【日清製粉グループ本社・瀧原賢二社長に直撃!】原材料高騰下をいかに生き抜くか?
財界オンライン / 2022年11月1日 15時0分
「嵐の中の船出」─。今年6月、製粉シェアトップの日清製粉グループ本社の舵取りを担うことになった瀧原氏は現状認識をこう例える。7つの事業を展開しながら、各事業でこれまで培ってきた技術力やノウハウを生かし、アジアなどの海外展開を成長ドライバーに据える。自らTPP交渉でアメリカと向き合った経験も持つ。自社の強みを武器に「食糧インフレ」をいかに生き抜くのか?
YKK社長 ・大谷裕明の混沌の今こそ、創業者 の『善の巡環』思想で
嵐の中の船出
─ 食品業界ではロシアのウクライナ危機やコロナ禍など、不透明な情勢が続いています。社長就任を機に社内ではどういった呼びかけをしているのですか。
瀧原 そういう意味では、本当に嵐の中の船出という感じがしています。ウクライナ問題で穀物相場がボーンと上がりましした。これは本当に何年振りのことなのだろうかと。かつて2008年に相場が非常に上がったことがありましたが、おそらくそのときよりも、もっと大変になるだろうと思っています。
そして当社の歴史を遡ると、もしかしたら1942年の食糧管理法ができた年以来の厳しい環境ではないかと思っています。社長就任を発表した頃は非常に厳しいと思っていました。
その中で当社の強みが分社化です。7つの事業部門があり、それぞれの事業会社に社長がいて、全体を統括するホールディングス会社の社長として私がいます。ホールディングスの社長は単なる持ち株会社の社長ということではなく、グループ全体の社長であると思っています。
─ 具体的に言うと?
瀧原 例えば、グループ本社自体は直接お客様と接しません。ただ、間接的には各事業会社にとっての製品のお客様や流通のお客様がいます。最終的にはそういった方々は私どものお客様でもあるのです。
ですから、各社の社長にもお願いをして、できる限り今までコンタクトしていなかった会社のトップの方などにご挨拶に伺うなど、いろいろな形で動いているところです。もしかしたら、そこからビジネスチャンスが生まれる可能性もあると思っています。私自身、全体の統括者としてしっかりやります。
─ 原材料価格の高騰に際し、瀧原さんは「食糧インフレ」という言葉を使っていますね。それだけ厳しい事業環境下にあるのだと。
瀧原 はい。普通、食リョウのリョウとは「糧」ではなく料理の「料」が一般に使われますが、あえて糧としました。それは小麦や米などの国民にとってなくてはならない食糧であり、これが不足すると、政治的にも影響を与えるからです。
─ そういった環境下の事業戦略方向性とは?
瀧原 当社にはコア事業として国内の製粉事業、加工食品事業、バイオなどの酵母事業があり、それに加えて健康食品事業と中食・惣菜事業、エンジニアリング事業とメッシュクロス事業の7つがあります。その中で、特に製粉事業がコア中のコア事業という形になります。
当社は約120年前に創業しており、少なくともそれらの事業に関して120年間のノウハウを持っているということになります。生産面でのいろいろな技術力もありますし、お客様に対する安定的な小麦粉を提供するという意味でも、盤石な態勢をとっています。
世界でも高い日本の製粉技術
─ 日本の製粉の技術力は世界と見ても高いのですか。
瀧原 世界的に見ても日本の製粉の技術力は全く負けないレベルを持っています。さらに加えて言えば、日本の強みはお客様からの信頼度です。小麦は農産物です。ですから、小麦を原料とする小麦粉の品質はモノによって非常に変わります。
しかしお客様からすれば、手掛けるパンや麺を作るときには同じ品質の小麦粉でないと困ります。そこでお客様からは「小麦粉の品質は一定にしてください」と言われます。それに対し、どんな小麦を使っても一定の品質にするためには小麦をブレンドするなど、常に工夫することによって実現できます。このようにお客様の求める一定のスペックに収まるようにするというのが日本の技術力なのです。
ところが海外、特にアメリカでは、どちらかというと小麦に合わせて小麦粉ができます。ですから、その時の小麦粉に合わせてパンを作ってくださいという習慣なのです。アメリカで食パンを買ったりすると大きな穴が空いていたりするのですが、それはパンに合わせて小麦粉を提供しているのではなく、採れた小麦に合わせて小麦粉ができているからなのです。
─ 小麦文化は国ごとに違うということですね。ところで、国内では加工食品事業にも力を入れてきましたね。
瀧原 ええ。スーパーの店頭でも当社のパスタや天ぷら粉、から揚げ粉などの製品をたくさん見ると思いますが、これがまさに当社のブランド力だと思っています。ここをしっかりと磨いていきたいと思っています。
─ 今後の成長を牽引する事業はどんな事業になりますか。
瀧原 海外事業です。製粉事業、加工食品事業、酵母事業の3つの事業を中心に海外展開に注力していきます。技術力的には海外でしっかりと展開できる強みを持っています。例えば製粉事業では売り上げの半分が海外になっていますし、連結売上高でも4分の1を占めます。これはさらに力を強めていけるのではないかと思っています。
さらに国内外両方でトライしていきたいのが中食・惣菜事業です。この事業は20年ぐらい前に買収して当社が進出した事業なのですが、今では売上高比率ではグループ全体の2割を占めるほどとなっており、非常に大きな事業になっています。
