中前忠氏の訴え「銀行の貸出正常化、消費を伸ばすためにも金利が上がらなければならない」
財界オンライン / 2023年5月23日 18時0分
「先行きは相当深刻で厳しい。今までのような、ちょっとした谷があっても、すぐに元に戻ると考えていると危ない」と警告する中前忠氏。日本の状況を変えるには「金利を上げること」と指摘。その結果、中小企業の倒産など危機の到来も予想されるが、「それ以上に2000兆円の個人金融資産が活用される効果の方が大きい」とする。これからの日本の方向性とは─。
為替の円安で起きること
─ 前回、日本の為替はファンダメンタルズ(経済の基礎的指標)からして、努力をしなければ円安の方向に向かうというお話でした。日米の対比でいうとどう見ていますか。
中前 「米国の景気が悪そうだ」、「中央銀行が引き締め政策を転換して金利が下がりそうだ」、「だからドル売りだ」という考え方は、短期のトレーディングの話であり、中長期トレンドではありません。
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中長期的なトレンドで見ると、米国は10年債利回りが3%台、日本はゼロ、あるいはせいぜい0.5%です。金利を見ても、状況が落ち着けば米国に投資をする方が、はるかにいいということになります。
もう一つ、日本は貿易赤字が増えています。かつて為替は貿易収支、実需が決め手でした。その後、金利を反映した資本取引も要因として加わるようになりました。日本の場合、貿易収支にも金利にも問題がありますから、冷静に考えれば円安に向かうのがファンダメンタルズです。
─ このまま為替が円安に向かうとどういうことが起きると考えますか。
中前 円安で何が起きるかというと、輸入インフレが一段と進みます。インフレが起きると金利が上がらないでいいという話にはなりませんから、どこかで金利が上がり始める。
そうすると一般の人も、ドル預金の方がいいのではないかと考えるようになる。為替の方も徐々に「ミセス・ワタナベ」(外国為替市場で取引をする日本の小口の一般投資家)が活躍する度合いが大きくなってくるだろうと思います。
ミセス・ワタナベは一般の個人投資家です。銀行や保険会社などの機関投資家は対外投資をする際に自己資本規制など様々な制約があります。例えば金融機関がドル債を購入する時には、ヘッジが付いていなければリスクウエイトが大きくなってしまいます。
ですからマージンが大きく減ってもヘッジをかけます。それでも3.5%の10年債でヘッジコストが2%程度であれば1.5%はお釣りが来るわけです。しかし昨年、短期金利が急激に上がり、ヘッジコストが利回りを上回ってきました。それで昨年秋から、日本の機関投資家は一斉に米国債を売ったのです。
米国の投資家は、日本の資金が米国を見放して日本に回帰し始めたと見ました。ですから円が強くなり、回帰した資金は株に向かうだろうから日本株は買いだということで、若干日本株を買った時期もありました。しかし、それはそうではなく、日本はそういうポジションを持てなくなったから外していったわけです。その錯覚、認識の誤りに気がついてきているのが現状ではないでしょうか。
日本経済の悪化は「ゼロ金利政策」で起きた
─ 政府や政策当局を含め、この状況を打開する手立てはあると見ますか。
中前 ありません。1回は大ショックが起きます。これは政策の問題ではなく、マーケットが勝手に動いてそうなるわけですが、それを止める手段を政策当局は持っていません。
─ となると、嵐が来ることに備える必要があると。企業経営者はどういうスタンスを取るべきだと考えますか。
中前 先行きは相当深刻で厳しい。今までのような、ちょっとした谷があっても、すぐに元に戻ると考えていると危ない。
今回は、日本で言えば1990年代のバブル経済が崩壊して以降、初めて本格的な変革が起こるはずです。世界的に言えば、2008年のリーマン・ショック以降、2度目の大きなショックが起きつつある状況です。
