第一生命HD・渡辺光一郎会長「産業構造が大きく変わる今、リスキリング、リカレントなど産学で教育の見直しが必要」
財界オンライン / 2023年1月5日 11時30分
「新しい産業構造、社会構造を創るためには『人』を変えなくてはいけない。それがリスキリングであり、リカレント」と話すのは、第一生命ホールディングス会長の渡邉光一郎氏。今、日本では岸田政権が「人への投資」を打ち出している。これは新たな産業構造の中で、雇用を流動化させて、成長産業に人を移動させるという考え方に基づく。その中で企業が意識すべきことは何なのか─。
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産学が連携して「リスキリング」を
─ 岸田政権は「新しい資本主義」を掲げており、その中で「人への投資」を強く打ち出しています。その流れで、変化に対応するために新しい知識やスキルを学ぶ「リスキリング」が注目されていますが、渡邉さんはこの流れをどう受け止めていますか。
渡邉 産業構造が大きく変わろうという時には、教育や学びの見直しがどうしても必要になります。
構造が変われば「人」も変わらなければなりませんし、人の学びも変わらなければなりません。このタイミングで「リスキリング」や、生涯を通じて学び続けるという「リカレント」が出てきたのは、歴史の必然だと思うんです。
ところが、このリカレントは、どうしても大学等での個人ベースの学び直しとして受け止められるような出方をしたこともあって、産業界と関連づけられた形にはなっていませんでした。実際に、リカレントによる習熟者は増えていません。
─ リスキリング、リカレントとも、産学が連携して取り組むべきものだと。
渡邉 ええ。経団連は「サステイナブルな資本主義」の実践に向けて、革新技術を最大限活用することで、経済発展と社会課題の解決を両立させるコンセプト「Society 5.0 for SDGs」を打ち出していますが、教育改革、産業構造の変革は、これからの時代を考えれば、産学が未来志向型で一緒にやっていく構図だと思うんです。
日本が目指すべきは、「Society 5.0 for SDGs」の先にある持続可能な社会、しかも「ウェルビーイング」(身体的・精神的・社会的に良好な状態)、多様な個人や社会の幸福感をつくり出すような社会にしていくということが方向性だと思います。
─ そこに向けて、日本全体として取り組む必要があると思いますが、経団連は国公私立大学のトップとともに「採用と大学教育の未来に関する産学協議会」(産学協議会、座長=十倉雅和・経団連会長、大野英男・就職問題懇談会座長)をつくって活動していますね。
渡邉 そうです。「Society 5.0 for SDGs」を目指すといった方向性は産学官で一致しています。これは日本の歴史上始まって以来のことではないかと思います。
DX、GXを担う人材を育成するために
─ その意味では、岸田政権が打ち出した「新しい資本主義」もそうですが、世界的に資本主義のあり方を見直す動きが出ていることも大きいですね。
渡邉 そうですね。ミルトン・フリードマン(新自由主義を代表する学者)的な「株主資本主義」で様々に出てきた問題を解決する方向性は、経団連が言っている「サステイナブルな資本主義」と同じで、資本主義をバージョンアップしながら、新しい構造にしていくのだということです。
その時に、「市場か、国家か」、「官か、民か」というような二択ではなく、市場も、国家も、官も、民も総合的にやる。これが新しい資本主義のバージョンアップなんだと。これが日本的なバランス論だと思うんです。今の教育も、「Society 5.0 for SDGs」も全てバランスです。
これは、「東西文明の統合化」という梅原猛さん(故人、元京都市立芸術大学学長)の考えとも一致するのではないかと思います。この異なる文化の統合は日本の得意分野ではないかと思いますし、その考え方が出ているのが「新しい資本主義」だと思います。
そのためにはイノベーション、スタートアップ、デジタルトランスフォーメーション(DX)、グリーントランスフォーメーション(GX)のような新しい構造に変えていって、そこに投資をしなければなりません。また、それらを担う人材をつくらなければいけない。だから「人への投資」だという構図なんです。
─ 日本が目指すべき将来像という全体感があってこそのリスキリング、リカレントなんだと。
渡邉 そうです。「人」を変えなくてはいけないということに至って、ここでリカレントが出てくるのです。
21年に、岸田政権が設置した「教育未来創造会議」の議論も、こうした考え方に基づいて進んでいますが、今日的に重要な整理をしてくれたと考えています。
先程申し上げたように、新しい産業構造、社会構造を創るためには「人」を変えなくてはいけない、「人」を育成しなければいけない。それがリスキリング、リカレントという概念だということが、明確に出てきたのです。
こうした意識の上に立ってリスキリング、リカレントが行われれば、新しい産業構造に向けて円滑な労働移動ができます。かつてのような「リストラ」ではなく、構造変化をしながら、そこに新しい人、スキルアップした人を移動させていくという考え方です。
─ 日本の構造改革と直結したリスキリング、リカレントだということですね。
渡邉 そうです。リカレントは、先程申し上げたように、主に大学を中心とした発想として出てきました。ところが、2020年の「ダボス会議」(世界経済フォーラム年次総会)で、『リスキリング革命』が発表されました。これは産業の構造変化、DXを推進するものとして打ち出され、世界的に注目されたのです。
リカレントが広い概念で、リスキリングは、その中の部分的な概念として出ているという整理の方がわかりやすいと思います。日本政府が打ち出しているリカレント教育は、リスキリングを包含した概念だと理解すればいいと思います。
