エア・ウォーター・豊田喜久夫会長CEOに直撃!「新設した『ユニット長』にM&Aした会社のトップを据えた理由」
財界オンライン / 2023年4月18日 7時0分
産業ガスを祖業に、医療や農業・食品など幅広い領域を手掛けるエア・ウォーター。2022年には産業ガス、ケミカル、医療、エネルギー、農業・食品、物流の6カンパニーと2つの事業部を、「デジタル&インダストリー」、「エネルギーソリューション」、「ヘルス&セーフティー」、「アグリ&フーズ」の4つの事業グループと13の事業ユニットに再編。会長CEO・豊田喜久夫氏が、この変革に込めた思いとは─。
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会社の組織を大きく再編
─ 世界情勢が混沌とする中、改めて経営者の覚悟が問われる時代だと思います。まずはこの3年のコロナ禍をどう総括しますか。
豊田 新型コロナの感染拡大では多くの方がご苦労をされましたが、経営的にはチャンスだと考えました。それは働き方を含め、いろいろなことを変えられるからです。営業のやり方を見直したことで収益力が向上しましたし、様々なコストが減ったこともあって2021年3月期、22年3月期は連続して過去最高の営業利益となりました。
23年3月期はバイオマス発電が苦戦しました。燃料となるPKS(ヤシ殻)の価格が上昇しただけでなく、ウクライナ危機などによって輸送する船舶が不足しました。高いお金を支払って何とか船舶を手配して日本に運んできても、人手不足の影響などで荷降ろしができず、滞船料が増加してしまったのです。「泣きっ面に蜂」とはこのことです。
─ 4月から始まる新しい期では、どのような攻め手で行きますか。
豊田 一番大きいのは22年4月に実行した「カンパニー制」から「ユニット制」に移行する組織改革です。従来の6カンパニー・2事業部から、「地球環境」と「ウェルネス」という2つの成長軸を基に、「デジタル&インダストリー」、「エネルギーソリューション」、「ヘルス&セーフティー」、「アグリ&フーズ」の4つの事業グループに再編し、その傘下に13の事業ユニットを置く形としました。
この13の事業ユニットには「ユニット長」がおり、彼らはその傘下の中核事業会社の社長を兼任することで、それぞれが事業の業績に責任を持つというルールにしました。
これによって何が生まれるかというと、このユニット長の多くはM&A(企業の合併・買収)した会社の人間なんです。今まではエア・ウォーターの人間がエア・ウォーターの経営をしてきましたが、22年からはM&Aした会社のトップがエア・ウォーターの経営に参画する組織となったのです。
─ ユニット長に就いた人達のやる気につながりますね。
豊田 そう思っています。なぜ、私がこういった組織改革を考えたかというと、06年から川重防災工業(現エア・ウォーター防災)の社長を務めた経験があったからです。
当時、川重防災の業績は、事業の3つの柱である「呼吸器事業」は国内で80%、「医療事業」のガス配管施設が50%、「消火事業」のガス消火設備が35%とトップシェアなのにもかかわらず、なぜ利益が出ないのかという問題意識がありました。
─ 利益が出ない要因は?
豊田 川重防災の人達は、親会社から人やお金を送ってくるから、自分たちが頑張らなくても良いという意識になっていたのです。
私は川重防災のキーマンに「それは違う」と訴えました。その方は年上でしたが大喧嘩したんです。1時間半くらい侃々諤々議論、説得をして、最後は「一緒にやろうじゃないか」という形になりました。
社長就任直後は、元々の3つの柱に加えて、4本目、5本目の柱をつくろうと考えていましたが、3カ月間、いろいろと調べて考えた結果、新たな柱をつくるのではなく、3つの柱を磨き直すことに決めたのです。
─ どういう手を打ったんですか。
豊田 医療事業では、医療設備を手掛けているのに「手術室」を持っていませんでした。そこで手術室のトップランナーである美和医療電機を買収しました。買収後は美和医療電機の経営陣と名古屋にあるシミュレーションルームで毎週末勉強会を開催していました。私もずっと参加していましたが、半年経った頃に終えました。その後、一気に業績が拡大したのです。
また、ガス消火設備は原子力発電所など電力関連施設やデータセンターなど、重要施設の消火を手掛けており、非常に好調です。
神戸にある本社の敷地内には日本でエア・ウォーター防災にしかないような設備があります。「振動試験センター」には、日本最大級の3軸同時加振試験装置があり、阪神・淡路大震災や東日本大震災といった地震を再現できますから、ここで電力会社やデータセンターを手掛ける企業などが試験をしています。
日本の農業に一石を投じる連合体
─ エア・ウォーターは非常に幅広い事業領域の仕事を手掛けていますが、豊田さんが今特に注力しているものは?
