【木を原料に】王子ホールディングス・磯野裕之社長「森林資源で新たな領域を開拓していく」
財界オンライン / 2023年2月10日 15時0分
「伝統的な情報を伝える紙が減少する中、『木を原料に何ができるか』という世界に行こうとしている」と話すのは、王子ホールディングス社長の磯野裕之氏。社会のデジタル化で新聞や印刷用紙が減少する中、eコマースの進展で段ボールなどの需要は増大。海外事業も成長を続ける。さらに、森林資源を原料にしたバイオマスプラスチックやバイオエタノール、医薬品開発など、これまでとは全く異なる領域も手掛ける。磯野氏が描く、これからの会社の姿とは。
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エネルギー価格高騰が直撃
─ 2022年2月のウクライナ危機以降、世界的に資源価格が上昇しています。王子ホールディングスの経営にはどういう影響が出ていますか。
磯野 それ以前の21年4月頃からエネルギーコストは上がり始めていました。その中で石油の指標の動向は、よく報道もされていますが、我々の事業ではボイラーで石炭も焚いていますから、一定の量が必要です。
石炭は20年の10月頃はトン当たり60~70ドル程度でしたが、21年春頃から100ドル近辺に上がり、このままでは秋口に150ドルくらいまで上昇するのではないか?と懸念していたところ、21年7月には150ドル、22年1月に200ドル超という状況になっていきました。
石炭価格が100ドル上昇すると、我々のコストは年間ベースで約120億円上昇します。21年末の価格で落ち着けばよかったのですが、ロシアのウクライナ侵攻で一時440ドル近辺まで高騰しました。20年下半期から約400ドル上がったわけです。
─ わずか1年ほどで急激な上昇ですね。この間、円安も進みました。
磯野 ええ。円安は輸入に効きますが、1ドル=110円で予算を組んでいたものが、一時150円まで行きましたからダブルパンチでした。他にも木材チップや、コンテナ代を含めた輸送費も上昇しました。足元では価格は高止まりしつつ、落ち着いてきています。
─ 上がったコストを、いかに製品価格に転嫁するかが、日本企業の大きな課題です。
磯野 当社には印刷用紙、段ボールなどの板紙、家庭用紙、感熱紙などの特殊紙など様々な商品がありますが、印刷用紙、板紙については、すでに2回の値上げを打ち出しました。
例えば、我々は段ボール用の板紙を製造し、加工会社に売りますが、グループ内の加工会社を含め、ある程度価格転嫁できています。問題は加工会社が各種メーカーなどのお客様に販売する時で、ここの転嫁に時間がかかっています。
4月から始めた1回目の状況を見ていると、半年くらいかけて少しずつ浸透していますが、2回目に関しては、お客様の抵抗感が強いという話が現場から上がってきています。
─ コスト高を反映する値上げでも、買う側からするとどうしても抵抗があると。
磯野 ええ。しかし、さらに難しいのが一般消費者向けの家庭紙です。トイレットペーパーやボックスティッシュなどの価格改定では、量販店と直接交渉をしているんです。
1回目の値上げについてはかなり数字が上がってきていますが、2回目についてはアナウンスしたものの、これからというのが現状です。
欧米では物価上昇に合わせた値上げが浸透
─ 新たな価格体系に移行しないことには、日本全体の課題になっている賃上げの原資を確保できなくなりますね。
磯野 おっしゃる通りです。日本はここ20、30年物価が上がっていないこともあり、なかなか転嫁が進みません。
原燃料価格が高騰し、円安で輸入コストが上がったのですから、全てのモノの価格を上げる必要があります。そのことによって、社員の賃金を上げるというサイクルが回るようになると思います。
─ 海外での値上げの状況はどうですか。
磯野 例えば、この1年半くらいの間、印刷用紙は欧米市場で複数回の値上げを実施していますが、ほぼそのまま通り、浸透しています。足元では欧州経済が弱含んでいますから、値上げが難しい国も一部にあります。
ただ、いずれにせよ、欧米では企業物価、消費者物価が上昇するのに伴って価格の改定ができているということです。日本は11月の企業物価が8%台、消費者物価が3%台という状況で、その間の5%は企業が負担をしている状況です。
─ 日本は「失われた30年」と言われますが、デフレの原因を自分達でつくっていると言えますね。
磯野 当社にとってというより、こうした状況が続くと若い人達が日本より海外で働いた方がいいという状況になり、日本の競争力が低下していくことを危惧しています。
海外事業をどう進めるか?
