【初の外国人社長】三菱ケミカルグループ・JM・ギルソンの「サステナブル戦略」、CO2原料化など推進
財界オンライン / 2022年12月28日 18時0分
「脱炭素技術の確立に最善を尽くす」─三菱ケミカルグル―プ社長のジョンマーク・ギルソン氏はこう話す。21年4月に、初めての外国人として社長に就いたギルソン氏。長年の課題である「石化再編」と同時に、長期課題である「脱炭素」に向けた技術開発を進めるなど「攻めと守り」の両面が求められる。改革はどこまで進んでいるのか。
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「改革の中で軋轢はあって当然」
「『外国人CEOが好き放題にやろうとしているのではないか』という疑いの目で見られた面もあった」と振り返るのは、三菱ケミカルグループ社長のジョンマーク・ギルソン氏。
2021年4月に同社初めての外国人社長として就任したギルソン氏。前会長の小林喜光氏(現東京電力ホールディングス会長)と対面することなく、指名委員会の指名プロセスで選任されたことも、そうした見方に拍車をかけた。
「それ自体は気にはしなかったが、就任から1年以上経って、見方が変わってきたのではないかと思う」とギルソン氏。
就任後半年は「社内を観察する時間に充てた」という。その後、後述するような様々な改革案を打ち出してきたわけだが、23年はいよいよ実行フェーズに入る。
「社員の意識を変えるには時間がかかるし、中には抵抗する人も出てくるだろう。しかし、それは当然のこと。中で多少の軋轢があったとしても、我々は今、正しい方向に進んでいる」
だが、足元では様々なリスクにさらされる。22年に入ってすぐは、コロナ禍が継続し、インフレ傾向が出てくる中でも製品への需要が戻ってきていた。
だが、22年2月、「ウクライナ戦争が起こり、我々のようなエネルギー多消費産業にとっては、全てが変わってしまった」とギルソン氏。
好転に向かっていた事業環境も、ウクライナ戦争が起きてエネルギー価格が高騰。コロナに関しては中国での感染が継続しており、収まる気配を見せない。それによって戻ってきていた需要も減少傾向。
「マルチなリスクに見舞われている状況で大変な環境にある。リスクが1つ、2つの時には何とかなるが4つ、5つとなると対処が難しくなる」とギルソン氏は危機感を見せる。
特に、エネルギー価格高騰を製品価格にいかに転嫁するかは、多くの製造業にとって重要な課題。三菱ケミカルグループはどう対応しているのか?
まず、プラスチックやポリエステルなどの汎用品の価格改定は、エネルギー価格に連動して比較的受け入れられやすいが、これは需要の強さ、弱さも関わってくる。
例えば、三菱ケミカルが手掛け、世界シェア約4割の「MMA」(アクリル樹脂原料)は需要を供給が上回っている状況。特に中国で供給過剰が起きており、価格下落が起きている。
欧州は、ウクライナ戦争によるエネルギー価格高騰が直撃し、工場の稼働が落ちているが、「そこに対して中国がMMAを輸出することで供給過剰、価格下落が世界に広がるという事態になっている」(ギルソン氏)
一方、スペシャルティ(機能性)の製品群は世界中で値上げができているという。「今の世界経済の状況と比べても堅調なビジネスができている」。グループの日本酸素ホールディングスが手掛ける産業ガス事業でも価格改定が進む。
「今期は現時点までで、チームとして非常に堅調な、いいビジネスをしている状況にあると思う。エネルギー価格高騰が続く中で、どうやったら価格を上げられるのかについて『学び直し』をしている」とギルソン氏。
脱炭素に向け「CO2」を原料に
リスクの多い経営環境下にありながら、三菱ケミカルを含む日本の製造業は、GHG(温室効果ガス)を2030年に13年度比46%減、2050年には「脱炭素」という大きな目標の達成が求められている。これは投資先行で、なかなか利益には結びつきにくい取り組みだけに、難しいカジ取りが求められる。
「2030年の目標はクリアに見えており、達成していきたい。しかし2050年となると明瞭さが失われる。その間に新たな技術の開発を期待している」
また、ギルソン氏はGHG削減に必要なこととして、2つの要素を挙げる。
第1に「グリーン電力の購入」。これには日本政府が原子力発電所の再稼働、新設に踏み切るかも大きな要素となるが、購入に対するインセンティブを付けることも必要になるかもしれない。「原子力発電なしには、日本全体として目標の達成は難しいだけに再稼働は必須の条件」
第2に自社のエネルギー転換。例えば、設備投資額の10~15%を投じて、現在石炭焚きのボイラーをLPG(液化石油ガス)に変えていくといったことが考えられる。さらにその先には水素やアンモニアへの転換も考えられるが、いずれにせよ大きな投資が必要。
「我々が今後、この分野で行う投資はリターンを求めてのものではない。稼働している設備を切り替えるなど、脱炭素には経済的コストがかかるものだということを理解してもらいたい」
一方、将来に向けた技術開発も続けている。三菱ケミカルは長年にわたって「人工光合成技術」の開発を進めてきた。これはCO2、太陽光、水素から化学品原料を製造するもので、悪者とされるCO2を「原料化」する重要な研究。
「脱炭素に向けては、エネルギーの効率化に加えて、原材料にも着目する必要があると考えている。人工光合成はその中の技術の1つだが、技術開発が非常に難しく、実現までには時間がかかる。商業化に向けてはエネルギー効率を現在の1%から、最低でも10%にまで引き上げる必要がある。実現はまだ約束できないが、最善を尽くす」
