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【製品値上げ・賃上げをどう実現?】東レ社長・日覺昭廣の極限追求戦略 「人を大事にする経営に徹してこそ」

財界オンライン / 2023年2月14日 18時0分

日覺昭廣・東レ社長

混沌期・転換期をどう生き抜くか─。「東レの強みは研究開発力、技術力。これが売り物だし強みなので、徹底的に極限追求をしていく」と東レ社長・日覺昭葊氏。日覺氏は、繊維の”ナノデザイン”を例証に、「100年近い繊維事業の中で、もう皆が新しいものは出ないと思っている所で新境地を開いた」と強調する。社員4万8800人強のうち、3人に1人は研究開発技術関連という構成。生産現場は”無人化工場”となり、人影はマバラ。コロナ禍で生き方・働き方は変わったとされるが、日覺氏は「人を大事にする経営は不変」と強調。「今、アメリカは行き過ぎた金融資本主義を反省し始めている時に、日本ではジョブ型やリスキリングという言葉が使われ始めた」と現状を分析。続けて「欧米で言うリスキリングはあくまで個人に対して言っている。企業は責任を持たないから、自分で勉強しなさいよと」とその本質を衝き、東レを含めて日本企業は「リスキリングも会社がしっかり行い、ジョブに合った所へしっかり配置している」と日覺氏。東レは一貫して雇用を守り、「人間の本質に戻って考えていく」と語る日覺氏である。

【あわせて読みたい】東レ社長・日覺昭廣氏に直撃!「繊維も樹脂も『ナノレベル』でコントロールする技術開発で、新領域開拓を!」


『ナノデザイン』はじめ〝極限追求〟体制で

 極限追求─。自分たちが創り出す製品の品質を極限まで追い求めていく。

 これが自分たちの生き方であり、会社の伝統にしていこうと東レ社長・日覺昭葊氏は社員たちに訴える。

 そう呼びかける真意とは何か?

「マシンを買ってきて、どこでもできるようなものというのは、それは新興国などがどんどん入って製品として出てくるので、それだけでは価値が取れない。価値が取れないということはもう価格が上がらないということですから、コスト競争力に陥ってしまうと。われわれとしては、研究開発力、技術力、これが売り物といいますか、これが強みですから、それが生かされないようになってしまってはいけない。その意味で徹底的に『極限追求』をしていくと」。

 その極限追求経営の代表格であるのが『ナノデザイン』戦略。

 ナノ(nano)は国際単位である長さの単位。基礎となる単位は10-9位(10億分の1)で、1ナノは10億分の1メートルという、まさに極限の世界。

「極限追求のいい例が繊維だと思うんです。ナノデザインは繊維の新しい世界へいざなってくれた。繊維はもうそれこそ100年近くやってきて、根本的な技術、口金の技術はもう新しいものはないなんて思っていたところにすごい技術が登場してきた。ナノデザインという技術でやると、ものが全く変わってしまうと」

 どう変わるのか?

「それこそナノレベルでコントロールできるわけですからね。繊維の薄さとか複合とか、その断面や形状含めて全部をね。これで行くともう全部がそうなる。そうすると、カジュアルウェアなんかでも、全く風合いとかが変わってしまうんです」

 東レは、樹脂(プラスチック)の分野でも、『ナノアロイ』(NANOALLOY)というテクノロジー・ブランドを展開。

『ナノアロイ』も、『ナノ』と本来は〝合金〟を意味する『アロイ』の造語。ナノメートルオーダー(1㍍の10億分の1に相当する大きさ)で複合のポリマー(樹脂成分などの高分子)をアロイ(混合)する特殊な技術。

 一般的なミクロンオーダー(1㍍の100万分の1)のアロイでは、混合する前の各ポリマー固有の特性を十分に活かせないという課題があり、『ナノアロイ』の登場でそうした課題も克服していった。

『ナノアロイ』は、自動車が衝突事故を起こす際の衝撃吸収材(パッド)に活用されている。

 普通のアロイでは、衝撃の破壊試験をやると、ぐしゃぐしゃに破壊されてしまうが、『ナノアロイ』だと、「バラバラにならない。だから絡みついて、いわゆる変形になるんだけれども、衝撃を吸収してしまう」という。

 またフィルム分野で『ナノ積層フィルム』も開発。

「これはそれこそ何十ミクロンの中に層が1千層も入っているんです。そうすると、その層の内容を変えることによって、紫外線を反射するものとか、あるいは透過するものとか、そういうのを全部コントロールできるんです。だから、うちの透明のフィルムを貼るだけで、紫外線を反射できる。そういうナノフィルム。やはり極限追求の東レの1つの特徴はナノだと思いますね」

