【倉本 聰:富良野風話】世襲
財界オンライン / 2023年6月24日 11時30分
あの大戦後、日本は憲法9条によって軍隊を持たないことを宣言した。ところが1950年、GHQの指令を受け、警察予備隊というものが発足し、これが自衛隊への布石となっていく。当時中学生だった僕らの教室では、このことに対する轟々たる非難の声が上がったのだが、組に1人、普段あんまり目立たなかった学友が、何故かかたくなにこの警察予備隊に賛成の声をあげ、級全員から奇異の目で見られたことがある。その後1つの噂が流れた。あいつの親は政治家だからさ。
【倉本 聰:富良野風話】復興
良い悪いという問題ではない。家庭内での会話というものは思春期の子供を洗脳するだろうし、右翼の家に育った子は右翼に、左翼の家に育った子は知らぬ間に左翼思想に染まっていったとしても不思議はない。中にはそれが逆効果になって反対の思想に走るものもいるだろうが、素直な子供は大体親に影響される。そこへもってきて、家業を継ぐという全く別の思想がある。農家の子は農家に。漁師の子は漁師に。ここにはその家が代々受け継ぐべき土地(農地)という財産や、船舶あるいは漁業権という継承すべきしばりがあって、そのしがらみも影響するのだろう。これが世に言う世襲の原点ではあるまいか。家業というものは重いのである。ところでいま話題の政治家の世襲。
政治家とは果たして〝家業〟なのだろうか。たとえば歌舞伎とか能・狂言のような伝統芸能の世界にあっては、幼児の頃から特殊な教育を受け、その訓練の上に立って世襲というものが成立する。農業や漁業では生きる術そのものを家族ぐるみで負っているから、幼時からその暮らしの環境がどこかで自然と身についている。それでも昨今は3Kといわれるその家業を嫌い、親代々の農地を手放して離農する後継者がどんどん増えている。即ち世襲が崩れかけている。にもかかわらず、この国の政治の世界にあっては、地盤・看板・カバンというよく判らない継承財産を頼りに、政治という国の大方針を担う政治家という大仕事が世襲の中で大きく動いている。どうもこのところがよく判らない。
そも政治家とは職業なのだろうか。
豊臣・徳川の時代ならともかく、今のこの民主主義社会の中にあって、一国の政治が、それを家業とする一族の中で脈々と受け継がれ、公邸私邸の境目までが曖昧な境界線で私物化されてしまう。どう考えても、このシステムはおかしい。
政治は国民全てのものであり、特権階級のものではない。だがいま政治は大筋では経済と結びつき、経済の味方である政治家が国の行く手を決めている。そして官僚もそれに従う。従うことが出世の道につながり、生活保証の大きな具となる。金とコネとに裏打ちされた家系が国家を動かす推進力となる。かかる世襲は明らかにおかしい。
そういう体系に毒された社会から新鮮清潔な政治思想はどう考えても生まれるわけがない。
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