大学院、博士課程の強化ともつながる
─ リスキリング、リカレントの効果を測ることも必要になるでしょうね。
渡邉 おっしゃるように、学び直しの成果の適切な評価の他、そもそも、リカレント教育をきちんと実行できるような環境整備や、学び直しの意欲がある人への支援が必要だと思います。
これは研修受講料の補助といった経済的な支援も含めてだと思いますが、特にこれまでは女性の学び直しの取り組みが弱かった。
例えば、15歳段階での男女の理系リテラシーを比較すると、ほとんど変わらないのに、高校、大学と進むにつれて変わってくる。それを強化しなければいけないという視点での女性の学び直し支援も出てきており、これは重要な取り組みだと思います。これは「リケジョ」(理系女子)の育成のような形ですが、大きな視点だと思います。
─ 以前から「生涯学習」という概念もありましたが、これとの違いをどう見ていますか。
渡邉 リカレントの位置づけは、方向性としては従来の生涯学習レベルの話に留まるものではなく、産学で取り組むものにしていくべきだと考えています。
この考え方は、大学院改革を審議している中央教育審議会大学分科会の中でも出てきています。博士課程への進学者は日本では増えていません。一時、これを増やそうとして「大学院重点化政策」などの取組がなされましたが、その結果「ポスドク」(博士号を取得した後、大学や研究機関において任期付きで研究活動をする非正規雇用スタッフ)問題という形で行き先がないという話になってしまいました。
一方で、欧米は企業と連動しますので、博士課程を出た人達が、企業人材としてどんどん入っています。日本企業の博士人材の少なさが、日本の弱さにつながっています。
これを強化するためには、大学院の強化、キャリアアップ、高度人材育成のための大学院という位置づけといった形で、どうしてもリカレントに結びつくんです。
この問題については、経団連の「夏季フォーラム」で、私が担当した分科会でもまとめたのですが、雇用制度と学びの世界、教育の世界が分離していたものを、どう循環構造にしていくか。つまり、「仕事と学びの好循環」をいかに実現させるかという問題意識です。
雇用制度が変わる中で…
─ 今、日本でも従来の「メンバーシップ型」から「ジョブ型」に移行する企業が増えてきています。こうした雇用制度との関係は?
渡邉 その意味で、日本型雇用システムに、もう少し柔軟性を持たせなければいけないと思います。柔軟性を持たせた雇用制度に変わると、円滑な労働移動を進めることが可能になるんです。この新しい産業構造への円滑な移動を実現する時には、どうしても「ジョブ型雇用」の要素を入れていく必要があるのだと思います。
グローバル化した企業は、役員層などから「ジョブディスクリプション」(職務記述書)を導入し、職務を明文化し始めています。
しかし、現段階の日本の雇用制度を前提とした場合、新入社員までジョブ型にできるかというと、やらない方がいいと思います。若年失業者が増えるだけです。国内の若年層の要素と、グローバル要素を分けるという考え方が、現実に出てきています。
欧州などは、社会構造がジョブ型となっているのですが、日本は、まずは雇用制度の見直しと合わせた段階論を取る必要があります。
─ 一律にジョブ型にするのではなく、自らの状況に合わせた導入が必要だと。
渡邉 ですから、そうした企業は「メンバーシップ型」とも「ジョブ型」とも言わず、「自社型雇用システム」という言い方をしています。日本は、それぞれのグローバル化の深度によって、メンバーシップ型とジョブ型を組み合わせる「自社型雇用システム」で行こうじゃないかというのが、経団連の整理です。
─ 自社の判断でハイブリッド型にしていくことも大事だということですね。
渡邉 ええ。ただ、この時にはコアの人材ゾーンの部分にはジョブ型を入れるべきだとも考えています。そしてそこにリスキリングやリカレントを導入していく。そうすると、その構造が全体で回るようになります。
政府は、こうした動きが産学で起きるようなリカレントの支援、大学の構造が変わるような支援をする必要があります。
それをリカレントと呼ぶかは別ですが、欧米の大学には、社会人がどんどん入っています。今の日本では、どうしても18歳の人達が行くイメージですが、リカレントが進んでいけば、大学はもっと社会に開かれた存在になるべきなんです。欧米の大学は、社会に開かれた存在になっています。今、日本の大学も、ようやく、その方向に動き出しました。
─ 長くメンバーシップ型が定着してきた日本にジョブ型が入ってきているわけですが、雇用の流動性が高まる中での企業と個人の関係をどう考えますか。
渡邉 大事になるのはエンゲージメント(良好な関係)の強化です。企業の外に人材が出て行ってしまうから教育しないという考え方ではなく、社会全体で教育をしなければいけないということです。
仮に企業の外に出て行ったとしても、また戻ってくるなど、循環すればいいのだと思います。
ある経営者の方が、経団連の会議で「当社は『いずれ戻ってこい』といって、喜んで送り出すけれども、そうすると本当に戻ってくるんです」という話をされていました。
そうした柔軟な姿勢の企業であれば、当然いい人材が集まってきます。グローバル競争をする企業の経営者には、こうしたセンスが求められます。給与を上げることや、社内の教育制度の充実も必要です。
エンゲージメントを高める経営をすれば、送り出した後でも、その経営に憧れる優秀な人材が集まります。こうした好循環を作り出すことが、これからの企業に求められていると思います。
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