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【政界】岸田政権の正念場 経済再生、安全保障、そして財政難をどう解決するか?

財界オンライン / 2023年2月9日 7時0分

とうとう「危険ゾーン」にズカズカと illustration by 山田 紳

首相の岸田文雄のもと日本は戦後の安全保障政策の大転換に踏み出す。相手国のミサイル発射拠点をたたく反撃能力(敵基地攻撃能力)の保有をはじめ、自分の国は自らの手で守るという姿勢への転換である。ただ、防衛費増額の財源を巡っては自民党に増税反対の大合唱が起こり、岸田の政権基盤の弱さが露呈した。将来の国力を左右する少子化対策など2023年に先送りした重要課題も少なくない。岸田にとって正念場の連続となりそうだ。

【政界】立て直しに向けて内閣再改造論が浮上 政治リーダーとしての真価問われる岸田首相
狂ったシナリオ
 政府が外交・防衛政策の基本方針「国家安全保障戦略」など安保関連3文書を改定し閣議決定した昨年12月16日、首相官邸で記者会見に臨んだ岸田に高揚感はなかった。

「防衛力の抜本強化に向けては1年以上にわたる丁寧なプロセス(で検討)を行ってきた。問題があったとは思っていないが、国民にさまざまな意見や指摘があることをしっかり受け止めなければならない」

 1年前の12月6日、岸田は国会での所信表明演説で「国民の命と暮らしを守るため、いわゆる敵基地攻撃能力も含め、あらゆる選択肢を排除せず現実的に検討し、スピード感をもって防衛力を抜本的に強化していく」と訴えていた。

 台湾への軍事的圧力を強める中国、核・ミサイル開発を進める北朝鮮に加え、昨年2月にはロシアがウクライナに侵攻。日本を取り巻く安全保障環境が悪化する中、防衛力強化に着手した岸田の判断は間違っていなかった。

 ただ、予想していなかったことが起きる。昨年夏の参院選に影響が及ぶのを懸念した岸田は「内容、予算、財源を年末に一体的に決める」と具体策への言及を避けていたが、参院選の最中に安倍が銃撃され死去。それをきっかけに世界平和統一家庭連合(旧統一教会)と自民党との長年の関係に批判が高まり、岸田政権は夏以降、対応に忙殺された。内閣支持率は低迷し、防衛力強化を落ち着いて検討する余裕はなかったのが実情だ。

 そのツケは確実に回ってきた。防衛費と関連経費を合わせた27年度の予算水準を22年度の国内総生産(GDP)比で2%に増額する方針を岸田が決断したのは昨年11月末。さらに12月5日には、23~27年度の防衛費の総額を43兆円規模にするよう防衛相の浜田靖一と財務相の鈴木俊一に指示した。

 約48兆円を見込んだ防衛省と30兆円台半ばに抑えようとした財務省の間を取った形で、確たる根拠があるわけではなかった。

 極めつきは岸田が12月8日の政府与党政策懇談会で提起した1兆円の増税方針だ。安倍が生前、防衛費増額に国債を活用すべきだと主張していたこともあって、自民党安倍派は大反発し、一時は政権の存続が危ぶまれる事態にまで発展した。

「5年間は国債も」
 自民党政調会長の萩生田光一は政調全体会議を緊急招集。出席議員の7割は増税に反対し、萩生田が「増税するぐらいなら軽減税率をやめればいい」と発言すると大きな拍手が起こった。

 消費税の軽減税率による減収額は1兆円程度とされており、これを廃止すれば増税の必要はないというわけだ。消費税率10%への引き上げに伴って導入した経緯から公明党が容認する可能性はなく、「際どい冗談」という受け止めが大半だったが、自民党内で増税への拒否反応はそれほど強かった。

 閣僚からも異論が出た。岸田が「所得税について個人の負担が増加するような措置を取らない」との考えを示したことで法人税に注目が集まったが、経済産業相の西村康稔は記者会見で「経済界が投資と賃上げに意欲を示している。このタイミングでの増税には慎重であるべきだ」と表明。

 経済安全保障担当相の高市早苗も自身のツイッターで「賃上げマインドを冷やす発言を、このタイミングで発信された総理の真意が理解できない」とかみついた。萩生田、西村、高市はいずれも安倍に近い。

 岸田の周辺は「党内で騒いでいるのは安倍派ばかり。それに押されて国債発行を認めたら岸田政権は終わる」と警戒を強め、岸田は昨年12月10日の会見でも、将来にわたって防衛力を維持、強化するには安定した財源が不可欠だとして「国債で(賄う)というのは未来の世代に対する責任として取り得ない」と断言した。

 国債を否定されたら増税反対派は後に引けなくなる。台湾を訪問中だった萩生田は慌てて岸田に電話で真意を確認した。岸田の答えは明快だった。「27年度以降は国債を使わないという意味だ」

 納得した萩生田は同行記者団に「首相はGDP比2%(の防衛費)を確保した後のことをおっしゃったと思う。この5年間はあらゆる選択肢を排除しないで、例えば国債も排除しないで、1日も早く防衛力を高める」と説明した。何のことはない。落としどころはすでに用意されていたのだ。

 23年度から5年間で43兆円程度を確保するには、新たに約16兆円が必要になる。このうち約11兆円は歳出改革や決算剰余金など増税以外で確保し、残りの大半は段階的な増税で賄う。それでも不足する約2.5兆円は建設国債などで工面する─。自民党のお家芸のような玉虫色の決着だった。

