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【日本最大の機関投資家】日本生命社長・清水博の「投資の王道」論

財界オンライン / 2022年11月15日 18時0分

清水博・日本生命保険社長

コロナ禍を経験して、ビジネスモデルをどう再構築するか─。生保最大手の日本生命保険は約5万人にのぼる営業職員の”デジタル武装化”を推進。タブレット、スマートフォン、パソコンの”三種の神器”を全員が駆使するという『対面プラスデジタル』戦略を構築。 「身内を褒めるのも何なんですが、2年余で活動のスタイルを切り換えてくれました」と社長の清水博氏。対面とデジタルのそれぞれのよさを融合させて、「完成形にもっていく」とさらに練度を上げる方針。

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コロナ禍の教訓とは何か?

 「お客様に会えなくなっていることへの危機感ですね」と清水氏。保険の新規獲得と資産運用が生保会社の仕事だが、資産運用面も今の円安ショックに象徴される金融環境激変に揺さぶられる。

 「われわれは長期投資家。長期的に見て最適な資産配分に入れ換える作業を今進めています」と投資の王道を歩くと強調。総資産85兆円の運用のポイントとは。

5万人の営業職員の生産性をいかに上げるか

 コロナ禍は3年近く続き、ウクライナ危機はロシアの侵攻がはじまって8カ月が経ち、戦争はいまだに続く。加えて、円安ショックに見られる世界的な金融環境の激変。

 人々の生き方・働き方に直接関わる生保の経営トップとして、どういう現状認識か?

「コロナ前とコロナ後、まだ後とは言えないかも分かりませんけれども、コロナ前とコロナが起こったあとでは、経営環境、事業環境、事業の内容がガラッと様変わりしたというのが総括ですね」  

 日本生命保険社長・清水博氏はこう総括し、「保険事業の根幹は二つ。保険の引き受けと運用のこの二つですが、共に様変わりだという認識を持っています」と語る。

 では、この環境激変にどう対応していくのか?

「保険の引き受けのところでは、営業職員の活動が、対面から対面プラスデジタル、この組み合わせに大きく、この2年半で切り替わりました」
 
 清水氏はこう切り出し、次のように続ける。

「この2年半の中で本当に苦労しながら、新しいインフラを導入し、そのインフラの使い方を5万名の営業職員全員が使いこなし、それをお客様との間で行い、そこに送る中身に関しても本部に対して、これはいい、でもあれは違うということで、本部と現場のやり取りをする。それで対面とデジタルを組み合わせて、ある程度使えるところまできたというのが現状です」

 コロナ前は、営業職員がお客と直接会い、対面で保険商品の説明を行い、お客からの相談に応じる対面営業が主であった。

 コロナ禍は、この対面方式に深刻な影響を与えた。

「ええ、対面が減ったことによる直接の影響としては、新契約の業績がコロナ前に戻っていないと。デジタルはお客様と知り合い、信頼を深め、そして契約に結び付けるという意味で対面と同じような力を持っているのですが、ただ、かかる時間という意味では、デジタルより対面のほうが、会って直接話をする分だけ、中身も濃いし、スピードも速いです。対面から対面プラスデジタルに切り替えている分だけ短期的には、デジタルでのお客様とのプロセスのつくり方に時間がかかる。業績は減少を余儀なくされています」

 戦略の転換にコストと時間がかかっているということ。

「ただ、長期的に見れば、デジタルによって営業職員の活動効率がよくなり、新しいお客様と出会える。それは契約に結びついていくということですから、中長期的には必ずプラスだと」  清水氏は中長期の視点でこの対面プラスデジタル戦略を志向しているとし、新しい成長をつかむために必要な措置と強調。

 同社の連結社員数は約9万5000人。この中で、お客と接して保険営業を担う営業職員は約5万人。同社と保険契約を結ぶ顧客数は約1000万人。

 DX(デジタルトランスフォーメーション)、そしてGX(グリーントランスフォーメーション)の波は保険業界にも押し寄せる。営業職員5万人という人的資産の生産性をどう高めるかという命題である。

 中長期視点で見れば、日本は人口減、少子化・高齢化が進む。少子化が進めば、若年層の保険加入数は一般的には減る。一方、高齢化で高齢者人口は増え、平均寿命も伸び、健康維持への関心は高まる。ヘルスケア関連の保険商品や健康関連の事業の開拓余地は広がる。

 保険業界も事業構造の大きな転換期を迎えている。

同社は2021年度を起点とする中期計画で、2023年度末までに顧客数1490万人に持っていく目標を掲げる(現顧客数は1000万人強)。顧客からの保険に関する相談、あるいは新規契約者の獲得を担う営業職員のデジタル武装化をコロナ禍の中で推進しなければならないということである。

対面のよさと デジタルのよさを融合

 対面営業とデジタル営業を融合させる体制づくりということだが、その進捗はどうか?

