大和証券グループ本社・日比野隆司会長に直撃!「『貯蓄から投資へ』、今回は本物ですか?」
財界オンライン / 2023年1月23日 7時0分
「今は局面が大きく変わりつつある激動期」と話すのは大和証券グループ本社会長の日比野隆司氏。コロナ禍、地政学リスクなどで世界経済の先行きは混沌としている。その中で日本が成長をするために何が必要か。今、岸田政権は「貯蓄から投資へ」を促す政策を打ち出したが、日比野氏は「成長企業に資金が回るような環境づくりを同時に行うべき」と訴える。
中国経済の変調が世界経済のリスク
─ パンデミック、地政学リスク、インフレなどを背景に、世界経済が非常に混沌としています。こうした状況下で今後をどう見通しますか。
【貯蓄から投資へ】大和証券グループ本社・中田誠司社長 「米国は40年かけて投資環境を築いてきた。日本も『30年計画』で取り組みを」
日比野 地政学リスクも複雑に絡み、市場予測がこれほど難しい状況も珍しいと思います。
様々なリスク要因がありますが、世界経済を見た時に、まず挙げられるのが中国経済の変調です。行き詰った不動産会社がいくつも出てきているなど、変調を来しているのは間違いありません。中国に関しては、正確な情報が不足していることが、不透明感につながっている訳ですが、世界経済とは全く異なる動きになっていると言えます。
─ 恒大集団が危機に陥るなど、不動産市場がおかしくなっていますね。
日比野 はい。他にも地方政府の債務など財政問題もあります。ここまで、やや無理やり成長を支えてきた歪みが徐々に露呈してきており、今後、その代償を払う可能性があると見ています。
また、これまで続けてきた中国の「ゼロコロナ政策」も経済成長率を大きく落とした要因の一つと言えます。
それ以外にも、習近平政権が格差解消のための政策として掲げた「共同富裕」では、民間企業の成長を抑えながら、国営企業をサポートしているため、効率や成長という観点ではマイナスです。
そのような観点で、習近平政権3期目の経済政策は、あまりいい方向に向かっているようには見えませんので、2023年以降のリスク要因として、まず挙げたいところです。
─ 中国は米国にとっても日本にとっても貿易相手国として大きいですから、その経済状況の悪化はかなり響きますね。
日比野 米国は民主党でも共和党でも、貿易面での対中戦略はほぼ同じです。中国経済の悪化が日米に与える影響は非常に大きいのではないでしょうか。
尚、日米以外のアジア諸国も中国経済の影響を強く受けますが、一括りにはできません。例えばインドは独自のポジションを築いています。中国とは歴史的に紛争がありながらも、足元で先鋭的に衝突しているわけではなく、経済的な依存度も高くありません。
─ Quad(日米豪印戦略対話)に参加しつつ、中国、ロシアにもパイプがあると。
日比野 インドは全方位の外交を展開しています。人口が多く、GDP(国内総生産)も緩やかながら着実に成長しています。その意味で日本はインドを含めたアジア諸国と経済的な連携を強めるというのは、一つの方策だと思います。
─ 中国経済以外にリスクはありますか。
日比野 ロシアによるウクライナ侵攻に伴うエネルギーや食料価格の高騰、世界的なインフレ圧力も引き続きリスク要因として挙げられます。その観点で言えば、グローバルなサプライチェーンの再構築の動きは当面続くことになると思います。
─ 安全保障を睨んだ動きですね。
日比野 そうです。よく言われるように企業は「ジャスト・イン・タイム」から「ジャスト・イン・ケース」(万が一に備えて)に軸足を置いた経営になっていくでしょう。
尚、アジアでビジネスを展開する各国企業には、時間軸を長く持った経営が求められていると思います。当面のビジネスも考えなければなりませんし、ジャスト・イン・ケースも考えなければなりません。この両者のバランスを取ることが大事です。
─ ジャスト・イン・ケースということは、効率以上に危機管理の重要性が増してきたと言えますね。