豊田 今、特に注力しているのは環境問題です。例えば、グループ会社のエア・ウォーター北海道は、北海道河東郡鹿追町で、国内で初めて家畜ふん尿をメタン発酵させて生成したバイオガスから水素の製造を行う実証実験を進めてきました。22年4月からは商用化・事業化しています。
さらに、これも国内で初めて家畜ふん尿由来の「液化バイオメタン」(LBM=Liquefied Bio Methane)の生産にも取り組んでいますが、北海道内の全畜産農家から集めることができれば、北海道におけるLNG(液化天然ガス)需要の半分ほどは賄える可能性があります。
─ エア・ウォーターは北海道を拠点としたアグリ(農産・加工)事業にも積極的ですね。
豊田 当社は青果物の加工や仲卸業務などを手掛けるベジテックと業務提携し、株式の一部を取得した他、業務提携していたカット野菜販売のデリカフーズホールディングスの株も追加取得するなど、両社との連携を強化しています。
普通の発想では、同じ機能を持った仲間を集めがちですが、今回の提携では「縦軸」で、青果物の調達から開発・加工、販売までの供給網を強化することができます。
従来は野菜を扱っているだけだったものが、加工されてサラダになることでコンビニエンスストアなどで販売することができます。そこには野菜だけでなく、当社が手掛けるハムなども入れることができるという形で、付加価値を付けると高い価格で売ることが可能になります。
─ エア・ウォーターはこの連合体のコーディネーター役になっていると。
豊田 ええ。ただ、新商品開発などに関しては、彼らの知恵も借りないといけません。「3社で共に大きな存在になっていこう」と言っているんです。
─ お互いの強みを持ち寄って、新しい事業を起こそうということですね。
豊田 そうです。これは日本で初めての取り組みです。ベジテックが仲卸、デリカフーズHDが主に中食、我々は農産・加工、物流といった機能を持っており、供給網の多くを押さえることができます。非常に高く評価してくれる方もいますが、脅威に感じているところもあるでしょうね。
この分野はほとんどが「一匹狼」ですから、これまでまとまるのが難しかった。ですからおそらく、今後我々のグループに合流したいと考える企業も出てくるのではないかと思います。
製品値上げ、賃上げは日本のために必要
─ ところで、産業界全体で賃上げ、製品価格値上げの議論が高まっていますが、どういう考えを持っていますか。
豊田 私はどちらも上げるべきだと思っています。コストアップの問題よりも、日本は世界と比べて安すぎます。
また、営業面で考えても、値上げこそが営業担当者の腕の見せ所であり、最大の教育機会です。例えば、日本製鉄がトヨタ自動車との交渉で鋼材値上げを実現しましたが、根を詰めて、理論的に説明して納得してもらったのだと思うんです。我々も、きちんとお客様に説明し、納得していただける能力を付けなければなりません。
賃上げに関しても、当社はこの4月に初任給の見直しを含め、全体で6%の賃上げを行います。こういう時こそ、企業は賃上げのためにどうしたらいいかを考える必要があります。
労働分配率については業種によって違います。また、全体の人件費をどうコントロールするか。その時には人手の問題も出てきますが、我々のようにグループになっていると、不足しているところに人材を回すことができます。
何よりも、我々経営がグループ各社に「何%引き上げなさい」といったことは言わないようにしているんです。それは自分達で考えて欲しいからです。
─ かつての日本企業での評価は年功序列でしたが、今は能力で評価する時代になってきていますね。
豊田 これは難しい問題です。定量的評価が主流になってきていますが、営業担当者は数字で出ますからわかりやすくても本社部門をどう考えるか。これもグループ内にはみんなで考えていこうと言っています。
「人」をどう育てるかというと「評価」と「異動」です。どんどん新しいところに異動させて、いろいろなことを学んでもらい、自分で仕事をつくることができるようになって欲しい。
─ 以前は「愛社精神」などと言われましたが、近年はそうした言葉もなくなってきていますね。
豊田 終身雇用の時には大事だったかもしれませんが、今はあまり考えなくてもいいのではないかと。ですから己を磨き、自分の好きなところで、好きな仕事をする時代です。
そして私は、辞めていく人には「またおいで」と言って送り出すんです。出入りは自由で、実際に戻ってきた人もいます。そのためにも、やりたいことを考えることです。自分の夢を持っている人は育ちますよね。
私自身、会社で出世したいと思いながら仕事していませんでしたが、出世するということは仕事で自分の夢を叶えることにつながります。私は常に、そのポジションに就いたら、これをやりたいと思いながら仕事をしてきました。自分の好きなことができるのは楽しいですよね。
─ 豊田さんから見て、どういう人が伸びていますか。
豊田 よく勉強する人です。例えば、その部門に配属されたら、まず部門のことを歴史から勉強し、データ化する必要があります。データ化すると必ず問題が出てきますから、解決に地道に取り組むことが大事です。それを何となくの解決策ができた段階で走り回るのでは駄目です。それはただ走り回っているだけになってしまう。
私は工場の現場に行くこともあるわけですが、行くとみんな私に背中を見せて、一生懸命仕事をしているフリをするんです。そうした時、私はまず道具箱を開けます。道具箱が綺麗だと、きちんと仕事をしていることがわかります。