ただ、中食・惣菜事業には消費期限という課題があります。ですから、冷蔵のチルド流通を活用して消費期限を伸ばす取り組みが重要です。例えば、葉物を使った惣菜は、どうしても日付が2日ほど経つと色が変質したりする。そこで菌の発生を抑えたりするノウハウもありますので、そこでも当社の強みを生かせると思っています。
さらに、健康食品事業ではグループ会社のオリエンタル酵母工業でバイオ事業を展開しており、健康とバイオをしっかりとつないで健康の分野にも力を入れていきたいと思っています。
─ エンジニアリングなど珍しい事業もありますね。
瀧原 はい。コア事業ではありませんが、エンジニアリング事業とメッシュクロス事業があり、これらはお客様が電子部品や自動車など、ハイテクな商品群を手掛ける領域となります。ただ、これらの事業は元々製粉から派生した事業になります。
例えば、メッシュクロス事業は製粉のふるい網を作っていた事業から派生しました。そこからきめ細かいメッシュの技術が派生し、今は最先端のハイテク商品に使われていると。太陽光パネルなどにもメッシュクロスが使われています。そういう意味では、こういう分野のところもコア事業ではありませんが、期待ができる事業になります。
「青の洞窟」ブランドが好調
─ 市場創造という観点で、パスタという加工食品の可能性をどのように考えていますか。
瀧原 当社ではパスタソース「青の洞窟」ブランドを展開していますが、これはお祝い事などで食べる外食のイタリアンに匹敵する商品になります。自宅でのディナーで高級感のあるイタリアンを楽しんでいただくために、パスタを使った付加価値の高いレシピを提案していくと。こういったコンセプトの商品を開発しています。
日本人が年間にパスタを食べている回数は20食と言われています。イタリア人は300食で、アメリカ人でも100食食べていると言われています。もちろん日本人はラーメンやそば、うどんなども食べているので、その分、差があるとは思いますが、20食はあまりにも低いと。
─ 付加価値のある商品を提案していくわけですね。
瀧原 ええ。通常ゆで上げるのに約10分かかるパスタでは、3分でできる早ゆでタイプのパスタが非常に伸びています。このように付加価値を付けることは加工食品では比較的提案できていると思います。そしてこういった加工食品は、これまでは日本向けが中心でした。
しかし、アジアの国々も日本と同じように食にこだわりのある文化を持っていますから、可能であればそういったところにも売っていきたいと思っています。海外展開では製粉事業はかなり進みましたので、これからの5年間は加工食品や、パンの発酵に適した酵母菌だけを集めて純粋培養したイースト等の海外展開にも力を入れていく形となります。
─ さて、瀧原さんの歩みとしては、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)などの交渉に絡む仕事をしてきましたね。印象的な仕事は何でしたか。
瀧原 2013年からTPP交渉が始まったのですが、11年ぐらいから厳しい環境になりましたね。当時は民主党政権でしたが、とにかくTPP交渉に日本が加わるというところの対応が非常に大変でした。まずは当社としてのスタンスを決めなくてはなりませんでしたからね。
そこで私が心掛けたのは当社として何を守るか。当然「今のままにしてください」と要望するのは簡単ですが、多分そういうわけにはいかない。相手はアメリカですからね。では何を守るかというと、原料と製品の国境措置の整合性を確保するということを目指しました。
実は原料小麦は国境措置マークアップといって5割ぐらいの関税がかかっていました。それ以外の一般の輸入製品だと2~3割。これがTPP前の元々の状態だったのです。そこで当社はこのバランスをしっかりと保つことが重要だと決めました。
TPP交渉で得た「誠心誠意」
─ そういったことを政府にも要望したのですか。
瀧原 はい。ただ、政府は全部を守りますというスタンスでした。整合性確保とは自由化を認めるということでもありますから、そこを妥協するように見えたわけですから相当厳しい声をいただきました。
そこで様々なやり取りを経て最終的には製粉協会として要望を出すことで折り合いがつきました。それが交渉における全ての根幹だったのです。その結果、国内は一枚岩になりました。
今にして思うと、これをやっていなかったら大変なことになっていたと思います。そして、その次はアメリカとの交渉になりました。アメリカ農業界としては全ての関税撤廃を求めると決め、小麦も全て開放して欲しいと要求してきました。
当初は味方だと思っていたアメリカが場合によっては敵になるケースを体験したのです。ですから、結構厳しい交渉でしたね。結果として原料も関税もそれぞれ国境措置が低下してバランスが取れた形になりました。
私としては、このときの貿易交渉は糧になりました。まずは日本の国内をまとめるのが辛かったですし、アメリカと激しい交渉をしなければならなくなりました。ただ、交渉の際には何度もアメリカに通って政府の要人や業界の人々に会い、自分たちの意見を訴えました。
そういう意味では、私の座右の銘は「誠心誠意」です。交渉事では、国益などそれぞれの立場がぶつかります。ところが誠心誠意向き合うからこそ、最後はどこかで折り合うところがあるものなのです。そこがどこになるかを見極めることが非常に重要なことだと思います。
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