【倉本 聰:富良野風話】吹雪
財界オンライン / 2023年2月5日 7時0分
例年にない大雪で東北から上越は大変なことになっているらしい。
【倉本 聰:富良野風話】墓仕舞い
吹雪に閉じこめられ、十何時間も車の中に閉じこめられたお気の毒な方々の報道が12月20日の今朝も朝からテレビに流れている。
吹雪に閉じこめられた恐怖と孤独。
経験したものにしか一寸判るまい。僕には何度かその体験がある。
26年間続けた富良野塾という私塾。その塾地は家から二十数キロ。十勝山系の山合いの谷にあり、僕は毎晩車を馳って、夜その塾地に1人で通った。ルートは2つあり、八幡丘という丘陵地帯を走る道と、麓郷という小さな聚落を経由して谷間を走る川沿いの道である。授業は毎晩夜行うから、帰路に着くのは深夜の12時前後。普段は八幡丘の道を通るのだが、吹雪の夜は吹きっさらしのその道を避け、麓郷を通る谷間の道を選んだ。
その夜は遅くから雪が降り出し、11時過ぎから猛吹雪になったので、いつものように麓郷の道を選んだ。ところがその夜の吹雪は厳しかった。
塾地のある谷から村道まで2キロほど。もうその間の道が吹きだまりを作り、頑丈な四駆車が何度もスタックした。いつもなら5分ほどで抜けられる道を10分以上かけてやっと抜け出し、アスファルトの村道を右へ曲がって麓郷方面に走り出した頃から、吹雪は本気で僕を標的にし始めた。
日中でも交通量の殆どない道。まして、そんな時間に通る車などない。
吹雪の恐ろしさは降ってくる雪より、地上に積もった雪を風が舞い上げる、ホワイトアウトの恐怖である。たちまちその白一色の世界に巻きこまれた。こうなると、もうカンで走るより方法がない。
除雪のための標識として立つ赤白まんだらのポールだけが頼りだが、そのポールさえ目をこらさないと見えない。道の両側は吹きっさらしの畑地だから、そこへ落ちないように、ゆっくりゆっくり次のポールを求めて走る。村道へ出てから平時なら10分もあれば麓郷の聚落へ着ける筈の道が、15分たっても20分たっても聚落の影が現れない。
道をまちがえる筈はないのだがと、不安に襲われた次の瞬間、目の前にいきなりバスと覚しき大型車のテールライトがボオッと現れ、思わず反射的にブレーキを踏んだ。吹きだまりにつっ込んだ回送中のバスだった。風に押しつけられた扉を押し開け、車から出てバスの運転席を叩いた。
窓が少し開き、運転手が怒鳴った。ダメだァ!この前に3台ほど車が埋まってる!どうにもならん!待つしかねぇわ!それで車によろめきつつ戻り、必死に扉を開き、中へ倒れ込んだ。轟という吹雪の轟音と風にゆらゆらと動かされる車体。エンジンを切り、ライトだけつけて後続車の衝突を避ける手配だけをしたら揺れる車体が船酔いに似た症状を起こさせ、思わずウッと吐き気を催した。雪がどんどん車体を埋め始める。あの夜の恐怖は今も忘れない。
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