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井野貴章・PwCあらた有限責任監査法人 代表執行役「会計士は資本市場を守るエッセンシャルワーカー」

財界オンライン / 2023年6月14日 11時30分

井野貴章・PwCあらた有限責任監査法人 代表執行役

「我々は資本市場を守るエッセンシャルワーカーだ」と語るのはPwCあらた有限責任監査法人代表執行役の井野貴章氏だ。コロナ禍で医療従事者がエッセンシャルワーカーと認識されていたが、「会計士も企業の3月決算を守るために懸命に働いた」という同氏の訴え。また、デジタル監査の方向性については「我々だけが準備できても、自動化は進まない。あくまでもお客様と一緒というスタンスだ」と強調する。コロナ禍を教訓とした監査法人の今後の姿をどのように描くのか。

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コロナ禍の監査と会計士

 ─ 「ChatGPT(チャットGPT)」などのAIが普及し始めるなど、デジタル化も絡む中、まずは新型コロナ禍の3年間で監査や会計士の役割がどう変化したと考えますか。

 井野 2020年にコロナ感染拡大が始まりましたが、当法人も含めて多くの企業で出勤が難しくなるのではないかという議論が出て来ました。実は我々はリモートワークの実験をしていたところでした。ですから、実際にリモートワークが始まったときには、そのまま実行に移すことができ、現場ではそれほどの混乱はありませんでした。

 ただ、監査をする場合、これまでは実際に監査先に行っていろいろな資料をいただくのですが、従来は紙でつくられているものを入手していたのが、現場に行けなくなるのでPDF化したものをいただくのです。

 そこで問題になったのが、その紙情報が本当にオリジナルの紙を電子化しているかどうかという点でした。電子化の過程で偽造されていないかといった点です。これを確かめなければならず、一度はPDFのデータをもらうのですが、結局、最後には監査意見日の前に現場に行かせてもらって、そのPDFがオリジナルと同じかどうかを確認することになりました。

 ─ 結局は現場に足を運ばなければならないわけですね。

 井野 ええ。ですから、ここで手間暇がかかった。これは真のデジタル監査ではありません。コロナを受けた単なるリモートによる監査です。真のデジタル監査とは企業の証拠書類がデジタルの形で保存されている、あるいは改竄されないようになっている、その状態を電子的に確かめることができることです。

 そこで我々の新しい監査のやり方としては、企業がERPシステム(ヒト・モノ・カネ・情報を管理する統合基幹業務システム)を持っている場合は、そこからデータを自動抽出できる当法人のプログラム「エクストラクト」の導入をお願いしており、現在は49社が導入しています。

「エクストラクト」によりデータを自動的に取り込んだら、次はそのデータを分析可能な形態に成形し、複合的な分析に進んでいきます。今は複数のデータを一つの場所に取り込んで自動的な分析をするためのプラットフォームを整備しているところで、23年6月末までに200社超に導入完了予定です。

 ですから当法人はコロナ前の18年頃から、もともと監査のDX(デジタルトランスフォーメーション)化を開始していました。この延長線上で、コロナ禍4年目の今も順調に進捗してきているというのが現状です。

 コロナが5類に移行し、ようやく制限なしに対面でお会いすることができるようになりました。これによって、本来やれることが正しくやれるのではないかと思っています。やはり対面でないと伝わらないものはありますね。

 ─ 感覚的にリモートとリアルの比率はどのくらいですか。

 井野 監査チームにもよりますが、チームの中で常時約2~5割が実際に監査先に行っていると思います。再びリアルの方が増えつつあります。



真のデジタル監査とは?

 ─ 対面などのリアルの良さとは、どんな点ですか。

 井野 目が合ったコミュニケーションの方が、理解や共感は深まるのではないでしょうか。対面の場で行う質疑は、自然に相手に集中しているので質が違う。一方でオンラインでは、どれだけ環境を整えたとしても集中し切れない部分があると思います。

 ─ 表情を細かく汲み取れないという声もありますね。

 井野 はい。ですから、オンラインでは喜怒哀楽を共有して生まれるいろいろな理解の深まりというものには辿り着けないと思います。もちろん、平時は良いと思います。平時の情報共有はオンラインをどんどん使っていく方が好ましいでしょう。

 一度に多くの人が参加できますし、グローバルですぐにつながることもできます。しかし、際に迫るような議論をするときに、どういう思いで物事を進めてきたのかといったものを理解するときには、対面でないと理解ができないと思います。

 ─ 特に経営者との対話は対面の方が好ましい気がします。

 井野 その通りです。ようやくアフターコロナの段階に入って対面の制限がなくなって良かったと思います。そういう重要な業務にきちんと時間を割いていくべきだと思いますね。

 ─ 医療法人の監査については、いかがでしたか?

