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【認知症薬の正式承認へ】エーザイCEO・内藤晴夫氏に直撃!新薬は家族の介護負担や家族の就労機会にどう影響?

財界オンライン / 2023年6月27日 18時0分

内藤晴夫・エーザイ代表執行役CEO

世界で約5700万人の患者がいると推定される認知症。長らく「不治の病」と言われてきたアルツハイマー症の治療に光明を差し込んだのがエーザイだ。治療薬「レカネマブ」の開発を陣頭指揮した内藤氏は「病気が良くなるという医療効果に加えて家族や介護者のケアなどへのインパクトも大きい」と強調。新薬がもたらす社会的な価値を見える化して育薬していく考えだ。認知症薬開発に携わって約40年。新薬の開発途上国への展開を推進していくと共に、蓄積したデータを活用した新たなビジネスモデルの構築も見据えている。

認知機能の低下を抑える世界初の薬を産んだ【エーザイ】の執念


40年間続けてきた新薬開発

 ─ アルツハイマー病の患者や家族にとって朗報となる治療薬「レカネマブ」が実用化しましたね。長年にわたって研究開発を続けてきたわけですが、今の心境を聞かせてください。

 内藤 アルツハイマー病の研究に関しては、実は当社は40年間やってきました。1990年代後半に「アリセプト」という画期的なアルツハイマー病向けの治療薬を開発しました。これを米国で発売したのが97年です。ですから、そこから約10年以上前からアルツハイマー病の治療薬の研究は始めていました。

 様々な方々から「よくそんなに長く研究開発を続けてこられましたね」と言われるのですが、このアリセプトが成功したことが大きかった。その後、直ちに疾患病理に作用する次世代の治療薬を開発しようと、ずっと研究開発に取り組んできたのですが、失敗ばかりでした。しかし、その失敗がなければ、レカネマブのような次世代治療薬の実現には到達できなかったと思います。

 その間、当社の株主などのステークホルダーからは常に「頑張りなさい」と励ましていただきました。その中でアリセプトの時代から我々は患者さんとその家族としっかり交流しなければいけないと考えました。

 当社の社員が「認知症の人と家族の会」などと交流を深め、患者さんの側に行って一緒におやつを食べながら、できるだけ同じ時間を一緒に過ごすようにしたのです。簡単な共体験をすることを続けてきました。

 ─ 患者に寄り添ってきたことが実用化の要因にあるのですね。レカネマブは医療較差の是正や健康憂慮の解消にもつながり、社会全体の利益につながるということになりますね。

 内藤 そうですね。当社の定款には「社会善を成す」を謳っていますので、レカネマブがもたらす価値というものを計算しています。これを金額で計算することを行ったのです。具体的には米国で1人当たり年間3万7600ドルと試算しました。

 日本でも同じロジックで価値を年間約460万円と算出しています。これらの価値は臨床第Ⅲ相試験などの結果に基づき、疾患シミュレーションモデルを使って算出しました。我々はこれからこの薬剤の社会にもたらす価値が、いくらぐらいの金額になっているかを常に問うていきたいと思っています。

 その際に、そのトータルバリューの何割をエーザイがいただいて、何割を社会に戻すかという考え方で、その価格付けを行っていくつもりです。

新薬がもたらす価値を見える化

 ─ こういった新薬の価値を算出するのは初めてですね。

 内藤 ええ。米国の場合では10年間のトータルバリューを計算して6割を患者さんやその家族、医療従事者、支払者、政府といったパブリックステークホルダーズに返します。

 残りの4割をエーザイの株主と従業員といったステークホルダーズに対し商品の売り上げとして当社がいただくと。それで2万6500ドルという年間薬剤価格を導き出しました。

 ─ 日本での薬価の在り方も変わっていくべきですね。

 内藤 そうですね。薬価の算定方法を新薬がもたらす社会的な価値に基づく計算に変えていただきたいと思っています。というのも、この薬剤は病気の進行を抑えるという医療効果に加えて家族や介護従事者のケアなどへのインパクトが大きいからです。認知症に関わるケアの費用を見ると、公的介護費用のほか、家族による無償の介護や介護のための就労機会の損失などが日本では何兆円にもなっているのです。

 レカネマブはそれを削減することが期待されます。レカネマブはアルツハイマー病の次のステージへの進行を2~3年遅らせる効果が示されていますので、例えば軽度アルツハイマー病の患者さんは軽度のまま3年間より長く留まることが期待できるわけです。

 アルツハイマー病の患者さんの介護費用は重症化するとものすごく跳ね上がり、医療費の増加よりもインパクトがあるのです。レカネマブは病気の早期段階に長く留めることが示されていますので、介護費用の削減効果も非常に大きいものが期待できるということになります。

 しかし今の日本の薬価制度においては、このような介護費用に対するメリットは反映していないのです。家族による無償の介護や介護休職による就労機会の損失など、見えない負担を含めてもっと議論する必要があるのではないかと思います。

 ─ 米国でもこういった考え方は新しいと?

