「まだまだ鉄道事業の成長の余地はある!」池袋―豊島園駅間から始まる後藤高志の【西武鉄道】改革
財界オンライン / 2023年6月11日 15時0分
「としまえん」の跡地にハリー・ポッターがやってくる─。コロナ禍が落ち着き、インバウンドが活況を呈し始めた鉄道業界。だが、コロナを経て各社が共通した認識を持った。「定期収入は元に戻らない」。そんな中で西武鉄道が映画「ハリー・ポッター」の世界観を鉄道沿線で表現しようと手を打ち始めている。世界的な人気映画を鉄道に絡ませる戦略だ。西武グループが見据える新たな収益の柱づくりとは?
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「ハリポタがやってくる」
大正15年に誕生し、約1世紀にわたって親しまれてきた東京・練馬区の「としまえん」。2020年に閉園したが、その跡地を含めた約27ヘクタールの敷地を活かして誕生するのが「東京都立練馬城址公園」だ。そして今年6月16日、その一角に登場する新スポットが俄かに注目を浴びている。それが「ハリー・ポッター」のスタジオツアー施設「スタジオツアー東京」だ。
としまえんを運営していた西武ホールディングス(HD)会長兼CEOの後藤高志氏は新施設の誕生に対し、「西武鉄道のみならず、西武グループにとってもプラスのインパクトがある。全国でも例を見ないハリー・ポッター満載の駅で非日常の世界にひたって欲しい」と語る。
ハリー・ポッターとは魔法使いの少年が主人公を務め、魔法を使って悪者を倒す世界的に大ヒットした映画シリーズだ。2000年代に放映され、最後の作品が公開されてから約10年が経過したが、世界中にファンがいる。スタジオツアーではその映画の世界観を体験できる。
そんなスタジオツアーが本場・ロンドンに続く2番目の場所として選んだのが東京だった。アジアでは初だ。「スタジオツアーロンドン」は12年の開業以来、1700万人以上の来場者を記録しており、「いまだに予約困難」と言われるほどだ。
一方、としまえんは開園以降、約22ヘクタールの敷地にアトラクションやプールなどの遊び場を数多く設置し、世界初の流れるプールや100年以上の歴史を持つ回転木馬などカップルや家族客を中心に1992年のピーク時には390万人が訪れていた。
ところが2018年には斬新さに欠けてしまったことが遠因となり、93万人と約4分の1に激減。アトラクションの老朽化で維持管理費もかさばり、「長らく自転車操業状態での経営が続いてきた」(関係者)。
それと同じ頃、東京都による買収計画が動き出す。としまえん周辺エリア一帯は1957年に「練馬城址公園」として整備区域に指定されていたからだ。計画の発端は東日本大震災だった。都は避難場所や防災拠点の確保のために、同公園一帯を「優先整備区域」に指定したのだ。
しかし当初、としまえんを運営していた西武HDは計画に難色を示していたようだ。だが、世界中でハリー・ポッターを展開するワーナー・ブラザース・エンターテイメントが参入を表明したことで風向きが変わる。
駅舎や電車に工夫を凝らす
ハリポタファンを少しでも獲得したい西武鉄道はスタジオツアーの開業に合わせて駅や電車に投資を実施した。最寄り駅となる豊島園駅をリニューアル。ハリポタの作中に登場する駅をイメージし、赤を基調とした色合いに統一。一方で、としまえんの歴史を感じさせるため、園内で使われていたベンチや電話ボックスなどをオブジェとして飾るという工夫も施した。
さらに、ハリポタの登場人物のラッピング電車を走らせ、拠点駅でもある池袋駅のホームもリニューアル工事。映画に出てくる駅を彷彿とさせた佇まいにした。ワーナーから寄贈された時計も飾られているほどだ。池袋駅から豊島園駅までの間に映画の世界に浸れることで電車に乗ること自体を楽しむ演出だ。
後藤氏は「個人的なイメージでは、年間200万人以上の来場者を見込んでいる。コアなファンも多いハリー・ポッターの施設となれば、その中でもインバウンドの比率は高くなると期待している」と強調する。
西武グループはコロナ禍で各事業が大きなダメージを受けた。プリンスホテルなどの所有資産を売却するなど、財務体質の健全化に努めた。コロナが落ち着き、23年3月期通期決算では3年ぶりに鉄道などの都市交通・沿線事業が黒字化したが、同事業を巡る環境は一変した。
リモートワークが一定程度普及したことなどを背景に、鉄道の定期券の収入が伸び悩むことが分かってきたからだ。実際、同時期の旅客運輸収入のうち定期は前年比3.5%の1桁増に対し、定期券利用以外の定期外は16.1%と2桁増。インバウンドが増えれば、割引率の大きい定期券収入と違って単価の高い定期外の収入増が見込まれる。
リニューアルした豊島園駅
大手民鉄幹部は「今後は定期外の利用者をどこまで増やせるかが勝負だ」と語る。その点、西武鉄道は池袋から豊島園という短距離ではあるが、世界中から訪れるハリポタファンが利用すれば運賃収入につなげられる。
しかも同社は沿線に様々なスポットがある。自然豊かな秩父、歴史を感じさせる川越、アニメの『ムーミン』を題材にしたテーマパークがある飯能、西武園ゆうえんち、西武ライオンズの野球場、そして大規模商業施設の開業も迫る所沢……。
西武HDの売上高のうち都市交通・沿線事業が占める比率は約3割。鉄道の比率が低いという構造は東急(約2割)などと同じだが、沿線人口の減少に歯止めをかける取り組みは必須だ。
その点、長距離で郊外からターミナル駅までのビジネスマンの移動に依存せず、短・中距離でありながらも継続したエンターテインメントに絡む移動需要を掘り起こせることができれば安定事業でもある鉄道事業の基盤は強くなる。それができれば、「線路を沿線から外すことができない」(同)と言われる鉄道会社の既存資源の活用策となる。
もちろん、西武HDのみならず、東急電鉄や小田急電鉄なども沿線に目玉スポットをつくろうと躍起だ。その中でハリポタというコンテンツが持つストーリー性を鉄道と絡ませて沿線全体に人々を惹きつけられ続けるか。西武グループの知恵と行動力の真価はこれから問われる。
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