 政府はこれまで建設国債を防衛費には使わないという立場を堅持してきた。今後、自衛隊の施設整備などに約1.6兆円の建設国債を充てるのは大きな方針転換だ。しかし、その是非が政府内で十分に検討された形跡はない。

「負担増」否定に躍起
 防衛費増額のための増税対象は法人税、所得税、たばこ税だ。法人税は税率を変えず、本来の税額に4~4.5%を上乗せする。所得2400万円程度以下の中小企業は対象外。当初は控除額1000万円で調整していたが、自民党が押し返した。政府筋は「いろいろな意見を踏まえて中小企業に配慮した」と語る。

 実際に増税になるのは全法人の6%弱とされる。それでも経団連会長の十倉雅和は「企業が社会の一員として負担するのはやぶさかではないが、広く薄くというところでちょっと法人に偏ったかなという感じは正直ある」と記者団に本音を漏らした。

 より議論が紛糾したのは所得税だ。岸田は「個人の負担を増加させない」と縛りをかけたにもかかわらず、狙い撃ちしたのは東日本大震災の復興財源として37年末まで所得税に上乗せされている復興特別所得税。

 税率を現行の2.1%から1%引き下げ、その1%分で防衛費に充てる付加税を新たに設ける。トータルの税率は変わらないものの被災地では不満が渦巻いた。

 復興相の秋葉賢也は岸田に「復興財源を削って防衛費に回すのではないというメッセージを発してほしい」と直訴。岸田も「復興財源の総額は確保する」と応じた。ところが、総額を維持するために出した答えは課税期間の延長だった。

 首相官邸幹部は「負担をどう定義するかだ。単年度の所得税の負担は変わらないのだから、首相はうそをついていない」と解説したが、どう言い繕おうとも、延長した分だけ所得税の負担は増え、岸田の当初の方針からは外れる。そのうえ、23年度与党税制改正大綱では延長幅を「復興財源を確保するために必要な長さ」とあいまいにした。

 与党大綱では3税の増税時期も「24年以降の適切な時期」と記述し、結論を先送りした。安倍派の閣僚経験者は「ここで政局にするわけにはいかない。いい落としどころだ。安倍さんも生きていたら、防衛費の増額分を全部、国債で賄えなんて言わなかったはずだよ」と胸をなで下ろした。

 同派は安倍の後任会長選びを棚上げして分裂を回避するのに精いっぱいで、派閥の総裁候補を一本化できる状況にはない。本気で「岸田降ろし」をするつもりは最初からなかったのだ。

 政府が安保関連3文書を改定した直後の昨年12月17、18日の毎日新聞の世論調査で、内閣支持率は発足以降最低の25%に落ち込み、不支持率は69%に上った。防衛費を大幅に増やす政府の方針には「賛成」48%、「反対」41%だったが、財源として増税することに関しては反対(69%)が賛成(23%)を大きく上回った。

 両日の共同通信の調査でも、防衛力強化のための増税を「支持する」は30.0%にとどまり、「支持しない」は64.9%だった。

 早ければ23年末に増税の是非が政治課題として再浮上する。増税のスケジュールが決まっていない今ですら世論の反発がこれほど強いのだから、24年9月に党総裁選を控えた岸田が、その前に増税に踏み切るのは党内力学的にかなり難しい。増税方針は岸田の衆院解散戦略にも確実に影響する。

子育て支援は後回し
 岸田政権が進める「全世代型社会保障」の構築は道半ばだ。出産家庭に計10万円相当を支給し、妊産婦を伴走型で支援する「出産・子育て応援交付金」は、22年度第2次補正予算で23年9月末までの予算を確保した。岸田は24年度以降も交付金を恒久化する方針だが、毎年度1000億円程度を要する財源のめどは立っていない。

 これに対し、自民、公明両党から昨年末、防衛費増額を巡る議論の中で、交付金の予算も増税で確保すべきだという案が出たが、岸田は受け入れなかった。政府筋は「防衛費と子育ての両方をさばくエネルギーはなかった」と認めた。子ども政策に関する予算の倍増を掲げる岸田は、6月ごろにまとめる「骨太の方針」で道筋をつけることができるかが問われる。

 岸田が一昨年の党総裁選で提起した金融所得課税強化はどうだったか。年間所得が1億円を超えると所得税の負担率が低下する「1億円の壁」を今回の税制改正で是正するかが注目されたが、年間30億円を超える超富裕層への課税を強化するにとどまった。対象者は国内で約200~300人。自民党税制調査会長の宮沢洋一は「1億円の壁の問題は認識しているが、マーケットに不測の影響を与えるわけにはいかない」と語った。

 4月8日に任期が満了する日銀総裁の黒田東彦の後任人事も焦点になる。これに伴い、政府と日銀が13年1月に結んだ政策協定(アコード)を見直すとの観測が出ている。アコードに盛り込まれた2%の物価上昇目標の扱い次第では、自民党内のアベノミクス推進派が黙っていないだろう。

 首相就任から1年余、岸田はなかなか独自カラーを出せていない。岸田派は党内第5派閥に過ぎず、政権運営に大きな制約があるのは事実だが、それに甘んじていたら低空飛行が続く。覚悟の日々が続く。(敬称略)

※2023年1月25日時点

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