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「市況に左右されない事業を」三菱UFJモルガン・スタンレー証券・小林真の「ウェルスマネジメント」戦略

財界オンライン / 2023年3月14日 11時30分

小林真・三菱UFJモルガン・スタンレー証券社長

米モルガン・スタンレーの知恵と、三菱UFJフィナンシャル・グループのチーム力の融合─。2008年のリーマンショックを受けて、MUFGは大手投資銀行・モルガン・スタンレーに出資。その結果誕生したのが三菱UFJモルガン・スタンレー証券。M&A(企業の合併・買収)の成果は日本でトップクラスの地位を築いたが、今は新たな段階に入っている。それが「ウェルスマネジメント」(富裕層向け運用)。「本邦ナンバーワンを目指す」と話す社長・小林真氏の戦略は。

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「貯蓄から資産形成」の今後をどう見るか?

「2023年は世界的に、経済が好転するのは難しい部分があるのではないか」と話すのは、三菱UFJモルガン・スタンレー証券社長の小林真氏。同社は三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)60%、米大手投資銀行・モルガン・スタンレーが40%を出資した合弁会社。

 コロナ禍による混乱は峠を越えたと見られるが、ウクライナ戦争など地政学リスク、欧米の金融引き締めなどもあり、経済環境の先行きは混沌としている。

 小林氏は22年11月頃には、23年前半は厳しくとも、第4四半期頃にはいい兆しが見えるのではないかと見ていたというが、12月頃には「世界がネガティブな方向に行っていることを感じた」と話す。それによって冒頭のような厳しい認識に至ったが、「我々にできる部分をしっかり支えて、少しでも早く、世の中に明るい兆しが見えるようにしていきたい」という。

 日本では日本銀行総裁が4月に交代し、「金利がつく時代」に向けた一歩を踏み出す見通しだが、高インフレが続く米国ですら長期金利が4~5%という状況を考えると、日本では「異次元の金融緩和」は終わっても、すぐに数%の金利が付くとは考えにくい。小林氏も「個人的には、当面低金利環境が続くのではないかと見ている」と話す。

 こうした難しい経済環境の中、大手証券各社の業績も厳しい状況。個人投資家の株取引は停滞し、企業は株式や債券の発行を手控える動きが続く。それを受けて、22年4―12月期の大手証券各社の業績も厳しかった。

 小林氏は今後をどう見ているのか?

「証券会社は発行市場、流通市場、どちらも見ている、株式及び債券のマーケット形成には欠かせない存在。環境はよくないが、低金利環境が見通せる中では『貯蓄から資産形成』の重要性が認識されるのではないか」

 普通預金ではほぼ金利がつかない中で、将来を見据えた資産形成は確かに重要性を増している。そこでいかにアドバイス機能を発揮し、顧客の適切なポートフォリオ構築に貢献できるかが、今後の証券会社に求められていること。


機関投資家向け商品を「小口化」して販売

 その意味で、証券会社のあり方はかつてとは大きく変わった。以前であれば各社は手数料収入を求めて、顧客の短期売買を期待する面が大きかった。それが今は顧客からの「ストック資産」をいかに増やすかが重要視される。三菱UFJMS証券では19年から「アドバイザリー型」のビジネスモデルに大きくカジを切った。

 そして、小林氏は今後さらに目指す方向として「本邦ナンバーワンのウェルスマネジメントハウス」という目標を掲げる。

 ウェルスマネジメントは「富裕層向け資産運用」のこと。このビジネスへの注力は、前述のように経済の浮き沈みに業績を左右されがちな証券会社の経営を安定させることにつながるとも小林氏は見る。

 世界有数の投資銀行である米ゴールドマン・サックスとモルガン・スタンレーは、直近の決算で明暗を分けた。投資銀行事業とリテールバンク事業が不振だったゴールドマンに対し、モルガン・スタンレーは「ウェルスマネジメント」の好調で好決算となったのだ。

 このビジネスでの視点は短期売買ではなく「長期保有」。顧客のポートフォリオをきちんと構築できれば、長期の保有につながり、ストック資産も増える。「ストック資産から得られる収益が上がれば上がるほど、証券会社の収益は安定する」(小林氏)