─ 事業の成長に向けて、海外事業の位置づけが、さらに重要になると思いますが、海外比率はどうなっていますか。
磯野 22年3月期時点で売上高に占める比率は35%です。これを50%くらいには高めたいと考えています。
東南アジアを中心とした用紙の製造・販売の他、パルプ事業も展開しています。パルプ工場はブラジルに1カ所、ニュージーランドに3カ所の工場があります。
ブラジル工場はミナスジェライス州にありますが、この事業は元々、「日伯紙パルプ資源開発」として、日本の紙パルプメーカー11社と伊藤忠商事の出資で1973年に始まったものです。
─ ミナスジェライス州には日本製鉄のグループ企業で、やはり日伯合弁でスタートした高炉メーカー・ウジミナスがあるなど日本と縁が深いですね。
磯野 そうです。ブラジルではパルプを生産して北米、欧州、アジア、中国に輸出している他、感熱紙を生産する工場もあり、こちらは中南米と一部北米地域に販売しています。
感熱紙は、世界でもメーカー数が限られており、一定の需要があります。レシート類はもちろんのこと、医療向けで超音波診断による画像を印刷するのも感熱紙です。
─ 紙には様々な需要があるわけですね。一方で、デジタル化の進展で紙の需要が失われた面もあると思います。どう対応していますか。
磯野 例えば、新聞用紙、印刷用紙は減少傾向が続いており、どちらも足元では対前年比90%台前半で推移しています。今後、大きな伸びは期待できません。
需要が落ちるに従って、供給も削らざるを得ません。ですから、紙を生産する抄紙機を、適切なタイミングで停止していく。この10年間、止め続けているというのが現実です。もちろん、需要がゼロになるということはありませんから、一定のところで下げ止まってくれることを期待しています。
一方、先程申し上げた段ボールなどのパッケージング関連は依然、年1~2%伸びていますし、家庭用紙のティッシュ、トイレットペーパーも年2%程度伸びているんです。
─ 段ボールなどの需要増は、やはりeコマースの進展によるものですか。
磯野 eコマースでの購買が増加していますから、それを運ぶ際のパッケージングということで、段ボールなどの需要が増えていることもあると思います。伸びている分野には引き続き注力していきます。
─ 成長はやはり海外に求めていくことになりますか。
磯野 そうですね。印刷用紙系などは、残念ながら海外も国内と同様に需要は増えていませんが、段ボールなどパッケージング関係は、引き続き経済が成長するに従って、今後も需要が増えるものと見ています。東南アジアやインド、そしてオーストラリアなどには注目しています。
もう一つ、大きな流れの中で獲得したい市場は「脱プラスチック」です。例えば、お菓子の袋などは元々プラスチック系でしたが、徐々に紙に置き換わる動きが始まっています。
プラスチック包装には酸化と湿気からお菓子等の中身を守る機能がありますが、それと同じ機能を紙に持たせることができれば、十分に代替が可能になります。
─ 技術的には対応ができると。
磯野 現状は紙ベースに、内側にフィルムを貼ることで機能を持たせているものもありますが、紙にバリアコート層を付与したプラスチックに代わる新しい時代の紙製パッケージ製品もあります。どうしてもプラスチック包装と比べると、紙はコストが高くなりますが、脱プラスチックの一つの手段です。
─ 二酸化炭素の削減にもつながりますね。
磯野 石油系のパッケージングを生産して、最終的に燃やすと仮定した場合と、紙ベースのパッケージングとで二酸化炭素の排出量がどれだけ違うかを計算したところ、60%ほど削減できるものもあるという結果が出ました。
─ パッケージ化を担う加工会社との連携も強める必要がありますね。
磯野 その通りです。パッケージの袋そのものは、製紙メーカーだけではできず、それを形にする加工会社の方達がいなければ最終的な製品にはできないんです。
食品の包装以外にも、半透明の紙を使って中身が見えるようにしたパッケージも開発しています。また、一部マスクのパッケージなどでも、中身が一部見えるパッケージが市場に出ています。今後もさらに透明度が高い紙素材やバイオマスプラスチックフィルムのなどの開発を進め、消費者ニーズにこたえていきます。
民間企業最大の森林資源をどう活用?
