【激変する金融市場】大和証券グループ本社社長・中田誠司の 「資産管理型ビジネスモデルへの転換で」
財界オンライン / 2022年12月21日 18時0分
新年(2023)は荒れるという大方の予測。米国は景気後退、欧州はスタグフレーション(不況下の物価高)に陥るという予測もある中、日本は先進国の中で一番高い成長率(1.6%成長)というIMF(国際通貨基金)の見立て。「世界は混沌としていますが、日本は今が底という感じで諸指標を見ています」と大和証券グループ本社社長・中田誠司氏。ただ、その日本も”異次元の金融緩和”に終止符を打ち、金利が付く経済状態に向かう正常化のときを迎えている。こうした端境期は金融市場も荒れがち。欧米の金利上昇で急速に円安・ドル高が進み、投資家の先行き懸念もあって、証券市場も萎縮。2022年4-9月期は大和を含む大手証券も減収減益の基調。そこで、市況に左右されない収益構造づくりを目指し、「資産管理型ビジネスモデルへの転換を強力に進めていく」と中田氏。株式や債券の売買に伴う手数料収入などのフロー収益は下がっても、顧客の資産所得を増やす方向で収益をあげるモデルへの転換。日本の個人金融資産の中で”眠ったままの資産”、1100兆円(現預金)をいかに掘り起こせるかという課題とも重なる。
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端境期の経済混乱を防ぐには?
まさに今は時代の転換期、端境期─。米国のFRB(連邦準備制度理事会)がインフレ抑制のため2022年後半に打ち出した利上げ策は急激な円安・ドル高を招来。
内外の金利差で為替相場は激しく反応した。2022年春頃まで1ドル・110円台だった円相場が、秋から同年末にかけては1ドル・140円台に入り、輸入物価が高騰。資源・エネルギーや食糧価格がハネ上がり、家計が圧迫される状況。
一方で、企業業績は輸出関連業種を中心に好調。その中で内需関連は原材料コストの上昇で苦しむという二極化現象だ。
「ええ、今、まさに世界で起きている現象ですが、その端境期というのは、うまく金融政策をコントロールしないと、副反応が出てしまう。特に今、米国の場合は、景気がいい形で急激にインフレが進む中で、それを金融がコントロールしようとすると、どうしてもタカ派的な姿勢になってしまって、世界の金融市場の混乱を招いている」
大和証券グループ本社社長・中田誠司氏は端境期での金融政策に伴う副反応にも注意が必要と語る。
市場の反乱─。女性首相として英国経済に活を入れるとして期待されたエリザベス・トラス氏は首相就任早々、所得税の最高税率引き下げや法人税の増税中止ということで財政出動を図ろうとしたが、財政悪化を懸念する市場は急激なポンド安という形で反発。
トラス氏の〝成長政策〟は頓挫し、短期間で首相辞任に追い込まれてしまった。
「インフレ圧力が高まる中で、財政規律を緩めると、ああいう状況になって…」と中田氏。
日本は現黒田総裁の指揮下の日銀はゼロ金利政策を変えないとしているが、来年4月に黒田氏が総裁を辞める以降に関心が向かう。
ともあれ、異次元金融緩和は、「いずれ、金融政策は金利が付く方向へ、つまり正常化に向かう」(某経済人)わけだが、要は、いつ、どのタイミングでそうなるのかだ。
岸田文雄政権は折しも、『資産所得倍増計画』を打ち出す。家計を支える個人の所得をいかに上げていくかという課題。
〝失われた30年〟の中で、日本はデフレ状況になり、企業は海外需要の取り込み、つまりグローバル化で生き抜く経営構造を構築してきた。
一方で、個人の所得は伸び悩み、大学新卒者の初任給も30年間で約3%程度のアップ、ほぼ横バイという状況で推移。
「賃金を上げられる企業は賃上げを推進してほしい」と岸田政権は産業界に呼びかけ、『新しい資本主義』の実践を訴える。
企業経営者として、こうした状況をどう捉えるか?
『新しい資本主義』の中で
「新しい資本主義は、成長と分配の好循環を目指すもの。確かに企業は収益をあげ、特にアベノミクス以降、大きく収益をあげられるようになっていった。ただ、その収益がなかなか社員に還元されずに、内部留保で貯まってしまっている」と中田氏。
企業の成長と家計の成長が両立していないという現実。
「本来、企業が成長して、家計も同じように成長していければいいですが、家計のほうになかなか分配が回っていないし、ゼロ金利でずっと封じ込められていたので、企業は成長しても家計が成長しない。だから、企業の成長と家計の成長を図る。そのために個人の資産所得を上げていく。そうやって企業と家計が一緒に成長できるように、両者の成長を好循環させていこうというのが新しい資本主義だと思うんです」
どう行動していくか?