「本邦ナンバーワン」という時には、野村ホールディングスや大和証券グループ本社を凌ぐことを意味するが、どういう道筋で達成しようとしているのか。

 前述の19年の「アドバイザリー型」への改革の際に、三菱UFJMS証券では営業担当者の収益目標、販売目標などの、いわゆる「ノルマ」を撤廃。それに替わって「ストック資産」の純増と、顧客ロイヤルティ(企業やブランド、サービスなどに対する愛着や信頼)を数値化するための指標であるNPS(Net Promoter Score)が評価の軸となった。つまり、顧客からの評価を重要指標にしたということ。

「社員には『お客様にアドバイザーとして最も信頼される存在になりなさい』と伝えてきた」と小林氏。

 だが、それだけでは収益向上にはつながらない。そこで同時に、投資戦略、商品戦略、デジタル戦略の追求で収益基盤の強化も進めてきた。

 投資戦略ではモルガン・スタンレーの知見を活用して投資の参考になる資料である「GMAP」(Global Macro & Asset allocation Perspectives)を顧客に提供。モルガン・スタンレーの視点を、日本の投資家に生かしてもらう狙い。

 そして商品戦略では、21年に注目すべき金融商品を発売。それまで大口の機関投資家しか投資できないとされてきた「未公開株(プライベート・エクイティ=PE)ファンド」に小口で投資できる手法を開発したのだ。

 数十億円から100億円が投資単位だったPEファンドに1億円から投資できるということで、富裕層の個人投資家が集まり、現在までに累計700億円以上と「世界でも類を見ないくらい、個人投資家向けに販売した実績がある。PEファンド側からの評価も高く、我々の強みになっている」(小林氏)

 この商品開発の背景には、まず小林氏自身がM&A(企業の合併・買収)に関するファンナンスの仕事などを通じて、PEファンドとの関係を構築できていたことが大きい。さらにグループの三菱UFJ信託銀行と連携したことで、1億円程度から投資できる商品を組成できた。

 PEファンドは運用期間が10年程度と長く、流動性が低いため、機関投資家でも投資が難しい商品。それを商品設計の工夫で、10年保有してもパフォーマンスが上がることが見込める商品に仕上げた。

 同時に、単品で保有してもらうのではなく、PEファンドが株式や債券との相関関係が低いという特徴を生かして、顧客にとって安定的なポートフォリオ運用ができるという点を強調。

「お客様からは『PEファンドに個人で投資できるとは思わなかった』、『こうした投資チャンスを待っていた』という声をいただくことができた」

 さらに20年8月には、それまで別会社でウェルスマネジメントを手掛けていたグループ会社・三菱UFJモルガン・スタンレーPB証券を統合し、機能の強化を進めた。

 新たな投資商品を信託銀行との連携で開発したように、複雑化する投資家のニーズに対応するためには法人向け、個人向けともに銀行・信託・証券のさらなる連携が不可欠。

 これは証券会社とグループ内の銀行等との間で、顧客の非公開情報の共有を制限する「ファイヤーウォール規制」の緩和を受けた動きでもある。

 ただ、小林氏は社内に「規制が緩和されたとはいえ、お客様の大事な情報を自由に使っていいというわけではない。どれだけ大事な情報かを考えながら、お客様のニーズに応える必要がある」と訴える。

 法人向けには22年4月に「ホールセールカバレッジ部」を新設。この部署に三菱UFJ銀行、三菱UFJ信託銀行、そして三菱UFJMS証券から専門人材を集めた。業態を超えてサービスを提供することで、顧客ニーズに応えていく方針。

 個人向けも同様に銀・信・証が連携して取り組む。例えば、個人の資産の中では「不動産」が大きなポジションを占めるが、銀行は住宅ローン、信託は仲介、証券は証券化など、様々なアプローチができる。そこで3社で「ウェルスマネジメントデジタルプラットフォーム」を構築し、連携を深めている。

 また、日本の課題としてスタートアップ企業がなかなか育たないというものがある。ここにもモルガン・スタンレーの知見を生かそうとしている。19年に投資銀行部門の中に「SAT」(Startup Acceleration Team)を設置。投資銀行のノウハウをスタートアップに活用してもらうための取り組みを進める。