日比野 冷戦終結後の、グローバリゼーション一本槍で良かった時代は終わったということです。世界の枠組みは、第2次大戦後で一番の転換期にあると思います。
また、かつては「政冷経熱」と言われましたが、今は経済安全保障が大変重要なテーマになっているように、政治と経済が一体化してしまった。その意味でも局面が大きく変わりつつある激動期です。
市場機能の開放が大きなテーマに
─ 日本ではアベノミクス以降、金融緩和主導で株価を上昇させてきましたが、成長戦略を実行に移せていません。
日比野 民間企業の活力、アニマルスピリッツ、あるいは新興企業のアントレプレナーシップを刺激し、それが育つような規制改革が望まれており、今後進捗を期待したいところです。
その中でも最も重要と言われるのが労働移動です。セーフティネットを張りながら、世の中の変化と共に人が動いていく。つまり、生産性の低いところにいる人を生産性の高いところに移す必要があるということです。それに伴って「リスキリング」が叫ばれているのは、いい兆候だと思います。
─ 23年は日本銀行の総裁の交代に伴い、金融政策も変更されるという観測がありますが。(本インタビューは11月10日実施)
日比野 日本がこの10年間取ってきた金融政策がどう転換されていくかということが、最大の注目点です。
16年9月に導入した、10年債の金利を0・25%以下に抑える「イールドカーブコントロール」で債券市場の機能の一部が弱まっています。また、日銀によるETF(上場投資信託)の保有額が50兆円を超えて日本企業の大株主になったことで、株式市場の機能も部分的に損なわれている可能性があります。
さらに、為替介入を通じて抑え込まれた為替市場と合わせ、市場機能をどう修復していくかが問われます。
─ 史上最短で退陣した英国のトラス政権は、まさに「市場の反乱」によって政権が吹き飛んだ形ですね。
日比野 はい。お金の暴走はよくありませんが、市場が発するメッセージを抑え込んではいけないと思います。
足元の急激な為替変動には、内外金利差はもとより、投機マネーや地政学リスク、我が国財政などを含む様々な要因が背景に挙げられます。目先の為替動向もさることながら、地政学リスクなどと向き合いつつ、日本の持続的成長をどう実現していくかといった本質的な議論が進むことを期待しています。
─ 英国の前政権は短命に終わりましたが、長年の成熟国である英国から日本が学ぶべきことは?
日比野 英国では、市場機能が尊重されており、その機能が存分に発揮されている点です。英国では非常によくお金が活かされていると言えます。例えば、ESG(環境・社会・ガバナンス)投資が盛んで、企業経営にESGがきちんと組み込まれています。
また、オックスフォード大学は世界の大学ランキングでトップになることもある名門ですが、大学においても資金が回っています。オックスフォード大学で行われている基礎研究には国も支援していますが、ベンチャーキャピタルや世界中の投資家も資金を投じています。研究開発の段階でシーズを見つけ、そこに資金を付けて起業をサポートし、さらに成長資金を投じてイグジットする。この高いリターンをさらに投資に回していくという循環ができています。
─ 投資資金がきちんと回っているということですね。
日比野 はい。これは英国の優れた部分だと思います。日本は残念ながら個人金融資産が約2000兆円ありながら、うち約1100兆円がゼロ金利で現預金に張り付いています。一方、英国はリスクを当然のものとして受け入れて、お金を回していくことが根付いています。これは学ぶべき点だと思います。
政権トップが初めて「貯蓄から投資へ」を打ち出す
─ 日本ではようやく岸田政権が「貯蓄から投資へ」に向けて動き出しました。
日比野 政権トップが具体的に「貯蓄から投資へ」の推進役となるのは初めてのことですから、我々もしっかり受け止めて取り組みます。
NISA(少額投資非課税制度)の拡充を機に資産所得倍増プランを進める必要があります。また、重要なことは国内企業の成長、イノベーションの創出を進めるための政策を同時並行で推進していただくことです。