「家計の成長をどうするかというのは、言われて久しい『貯蓄家から投資へ』という課題の解決ですね。貯蓄から投資へということで、岸田首相も言及されました。NISA(少額投資非課税制度)の恒久化など制度を充実させていくということですね」
貯蓄から投資へ─。このスローガンが言われて久しい。日本が戦後復興期を経て、高度成長期に入り、第1回東京五輪(1964)を迎える頃、国民の所得を上げようと、この言葉が使われ始めた。
しかし、大方の国民は『投資』より『貯蓄』を選好。投資の世界は株価の変動などで資産の増減が起こるとして、より安定性のある貯蓄を選ぶという流れである。
近年、この認識も変化し、自らの資産は自らの手でつくろうという動きが若い世代を中心に芽生えてきている。極端に言えば、1990年代初めのバブル経済崩壊後の30年余は〝失われた30年〟とされ、個人の生活防衛という意識が以前より高まったとも言えよう。
中田氏が言及したNISA、つまり少額投資非課税制度が構築されたのも、そうした個人のニーズに応えようということである。
現行のNISAは3つのタイプがあって……
税制面から個人の投資拡大を促そうというNISAは現在3種類ある。〝一般NISA〟、〝つみたてNISA〟、そして19歳以下の未成年者が対象の〝ジュニアNISA〟の3つである。
〝一般NISA〟は、上場株式などに年間120万円を上限に5年間投資できる。〝つみたてNISA〟は、金融庁の基準を満たした株式投資信託に年間40万円を上限に20年間投資できるというのが現在の設計。
〝ジュニアNISA〟は子供の進学や就職に備えて、子供のための資産形成を図ろうというニーズに応えたもの。これは年間投資上限額を80万円とし、非課税期間は5年という内容だったが、人気は余りなく、投資可能期間も2023年で切れる。
〝一般NISA〟、〝つみたてNISA〟のほうは、口座数が約1700万口座、買い付け額は約27兆円規模にまで広がりを見せている。
今後、「NISA制度の恒久化を図り、非課税保有期間の無期限化、そして年間投資可能額を拡大する」という方針を岸田政権は打ち出した。さらなる制度充実が図られることになった。
資産運用で日米の差はなぜ開いているのか?
このように新しい動きが出ているわけだが、直近の個人金融資産を見ると、2007兆円。この内、現金・預金は1102兆円で全体の54・9%を占める。
株式等は199兆円(全体の9・9%)、投資信託86兆円(同4・3%)、債権証券25兆円(資金ニーズのある自治体や企業が発行する債券、同1・3%)と、株式・債券類は合わせて全体の15%強に過ぎない。
ちなみに保険・年金・定型保険は538兆円(同26・8%)となっている。
米国の個人金融資産は約113兆ドル(2021年6月時点)。これを今の為替相場の1ドル・140円で換算すると約1京5820兆で日本の7倍強になる。この20年間で米国の個人金融資産は約3倍に増加。これに対し、日本は1・4倍の伸びにとどまる。なぜ、こうも差が開くのか?
米国の家計はリスク選考型、日本は慎重型だからと言ってしまえば、身も蓋もないが、資産運用では、リスクとリターンのバランスを取ることが大事だということ。
日本では、2013年初めからのゼロ金利政策の下、預貯金の利息がゼロ%に近い状態が10年近く続く。預貯金の元本は守られるものの、リターンはほぼゼロ。このような状況下で若い世代を中心に、資産運用に関心を向ける層が出てきたということ。
それにしても、資産運用での日米の差は大きい。米国は株式・債券での個人金融資産の運用が53%強、預貯金は11%強(日本は前述のように、株式・債券は15%弱、預貯金が55%強という構成比)である。
このことをどう考えるか?