 極限への挑戦はこれからも続く。海水を真水にする際の逆浸透膜として活用される『RO膜』も極限への追求の中で誕生。

 逆浸透膜は、ろ過膜の一種で、水を通し、イオンや塩類など水以外の不純物は浸透しない性質を持つ膜のこと。孔の大きさは概ね2ナノメートル以下で〝超ろ過膜〟より小さい。

「RO膜などもナノレベル以下なんですよ。その世界での単位、オングストロームというのは、ナノ領域なんですね。水以外の分子は通さないというね。だからオングストロームレベルの穴をコントロールする技術というのを東レは持っているわけですよね。そういう意味では、極限追求というのはわれわれの大きな武器だと思います」

 1Å(オングストローム)は0.1ナノメートル。原子や分子の大きさ、可視光の波長など非常に小さな長さを表すのに用いられる。そうした世界でのテクノロジーの追求である。


3人に1人は研究開発関連体制

 東レは、研究機能が集積する滋賀県に先端材料研究所やフィルム研究所、電子情報材料研究所などの研究施設を構える。

 同社は、社員の3人に1人は研究開発技術者といわれてきた。東レ本体だけでみると、2.5人に1人の割合。

 それだけ、新境地を拓く最先端技術の研究開発に熱心な風土だということ。

「要は、生産現場自身がほとんど無人化しているし、やはり研究開発がメインになる」

 日覺氏はモノづくりの現場の変化を次のように語る。

「三島工場(静岡県三島市)で見ても、ひと昔前は生産現場に3000人、4000人いたじゃないですか。今は100人もいない。だから、工場自身はもう完全に無人化の歴史なんです」

 日覺氏が入社したのは1973年(昭和48年)。その秋には石油ショックが起きた年である。戦後の日本の経済成長を支えた〝安い石油価格〟という構造は中東産油国の台頭でガラリと変わりつつあった。

「わたしが入社する2年前の昭和46年(1971)頃、東レは石川工場を造った。その時に無人工場を造ったんです。当時の新聞などを読むと、非常にこんな時期に無人工場を造るなんて、よく分からないと。あれは機械屋社長の道楽だと言って書かれていましたよね。だけど、その工場は今も動いていますからね」

 建設後50年余経った石川工場(石川県)は石油ショックをはじめ、幾たびかの環境激変を生き抜いてきたということ。

「もちろんメンテナンスをして、きちっとやっていればですね」

 時代の変革期、転換期をどう生き抜くかはいつの時も変わらないテーマ。人が工場の機械を動かすと固定的にモノを考えている人は無人化工場の出現に戸惑い、批判ぎみに反応した。しかし、50年後、先述の三島工場にしても、最低限必要な陣容100人で工場全体を動かせるように変化対応してきている。

 機械やロボット、引いてはAI(人工知能)で代替できるものはそうしていき、人はもっと付加価値の高いものの追求に向かう。そうすることで、東レで言うならば、社会や人類に貢献する素材や資材の開発に全力投球していくということ。

 そうした蓄積があってこそ、冒頭の極限追求の経営につながるということである。


「原料高・製品安」状況をどう変革していくか?

 東レの2023年3月期は今のところ、増収増益の見通しだが、この原料価格高騰に見合う製品価格の見直しはこれからも引き続き課題として残る。

「増収は一応、中期計画目標どおり、ほぼ行けるのではないかと思っています。多少はフォローの感があるんですけどね。フォローというのは、いわゆる円安になって、海外の売上高などが為替換算でプラス方向に現れると。それから原材料が上がって、多少は製品価格が上がっているということですね。それで一応増収になっていると。ところが、利益のほうは厳しい。それこそ原料は上がってね。普通、原料が上がっても、即価格は上げられないからタイムラグがあって、まだ価格転嫁という意味では、完全に吸収できていない」

 欧米等は比較的スムーズに新価格体系に移行しているのに、なぜか、日本はそうならない。

「逆にこれは本気で日本は考える必要があると。というのは、今、例えば、従業員の給料は韓国より安い。今、特に円安で、1人当たりのGDP(国内総生産)も台湾に抜かれてしまったと。それはやっぱり僕は本当に危機的な状況だと思う。このまま行くと、結局、海外から日本に仕事に来る人も儲からないと」