 スタートアップの「出口」、目標としては上場が思い浮かぶが、中には資金調達がきちんとできれば、急いで上場せずに事業を育てたいというニーズや、未上場のままでM&Aによって他社と統合して、さらなる成長を目指すというケースもある。こうしたニーズには、まさに投資銀行のノウハウが生きる。

 小林氏には「上場だけでなく、多様な資金調達の手段がなければ、ユニコーン企業も生まれないのではないか」という問題意識がある。

 支援している1社にパワーエックス(伊藤正裕社長)がある。同社は21年3月設立で、世界初の「電気運搬船」や「大型電池」の開発を手掛けるスタートアップ企業。グーグルや日産自動車、三井物産などの出身者が集っていることでも知られる。「日本のGX(グリーントランスフォーメーション)に資する会社をサポートできているのは喜ばしいこと」と話す。こうした事例を次々に生み出すことができるかが問われる。


2社の提携関係は新たな段階に

 世界的投資銀行であるモルガン・スタンレーにMUFGが出資したのは08年に発生した「リーマンショック」がきっかけ。当時約9000億円を投じた。それを受けて10年に日本で合弁会社を設立。

「発足当時は投資銀行部門が大きな魅力で、今も当社の事業の中核をなしている。M&Aでトップを獲得するなど、様々なリーグテーブルで常に上位を占める地位を確立できた」

 小林氏は、この強みに加えて、今後は前述の「ウェルスマネジメント」でモルガン・スタンレーの強みを生かしていきたいという考えを持つ。

 今、小林氏を始めとするMUFGの関係者は、モルガン・スタンレーとの関係を「ジョイントベンチャー2.0」と表現する。日本にあるもう一つの合弁会社・モルガン・スタンレーMUFG証券(モルガン・スタンレーが51%、MUFGが49%を出資)とも連携を深め、日本市場を深耕していく考え。

 実は小林氏は、MUFGがモルガン・スタンレーへの出資を決めた後、その提携内容についての交渉責任者を務めた経験を持つ。「日本での合弁会社設立、グローバルでのコラボレーションなど、できることは数多くあると考えた。MUFGのバランスシートとモルガン・スタンレーのビジネスでサステナブルな証券会社ができると思っていた」と振り返る。

 難しい交渉で、侃々諤々で膝詰めの議論が続き、妥結には時間がかかったが「その交渉の日々が『スピリット・オブ・パートナーシップ』につながり、それは世代が変わっても生きている。これは我々の強み。私自身にとっても大きな経験」

 小林氏は銀行でキャリアをスタートしたが、証券、信託、リースとグループ内で多様な仕事を経験してきた「グループ一体」を体現した人物。「どの事業でも多くの方と知己を得ている。『証券の人間だから銀行のことはわからない、信託の仕事は関係ない』ではなく、お客様のニーズを聞いて、全てのことをアレンジできるようになることが理想。社員には将来、そうした人材を目指して欲しい」

 小林氏は1962年2月神奈川県生まれ。85年早稲田大学商学部卒業後、三菱銀行(現三菱UFJ銀行)入行。学生時代から海外で仕事をしたいと考えてきたが、就職活動時に父親から「今後、銀行も海外で活躍できるんじゃないか?」と勧められて三菱銀行を志望した。

 入行後は米ニューヨーク大学経営大学院への留学や、海外での「プロジェクトファイナンス」の強化に携わってきた。「全ての希望が叶うわけではないが、若い人達には自分のやりたいことは、ぜひ上司や周囲の人達に伝えるようにして欲しい。そして、その実現に向かって努力することが大事」

 今後に向けては「モルガン・スタンレーとMUFGの提携は『2.0』と次の次元に入ったが、ポテンシャルはまだまだある。投資銀行での協働から始まり、今はウェルスマネジメントにまで広がっているが、まだ発展する余地がある。そのポテンシャルを発揮できれば、国内外でもう一段、ステータスを高めることができる」

 今後も経済環境は不確実性が高い状況が続く。その中でいかに顧客の要望に応え、成果を出し続けられるか。モルガン・スタンレーとの関係強化がさらに問われる局面と言える。

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