ギルソン氏は21年4月に社長に就任して以降、様々な場面で「低炭素社会で勝者になる」と訴えてきた。「そのメッセージは今も変わっていない」としながら「化学業界が、その方向に向かうことは間違いないが、どのように達成していくかが焦点になっている。さらに明確化、具体化していかなければいけない」と続ける。
日本の長年の課題「石化再編」はなるか
ここまでの間、ギルソン氏は自社にある全ての事業の見直しを進めてきた。その際には「事業が成長しているか・成長させることができるか」、「自らに能力がある事業かどうか」、そして「サステナブルであるかどうか」という3つの基準で判断。
特に3つ目の基準は、脱炭素に向けて貢献できる事業なのか?を問うもの。「1つ目、2つ目の基準はよくても、3つ目の基準をクリアできない事業があった」(ギルソン氏)
その見直しの中でプラスチックの原料となるエチレンなどを生産する「石油化学事業」、製鉄用コークスなどを生産する「炭素事業」を「切り出し」する方針を決めた。これは21年12月に打ち出された。
特に石化事業の分離に対しては、業界内に驚きが走った。なぜなら、石化再編は化学業界にとって「古くて新しい課題」であり、なかなか進んでこなかったという現実があったからだ。
石化再編の必要性が叫ばれたのは、汎用品が多いことで収益性が低いこと、原料価格の動向など景気に左右されやすいこと、そして日本の人口減少で市場が縮小する恐れが強いことなどがあった。経済産業省も長く再編を促してきた。
その流れの中で、三菱ケミカルは茨城県鹿島で2基あったエチレンクラッカーを1基に、三菱ケミカルと旭化成が共同運営する岡山県水島で、同じく2基を1基にしてきた。
また、化学メーカーが集積する千葉でも丸善石油化学、住友化学、三井化学の合弁「京葉エチレン」から三井化学が離脱、住友化学が自社のエチレンクラッカーを停止して京葉エチレンからの調達に切り替えるという取り組みを進めてきた。
それでも、日本にエチレンセンターが多すぎるのでは?という声はやまない。ただ、再編に対しては、他の化学大手首脳からは様々な声が出る。
「それぞれの会社でエチレンクラッカーの位置づけが違い、『多すぎるから減らそう』という単純な話では済まない」(総合化学大手首脳)、「エチレン生産が事業と結びついている。地域との関係もあり、自社運営を続けていく」(別の総合化学首脳)
対してギルソン氏は「今後、エネルギー自体を転換、トランジション(移行)していかなければならない時。その観点で見た時に石化事業、炭素事業の切り出しを決めた。必要があれば他社とも融合させていく。それによって、残りの事業に注力していく」と話す。
ただ、炭素事業の切り出しは方向性が固まっているものの、石化事業については、当初は売却も含め、グループから完全に切り出す方針だったものから、その後台頭した「経済安全保障」の観点で日本に必要だということなどから、少し修正が加えられているようだ。
「石化事業は、一部資本を残すことを考えている。ただ、その時には出資比率は50%以下に抑えたい。いいパートナーを見つけて、十分な規模を持ち、その事業自体が自分の足で立てる強い会社となって自立していく形も考えている」とギルソン氏。
前述のように、長年石化再編が進んでこなかったことに対してギルソン氏は「業界の誰もが『何とかしなければいけない』と思っている状況。これは25年前の鉄鋼業界と同じ」と指摘。
鉄鋼業界では02年に川崎製鉄とNKKの統合でJFEホールディングスが誕生以降、再編が加速。12年には新日本製鉄と住友金属工業の統合で新日鉄住金(現日本製鉄)が誕生、現在高炉メーカーは神戸製鋼所を加えた3社に集約された。ギルソン氏は、化学業界でも石化事業を集約させ、環境変化に耐えられる企業体を生み出したい考え。
「私がなぜ、石化再編に向けた発信をしたかといえば、自社の事業見直しに適用した3つの基準に照らして考えた時に、業界自体も再編しなければならないと考えたから。私達は日本で最大の石化事業を持っている企業として、再編プロセスを推進していく責任がある」
他の化学大手などは前述のように各論では様々な意見を持つが、再編が必要だという認識では一致しているとし、経済産業省も同様だとする。
「各社がリストラをしなければいけないところまで待ってはいられないし、その段階になったら遅すぎる。積極的に、先手を打つ形で行動を起こしていきたい。その中で1社でも2社でも、強い会社が生まれればいいと考えている」
今後はギルソン氏が投げた「ボール」に他の化学メーカーがどう応えるかが問われる。
かつての主力事業を切り出す一方、今後注力していくのはエレクトロニクス、半導体、自動車、ライフサイエンスなどの機能性商品。
注力事業として選んだ主な理由として、先程の3つの基準をクリアしていることに加え、「1つの地域ではなく、グローバルに展開しているビジネスであること」を挙げる。
「これらの事業は炭素の排出が少なく、大量のエネルギーも必要としない。我々が掲げる中長期経営基本戦略である『KAITEKI Vision30』にも合っている。地球、全ての人にとって『KAITEKI』なものを提供していける事業」
その意味で、ギルソン氏の改革は緒に就いたばかり。
「改革には時間がかかることは認識している。会社は大きな船のようなもの。進行方向を変える時には、カジを切るのに時間がかかる」
「外国人CEO」が日本最大の化学メーカーをどう変えていくのか。社内外が注視している。
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