 今の日本はまさに危機的状況と日覺氏は文字どおり、危機感を露わにする。

「やはり円安というのは国力の低下を表しているということ。日本はここで方向転換をしていくべきです。給料なども上げて、それから物価も高くして、もう全体のレベルを上げていかないと。方向転換をここで真剣に考えないといけないと思います」

 製品価格も競争力の1つで、日本人は歴史的に安い製品価格で国際競争をくぐり抜けようとしてきた。

「産業が発展しない時代のことならともかく、今はそこそこ皆のレベルが上がってきている。単にモノづくりだけに日本がこだわっていると、製品価格が上がらず、結局、自分の脚を引っ張って、給料が上がらないと。いわゆるモノの値段なんかみるに、海外と日本を比べたら、全然もう海外のほうが高い。そういう状況なので、少なくとも海外に負けないような、そういうレベルに持っていく必要があるんじゃないかと。だから、日本もモノの値段を上げて、給料も上げていくことが大事」


賃金も、日本全体で上げるべき時

 賃金(給料)も上げるべき時だと日覺氏は訴える。日本全体で見ると、賃金はバブル崩壊後の30年余で約3%しか上がっていない。

「上がっていないと。これは大問題ですね。だからニワトリが先か卵が先かという話になるけれども、両方同時に上げていく必要があると思うんですね。だからモノの値段も上げると。その代わり給料も上げると。そうしないと、どっちが先だと言っていたら、それは先に給料を上げたら会社はもたないし、先にモノの値段が上がったら人がもたない。生活も苦しくなるというのだったら、同時に上げるという位でないと、立ち行かないと思うんですよ」

 東レ自身はこの問題については、どう取り組んできたのか?

「東レはずっとここ数年間、給料を上げてきています。というのは、やはり非常に厳しい競争に打ち勝ってきて、皆非常に努力してくれて、業績が上がってきましたからね」

 日覺氏はここ数年間、社員の賃金引上げに動いてきた理由をこう述べ、社長就任(2010年6月)以降の動きについて語る。

「わたしが社長になってから、2011年頃から売上とか利益を伸ばして、配当も倍にしています。配当は10円上げようと思うと、160億円要るわけです。そうしたら、従業員の給料を30億円とか40億円分引上げてもいいじゃないかという考えでやってきました」

 この時期、賃金引上げに動いてきたことについて、日覺氏は、「それがまた働く意欲にもなる。現実に東レが今の炭素繊維とか、ナノアロイとかナノレベルのものができているというのは、やはり素材には社会を変える力があると。本当に素材メーカーとして頑張っていく。そういうときに、的確な賃金引き上げは頑張る原動力になると思うんですよね」

 経営トップとして、従業員の生き甲斐、働き甲斐を考えるときの賃金問題は最重要テーマの1つである。


社会貢献の1丁目1番地は?

 日覺氏はコロナ禍3年、ウクライナ危機1年が経ち、どちらも当分続くという混沌とした中、改めて、「企業は社会の公器である」ということを考えたいと次のように語る。

「もともと企業は社会の公器であると。社会貢献が大事だと言っています。社会貢献の一丁目一番地は、従業員を大切にすることであると考えます。なぜなら、会社を構成しているのは従業員だと。従業員が満足して意義を感じて働いていくことによって、今度は逆に社会に還元していくことになりますしね」

 もっとも、企業を取り巻く環境は常に平板であるとは限らない。東レも世紀の変わり目、2001年頃、経営的に厳しい時があった。

 時の経営陣は、経営改革プログラム、『プロジェクトNew Toray(NT21)』(21世紀の新しい東レへの転換)を打ち出し、2002年春から実行に入った。

 ちなみに改革初年度の2002年度の連結営業利益は330億円、翌03年度は568億円と、成果は上がったが、当時の利益水準は低かった。

 今回のコロナ禍を迎える直前の2021年3月期の営業利益は1311億円強。コロナ1年目の21年3月期は同558億円と激減。そして22年3月期は1005億円と再び1000億円台に載せた。23年3月期は混沌とする状況の中で、最終利益(税引後利益)は950億円の見通し(売上高見通しは約2兆6000億円)。

 NT改革時と比べても、コロナ禍の今の業績のほうがいい。

「NT改革では皆に苦労してもらい、給料もあまり上げられなかったという部分がありましたからね」(日覺氏)と当時を意識しながらの最近の賃金引上げである。


公益資本主義の原点はもともと日本にある!