「自分の現場の営業職員をほめるのも何なんですが、わずか2年ちょっとでよくここまで活動のスタイルを、対面から対面プラスデジタルに変えてくれたと正直思っています。これだけのスピードで物事を現場の5万名が全員で変えたことが過去にあったかと思うぐらいのスピード。それから内容の濃さ。これは目を見張るものがあった。まだ道半ばですが、完成させなければいけませんけれども、ここまでの2年、しかもコロナでしんどいときの2年ですからね」

 感染してはいけないという緊張感の中での研修。一カ所に大勢を集めることはできないので、少数参加で何回かに分けるとか、リモートでの研修になる。

 5万人がそうした研修をくぐり抜けてこられたのは何か?

「何よりお客様に会えなくなっていることの危機感ですね。まだまだお客様は慎重ですので、会える機会が減っていますから。これを何とか別の方法でカバーして、引き続きお客様とコンタクトを取らなければいけない。それが、自分たちの役割なんだということを5万人の営業職員がしっかり使命感として持ってくれているのが心強い」

 営業職員に配布されたデジタル機器はタブレット、スマートフォンとパソコンで、同社が〝三種の神器〟と呼ぶもの。

「タブレットは事務手続きとか顧客管理をするものです。スマートフォンはお客様と営業職員が日常連絡を取る。提案書を送ったり、資料を送ったりします。パソコンは1600の拠点に1ないし複数配置をしていて、画面共有システムと言っているんですが、お客様のパソコン画面と拠点の画面が共有でき、こちらからの操作によってページをめくるとかできます。お互いに顔を見て話すこともできて、対面に近い環境でやり取りができる。完全オンラインで提案書をご説明したり、いろいろな資料を見ながら対話ができるシステム。この3つを1年以上前に配備し終わりました」  

 この〝三種の神器〟を営業職員をサポートする内勤の事務職員にも配布。内勤と営業職員との連携がスムーズに行くように配慮している。

職員同士も切磋琢磨して

 デジタル化で生産性向上をと言うが、デジタル機器を扱うのは人。人の潜在力をどう掘り起こすかという課題である。

「高齢の営業職員もいますが、使いこなしています。年齢に関係ないです。使わなければいけないと思うと、一生懸命自分で勉強します。営業職員同士で、いいライバル意識といい仲間意識。この2つが併存していて、日本生命の営業職員チャネルの現場の良さが出ています」

 例えば、Aさんも機器を使いたいが、なかなか使えない。でも、隣のBさんは使いこなしている。その姿を見て、Aさんも負けていられないと思う。自分もやらなければとライバル意識に火がつく。  

 しかし、自分1人のだけの力ではすぐに学習できない。そこで、一種のライバルでもあり、仲間でもあるBさんに聞く。そうすると、Bさんも同じ拠点内の仲間ということから、普段はライバルでもあるが、親切に教えてくれるという関係。産業構造転換期をどう生き抜くかという危機意識が職員同士の切磋琢磨につながっている。

顧客サイドも心理変化 「受動的」から「能動的」へ

 清水氏は1961年(昭和36年)1月生まれ、徳島県出身。1983年(昭和58年)京都大学理学部卒業後、日本生命保険に入社。国内に約1700人しかいないと言われる、統計学や確率論で商品設計を行うアクチュアリー(保険数理士)の資格を持つ。商品開発部長や総合企画部長などを歴任。2009年執行役員、2013年取締役常務執行役員という足取り。そして2016年取締役専務執行役員を経て、2018年4月社長就任。

 清水氏は社長2年目の後半にコロナ危機に直面した。

 人口構造の変化、またDX、GXによる社会の変化に加えて、コロナ禍で生き方・働き方改革が進む中、新しい時代の保険業の役割と使命を構築する立場。

「わたしが入社した約40年前は、生命保険に対して受動的で、自分で調べない、よく分からないと。分からないままに必要なんだろうと思って、説明を聞いて納得すれば入る。受動的な保険の入り方が多かった」

 清水氏が入社して40年経った今はどうか?