「米国もいきなり、今の個人金融資産になったわけではないんですね。また米国のほうがリスク選好がある国民性なのかといったら、決してそうではなくて、米国も1974年に個人を対象にした税制優遇制度の退職金口座ができたんです。1981年にいわゆる確定拠出型年金ができた。それから40年、50年かけて、今の状態をつくってきたという歴史です」
中田氏は、日本においても、「『貯蓄から投資へ』は一朝一夕にできるものではありません」と強調し、「国民皆が使えるような制度づくり。それも長く使えるように、税制優遇制度をしっかりつくったうえで、20年、30年かけて取り組むべき仕事です」という思いを語る(インタビュー欄参照)。
確かに、旧来の年金制度に加え、老後に備えて積み立てを行う『確定拠出型年金』制度がつくられたのは2001年(平成13年)のこと。
また、個人が自分で老後資金をつくるための『個人型確定拠出年金』(愛称・イデコ=iDeCo)が設計されたのが2017年。さらに先述のNISAができたのは2014年、つみたてNISAは2018年とまだ歴史は新しい。
「これから何十年も長く使えるように、長期的な税制優遇制度を構築していただいて、それこそ長期戦略的に、『貯蓄から投資へ』をどうやっていくかということになります」と中田氏。
高齢者向けの資産運用は?
また、日本には、超高齢社会をどう生きるか─という社会課題がある。65歳以上の高齢者には、やはり高齢者対象の独自の商品設計が必要になってくると中田氏は語る。
「例えば70歳の人を相手に、いくらNISAが恒久化になったからといって、これから30年の計画で、NISAで運用しましょうというのはちょっと違うと思いますね」
つまりは、高齢者のコアの資産である預貯金をより活用したいというニーズに対しては、それにふさわしい受け皿的な商品が必要だということ。
先述のように、日本は世界1の超高齢社会。高齢化はハイスピードで進む。日本はすでに1970年、世界で初めて『高齢化社会』(65歳以上が全人口に占める比率が7%)になり、1995年に『高齢社会』(同14%)になった。
そして2010年には同比率が23%に達し、『超高齢社会』(同21%)に突入。現在は28%と3割近い人たちが高齢者という社会。「日本に必要なのは、超高齢社会のニーズにどう的確に応えていくかということです」と中田氏が次のように続ける。
「2000兆円の個人金融資産のうち、1100兆円が預貯金で眠っている。この構図が10年後、20年後も続く。この金融資産の7割近くを60歳以上が保有されるという構図はこれからも変わらないんですよ」
若い世代には、30年、40年の長期プランで資産形成をしてもらい、高齢者にはゼロ金利で利息を生まない状況で、少しでも運用でプラスアルファの利回りを追求する─という両面で仕事をしていく考えだ。
とにかく、世界は大激変の様相。「世界の経済、政治が目まぐるしく変わっていく中で、自分で判断していろいろやり取りするのは難しい。不可能です」
最近は、証券会社や信託銀行などに資産運用を丸ごと任せる『ファンドラップ』も存在感を増す。顧客も、プロに任せて一任契約したほうがメリットを得やすいということである。
顧客のライフプランに沿って、最適な運用スタイルを個別設計で提案する商品。国際分散投資などでリスクを抑えるなど、中長期視点での資産運用を図るというもの。
リスクを抑えるという意味では、ファンドラップに定期預金を加えるなど、様々な提案、商品設計ができるのが特徴。
「弊社では500通り位ある。ファンドラッププレミアムというのもあり、いろいろなニーズに応えて設計できます」
リスクのある時代に、リスクをどう抑え、顧客のニーズにそう応えていくか。ここは証券会社としても真価が問われるところである。
ビジネスモデルの転換を
ところで、世界(市場)はまさに混沌とした状況。
11月中旬には、暗号資産(仮想通貨)交換業大手のFTXトレーディングが米国の連邦破産法11条の適用を申請。負債総額は数兆円とされ、仮想通貨業界では過去最高の経営破綻となる。
また、メタやアマゾン・ドット・コムが1万人規模の人員削減を発表。さらにはテスラ創業者のイーロン・マスク氏は、買収したばかりのTwitter(ツイッター)の社員数を半分削減する方針を打ち出し、中には自発的な退職者が1200人規模で出るなど、米経済を牽引してきたネット業界も荒れ気味。
米国の景気後退に加え、欧州のスタグフレーション(不況下での物価高騰)、さらには中国経済のバブル崩壊で先行き不透明感が増す。
