東レ社長・日覺昭廣氏に直撃!「繊維も樹脂も『ナノレベル』でコントロールする技術開発で、新領域開拓を!」
財界オンライン / 2023年2月10日 7時0分
「もうみんなが新しいものなんてないというところに新たな技術を」――東レ社長の日覺氏はこう話す。東レは今、「ナノ」、つまり1メートルの10億分の1に相当する大きさのレベルを追求することで製品を変えている。さらに、長年開発を進めてきた炭素繊維は、コロナ禍による航空機向けの需要減もあったが、新たな需要を開拓し、利益を出す状況になっている。日覺氏が考える今後の方向性は――。
繊維、樹脂の世界で新たな技術を開発
─ 今、企業にとっては混沌期をどう生きるかが問われていると思います。日覺さんは日頃から「極限追求」、徹底していいものをつくることが東レの伝統だという話をされていますが、改めて、この考え方を聞かせて下さい。
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日覺 マシンを買ってきて、どこでもできるような製品は、新興国などがどんどん入ってきますから、それだけでは価値を取ることができません。価値が取れないということは価格が上がらないということですから、コスト競争に陥ってしまう。
我々としては、研究開発力、技術力が売り物といいますか、強みですから、コスト競争ではそれが生かせないようになってしまいます。その意味で、徹底的に「極限追求」をしていくと。
─ 例えば、どのような形で開発力、技術力を「極限追求」していますか。
日覺 一番いい例は繊維だと思うんです。繊維の世界における根本的な技術である「口金」(合成繊維原料を押し出す工程に使用される)の技術は、もう100年近く取り組んでいますから、もうみんなが新しいものなんてないと思っています。
そう思っているところへ「ナノデザイン」(東レが開発した革新的複合紡糸技術。繊維の細さや形をナノレベルで制御し、全く新しい繊維を創り出す)という技術を活用すると、製品が全く変わってしまうんです。
これまで実現できなかった細さの糸や、変わった断面の形状、異なる原料の組み合わせを、それこそナノレベルでコントロールできます。これによって、例えばカジュアルウェアでも、新しい機能や全く違う風合いを持たせることができるのです。
─ 新技術によって、まだまだ掘り起こせる分野はあると。
日覺 そうです。繊維だけでなく樹脂の世界でも「ナノアロイ」という技術があります。この技術はナノメートルオーダー(1メートルの10億分の1に相当する大きさ)で複数のポリマー(樹脂成分などの高分子)をアロイ(混合)するものです。
ミクロレベルで混合したものと、ナノレベルで微分散させて混合したものでは、全く違うものになるんです。
世界で戦うため、政策は「イコールフッティング」を
─ 足元で原材料高騰が続いていますが、一方で製品価格への転嫁が難しかったり、タイムラグがあるなどして、完全に吸収するのが難しいという問題がありますね。今後をどう見通していますか。
日覺 この状況は当分続くと思います。その上で日本は本気で考える必要があります。というのは、例えば今の日本は円安などもあって、従業員の給与水準が韓国などより安くなっています。1人当たりGDP(国内総生産)も台湾に抜かれるような状況です。
私は、これは本当に危機的な状況だと思っています。このままでは、海外から仕事をしに来る人も、日本では稼げないから来たくないということになってしまいます。
やはり円安は、輸出などにはいいわけですが、結局は国力の低下を表しています。逆に言えば、給与を上げて、物価も高くするなどして、日本全体のレベルを上げるという方向への転換を、ここで真剣に考えないといけないと思います。
─ 厳しい状況下でも、給与水準を上げるなど頑張っている経営者がいるのは救いです。
日覺 ええ。私はいつも言っているのですが、「安くていいもの」というのは、これまで日本の特徴でした。これは産業が発展していない時期に、競争力で世界を席巻するための大きな要素になっていました。
しかし、今は世界全体でレベルが上がってきていますから、日本だけが「安くていいもの」にこだわっていると、価格が上がらないことで結局自分の足を引っ張ってしまい、国内の給与が上がらないという状態を招いてしまいます。
今、海外と日本でモノの値段を比べると、全然海外の方が高いという状態になっています。ですから、日本もモノの値段を上げ、給与を上げ、少なくとも海外に負けないようなレベルに持っていく必要があるのではないかと思います。
─ 今は世界的に政治と経済が密接につながる時代ですが、生産性向上を担うのは民間企業です。改めて国と企業との関係をどう考えていますか。
日覺 11年の東日本大震災後の「六重苦」と言われた時から、国はイコールフッティング(同等の条件)にすべきだと言い続けています。何か恩恵が欲しいとは思いませんが、いろいろな意味で足を引っ張ったり、ハンディを与えないで欲しいと。
例えば、韓国と日本を比較する時に、かつてはサムスンとシャープがよく例として出されていました。もし、シャープが韓国の企業だったら十分な利益を出しているわけです。やはり、日本にいることによって様々な制約がある。逆に韓国は大企業を優遇する政策を取っているのです。