 結局は、「人」をどう見るかという認識と問題意識の違いであろう。日覺氏が持論を述べる。

「金融資本主義は、ほんの一握りの2、3%の人がうまく動かしているわけですよね。金を巧みに動かしてね。それで、人なんてもう企業にとっての比例費だという考え方。われわれは固定費という考え方ですからね」

 ここ数年、その金融資本主義もかなり変容を迫られている。

 10年ほど前から、Bコーポレーションの考え方も登場、社会や環境に配慮した公益性に対する国際的な認証制度。この『B』はBenefit(利益)のBで、社会や環境、従業員、顧客など全てのステークホルダー(利害関係者)に対する利益を表す。

「Bコーポレーションの登場や、それから2018年にはイギリスがコーポレート・ガバナンス・コードも改定して、従業員重視に切り替えた。さらに米国のラウンド・テーブルが出てきて、それからその後のダボス会議でもそういう議論になって、要は今までの資本主義の弊害みたいなものを議論し始めたと。そうした動きと共に、米国のハーバードなどいろいろな大学がそういった意味で日本の公益資本主義、日本的経営を2、3年前から非常に勉強しているんです」

 日覺氏は公益資本主義の流れについて、こうした認識を示す。

 元はと言えば、公益資本主義を実践してきたのは日本。問題なのは、その日本が全体として、腰が定まらず、欧米の揺らぎに影響され、右へ左へと揺らぐこと。

「僕が一番恐れているのは、彼らはそれでまたルールを作り直すんじゃないかと。そうすると、また日本人はルールを貰って、ハイハイハイと。自分でルールを作るということをしなくて、彼ら(欧米)が作る。そんなことは日本がやったっていいじゃないかと言う人は誰もいない」

 ESG(環境、社会、統治)やSDGs(持続可能な開発目標)の考え方の根幹に流れるものは、「もう日本の企業はずっと前からやってきたこと」と日覺氏が続ける。

「企業によっては、〝三方よし〟(売り手よし、買い手よし、世間よし)だし、中小企業のみなさんの中には私財をなげうってでも世の中のためにやるんだと社会貢献に努めておられる方もいる。これが日本的な考え方だったんですね」


バングラデシュでの出来事で思うこと

 欧米企業と日本企業の違いを、日覺氏も体験。東レはバングラデシュにも投資しているが、そこで感じたものは何か?

 バングラデシュで5階建てのミシン工場が壊れた時、彼ら(欧米)は単にミシンを並べてガンガン操業していた。「安全への配慮が欠けている」と現地でも指摘された。

 そのビル崩壊事故後、バングラデシュから逃げ出す欧米勢や中には日本企業もいた。その時、東レはどうしたのか?

「福利厚生はきちっとやっていたし、全く問題ないと。従業員の満足度も高いし、人も5000人近くいますしね。欧米勢は劣悪な環境だと逃げて、東レはまだ居るのかと言われましたけどね」

 安全に投資せず、社員教育など人にも投資せずではESGやSDGsは成り立たない。バングラデシュから逃げ去った勢力はエチオピアなどへ向かったとされるが、そこで成功したという話は伝わって来ない。

 そうした流れの中で、国連は2015年SDGsを制定。

「われわれ日本にとってみたら、皆そういうことを考えながら実践してきたんですよ。だから、彼らに何も言われる必要はないと思うんです」

「人」を大事にする経営を基本とする日本企業の生き方にもっと胸を張って、これからの経営に取り組んでいこうという日覺氏の訴えである。


「考えるのは人間」

「素材には社会を変える力がある」─。日覺氏の持論だ。

 革新的なものを世の中に送り出す。そうやって素材が社会を変えていく。だから、素材が変わらないと社会は変わらないという日覺氏の思いである。

 DX(デジタルトランスフォーメーション)やGX(グリーントランスフォーメーション)と人との関係はどうあるべきか?

「DXにしろ、そうしたものをいかに使いこなして効率よくやるかということは大事。だけど、やっぱり基本的な原理原則は人間が考えなきゃいけないということだと思うんです」

 炭素繊維にしろ、RO(逆浸透)膜にしろ、またナノアロイなど社会のあり方を根本的に変えるものを創り出せるのは「素材メーカーの仕事冥利です」と日覺氏は言う。

 同時に、素材づくりは、「ポリマーとか焼成のものとか、現場のそういう技術の蓄積がないと前に進まない。そうした蓄積の上にブレイクスルーを起こして先へ進んでいく。それには時間がかかるし、そういう意味からすると、今の短期志向の経営の下ではできない」という認識。

 着実、堅実に、そして何事も諦めずに物事に取り組むことが大事という日覺氏である。

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