そうした中で国内の証券各社の業績も振るわない。2022年4―9月期の業績は、最大手の野村ホールディングスは純利益が184億円(前年同期比37%減)。大和証券グループ本社は純利益314億円をあげたが、前年同期比で37%減である。
みずほ証券の純利益は131億円(前年同期比63%減)、SMBC日興証券は相場操縦事件の不祥事が重なり94億円の赤字を計上。
欧米の金利上昇、急激な円安・ドル高など為替市場の混乱など市場環境の悪化で株式・債券、投信募集に伴う手数料収入での減収が響いた。
同社関係者は、今後の見通しについて、全体に不透明な市場環境が続くとしながらも、「顧客動向を見ると、明るい兆しもある」とする。
リテール部門のファンドラップ販売や外貨建て債・外貨建て預金の取り扱いが活発化しているのもその1つ。日本国内の企業業績を見ても、3分の1が最高益を計上しており、底堅い動きとの評もある。
2022年はウクライナ危機の発生、資源・エネルギー価格上昇をはじめとするインフレが高進、欧米の金利上昇が起き、市場の波乱を招いたが、「今年7―9月期が業績の底」と見る動きもある。
こうした混沌状況をどう生き抜くか─。中田氏は、「資産管理型ビジネスモデルへの転換」をこういう状況下だからこそ目指すと語る。
「フローの収益は多少下がっても、要は資産残高収益ですね。ファンドラップ純増だとか、投資信託とか外貨預金のように、ちゃんと資産を積み上げていく。それを強力に推し進めようと言っています」
従来の証券業は、株式や債券取引に伴う仲介手数料を得るというブローカレッジ業務でやってきた。
「これからは資産をマネージしていくことが目的で、マネージするために、例えばこのアセット(資産)を入れ替えたほうがいいというときに、ブローカレッジ(手数料)が発生するという位置付けです。目的と手段が全く変わってしまったということだと思います。資産をマネージする。お客様の資産を管理してマネージすることが目的で、そのために、例えばファンドラップを使うとか、そのためにブローカレッジが発生するという関係ですね」
稲盛和夫氏の『覚悟』に……
中田氏は1960年(昭和35年)7月生まれの62歳。1983年大和証券(現大和証券グループ本社)に入社。企画や人事畑を歩き、法人本部長、営業本部長、最高執行責任者(COO)などを経て、2017年に代表執行役社長・最高経営責任者(CEO)に就任という足取り。
社長就任5年余が経つ今、コロナ禍にあって思う事は何か?
「細かなビジネスのことはいろいろありますが、中期経営計画がコロナ禍の中でスタートし、社員の心が折れずにやってこれた。ロングタームのKPI(重要業績評価指標)へ向かって、くじけず、めげずに取り組んでくれている。途中、迷ったときもあったと思いますが、今のところ、そういう方向に向かって一生懸命やってくれています」
社長就任年6年目の今、経営者の決断として思い出されるのは京セラ創業者・稲盛和夫氏のことだと中田氏は言う。
大和証券は京セラの主幹事証券。中田氏は30代前半の頃、事業法人部に所属し、稲盛氏が興した第二電電(当時、略称・DDI、現KDDI)や京セラが出資したタイトー(ゲーム事業)を担当。
DDIが上場してしばらく経った1994年頃、まだマーケット環境が悪く、公募増資ができにくい時のこと。大和証券の役員や中田氏ら担当者が状況を説明していると、稲盛氏が言った。
「マーケット環境が悪いのは、自分も理解しています。ただ、こういう悪い環境でも、いい企業の株式が出されれば、それはちゃんと売れるということを世に知らしめましょう」
この言葉に、若き日の中田氏は感銘を受けた。厳しい環境下で、新しい投資に向かうときの経営者の決断、覚悟である。
「第二電電をつくられた経緯を見ても、私心なかりしかということを何回も自分に問われた。そして、世のため人のために第二電電の旗揚げをされたし、その思いを公募増資のときにも発揮されたと思っています」
証券界は今、DX(デジタルトランスフォーメーション)やAI(人口知能)活用で時代の転換期にある。
デジタル人材の育成、あるいは外部からのキャリア採用を含めて、『人』をどう育てていくかという課題。
「当社も創業120周年を迎えました。大和証券グループとしての揺るぎないDNA(遺伝子)、経営理念を大事にしながら、いろいろな人材が集まることで、いい意味での化学反応を起こしていきたい」
混沌とした状況にあって、「2023年の日本は世界で経済も成長率も相対的に高い。もう1回日本に投資を呼び込むことができる年だと思います」と語る中田氏。覚悟の年である。
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