 井野 コロナ禍では企業のみならず医療法人も経営は大変苦しかったと認識しています。コロナ対応で様々なコストが上がりましたが、医療法人にとっては診療報酬がポイント制で一定程度の補助金はあったと思いますが、かなりの医療法人が赤字経営を余儀なくされました。

 財務的に厳しい経営を強いられている上に、医療機関で働いている方々の気持ちを前向きにさせることも特に大変だったのではないでしょうか。社会を回すためのエッセンシャルワーカーとして、いろいろな職種に光が当たったと思いますが、医療従事者はウイルスが蔓延する最先端で闘っていたわけですから。



「資本市場を守る!」

 ─ 逼迫する医療現場を支えていましたからね。

 井野 はい。「エッセンシャルワーカー」とはどれほど大きな存在であるかについて、敬意をもってその活動を見ていました。それだけに、4月から始まる3月決算の期末監査を我々が担う責任についても改めて考えました。通常であれば、企業が3月決算を迎え、様々な相談を受けながら、監査法人はしっかり証拠を集めていきます。そうしないと監査意見が出せず、それができなければ株主総会が開けないからです。

 さらに、その株主総会の日程を延期することは実務的に大変難しい。コロナ禍において企業の選択肢を増やせるよう、私たちの業界では日本公認会計士協会が中心になり、当局等と相談し、株主総会の延期の方法が整理されました。また、監査法人と企業の対話においては、株主総会が延期できなくても、監査意見を出すタイミングを遅らせて監査の時間をしっかり確保することもありました。

 ─ 何とかして株主総会を開催しようと努力したと。

 井野 ええ。先ほどの医療従事者のように、我々は「資本市場を守るエッセンシャルワーカー」だと自負しています。ただそのように思っていても、我々は当時、出社はしないという業種に分類され、エッセンシャルワーカーではないと認定されていました。

 私個人としては心に葛藤が残りました。医療従事者の方々の闘いを見ていて、我々も人の命とは違うけれども社会を回すために日本の3月決算を守るんだと考えていましたので。当時、多くの会計士がそういう気持ちを強く持っていたと思います。

 ─ 現場にはどんなメッセージを出して鼓舞しましたか。

 井野 「与えられた時間の中で、しっかり監査の証拠を集めましょう」ということです。先ほど申し上げた通り、電子ファイルを集めて監査を進めるも、結局最後には原本と現物チェックするために企業を訪問した職員、確認状や郵便物を集配するために毎日出社しなければならない職員もいました。

 つまり、外に出なければならない職員もいれば、ほとんどリモートの職員もいる。ウイルス自体がどのくらい危険なのか分からない中で、それぞれの心のバランスも気になっていました。毎日感染者数の推移などを見ながら、チームが全く動けなくなった場合に対応できるように、職員の安全に関する危機管理の気持ちと資本市場の危機管理という両方の気持ちを持って過ごしていました。

 ─ コロナ禍が終息し、当局のスタンスは変わりましたか。

 井野 エッセンシャルワーカーかどうかという意味では、おそらく当局のスタンスは変わっていないと思います。ただ幸いにして当法人では、コロナ禍のリモートによる監査であるがゆえに大きな粉飾を見逃す等の失敗は認識していません。

 リモートワークの利点も知られた今、これをさらに正しい形で進めていく必要があります。先ほど申し上げたようなリモートのコロナ監査から本来の電子証拠を電子的に確かめるデジタル監査です。このステージに早くもっていくことが日本企業のトランスフォーメーション(変革)にも監査のトランスフォーメーションにも役立ちますし、それが、この国の競争力を高めることにつながります。



デジタル監査への道のり

 ─ デジタル監査は、まだまだ道半ばということですね。

 井野 これからですね。デジタル監査とは、人間がやっているいろいろな不都合を機械に置き換えることを意味しています。我々は2030年ぐらいに起きるであろう監査の自動化の姿をイメージとして持っています。

 それは会社から自動的にデータが届き、それを成形して自動的に分析し、その際に、このあたりがあやしいですというところまで、リアルタイムで人間が関わらずにできるというものです。結果的に人間は、あやしい部分を詰めにいくだけになります。

 ところが今は監査先の会社に行って「こういう作業をしたいので、こういう資料をください」とお願いをする。その資料を母集団として、そこからサンプル対象を抽出し、具体的な取引の証拠書類をいただきます。

 入手した証拠書類のデータをエクセルに入力し、並べ替えて比較して、異常点についてようやく個別の調査を始めることができる。ここまでを準備工程と呼ぶことができますが、この工程を人間が苦労しながら相当の時間をかけてやっているのです。

 ─ デジタル監査は、この準備工程を全てデジタルに置き換えるのが狙いだと。

 井野 そうです。さらに言えば、準備工程における自動化や標準化の補助作業は必ずしも会計士が得意ではありませんし、さらには人の手によらず、機械化できることもあるでしょう。そういう形になればなるほど、実はお客様である企業も、監査上のリクエストにいちいち個別の対応をせずに済みます。

 いま企業がDXを進めていますが、これは、もともとはビジネスを革新するためです。しかし、DXにより保持可能になる様々な企業取引の属性情報をバックオフィスが使うシステムや会計のデータに紐づけることができれば、個別の取引のデータが企業活動のストーリーを語れるようになる。

 これが事後的に改竄されない仕組みの中で運用されれば、それらのデータをリアルタイムに入手して、複数のデータ間の因果関係や相関関係をたどりながら、異常点をAIが抽出するということまで監査側で工夫できるようになるということです。

 あと、デジタル監査を効率的に行うには、企業側のシステムで保有するデータ品質の均質性も重要になります。例えば、同じ取引が同じように表現されないデータでは、ノイズがたくさんあるために、異常点のように思われるものがたくさん出てきてしまうのです。これをすべて確かめに行くとなるとコスト効率が大変悪くなりかねません。

 ─ これが自動化の本質と言えますね。

 井野 そうですね。AIを使って自動的に何かすごいことができるということもあるかもしれませんが、私たちは、これまでのところ「監査の自動化」を宣伝することには消極的でした。それは我々だけが準備できただけでは、本当の監査の自動化は進まないからです。あくまでも企業側のデジタル化と一緒になって進むということを前提にしているからです。(次回に続く)

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