「能動的に自ら必要性を感じて、商品を調べて、数社を比較して、最後に自分で決めるという加入行動になっている」と清水氏。

 お客が受動的から能動的に動くようになった背景には、社会的に健康で長生きしたい─というニーズが高まってきたことがある。

 日本は超高齢社会に突入。65歳以上の人口比率が全体の21%以上を指すのを超高齢社会と呼ぶが、日本はすでに2007年にそうなり、2025年に約30%、2060年には約40%に達する見込み。世界1のスピードで高齢化が進む。

 最後まで健康で長生きしたいというニーズは、当の高齢者のみならず、若い世代を含む全世代で高まる。

 若い世代も、自分が歳を取った時のことを考えるなど、健康観が変わりつつある。

「ええ、健康と言うのは、病気が全くない健康体であれば、それは100%いいんですが、無病息災ではなくて一病息災と今は言われますね。ちょっと病気になっても、軽い段階で、もしくは早期に発見をして治療することでその病気と付き合いながら長生きする。そういう時代認識の中で、お客様自身が健康で長生きをしたいというニーズがあり、それにあった商品が選ばれる傾向が強くなっています」

 当然、保険サービスも変化していく。

 三大疾病(がん、脳卒中、心筋梗塞)に関する保険に加えて、生活習慣病や肝臓、膵臓など個人的に気懸りな病気の早期発見、早期治療に役立つ給付金を備えた保険などの商品開発・設計が進む。

保険との相性がいい ヘルスケア事業

 こうした健康保持へのニーズの高まりを背景に、同社はヘルスケア事業部を設置。

 例えば、リスク予測サービスとして、企業や自治体と契約して、匿名のまま健診データ、治療データを提供してもらい、そうしたデータを詳しく解析し、どのようなリスクがあるのか、病状の段階ごとに診断するサービスもその1つ。

 また、糖尿病の予防サービスもそうだ。例えば、血糖値のチェックプランを作り、具体的に糖尿病にならないサービスを有償で提供するといった疾病予防サービスにも注力している。

 このヘルスケア事業は2017年から開始。この5年間で、リスク予測サービス関連では、すでに約250万人のデータを集積。「割と地に足のついた取り組みになってきた」と清水氏も手応えを感じ取っている。

 人の命や健康に関わるヘルスケア事業はもちろん、いかなる事業も着実さが求められる。「はい、着実に、地道に続けていくことが、その事業を確実に大きくしていくというのは経験則でもありますからね」と清水氏。

 何より、リスクが現実に起きたときに役立つ保険と、リスクそのものを減らすヘルスケアとの相性はいい─という清水氏の受けとめ方だ。

円安、株安、債券安と トリプル安の影響は?

 日本生命は総資産85兆円と、日本最大の機関投資家である。いまコロナ禍、ウクライナ危機に加えて、日米金利差から来る円安ショック、株安・債券安が起こり、世界的に金融市場が揺さぶられている。

 保険会社の二大事業と言えば、保険の引き受けと資産運用。保険引き受けは既述したように、DXを着実に実行していくことに尽きる。顧客から預かる保険料で構成される資産運用をこの金融環境下でどう進めていくか─。

「金利が上昇していく。ただ、その金利の上昇も国、地域によって違う。しかも日本の金利も上昇してはいるが、世界と比べれば低いままです。つまり(日米金利差のように)金利差が拡大し、円安が進んでいく。こうしたことで金融環境、経済環境が様変わりし、このことで大きな影響を受けています」

 何ごとにもプラスとマイナスの両面がある。グローバルに金利が上がっていくことで、短期的には株安・債券安という局面だが、プラス面は何か?

