【倉本聰:富良野風話】朝令暮改
財界オンライン / 2022年11月14日 11時30分
旧統一教会(世界平和統一家庭連合)に関する岸田文雄首相の発言が、朝令暮改であるということで物議を醸している。朝令暮改。朝発令された政策が早くも夕方には変更されている、といった意味の、そもそも中国の故事からの言葉である。対比語を探すなら首尾一貫。もっぱら悪い意味で使われている。だが、これに反論する言葉もある。「法律は、朝と夜とでは同じではない」。17世紀のイギリスの識者、ジョージ・ハーバートの警句である。
【倉本聰:富良野風話】Noblesse oblige
だが今僕が気になるのは、朝令暮改というこの言葉がこの国において、そんな悪い意味にだけとられて果たして良いのだろうかということである。
かつて富良野で塾を持ち、何十人の塾生を教えていた時、僕の思考は常に変化した。昨日こうだと教えていたものが、よく考えてみるとどうもちがう。だから今日言うことは昨日と逆になっている。朝言ったことがよく考えると、まちがえていたように思えてくる。いや、はっきりとまちがっている。だからそんな時ははっきり謝り、訂正する。昨日言ったことはマチガイ! 今日言っていることが正解! すると生意気な塾生が呟く。朝令暮改だ! そこでこの僕は開き直る。
朝令暮改、何が悪い!
昨日の自分の発言を、君らの意見を真摯に受けとめ、じっくりもういちど考え直した揚句、どうも誤っていたように思えてきた。故に考えが変わってしまった。だから昨日と逆の発言になってしまった。発言が昨日と変わったということは、そんなに悪いことなのだろうか。
人間の考えは思考するうちに180度転換することがよくある。更に考えると、また180度転換し、元の考えに戻ってしまう。人の考えはこれをくり返す。だがこの180度の転換は同じ地点に戻っているのではなく、平面的でなく立体的にみれば、いわば螺旋状に元の位置から上昇しているのであって、これを哲学用語で言えば「止揚」―アウフヘーベンということになる。朝考えたことが夜逆になるのは、決して恥ずべきことではなく、いわば上昇の一過程なのである。
塾生たちは煙にまかれた気分になったらしいが、僕は結構大真面目だったのである。
国政論議を聞いていていつも思うのは、与党は与党、野党は野党の主張を常に絶対曲げずに言い張り、相手の意見に全く耳貸さず、自身の意見を貫き通すことである。
首尾一貫と言えばその通りだが、それで果たして彼らの脳味噌は本当に回転しているのだろうかと、愚者である僕などは思ってしまう。野党は首相の発言を朝令暮改だと激しく責めるが、それは首相が自らの昨日の論を訂正し、あんた方野党が正しかった、と訂正したのだから、野党は、でしょう? 判ってくれました? と只それだけで済む話なンじゃないンだろうか。
朝令暮改。結構じゃないか。それを責めることで手柄をたてた気になり、又ぞろ血税を浪費して欲しくない。
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