 内藤 はい。米国でも今まで明確にこういう考え方で価格付けをした製品はありませんでした。しかしレカネマブは社会的な「インパクト」があり、この議論が必要だと思うのです。

 我々がレカネマブの価値を定量化する際、「QALY(Quality-Adjusted Life Year)」を分子に置きました。QALYとはレカネマブによって何年間生きて、その間の生活がどうだったか。その余命×クオリティ・オブ・ライフを意味します。この場合、この薬の投与によって普通の治療に比べてもQALYが0.64増えることが分かりました。ただ、このままの数値だと金額が算出できないので、QALY増分に支払い意思額というものを掛け合わせます。

 支払い意思額とは「1年間、認知症から解き放されたとしたら一体いくら払いますか」という概念です。それは1人当たり国内総生産(GDP)のおおむね1倍から3倍と言われていますが、高度アルツハイマー病では5倍が適切であると提唱する論文もあります。


患者の7割が新興国に

 ─ その概念をレカネマブにも落とし込んだのですね。

 内藤 そうです。認知症の治療薬に対する支払い意思額として20万ドルを用いてQALY増分である0.64と掛け合わせ、そこに標準治療との医療費の差額7415ドルを足して投与期間となる3.6年で割って3万7600ドルという数値が出てきました。

 ─ この新薬のニーズは先進国のみならず、途上国にもありますね。どう対応しますか。

 内藤 2030年頃にはアルツハイマー病の有病者の約70%が新興国や途上国の人々になると言われています。主に中国や開発途上国です。ですから、レカネマブも途上国で普及する薬にしなければ意味がありません。

 例えば、インドはソーシャル・システムが未成熟なので、より多くパブリックに還元しなければならないと思います。途上国に行けば行くほど、我々の取り分は少なくしてパブリック分を多くすることを考えなければなりません。

 ─ その意味でもレカネマブは社会を変える力があると。

 内藤 ええ。投資家からも「これが成功したらエーザイは変わる」と言われていますからね。ただ、課題もあり、その一つは検査体制です。アルツハイマー病の原因とされる「アミロイドベータ」の蓄積量を確認するためには、現時点ではアミロイドPET(陽電子放射断層撮影)か脳脊髄液の検査をするしかなく、患者さんの身体的な負担が大きく、お金もかかります。

 ただ、25年くらいには血液検査でも分かるようになるのではないかと思っていますので、そうすれば患者さんの負担も少なく、費用も安く済みますので途上国でも対応できるようになるのではないかと思っています。

 ─ 内藤さんがレカネマブの臨床第Ⅲ相試験の結果を最初に聞いたときは、どんな気持ちだったのですか。

 内藤 試験の結果が見たこともないデータでした。主要評価項目である全般臨床症状の悪化抑制に関してp値が「0.00005」。こんな数値は聞いたことがありません。「本当なのか」と驚いて涙が出ましたね。

 ─ 苦労の末の新薬開発だったわけですが、イノベーションの成果と言えますね。

 内藤 そうですね。日本の薬価はとても安い。新薬に対する価格も安いし、毎年薬価も下げられています。そういった国では新薬も開発しないでしょうし、その国で承認も取らなくて良いと考える企業も増えてきているのは事実です。海外で使われている薬が日本で使えるようになるまでの時間差を「ドラッグ・ラグ」と言いますが、今は「ドラッグ・ロス」です。

 ─ 米国はどうですか。

 内藤 米国では基本的に会社が自由に価格を設定しますし、その価格を社会が認めれば公的保険は償還します。イノベーションに対する評価の姿勢が違うのです。ですから、世界中の製薬メーカーが米国市場をめがけてやってくるわけです。

 例えば熱帯病に対する治療薬にしても製薬メーカーが無償で提供しているものが多いです。ですから経済的なリターンはありません。ところが米国のFDA(アメリカ食品医薬品局)に新薬承認申請して許可をとると、市場原理の働かない疾患領域での開発インセンティブとして優先審査のバウチャーをくれるのです。それは他社に譲渡する(売る)ことが可能です。

 バウチャーを買った企業は自分たちの開発品の審査の際にそのバウチャーを使って優先審査してもらうことができるのです。これに100億円規模の価値があると言われています。ですから、ビジネスになりにくい熱帯病の薬も米国に申請してバウチャーをもらうことで事業として成り立つのです。


データ活用のソリューションを

 ─ 日本も見習う必要がありますね。この40年を振り返り、遣り甲斐はありましたか。

 内藤 ヘルスケアという事業は素晴らしいものです。社会の課題と表裏一体になってビジネス展開することができます。そして我々も今後は製薬の事業モデルを変えていこうと。当社はゲノムや治験のデータなどを使って様々なソリューションを提供していきたいと思っています。

 例えば認知症でも地域のネットワークを活用し、どこに住んでいても認知症の診断が受けられて、治療も受けられ、予後の確認もできると。そういう地域のネットワークをつくることは安心安全のソリューションになります。それをつくっていきたいと思っています。

 ─ もう動いていると。

 内藤 はい。46自治体で展開中です。認知機能の診断を自治体がやっている通常の健康診断に組み込んだり、認知症の方々が安心安全に暮らせるコミュニティーづくりで協力しています。

 我々だけが持っている認知症に関するデータを解析していけば、あなたはいつ頃、認知症を発症する可能性があると予測ができるようになると考えています。そういう予測をソリューションのコアとして提供していきます。それはエーザイにしかできません。

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