ミライロ・垣内俊哉社長「コロナ禍でも意志ある経営者は障害者への取り組みをやめなかった」
財界オンライン / 2023年3月17日 11時30分
「コロナ禍は大いに苦しんだ状況ではありましたが、歩みを止めることなく進むことができました」と話す垣内俊哉氏。障害者の声を自治体や企業へつなぐミライロ。経済環境が厳しい中、障害者のウェブサイトへのアクセス向上、トヨタ自動車との連携で移動型バリアフリートイレの普及促進などを進めてきた。「コロナ禍を耐え忍び、これまでいただいた様々なご縁があったから未来につながる取り組みができた」と話す垣内氏の今後は。
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障害者のウェブアクセスにどう取り組むか?
─ 現在、垣内さんは国家戦略特別区域諮問会議の有識者議員を務め、障害者に関する提言活動も進めていますが、今課題と感じていることは?
垣内 環境、意識、情報の3領域について、より取り組みが必要だと考えています。日本の環境、バリアフリーは先人の皆さんの取り組みで、世界の中でも一定の水準まで進んでいます。
その意味では意識と情報の2つの領域を変えていくことが肝要です。特に、2年前のデジタル庁発足以降、「ウェブアクセシビリティ」の問題が取り上げられるようになりました。
iPhoneであればVoiceOver、AndroidであればTalkBackという音声補助の機能をオンにすることで、全盲の方でも操作が可能ですが、ウェブページについては、まだ対応できている企業が少ないのが現状です。
2024年6月には改正「障害者差別解消法」の施行が決まっていますから、課題を解消しなければ、望ましくありませんが、障害者との対立が深まることが懸念されます。
─ 障害者も使えるようなウェブサイトにしていく必要があると。
垣内 ええ。例えば官邸やマイナンバーのサイトは刷新され、障害者が使いやすいものになっています。ただ、民間企業の対応はまだ十分ではありません。特に、投資家が皆、健常者とは限りませんから、IR(投資家向け広報)情報については障害者対応を急ぐ必要があるのではないかと思います。
他にも、銀行の手続きなどはアプリが一般的になってきましたが、障害者が操作できないということになると、お金にかかわることですから、大きな問題になってきます。大手は対応が進んでいますが、地域金融機関や信用金庫、信用組合などは未着手のところがあります。そのため改正法施行1年半の取り組みが重要になります。
─ 取り組みによって情報のバリアをなくすことができるということですね。
垣内 そうです。情報に関してはもう一つ、外出時の「駐車場」の問題があります。
例えば、自治体が管理している各種の駐車場では障害者割引が設定されており、、本人確認が必要です。そのために係員の方々が駆けつけなければならず、割引する上に対応する人が必要だということでコストの課題がありました。
そこでまずは広島市でアマノマネジメントサービスさんと共同で24カ所の駐車場で「ミライロID」と連携した精算機を設置しました。これにより、係員が駆けつけなくとも本人確認と、割引の適用が可能になったのです。この事例には、他の自治体も関心を持っています。
─ 障害者の利便性向上と、自治体のコスト削減、双方にメリットが出ますね。
垣内 そうです。人件費の削減に加え、障害者へのサービス拡充という価値があります。コロナ禍では障害者の罹患リスクが高いと言われており、自家用車での移動が求められていました。今回、駐車場の利便性向上が実現できたことは、障害者の社会参加において有意義ではないかと思っています。
情報領域では他にも、災害時に関する取り組みを進めています。2011年の東日本大震災では、障害者は健常者の2・5倍も亡くなっています。逃げ切れない方が多かったんです。
無事避難できたとしても避難所のトイレが使えるのかという問題がありました。例えば体育館に避難しても、そこに車椅子用のトイレがあるとは限らず、排泄に困るという問題が実際に起きました。水分を控えたことでエコノミークラス症候群を発症する例も少なくなかったのです。
災害時などで活躍する「モバイルトイレ」
─ この課題解決に向けた取り組みを進めている?
垣内 避難所となる体育館にバリアフリートイレを増やせるかというと、それは簡単ではありません。そこで、災害時にバリアフリートイレを持っていけるようにすればいいだろうということで、トヨタ自動車さんが開発した、移動型バリアフリートイレトレイラー「モバイルトイレ」の普及に取り組んでいます。
現在実証を重ねていますが、このトイレのメリットは移動が可能なので、複数の自治体が共同で利用できることです。資金を投じてバリアフリートイレを増やすことなく、災害時にもフレキシブルに対応できます。
災害時だけでなく、障害者が働くオフィスや工場で、バリアフリートイレが設置できないところに置いたり、コンサートなどのイベント会場に設置したりすることも考えられます。今はこの「モバイルトイレ」を多くの自治体、企業に認知していただくことが大事だと考えて活動しています。
障害者に関する課題は山積していますが、一つひとつ取り組むことが重要ですし、今後も我々だけではできないことをトヨタさん、アマノさんといった企業と連携して取り組むことができたらいいなと思います。
─ このトイレは海外展開もできそうですね。
垣内 確かに、日本だけでなく海外にもポテンシャルがあると思います。今後、海外にも輸出できれば、日本が生み出したソリューションということで、世界から評価され、広がっていくことも考えられます。
─ ある意味で、我々が普段気づかない部分に光を当てる取り組みだと。
垣内 そうですね。例えば、東日本大震災の時には、車椅子の不足が顕著でした。なぜなら、乗っていた人の車椅子が流される、もしくは潮風によって錆びるという事態がありました。また、高齢者、障害者の避難に向けて自衛隊の方々も車椅子を相当数必要としていたからです。
