩には深い事情はさっぱり判らぬが、高校時代の同窓生から洩れ聞いた当時の電通内に貼り出されていたという広告戦略十訓というものは、当時僕らが腰を抜かすような、鮮烈過激な檄文であった。曰く
もっと使わせろ! 捨てさせろ! ムダ使いさせろ! 季節を忘れさせろ! 贈り物にさせろ! 組み合わせで使わせろ! キッカケを投じろ! 流行遅れにさせろ! 気安く買わせろ! 混乱をつくり出せ!
今読み返しても唖然としてしまうが、その後、数十年、現在に至るこの国の社会は、まさにこの社訓に見事に乗せられ、その通りに進んでしまったように思う。
それまでの社会は全く違っていた。
ムダ使いをするな。物を捨てるな。こわれたものは直して使え。
言うことが全く逆だったのである。
そしてその節約こそ善という思想をひたすらすり込まれ、その中で育ってきた。
更にその後の情報社会を席捲するテレビという巨大メディアにあっては、その基礎となる視聴率調査において対抗馬であったニールセンを蹴落として、今や電通の後押しするビデオリサーチが一手にその調査を仕切るようになった。テレビは電通の掌中に入り、その混乱の中でテレビソフトはどんどん俗悪・理解不能の混沌へと堕している。
まさに電通という会社は今や、政治・経済の中枢と結びつき、手のつけられない巨人となってしまった。
巨人となるのはかまわない。それは結構なことであると思う。だが、怪物になることは困る。
今回のオリンピック汚職の問題を見て思うのは、倫理なき巨人が足を踏み外し、怪獣の道を粛々と歩む、何とも見苦しい醜い姿である。
政治家にしても経済人にしても、大きくなったらなっただけ、あの言葉を今一度思い出して欲しい。
Noblesse oblige!巨人の抱くべきそれは義務である。
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