また、高い場所から現場を見ることもありました。上から見たり、下から見たりすると、人の動きが大体わかるからです。工場で作業する時には両手を広げた範囲に収まるのがベストです。それを離れた場所に取りに行くなど無駄な仕事をしていることがある。
─ そうしたことも現場を見ることでわかるわけですね。
豊田 ええ。また、みんなとにかく利益を出さなければという思いがあります。そうした時、例えば外注に出すことがあります。社内の人間でやると1時間6000円かかるけれども、3000円でやってくれる会社があるからというわけです。これが大きな間違いです。
なぜなら、6000円の人は仕事がなくなるので暇になります。だからといって、そのままにしておくわけにはいきませんから、出来の悪い管理職は時間潰しのような仕事をさせてしまうんです。
そうした価値のない仕事をしている人は元気がありません。ですから、先程お話したように私が工場に行った時には背中を向けてしまうわけです。
そこで私は、必要のない外注をやめ、内製化を進めました。その分仕事をどんどん取ってくることで忙しくなりましたが、その後私が現場を回ると正面を向いて「おはようございます」と挨拶してくれるようになったのです。
─ やはり仕事にはやりがいが大事だと。
豊田 そうです。私が現場に行く時には製品が出来てくるのを見るわけではないと、みんなにはっきり言っています。私は人の動きを見に行くんです。
エア・ウォーター防災の社長時代には社内に「豊田塾」をつくりました。係長を45人選んで、毎週金曜日に私や各部門のトップが説明し、土曜日には彼らに部門の課題についてのプレゼンをしてもらいます。その課題の解決策を1年かけて完成させるんです。
塾に参加した人達の頑張りもあり、卒業生の多くは役職が上がります。その姿を見ると上司は「遊んでいてはいけない」といって頑張るようになりました。また部下も「次は自分も入りたい」という希望を持つようになったのです。それを狙って中間層である係長を選んだという面もあります。
子供達が「いい社名だね」と言ってくれて…
─ 旧大同ほくさんと共同酸素が合併してエア・ウォーターが誕生したのが2000年ですから20年以上が経ちますが、社名も浸透しましたね。
豊田 そうですね。当社は当時の青木弘会長(故人)の構想を名誉会長(豊田昌洋氏)がサポートして、ここまで来ました。
エア・ウォーターとなる直前、私は人事担当の執行役員でしたが、青木会長に「社名はどうするんですか?」と聞いたことがあります。その時に「それはエア・ウォーターしかないだろう」と言われました。
─ 青木さんはずっと「エア・ウォーター」という社名が頭にあったんですね。
豊田 かつて大同酸素がタテホ化学工業の再建を手掛けた際、青木会長は「エア×(バイ)ウォーター」という言葉を使いました。ただ、当時は世間から「日本語としてどうか?」と言われたこともあり、長くは使わなかったんです。ただ、その言葉をずっと抱えていて、2000年に共同酸素と合併する際、すぐに「エア・ウォーターにする」と言ったわけです。
─ 青木さんは思いを言葉にするのが上手だったんですね。
豊田 そうなんです。私は最初、エア・ウォーターという社名になかなか馴染みませんでしたが、子供達に社名を伝えたら「お父さん、いい名前だね、最高だね」と言ってくれました。
─ 改めて、経営は本気になって取り組む人がいなければ成り立ちませんね。
豊田 成り立ちません。これまで私は、赤字の事業を引き受けては黒字化させるという仕事に取り組んできました。
例えば当社では介護用シャワー入浴装置「美浴(びあみ)」を手掛けていますが、これは04年にキヤノンのグループ会社から買収したものです。ちなみに「美浴」という名前を考えたのも青木会長です。
買収直後は苦労をしましたが、今では超売れっ子の商品となりました。ストレッチャーや車椅子に乗ったままシャワーを浴びることができることから、コロナ禍でさらに需要が伸びました。
─ 新型コロナの感染リスクを抑えられますし、人手不足にも役に立つ。
豊田 そうです。実は私は長野県松本市に拠点を持つ社会福祉法人「梓の郷」の理事長も務めています。青木会長が立ち上げたものを私が引き継いだのですが、これも赤字だったものを黒字にしました。
─ どのように黒字まで持っていきましたか。
豊田 介護に携わる人は「ハート」で仕事をしています。ハートというのは、自分がやっている仕事に対する誇りなんです。そして、誇りを持ってもらう時に大事なのが我々経営者の姿勢です。この2つが噛み合ったことで黒字が実現できたのだと思います。
介護施設できちんとした利益を出すために必要なことは、サービスの質がいいことです。誰しもが「いい介護施設」に入りたいと思うわけですが、いい施設とは評判がいいところです。「あの施設はいいよ」、「きちんと面倒を見てくれるよ」という評判になれば、きちんと部屋が埋まり、利益を確保できると。
─ 介護に携わる人の意識も変わっていきますね。
豊田 事業がうまくいくようになってから、多くの社員が介護施設を買収してグループ入りさせたいと言ってくるようになりましたが、私は全て止めました。
そうして「本気になってやるなら認めよう。自分の資産を全て拠出するくらいの覚悟でやって欲しい」と伝えました。やはり仕事は本気でやることです。私自身も本気ですし、社員も本気になるよう、意識改革に努めてきました。その精神が大事なのだと思います。
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