私達は支援金を募って、被災地に車椅子を贈るという活動を進めました、加えて、この取り組みは海外向けの報道でも取り上げられて、世界各国からも支援が集まり、被災地に車椅子を贈ることができたんです。
その後は、各被災地でこの取り組みが継承され、被災地には車椅子が必要だという認知が広がりました。そういった形で一つの文化を形成できたように、先程お話したトイレについても、新しいソリューションとして認知されることで、普及が進むと考えています。
─ 災害などの惨事は厳しい経験ではありますが、人間性を見つめ直すきっかけにもなりますね。
垣内 ええ。阪神淡路大震災の時には、避難所はもちろんのこと、仮設住宅のバリアフリー化も十分ではなく、障害のある避難者は苦労したとの声が多くありました。その後の東日本大震災では、その経験から仮設住宅のバリアフリー化は一定程度進みましたが、トイレの課題は解決できていなった。
私は11年5月に東日本大震災の被災地に入り、それぞれの場所を見て周りましたが、トイレの課題を実感し、何とか解決したいという思いを持ち続けてきたことが、今回の取り組みにつながっています。
「ユニバーサルマナー」取得に動くヤマト運輸
─ 人々の意識を変える取り組みでもありますね。
垣内 そうですね。その1つとして、ヤマトホールディングスさんとの取り組みがあります。グループのヤマト運輸さんでは今後社員の方々が順次「ユニバーサルマナー検定」を受講する予定です。
障害のある方のお宅にセールスドライバーが行くと、在宅していても「不在」になることが多いんです。なぜなら、インターホンにすぐに対応できず、ワンテンポ遅れてしまうからです。この場合、再配達になりますから、人件費も余計にかかってしまい、もったいない。
─ 障害のある方々が何に困っているかをドライバーが知っておけば、よりスムーズな配達ができるようになり、無駄を減らすこともできますね。
垣内 ええ。例えば、聴覚障害のある人はインターホンの音に気付きづらいため、光でインターホンが鳴っていることを知らせるセンサーを使用していることがあります。その場合、何か別の作業をしていると、光に気づくのが遅れてしまい、ドライバーの方への対応も遅くなるケースがあります。一度訪問して、聴覚に障害があり、先述したような理由で対応が遅れる可能性があるということを知ってさえいれば、営業所で「あのお客様はインターホンを押した後、長く待った方がいい」といった情報共有ができます。
「ユニバーサルマナー検定」は、ホテルなどの接客業、サービス業の方々の受講が多かったですが、日本のインフラ企業とも言えるヤマト運輸さんで受講が進むことは、日本全体で障害者を支えていこうという機運が盛り上がるでしょうし、大きなインパクトがあると思います。
様々な取り組みが停滞したコロナ禍にあって…
─ 垣内さんにとって、コロナ禍での経営というのは、相当厳しい経験でしたか。
垣内 大いに苦しんだ状況ではありましたが、歩みを止めることなく進むことができました。
ただ、各企業は19年の時点で東京オリンピック・パラリンピックに向けて動いており中止、延期という動きの中で、一斉に取り組みが停滞しました。当然のことですが、感染防止対策に追われ、かつ、雇用を守っていかなければいけない中で、障害者対応は二の次になってしまった面がありました。
弊社の業績は著しく悪化しましたが、そこで一つ工夫をしました。他社と同様リモート対応で営業活動を進めるとともに、「ユニバーサルマナー検定」をeラーニングの形で提供できるようにしたのです。
こうした取り組みによって、コロナ禍においても、例えばダイハツ工業さんなどは、障害者雇用がますます必要になる中で身につけておくべきだということで、工場勤務の方に至るまでのべ1万5000人の方々に受講していただきました。
コロナ禍を耐え忍んだからこそ、これまでいただいた様々なご縁があったからこそ、今につながる、未来につながる取り組みができたのだろうと思います。
─ コロナ禍は、改めて人と人とのつながりを求める動きにつながっていますね。
垣内 そうですね。さらにはSDGs(持続可能な開発目標)もあります。SDGsは「誰1人取り残さない社会」を謳っていますが、17の目標のうち、9つは障害者に関連してきます。
さらに、現在全人口のうち、障害者の割合は8%です。今後、新商品を開発し、マーケティングをする際に、100人のうちの8人の声が入っているかが重要になってきています。
実際に塩野義製薬さん、ロート製薬さん、リクシルさんなど、多くの企業から弊社にご依頼いただいて、新商品をつくる際には、障害者の声を反映し、アップデートしていこうという動きになっていますから、非常に手応えを感じています。
─ まさに共生、多様性の時代だといえますね。
垣内 私は今、将来に希望を持ち、大いに楽観視しています。
50年前、企業と障害者は対立関係にありました。1970年代半ばに起きた「川崎バス闘争」では、バス会社の労働組合に属する皆さんが、賃金が十分ではない中で障害者対応までするのは難しいということで、乗車を拒否するという問題がきっかけとなりました。
当時は高度経済成長期でありながらも、オイルショックもあって経済状況は厳しく、障害者対応まで手が回らなかったのだと思います。現在はコロナ禍で、当時と同様の対応になってしまう可能性もありましたが、実際はそうなっていません。
それは、やはり意志を持った経営者の方々がおられたことで、我々の取り組みにも理解を示していただき、できることを進めていこうと動いていただいたからだと思います。
未曾有の事態の中でも、障害者への取り組みはおろそかになることなく、着実に進んだという意味では、50年経って、日本は間違いなく進化していると感じます。
今後、社会では多様性への配慮という機運がさらに高まっていくことが予想されますから、障害者を一つのきっかけとして、こうした動きを取ることができているのは、将来に向けていいきっかけになると思っています。
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