併せて大事なのが金融教育です。金融リテラシーが高まれば、資本市場のレベルも上がります。NISA拡充はゴールではなく、これを使って日本再生につなげていかなければなりません。
例えば、若い世代がつみたてNISAで投資をしていますが、その多くが米国のS&P500のインデックスに投資されています。投資パフォーマンスが上がれば、それが消費の原資となり将来不安の解消にも寄与しますので、それはそれで良いわけですが、願わくば、日本の成長産業、新興企業に直接資金が流れ、技術革新や成長投資を後押しするような好循環につなげていきたい。
資産所得倍増プランは、家計側だけではなく、産業側、日本企業の隆盛、国力の再興につながるような同時並行の政策が非常に重要になると思います。
─ 税制面でのサポートも重要になりますね。
日比野 今回の税制改正大綱では、スタートアップに投資する個人投資家が税優遇を受けられる「エンジェル税制」が拡充される見込みです。投資家のキャピタルゲインをスタートアップへの再投資や起業に使う場合、20億円までは売却益に課税しないとしています。
また、経団連では22年3月に「スタートアップ躍進ビジョン」をいう提言を出しています。その中では、2027年までにスタートアップの裾野(起業の数)を10倍にするとともに、最も成功するスタートアップのレベル(時価総額)も10倍に高める「10X10X」という野心的な目標を掲げており、この中で税制に関する要望も出しています。
─ 賃上げに関するムードが高まっていますが、この流れをどう捉えますか。
日比野 非常にいいことだと思います。コロナ禍でダメージを受けた業界も、少しずつ状況がよくなり、業績が上がるようになっています。ですから賃上げの要求に応えられる体力のある企業は、ぜひやるべきだと思います。
日本はアベノミクスが始まって以降のこの10年、企業収益は伸び、企業の配当総額が2・5倍になっているのに、従業員の給与は6%しか上がっていません。株主への配当と人的投資とのバランスを考える必要があります。人手不足の時代を迎えますから、今春の賃上げを持続的な成長につなげていく必要があります。
持続的社会に向けた投資で「アジアのハブ」に
─ 日本は「国際金融センター」構想を掲げながら、未だに道半ばです。推進に向けて、何が必要だと考えていますか。
日比野 様々な整備はしていますが、英国のシンクタンクによる世界の国際金融センターランキングは、アジアではシンガポールが3位、香港が4位、東京が16位というのが現状です。
国際金融センターの実現に向けて打ち出すべき施策は「サステナブル・ファイナンス」など、CO2削減に貢献するファイナンスだと考えています。カーボンニュートラル実現に向けては、日本では今後10年で150兆円超、世界で見ると桁がもう一段上がった膨大な資金が必要となります。
アジアの「ハブ」として、ドルでのサステナブル・ファイナンスができるようになることが重要だと思います。
─ 日本は海外の人達にとって食事や親切さの評価が高い一方、税金や英語対応などに課題があります。
日比野 プライベート・エクイティ・ファンドのマネージャーなど、優秀な外国人が集まるには、まず住環境の整備が重要です。日本は平和で安全な国ですが、外国人受け入れのためには、加えて教育や医療の充実も進めるべきです。
例えば、英国には約220兆円の運用資産残高を誇るリーガル&ジェネラルという資産運用会社があります。この会社はオックスフォード大学にコミットし、海外から来る留学生や教師の住環境を整える役目も果たしています。このような「ペイシェント・キャピタル」(忍耐強い資本)と言われる資金が、長期的視点で大学をサポートすることが地方創生にも繋がっています。
─ 日本にもこうした資産運用会社が必要だと。
日比野 そうですね。超低金利に張り付いた巨額の金融資産を解き放ち、金融資本市場を通じて新しい未来を創造するドライバーとする。そういった動きを日本でも期待したいですね。
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