ただ、日本経済が90年代からおかしくなった最大の理由は、ゼロ金利政策で市場が消えたことです。それによって、いわゆる「ゾンビ企業」(実質的に経営がほぼ破たんしているにもかかわらず、金融機関や政府などの支援により市場から退出せずにとどまっている企業)が増えたわけです。
ゼロ金利はゼロ成長と同じです。つまりゼロ成長を強いるような金融政策を行った。財政で少々無茶をしても、ゼロ金利にはかなわないというのが、この30年間の動きです。
ところが、金利が上がってくると、その瞬間の厳しさは別にして、冷静に先を考えると市場が復活してきます。一方で、金利が3%ならば、その3%を支払えない企業は消えていきます。
人手不足についても、ゾンビ企業が抱えていた雇用が開放されることで解消されるでしょう。問題はむしろ、開放された雇用をどう使うか、職業訓練をどういう形でやるかです。しかも大掛かりにやらなければなりません。
銀行の貸出を正常化することの意味
─ 日本は構造改革ができるかどうかの正念場にあると。前向きに捉えるなら、日本の個人金融資産は約2000兆円ありますが、この活用にもつながるというポジティブな面もありそうですね。
中前 その方がはるかに大きいのです。2000兆円は負債を考慮に入れると、ネットで1600兆円くらいになりますが、この1600兆円にリターンがなかったものが戻ってくる。正常な状態になります。
今、株価対策でNISA(少額投資非課税制度)に注力していますが、金利がきちんと付く状態になれば人々にも余裕が出てきて、リスクを取って株を買うようになります。一方でゼロ金利のままでは、株は博打に近いものになってしまいます。
─ 銀行など金融機関の今後をどう見ますか。
中前 メガバンクなどは、足元の状況では正常な貸出ができないため、運用で稼がざるを得なくなっている。これを本業だけで稼げるような仕組みにしなければいけません。
特に中小企業の多くは直接金融で調達できません。ですから本来、そこにどんどん貸出できるような仕組みをつくらなければならないのです。そして、その基本として消費が増えなければなりません。
─ 消費が増え、それで賃上げができる環境を整えることにつながると。
中前 ええ。消費が増えれば企業の売り上げが伸び、投資も増えてきます。そうすれば銀行の貸出対象も増えていきます。
銀行が本業の融資 利益を出せるには何が…
─ 銀行が本業の融資で利益を出せる時代にする必要があると。その道筋は?
中前 今、世界ではグローバリゼーションが後退しつつあります。これまで企業が多国籍化し、自国に投資せずに海外で生産し、逆輸入していました。企業の利益は上がりますが、国内が弱っていく。
これは問題だということで、米国を中心に自国に回帰する流れが起きています。ただ、1国ではサプライチェーンが構築できませんから、日本とも組んで、ある種の「ブロック化」を図ろうとしている。
いずれにせよ、日本で設備投資が増える条件は消費市場が伸びることです。日本から米国に輸出するだけという投資は成り立ちません。今回の危機を契機に、いかに日本の消費が増える状況をつくるか。金利が上がるというのはそのひとつです。
もうひとつは消費税をやめることです。それによって購買力が増えます。消費税をやめることで財政赤字はどうなる?という声も出ると思いますが、その時には財政支出のカットと法人税、所得税を増税するのです。
貿易赤字を減らすには財政赤字も減らさなければなりません。貿易サービス収支は、財政赤字と民間貯蓄の合計がプラスになるか、マイナスになるかを見る目途ですが、まず財政支出を大幅にカットする必要があります。その意味で、この危機は大きなチャンスでもあります。例えば昨年秋の英国を見ても、180度転換しました。
─ なぜ、日本が英国のような手を打てないのか。
中前 それは政治のリーダーシップの問題だと思います。リーダーが問題を正しく整理し、把握しなくてはいけません。
日本では、社会保障費を増やさなければいけないと言われますが、金利所得が増えれば社会保障費でも大きく削れる部分が出てきます。
