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日本製鉄・橋本英二が進める「覚悟の値上げ」戦略 「シェアが落ちても適正価格の実現を」

財界オンライン / 2023年2月7日 18時0分

橋本英二・日本製鉄社長

「社長はそう言いますが、できませんよ」というのが、今までの営業担当者の弁明。それでは新しいステージを迎えられないと、日本製鉄社長の橋本英二氏が覚悟の製品値上げを進めている。コスト高騰、市況悪化などの逆風下だが、自らの製品の価値を価格に転嫁できなければ、明日の鉄鋼業はないという危機意識。日本製鉄が提示する新価格体系にユーザーはどう対応するのか─。


2期連続最高益見通し、その背景にあるもの

「私自身が営業出身だが、長い間、『紐付き』(大口需要家)の価格是正が課題だと考えてきた」と話すのは、日本製鉄社長の橋本英二氏。

【あわせて読みたい】【脱炭素】過去最高益の日本製鉄が世界初の「カーボンニュートラル鋼」を市場投入へ

 日本製鉄が公表している2023年3月期の連結純利益(国際会計基準)は前期比5%増の6700億円と2期連続の最高益更新を見込んでいる。

 この大きな要因となっているのが、鋼材価格の値上げ。橋本氏は19年4月の社長就任以来、「つくる力」と「売る力」の再構築を掲げ、特に「売る力」に関しては「再生産可能な適正価格」を訴えて、大口需要家との値上げ交渉に臨んできた。

 主に汎用品を扱う一般流通向けの「店売り」の価格は市況に連動するが、「紐付き」について日本製鉄としては、汎用品とは違う高品質の製品を安定的に供給していることから、顧客の事業に貢献しているはずという考えを持ってきた。

 橋本氏には「『紐付き』は市況とは違い、安定的にマージンを取ることができる価格でなければ、我々の事業が成り立たない」という強い危機感があった。

 しかも近年、主原料である鉄鉱石や石炭のみならず、副原料、資材費、物流費など、あらゆるコストが高騰している。ロシアによるウクライナ侵攻はそれに拍車をかけており、その影響を最初に受けるのは、川上に位置する鉄鋼メーカー。

 だが、大口需要家としては、そうした状況を大筋では理解しても、自社の経営を考えると「市況に応じた価格で供給して欲しい」、「他に安い鋼材があれば、そこから買いたい」という発想になる。

 従来、日本製鉄の営業担当者は、そうした大口需要家の要望から、「数量・シェアを失いたくない」という思いで、値上げを強く打ち出せないできた。

「これは営業の問題ではなく経営の問題であり、社長の問題。そこでまず、余計な量的負担を営業にかけない体制づくりを進めることにした」と橋本氏。

 まず、2025年までの経営計画の中で、国内の粗鋼生産能力の2割削減を決めた。これによって日本製鉄の高炉は、25年度までに15基から10基に減る(すでに休止済みのものも含む)。

 さらに、これまでは例えばトヨタ自動車などの「ビッグネーム」であれば赤字でも受注する傾向が強かったものを「採算を確保できない注文は受けない」という方針に変えた。営業担当者が恐れていた数量・シェア低下についても、橋本氏は「下がってもいい」とした。

 これまでは、顧客に量を買ってもらうのが営業担当者の大きな仕事だったが、今は顧客の求める量の確保は、適正価格でなければできないという形に大きく変えた。

 しかし、長年染み付いてきた習慣を変えるのは一朝一夕にはいかない。値上げ交渉をしたことがないという営業担当者もいた。そこで橋本氏は「社長自らが自分の問題として関わる」として、今も2カ月に1回、全営業部長と直接対話をして、「なぜ価格が上がらないか」、「どうしたら価格が上がるか」について徹底的に議論している。

 当初は「社長はそう言いますが、できませんよ」という抵抗もあったというが、21年度に思い切った値上げを打ち出した。この年度、特に上期は需給環境もよかったため、値上げをすることができた。これは営業部門の自信にもつながった。

 しかし、22年度の環境は前年とは全く違い、「大変厳しい状況だった」(橋本氏)。需給環境は悪化、海外市況は暴落という状況。しかも、かつては「品質は世界一で価格は一番安い」と言われてきたが、自らが実施してきた値上げで、世界の中でも比較的高い鋼材となっていた。

 この逆風下で、「紐付き」価格のもう一段の値上げを打ち出すことになったわけだが結果、2年連続の値上げをすることができた。橋本氏は「逆風下に市況品と切り離した形で実現した紐付き価格是正には大変意味がある。満点とは言わないが、積年の課題はかなり解決してきた」と話す。

 今後は、値上げを受け入れた大口需要家が、自らの製品にそれを転嫁できるかが焦点となる。日本でも徐々に物価が上がってくる中、政府も企業に賃上げを訴えているが、製品価格上昇に賃上げが伴えば、日本はデフレ脱却に近づく好循環となる。

 ただ、鉄鋼業界には今後も課題は山積している。何といっても、2050年の「脱炭素」実現に向けた技術開発には、膨大なコストを必要とする。

 実現が求められているのは原料である鉄鉱石の主要成分・酸化鉄から酸素を取り除く、つまり「還元する」際の還元剤にコークスでなく水素を利用する「水素還元製鉄」や、還元鉄を活用した「大型電気炉」による高級鋼生産の技術。

 こうした技術開発に先駆けて、23年度から、実質的にCO2排出がゼロという「カーボンニュートラル鋼」の出荷を開始する。兵庫県の瀬戸内製鉄所広畑地区に新設した電炉で、CO2排出量を実質ゼロと認定された鋼材換算で、23年度の供給量は年率30万トン程度を予定。電炉で使う電力を、CO2を排出しない「グリーン電力」にすることで、製造工程でのCO2を実質ゼロにするというもの。

 ただ、こうした鋼材は製造工程でのエネルギーは違えど、従来の鋼材と性能はほぼ変わらない。「カーボンニュートラル」であることに顧客が価値を感じて高い値段を払ってもらえるかどうか。

 日本の素材メーカー、自動車などのメーカー、販売店など流通、そして消費者、全ての領域で意識改革が伴うことが浮き彫りになった鋼材値上げである。

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