「日本もわずかながら、20年債、30年債でイールドカーブ(利回り曲線)が立ってきているように、上昇しているということは、新しく投資をする、投資対象の金利が上がるという意味で、長期的には金利の上昇効果はプラスに働いていきます」

 清水氏はこうプラス効果を述べながら、次のように続ける。

「一方で、日米の金利差が拡大していることによって、外貨建ての債券に対する、円のヘッジをかけていますが、円のヘッジコストがとてつもなく高くなっている。それでマイナスの影響を受ける。プラスとマイナスの影響を見ると、短期的にマイナスのほうがはるかに大きい。今年の運用比率は厳しいというのが全体の状況です」
 
 こうした混沌状況を生き抜く基本スタンスとは何か?

「投資の王道」を歩む!

 プラス要因、マイナス要因が同居する中をどう生き抜くかという命題。「どんな金融環境、どんな経済環境であっても、どんなに上げ下げしても、変わらない運用方針。これが2つあります」

 清水氏はこうことわりながら、次のように続ける。

「1つは資産配分です。資産配分はその状況にかかわらず、長期的視野を持つ。それから負債に見合ったALM(資産と負債の総合管理)運用をする。それから分散です。資産分散、通貨分散、時間分散ですね。長期的、ALM、分散、この3つを基軸とする資産配分です。これはどんな環境でも変わりません。変わることなく持ち続けている方針です」

 長期的な視座を保ちながら、資産配分をしていく。そのことが経営の持続性を担保するという経営の基本姿勢。

 そういうスタンスを保ちながら、清水氏は「もう1つはフォワードルッキング(先を見越した)なリスク管理。先々を見据えたリスク管理を徹底的にやっていくということです」と語る。  

 そのように資産運用を行っていく上で、例えば外貨建て資産の入れ換えをどう進めるか?

 例えば、グローバルに金利が上がる前に投資をした外貨建て債券には低い金利が付いている。この低い金利が付いている債券に対する円建てヘッジをする場合、ヘッジコストは非常に高くなる。

「そうしますと、得られるクーポンとヘッジコストを考えるとき、その銘柄によっては収益率が、現在ヘッジコストが上がったことによって、大きく収益率が下がるものもあれば、場合によってはマイナスになるものもある」

 では、どう動くのか?

「長期的に見れば、これを損を出してまで売って、新しく、いま金利が高くなっているもの、もしくはこれから中長期的に収益率がいいと思われるような国とか、地域とか、銘柄に投資し直す。入れ換えをするということが、とても大事です。すでに取り組んでいるし、これからも取り組んでいかなければいけないと思っています」

 清水氏はこう述べ、自分たちの基本スタンスを明確に、はっきりした口調で表明する。

「長期投資家ですから、損を出しても、長期的に見て、最適な資産配分に入れ換えていくと。それが、投資の王道です。まさに投資の王道を実践するタイミングに今あると」

 時代の転換期は、企業の命運を分けることにもなる。では、この混沌期をどう捉えるか?

厳しい環境下こそ 人は育つ!

「わたしは決して悲観的には考えていません。むしろ中長期的には、人材を育てることにつながってきます。短期的には仕事としてはしんどいですけど、人材が育つことによって、運用後の体制としては強くなると思っています」

 厳しい環境下こそ、人は育つということ。実際、そういう経験もしてきた。

 安倍晋三元首相が第2次政権を構築したときの経済政策・アベノミクスでは超金融緩和策が打ち出された(2013年春)。 マイナス金利の登場に、資産を運用する側は戸惑い、まごついた。当時、清水氏も運用部の担当役員で、悩みに悩んだ。運用機会が無くなったと思う状況がしばらく続いた。
 
 ところが、知恵は出てくるものである。若手を含めて、いろいろな知恵が出てきたという。

「はい、新しい手法を取り入れたり、これまで投資をしていないような国とか地域の債券に投資を広げていったりした。クレジット、社債なども同じですね。これまで投資をしなかったようなものまで手がけた。もちろんリスク管理はしっかりした上でのことですが、このことによって相当経験とスキルを磨いて、マイナス金利も何とか乗り切っています」

 同社の2022年3月期の業績は、保険料等収入が5兆3860億円(対前々期比5・8%減、対前期比3・8%増)とコロナ前と比べると、減収だが、2021年3月期と比べると増収と回復軌道へ乗せている。

 基礎利益(一般企業の営業利益に近い)は8721億円(対前々期比25・3%増、対前期比26・3%増)という数字。今期(2023年3月期)は増収減益の見込みである。

 環境は激しく変化するが、経営の王道を歩く─という清水氏の経営である。

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