日本企業は強いですから、優遇政策をやって欲しいとまでは言いませんが、先程申し上げたように、少なくともイコールフッティングにして欲しいですね。同じ土俵で戦うようにしてもらわないと、これだけハンディを背負って戦えというのは、少し難しいのではないでしょうか。
─ 世界第2位の経済大国となった中国も政府が関与して国営企業を成長させていますからね。
日覺 そうです。中国は国が関与することで、いわば資本主義社会の競合を倒し、残って一人勝ちになったところで、そこから改めて仕組みをつくり直せばいいと考えているように見えます。
アメリカにしても、産業政策で国の関与は深い。結局、世界中の国が、自国生産などにある程度恩恵を与える方向で進んでいますが、日本はどちらかというと、自国企業に恩恵を与えるのは悪だという人が多い。こうしたことから変えていく必要があると思います。
炭素繊維の需要回復と新たな用途の開拓
─ 2023年の経済環境は厳し目に見ていますか。
日覺 厳しいとは思います。ただ、現在我々は中期経営課題を策定中ですが、コロナ禍などで社会が変わっていますから、現状分析を進めています。そうして現実に足元を見てみると、伸びている分野はあるんです。そうした分野に投資していこうと考えています。
例えば、先程お話した「ナノデザイン」によって繊維の可能性は広がっていますし、樹脂で言えば自動車分野などに「PPS」(ポリフェニレンサルファイド)の需要が広がっています。
今、世の中にはサステナブル(持続性)の考え方が広がっていますが、例えば自動車で言えばEV(電気自動車)の普及が進むと、EVそのものをサステナブルなものにしなければいけないという考え方になっていきます。
そこで、金属ではなく樹脂を使ったり、リサイクル素材を使うという形になっていっており、PPSはそうした需要に対応する製品の一つです。それ以外にも、しっかり対応できるようにやっていく必要があります。
─ 東レは長年にわたって「炭素繊維」の研究開発を進めてきていますが、現状は?
日覺 航空機用の炭素繊維需要の落ち込みが、当社の業績落ち込みにつながってきました。炭素繊維を使用するボーイング社の主力旅客機である「787」は、19年には月産14機までいきましたが、コロナ禍を受けて、ほぼゼロになったわけです。
しかし、それでは駄目だということで、努力して産業用の圧力容器などの需要を開拓し、今は航空機用の炭素繊維工場をフルに動かしても足りないくらいの状況になり、利益を出すまでに持ってきたんです。
─ 新たな需要を開拓することで、落ち込みをカバーすることができたと。
日覺 ええ。さらに今度、22年10月にボーイングは25年には月産10機にまで持っていくと発表しています。
その背景には国際民間航空機関(ICAO)が19年比でCO2排出量を増加させないための「CORSIA」という規制を定めたことがあります。27年からは義務化されますから、燃費のいい航空機でなければならず、「787」のような航空機の発注が増えるのではないかと見ています。
そうすると、いま我々は炭素繊維の生産能力を産業用途で使い切っていますので、これを航空機用に戻さなければなりません。産業用の能力を減らすことがないように、いま増産体制を構築しようとしています。アメリカ、フランス、韓国に各1系列を増設する計画です。
─ 炭素繊維以外に期待が持てる素材にはどういうものがありますか。
日覺 我々は海水の淡水化にも取り組んでいますから「RO膜」(逆浸透膜)にも可能性がありますし、大きな期待を持っているのは抗体医薬です。23年には「フェーズ2」に進め、25年頃には上市できればと考えているところです。
これらは次の中計のテーマですが、投資方法はすでに決めていますから、できるだけ前倒しで進めていこうと思います。
中国との関係を
どう考えるか?
─ 世界の市場である中国は、経済的に難しい状況にありますが、どう見ていますか。
日覺 米中間は対立していますが、そこにあるのはお互いのトップ、バイデン大統領と習近平・国家主席のメンツだと思っています。中国国内も権力で押さえようとしている。
しかし、中国自体、さらには中国の地方政府なども、アメリカや日本とのつながりがなくなって孤立してしまったら、中国自身がおかしくなってしまいます。それは私はあり得ないと思っています。東レ自体も、中国事業は増収増益で、現地のメンバーは頑張っています。
─ 世界的に「経済安全保障」という概念が大きく注目されるようになっていますが。
日覺 経済安全保障については、しっかり気をつけておかなければいけないと思います。ただ、私は時間の問題だと思うんです。いくら、経済安全保障で気をつけていても、実際には多くの中国人はアメリカに行っているわけです。ですから10年も経てば情報が漏れることもあるでしょう。
問題は、中国の「国家資本主義」と、アメリカを始めとする西側諸国の資本主義との間で、どのようにコンプロマイズ(compromise=歩み寄り)をするのか、私はそこが非常に大事だと思っています。
今は、かつての米ソ対立の時代とは違います。アメリカなど世界は中国抜きに成り立ちませんし、中国もアメリカなど世界抜きには成り立たないからです。
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