また、国際収支の改善を目指す場合、日本のように国債の大半を日本人が保有していれば、利払いがいくら大きくても、それは日本に残ればよいので、金利が上がって財政赤字が増えることは気にしなくてよい、という点は重要です。
そこで、財政赤字を解消させるには、大幅な財政支出のカットが先ずなくてはなりません。増税や社会保険料の引き上げより、こちらが先ずこなくてはいけない。消費税の廃止分を法人税と所得税の増税で賄うと考えていけばよいと思います。
─ 面白いアイデアですが、消費税廃止には異論もありそうですね。
中前 そうですね。消費税は安定財源、法人税は様々な控除もあって不安定な面があります。ですから、この控除をなくして、法人税を付加価値税化する。ただ、消費税をやめるという議論は日本においては難しいのも現実ですが、いずれにせよ、金利が上がって消費税がゼロになれば消費は間違いなく増えます。
もうひとつ、こうした施策を実行する時は円安が進んで、インフレも相当進行しているはずです。そこで、消費税をやめればインフレはたちまち10%下がります。
こうした策は、平常時では難しいですが、日本が危機的状態になれば通る可能性は高まります。危機をチャンスと捉えて使わなければいけません。
─ この問題は「国」とは何かを考えさせてくれます。
中前 ええ。やはり企業をひきつけられる国が勝つということ。多国籍企業をどう国内に回帰させるか、あるいは海外の多国籍企業を日本にひきつけることができるかが問われます。
今回の危機では、様々なことを考えなければ、いい解答は出てきません。今まで見落としていたこと、あるいは意図的に無視されていたことを浮かび上がらせることができたところが勝つことになります。
日本企業はコーポレートガバナンスを言う前に、日本企業として、日本にどういう貢献ができるかを考えるべきです。
政治には何を改革するかが問われている
─ 近年「ジョブ型雇用」など、働き手が自分のスキルを生かして職を探す時代になったと言われます。こうした働き方改革は日本にどういう影響を及ぼすと見ますか。
中前 そういう働き方を採用できる企業は全体の数%だと思います。それよりも、職業訓練を大々的に実施するなど、全体をどう引き上げるかが大事です。一部の企業が強い、弱いといった動きに惑わされてはいけないと思います。
日本は生産性論争にしても、ミクロの企業の生産性を上げることばかり考えて、国全体を考えていません。企業が数字上の生産性を高めたければ首切りをするのが一番簡単です。
しかし、それでは首切りで失業した生産性ゼロの人が増えますから、国全体としては生産性が落ちる。そういうマクロ政策には大きな問題があります。
─ その意味でも一部の企業だけでなく、中小企業も含めた全体を考える必要があると。
中前 戦後の日本は全体を考えてきました。ただ、戦後は成長率が高いこともあり、常に人手不足でした。そこで農村から人を連れてきて、教育してという形が成り立っていました。
しかし、成長が停まった時に人が余ってきて、「ゾンビ企業」に吸収されていきます。これでは生産性は上がりません。今回、仮にゾンビ企業が市場から退出すると、数百万人単位で「人」が余ってきます。その人達にどう職業訓練をするかが問われます。
例えば毎年200万人ずつ、人を集める。都道府県ごとに分けて、給与を払いながら1日の半分の時間は農業、林業、漁業に従事し、残りの時間は必要な職業の技術の取得に充てるというやり方はどうかと。
この問題は、本当にやるとしたら、それくらいの規模で考えるべき問題です。職業を移動する時に、個人にまかせてパートなどでしのがせていたら、技術の習得はできません。ですから国として給与を払いながら、職業の移転を促していく。
─ 財政出動も伴いますが、そうしたことのために国債を発行するといった構想力も求められますね。
中前 そうです。今の政治が考えているような政策では、永遠に日本が抱える課題は片付きません。政府は「新しい資本主義」を掲げていますが、新しいか新しくないかではなく、何を変えるか、が問われているのです。(了)
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