─ 技術革新によって需要が開拓できると。
磯野 そう思っています。先程お話したのは紙ベースの技術開発ですが、もう一つ、別の世界があります。
それは森林資源をベースに、木材の中にあるセルロース、ヘミセルロース、リグニンという3つの主要成分をどう活用するかということです。
例えば、現在研究を進めているのが、バイオエタノールです。実用化できれば、「SAF」(Sustainable Aviation Fuel=持続可能な航空燃料)などにも使用できます。このSAFはトウモロコシやサトウキビなどでも研究が進められていますが、非可食である木質繊維からつくることも可能です。
他にも、ヘミセルロースから医薬品をつくることができます。現在は子会社の王子ファーマで、人工透析薬向けの医薬品原薬の開発を進めています。血液凝固を防ぐのに使うものですが、現在の主流は「ヘパリン」という薬品で、豚の臓器から原料を採取しています。
宗教的な理由でイスラム教徒の方々などへの使用は難しいという面がありますから、木質繊維から代替品をつくることができれば、需要があるのではないかと思います。
─ 今後の可能性が広がりますね。
磯野 伝統的な情報を伝える紙が減少する中、「木を原料に何ができるか」という世界に行こうとしています。22年5月に「森林を健全に育て、その森林資源を活かした製品を創造し、社会に届けることで、希望あふれる地球の未来の実現に向け、時代を動かしていく」という存在意義(パーパス)を発表しました。
健全に育て管理された森林は、二酸化炭素を吸収、固定するだけではなく、 洪水緩和、水質浄化等の水源涵養、防災という機能の他に、生物多様性や人間の癒し、 健康増進等にも貢献する効果があります。森を育てて、その森の資源を活用して製品を開発することで、この時代を素晴らしい時代へと動かしていけるのではないかと。
─ 王子HDは民間企業として日本で最大の森林資源を持っていますね。
磯野 これも大きなテーマです。国内に約19万ヘクタールの社有林を保有していますが、まだ有効活用ができていません。
社有林が山深い位置にあり、林道がないこと、林業に携わる人が高齢化し、減少の一途であることがネックとなり、伐採、植栽、育成が難しい環境にあります。
まずは、伐採ができ、植栽、育成ができる環境を整えることから始める必要があります。それさえできれば、伐採した木は製材にでき、例えば住宅に活用することもできるようになります。製材以外は木材チップとして燃料にできますし、用途はいくらでもあります。また、同時に再生可能な資源として、将来的な原料の確保にも繋がります。
─ 本社ビルの1階エントランスも、木の雰囲気にリニューアルしていますね。
磯野 そうなんです。他にも、我々は社有林を「王子の森」と呼んでいますが、この活性化に向けて22年10月に「王子の森活用推進部」を設置しました。これまで、例はありませんが、今回は社内公募により募集を行いました。
非常に多くの人の応募があり、選考するのが大変だということで関係者からは嬉しい悲鳴が上がっていますが、非常に夢のある取り組みだと思っています。
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